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やりすぎは危機を呼ぶ。

 そしてその時が来た。少し歩いたところ、ちょうど今朝働いた畑の横に整備された更地があり、木で作られた箱など稽古に使うのであろう道具がいくつか置いてあった。それ以外は特に何もなく、本当に『鍛錬用の場所』という感じだ。しかししばらく使われていなかったのやけに寂れている。


 ―――そう言えば1世代に一人いるかいないかだっけ、白のバング。



「まずは基礎から行こう」



 その言葉で始まった稽古はその言葉の通りの基礎づくりであった。朝に筋肉を駆使したばかりだと言うのにそれが最初から無かったかのような筋トレが始まったのだ。


 腹筋、背筋、腕立て、スクワットなんて序の口でなんかよく分からん筋トレが始まった時は自分の知らなかった声が出たような気がする。確かにどこの国でも基礎は大事だと言われてきたが、まさか異世界も同じ理論だとは思わなかった。どのアニメでもこんな感じだったか?


 ―――待て待て違った気がするぞ。転生したら最強設定だったとか、転生したら王宮だったとか、どれも特別な何かを持って始まりだった気がするぞ?俺は騙されないぞ?



「タナカくん、動きが遅くなってるぞ?まだまだ先は長い、昼までには終わらせようか」


「ぁ、い」


「返事が小さいようだが」


「っはひぃぃ…!!」



 ―――悪魔!!


 これこそ奥底に潜む悪魔である。あの、のほほんとした笑顔で笑えない筋トレ量を口走る。悪魔以外で言えるとしたら、鬼か堕天使である。なんて恐ろしいんだこの笑顔。まさか俺の癒やしがおばさんの怒鳴り顔になるとは思わなかった。


 荒んでいたのは俺の心ではなくおやじさんの笑顔だった。荒んでいるというか、心からの笑顔だから荒んではいないのかもしれないが。


 とりあえずそんなことよりも俺は今死にそうになっていた。もう腕も上がらない、あと何回だこれは。数の指定が無い分、精神的にくるものも大きいのだ。終わりのない暗い道に立たされているような感じがある。



「よし、終わりだよ」


「ぶはぁっ…!」



 荒々しく肺から空気を吐き出し、その場に倒れこむ。もうピクリとも動ける気がしない自身の体に心の底からお疲れ様と賞賛してやりたいと思う。声を出す筋肉も麻痺してしまったのか、声も出せずにいればおやじさんは楽しそうに俺を担ぎあげた。


 抵抗する力すらなく、戸惑うことしか出来ずに俺はそのまま宿屋まで担がれていく。今俺が一番言いたいことはおやじさんの二の腕が硬すぎて、居心地は最悪だということだ。



「あらまぁ、出来上がってるねぇ…昼飯は無理そうかい?」


「たぁ、」


「ははっ、食う元気はまだあるらしいな」


「そうみたいだねぇ」



 喋る気力も食べる気力も既にゼロに等しい俺であるが、このどうしようもない空腹感はMAXなのだ。腕も上がる気はしないがなんとかなるだろう。


 そして昼食は自分が考えていたよりも苦行を要し、一時間以上もかかって終了した。


 この調子では午後からの手伝いはできないと言うことで今日は特別に休息をもらい、俺は自室で横になる。どうやらおやじさんは張り切りすぎたらしい。おばさんに少し叱られていた。


 ―――あぁ、体の節々が痛い。


 声を出すのも億劫である俺は深く息をついて思う。こんなに動けなくなったことは生きていて一度もない。何せ運動部で活動したこともクラブチームに入ったこともないのだから。


 一度っだけ友人に誘われて少林寺拳法なるものをやったが、少林寺できる俺かっこいい、という浅はかな気持ちでは続けられるわけもなく1年で辞めた。というか一年も続いたことを褒めてほしい。


 おかげで特に何かができるようになったわけでもなく、最初から最後まで白帯だったな。


 ―――しかし俺様の武勇伝をこの世界に轟かすと決めたのにここでダウンしていてもいいのか?体が動かないから仕方ないけど。


 ま、明日から頑張ればいいか。今日はもう結構十分かなり頑張ったしここでサボってもバチは当たらないだろう。引きこもり癖はそう簡単には治らなかった俺はそのまま眠りに落ちた、はずだった。



「タナカー!あんたって仲間とかいたのかい?オレンジのバングルの2人」


「あー...」


「本当は他の色のバングルを入れちゃいけないんだけど、仲間ならいいね。それにしても戦力差の大きいパーティーだねぇ」



 ―――うっせぇ、このくそババア。


 心の中で毒づき、開いた扉に目を向けて入ってきた2人組を見る。しかし俺の目の前には想像していた通りの2人組が、いなかった。



「へぇ、本当にいるんだなぁ!白のバングルなんて」


「こりゃあ余裕じゃねぇか」



 そこにはオレンジのバングルを〝持っている〟男2人組がいた。その腕を見ると服で隠しているようだがチラリと緑色のバングルが見える。ゲッスイ笑顔を公害のように振り撒く様はまるで公害である。あれ、そのままだな、空気汚染のようであるに訂正をしよう。


 そんなのんきなことを言えない状況であるのだが、どこか他人事のような感じなのだろうか、危機感が全く感じられない自分に驚きである。というかオレンジじゃないじゃねぇか、おばさん。見間違いにもほどがあるって。



「お前はそっちの荷物を漁ってくれ」


「あぁ」


「反抗しようとか思うなよ?俺たちは緑のバングル、お前は白だ」


「…はぁ…」



 俺が思わず深い深ーいため息をつけばそれが気に触ったのかギロリとにらまれる。「あ、やばい」と思ったときにはもう遅く、無防備に横になっている俺の腹に一発すごい拳が降ってきた。さっき食ったものがでる勢いだ。



「ぐっ!」



 思わずうずくまる俺の脇腹にもう一発、頭に二発。拳の雨が降り注ぐ。本格的にやばいと思い始めていた俺に追い討ちをかけるように男の一人が短刀を取り出した。おいおいそれはダメだろ。無抵抗の相手に刃物出すとか卑怯の極みだし、雑魚のすることだぞ。



「おいお前、それはやりすぎ...」


「黙ってろっていっただろうが身の程知らずが!」



 流石にやりすぎだと感じたもう一人の男の静止を頭に血が上っている目の前の男は完全無視し、短刀を振り下ろす。


 ーーーちょっと息吐いたぐらいでそんな怒るのか、どんだけ短気なんだよ!


 俺は思わず強く目をつむり丸くなった。

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