一世代に一人の逸材、俺。
「タナカ、早く降りといで!」
「………えーい」
「タナカー!」
「はーい!今行きまーす!」
やっと横になれたというのに、やはりサボることは許されないらしい。ひたすら俺の名前が叫ばれているが、もうやめてくれ、恥ずかしい。周りに人がいないにしろ、そこまで名前を大越で連呼されると、さながら借金取りにでも遭った気分である。
俺は嫌々ながら階段を降りると、すぐ下でおばさんが俺を待ち構えていた。
「遅いじゃないか、そろそろ来なかったら夕飯はなしにしようと思ってたよ!」
―――冗談じゃない。
「俺は悲しき宿命を背負うことを避けられぬというのか」
「じゃあ、とりあえずこれ、外のやつ取り込んで畳んどいてね!」
おばさんは俺に大きめの籠を手渡し、そのままとこかへ行ってしまった。階段の下に取り残された俺はその背中を唖然と見送り、背中が見えなくなったところで渡された籠に視線を戻す。
「これは……」
そして視線を横に移し、窓の向こうに待ち構えている綺麗に並べてい干してある衣類が目に入り、やっと自分のすべきひとつ目の仕事を理解した。
―――なんて面倒くさい。
俺は一般的な食事をする部屋、所謂リビングダイニングを抜けて外に出れば、ぶら下がって風に揺れている衣類を適当に籠に投げ込んだ。ちなみに普段自宅でこの手の仕事を全くと言っていいほどしていない。そもそも世の中の高校生男子が自ら家事を行うわけがない。だって俺はしていないから。
個人的に自ら仕事をするなんてドM以外の何者でもないと思っている。俺はそう断言しよう。世の若者よ、怠惰である、怠慢を満喫しようではないか。
「お客人………タナカさん、」
「………今日は嫌な風が吹いてやがるぜ」
「早く取りに行かないと全部飛ばされるよ、ちなみにうちの家内は怒ったら恐ろしいんだよなぁ」
「うわああぁ!!」
「洗濯が終わったらこっちにおいでねー」
無残にも強風によって飛ばされていく洗濯物たちを俺は必死に追いかけた。地面に落ちる前に拾わなければという一心で。そんな俺を面白そうに笑うおじさんは俺に背を向けて宿屋の裏の方へと1人向かっていった。
―――助けてはくれないんですね、あんなに手厚く迎えてくれたのに!
そして俺は日が暮れるまで散々、これでもかと言うほどこきを使われ続けた。これでもかと言うほど働いた。それでも俺はお客であるはずなのに。
「さっ、お食べ!」
げっそりとした俺の目の前に運ばれたのは、数週間ぶりの普通の食事だった。大事なことなのでもう二度言う、普通の食事だった普通の食事。
陽が傾き、空が藍色になる中、俺の最後の仕事である薪割りを終わらせて宿屋の中に戻ってくると豪華とは言えないが「普通の食卓」というものが並んでいた。
おじさんはすでに席についており、おばさんは最後の大皿を運んでいるところだ。二人共お疲れ、と言って笑顔で俺を迎えてくれるもんだから、目から何か液体かこみ上げてきそうである。
「働いた分、しっかりと食べて明日もよろしく頼むよ!」
「うっ、俺の右腕が疼き出しやがった!明日は無...」
「なら仕方がないね、明日の飯と宿はなし」
「働きたくて仕方がないって俺の右腕が言ってるぜ」
「そうかい、そりゃあ働かせがいがあるねぇ」
―――このババア………!!
ふっ、と確信犯のように笑うこの宿屋のくそババア(※よい子はおばさま、と呼んでね!)に殺意しかわかない。食事を人質にとるだなんてこいつに人の血は流れているのか。
「ところでタナカさんはどこから来たんだい?」
「俺?」
「白のバングルを着けてるやつの出所を知りたいんだわい」
「なんかすっごい貶された感あるけど、なんだこれ」
バクバクご飯を口に運びながらおやじさんが横目で問いかけてきた。このおやじさんは悪気があって聞いているわけでないのだと思うが、俺は何となく少し眉間にシワをよせておやじさんを見る。
「フッ、残念ながら俺に語れることはないぜ」
「もしかして故郷を追い出されたくちなのかい?」
「え?」
「あんたみたいに故郷のことを語りたがらないのは、そういう奴が多いんだよねぇ!」
「俺達の代で白のバングルの客なんてタナカさんが初めてだから何とも言えないけれど、今まで先祖たちの代ではそう言うのが多かったらしいだわい」
「あぁ…」
サラッと、白のバングルが一世代に一人いるかいないかという、どれだけ珍しいかを知ってしまったわけだが、それは置いておいて俺はどうするべきか悩んだ。
―――これは言っていいのか?俺の存在諸々がバレたら終わりなんだろ?(色んな意味で)それなら言わない方がいいんだろうな、俺まだ終わりたくないし。俺の武勇伝はこれからだし。
「まぁ、語るに値しないところだ」
「家族はいないのかい?」
「………いる……いるな」
語らない俺に深くは気行ってくるつもりはないのか、おばさんが質問を変えた。 しかし『いる』と言っていいのかは分からない。もうずっと会っていなかったし、嵐のような日々の中で考える暇もなかったといえば聞こえはいいのかもしれないが、考えないようにしていたのだと思う。家族のことは最初にデップに話したっきりだ。
表情を曇らせた俺に、おばさんもおじさんもやっぱり、それ以上は何も聞いては来なかった。
それからは他愛もない話をして食事が終わった。この宿屋には風呂もあるらしく、数週間ぶりの風呂に歓喜し、風呂も全て終わらせた俺はやっと一息をつく。




