外に出ると碌なことがない。
「さて、どっちが身の程知らずかを分からせる必要があるようだなフォリア」
「わし、覚えてる、バングル盗んだ、殺す」
「…殺す必要はないぞ、半殺しでいこう」
「わかった、殺す」
「…まぁいいか」
どうやら話からすると2人はこいつらにバングルを盗まれたようだ。俺はポカンと口を開け扉の前に立つ2人を見やった。
そしてそこからは早かった。辞めてくれと言う〝物を漁っていた方の男〟はフォリアが空中でフルボッコにしており〝俺を殴っていた男〟はデップによってフルボッコにされていた。それはもう表現の自由が許されていたとしてもモザイクがかかってしまいそうなくらいにグロテスクである。これは最終手段の「ご想像にお任せします」を発動するしかないようだ。
特にフォリアの技は初めて見たけど魔法使いの類いだったんですね。空中で気を失っているその男が不憫になってきたぜ。デップもデップで半殺しでと言っていた割りには全殺し感が否めない。結構マジで怒っていらっしゃるようで、フォリアよりも酷い有様を作っている気がする。
お前たちよ、なぜこの2人のバングルを盗もうと思ってしまったのか。御愁傷様、それだけ言っておこう。俺からの送る言葉だ。
「タナカ、大丈夫かい!?すまないねぇ…」
「いや、だいじょーぶ」
「元はといえば俺達がバングルを盗られてしまったのが悪いんです」
おばさんは、部屋の外から慌てて出てきて盗人の二人を遠慮無く踏みつぶして俺の元へと駆け寄ってきた。その事について何か言おうとは思わない、俺は突っ込むことをやめたのだ。
「タナカ、どうしたの、それ?」
―――それは怪我の事についてですかね、それとも筋肉痛のことですかね。
恐らくどちらもだろう。声を発しない俺を不思議に思ったのか、フォリアはデップを見る。そしてデップはおばさんを見た。そんな二人におばさんはご丁寧に最初から最後まで事細かに説明をしてくれた。できればこんな情けない出来事は言ってほしくはなかった、なぜならデップは絶対………
「貧弱め、鍛え方が足りないんじゃないか?休んでないでもっと働いてこい」
―――そう言うと思ってました。
想像していた通りの言葉に苦笑しながら、とりあえず筋肉痛と鈍痛で痛む体を起こして「うるせぇ」とだけ言ったのだった。
「フォリアは回復魔法も使えたんだな」
「なんと、なく」
「なんとなくで使える、だと…?」
時間は少し進んで、今は宿屋の外だ。デップは元気になった俺を見て感心したようにフォリアに語り掛けるが、当の本人は特に気にした様子もなくいつも通りボケーっと空を眺めている。そんな彼女と先ほどの動けなかったのが嘘のような自分の元気になった体を見て驚愕だった。
―――なんとなくで使える回復魔法ってなんだよ、すごすぎかよ。
「タナカ、あまり遅くなるんじゃないよー」
「イエスボス!」
そしておばさんに見送られ、俺は三人で街へと降りていく。今からどこに行くのかというとお使いを頼まれたため街の様子を見てくるついでに買い物をしに中心街へ行くのだ。
二人が入れる店と俺が入れる店は違うが、白のバングル専門店なんてものはないらしく、俺がお使いを頼まれてはいるが実質買いに行くのはこの二人だ。個人的には食べ物とか日用品までバングルで色分けしなくてもいいと思うんだが、ここの街の長は良しとしなかったらしい。
―――こういうのって差別とかにならないのだろうか。
今の俺の疑問の一つである。
「タナカ、まずは何を買うんだ?」
「ん?あぁ…漆黒の堕天使」
「………は?」
「ナス」
「風の精霊」
「洗濯用、洗剤」
「男爵の微笑み」
「じゃが、いも」
「なんでタナカの言ってる言葉が分かるんだフォリア」
「なんと、なく…?」
「恐ろしい子!」
歩きながらポツポツと言葉を漏らすフォリア。彼女の新たなる特技(その名も田中翻訳機)に俺も驚愕だが、フォリアにもそういう素質を見いだせそうな気がしてどうしようもなくソワソワしている今現在だ。
「それにしても、フォリアがバングル盗まれたこと覚えてたなんて流石の俺も驚いたぜ」
「あぁ、あれはな」
ふと先ほどのことを思い出して話題にしてみればデップは苦笑を浮かべ話だした。どうやら、二人で宿屋から出た瞬間にバングルを盗まれたらしくそれに気づいた二人はぶつかって来た男二人の後を追ったそうだ。
それでフォリアが追いかけている理由を忘れてしまうことを懸念したデップは後を追いながら「バングル盗まれた、取り返す」と繰り返し唱え続けたらしい。すると途中からフォリアから殺気が湧いてきたらしい。どうすることも出来ないから取り敢えずあそこまで追いかけて来たそうだ。
「あの二人も勇者だよな、こんな大男(※女)から盗もうなんて」
「俺達が白のハングルをつけているお前と歩いてるのを見ていたんだろうな、それを狙ってのことだ」
「金を盗もうとしていたのか?」
「恐らくな。ここでは働きたくない奴が金を盗んでその金で楽して宿を借りるらしいぞ」
「なんだそのニート思考、恐ろしいなこの国のニート予備軍は」
ニート、という言葉に引っかかりを覚えたもののいちいち俺の言葉に突っ込むのが面倒になっているデップはそのまま何も言わずに前を歩いた。フォリアは相変わらず上の空である。どこを見ているんだ一体。上見ながら歩いて転ばないのが不思議だよ。
「ここだな」
そう言って止まったのは大きめの店だった。店先にはオレンジの旗が掲げてあり、デップたちの入れる店を示している。店の周りや中には溢れんばかりの人が行き交い、この街の人口の多さがよく分かった。
「じゃあ、お前はここで大人しくしてるんだぞ、そこら辺を歩きまわるなよ」
「ふっ、俺様を誰だと思っているんだ貴様は」
「80回ほど死にかけてる奴が何を言っているんだ」
「ぐ……」
それだけ言ってデップはフォリアを連れて中へ入っていった。ぐぅの音もでないのは、モンスターに遭遇して死にかけている回数を更新し続けているからである。ちなみに85回目をつい先日、この街に着く前に更新したところだ。
なぜあんなにも出会ってしまうのか、それは一重に俺が勝手にそこら辺を徘徊してしまうからであるが、徘徊しているのではなく自身の目覚めていない力を開放させる為の旅であって、決して徘徊ではないのである。
デップとフォリアが見えなくなったところで俺は目の前の噴水横のベンチに腰掛け、背もたれに全体重を乗せるようにだらけた。あたりを見回せば人人人の人だらけで賑わっている。例えるなら(テレビで見た)歩行者天国だろう。
―――ん?
ベンチの背もたれにだらん、と腰掛けているとアチコチから視線を感じたため周りを見渡してみたら周りにいた人間は一斉に視線を逸らした。不思議に思って視線をもう一度戻せば、また俺に視線が集まっているように感じる。なぜ自分がこんなにも注目されているのかは分からないが………悪い気はしないな。
悪い気はしないがなぜ注目されているのかは流石の俺でも気になるため、もう一度視線をそらし耳を澄ませてみた。するとまた視線が集まってくるのがわかる。
―――俺様の何がそんなにすごいんだ?やはり溢れ出る神気か?それとも隠しきれない美貌か?………ごめんなさい美貌なんて調子に乗りました。
「白、だよね?」
「うん…私、始めてみた」
―――え?
「俺、伝説だと思ってたぜ白とか」
「俺も父さんが存在しないって言ってたんだけどな」
「存在しないけど、長が面白いからって白を作っただけって聞いたんだけどな」
―――待って待って。心が折れそうなんだけど。
なんだか目頭が熱くなってきた気がするけど、気のせいでは無いはずだ。耳を澄ませてみれば全部俺のバングルについて話しているではないか。
みんなして白のバングルをイジメるのは良くないと思う。そんな伝説級の珍しさとか言わないで欲しい。そりゃあ白旗の店とか全くないけど、ちゃんと存在はしてるんだからな。門番の人も白のバングル箱の中から探すのすごく手間取ってたし、そんなのあったっけ?とか上官に確認しに行ったりだとかしてたけど、ちゃんと存在してるんだからな。白への冒涜だぁ!
「どうしたんだ?目に涙なんか溜めて」
「デップぅぅわあぁ…!」
「は?いや、え?」
「デップ、戸惑うの、わし初めて見た」
空を見上げながら座っているとデップたちが帰ってきたらしく訝しげに俺を見るデップに思わず抱きついてしまった。戸惑うデップはどう扱っていいのか分からないのかフォリアに助けを求めている。そんなデップにフォリアは微笑みだけ返していた。俺だって鋼のハートを持っているわけじゃない、ガラスのハートなのだ。




