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働かざる者食うべからず。

「おいおいおいおい、冗談は俺の実力だけにしてくれってな!」



 ―――あ、これはいい方の実力ね、強すぎる方の話。いやそれ以前に、俺はここに置き去りってことなのか?今からこの宿屋に単身乗り込めってことなのか?



「……いやいやいや無理無理無理」



 引きこもり歴数年の俺だ。今まであまり目立ったコミュ力は発揮していなかったが、驚くべきコミュ症の俺だ。魚屋のおやじの時はなんとか誤魔化してはいたがあれでもうギリギリであったし、デップの場合出会いが出会いで、というかアニメ見てたせいで他人って感じはしなかった。随分一緒にいたから慣れたっていうのもあるが、フォリアは基本無口だから関係ない。


 とりあえず何が言いたいかというと俺氏ピンチ。



「なんだい、そこのお兄さん、そんなところにボケーっと立ってどうしたんだい?」


「ビクゥ!」


「(ビク?)…おや、そのバングル……あんた!ねぇあんた!久しぶりのお客様だよ!」


「なに!?」



 離れたところで棒立ちしていた俺に声をかけたおばさんは、洗濯をしていた手を止め、宿内にいる誰かを呼んだようだ。呼ばれた方はかなり慌てているのかは分からないが、この距離でも分かるくらいにはドタドタと走る音が聞こえていた。俺はというと、どうすればいいのか皆目見当がつかないため一時停止を発動している最中だ。


 ガッシャーン


 何か倒したのだろうか、先ほどより大きな音が俺の耳に届いた。一体宿内の見知らぬ誰かの身に何が起こっているというのか。そんな宿内の様子に洗濯をしていたおばさんは呆れたように首を振った。そして俺の方へと視線を向けるとこちらへと近づいてくる。



「すまないねぇいきなりこんな騒がしくしちまって、あんたここに泊まりたいんだろう?よく見つけられたね、まぁ見つけにくいところに建てたのは私らなんだけどね!」



 あっはっは!と、おかしそうに笑うこのあばさんは、恐らくここの経営者というやつなのだろう。

目元に浮かぶ薄いシワから大体、4・50歳というところだろうか。こげ茶色のワンピースに赤いエプロン、お揃いの赤いバンダナには可愛らしいお花が飾ってある。



「きゃ、客人とな!?おまえ!客人がきたのかっぁああ!」



 勢いよく放たれた扉からちょび髭のおじさんが出てきたと思えばそのまま地面へとダイブ。あれはもろに顔面からいったように見えたが、


 ―――この光景どっかで見たな、地面と〝こんにちは〟する奴なんて滅多に見ないけど俺、この感じ知ってるぞ。


 今までの旅の中で、何度モンスターと遭遇してきた俺は、もちろん何度も転んだし、転んだ。まぁ、そういうことである。



「もう!あんた!少しは落ち着きをもったらどうだいっていつも言っているだろう!」


「ははは、すまんすまん。久しぶりのお客人で居ても立っても居られなくなってしまったわい!ところでお客人、お一人かい?」


「……あぁ、えっと……ふっ、俺はいつでも孤独な一匹狼なのさ」


「なぁに言ってんだい!あんたはどっからどう見ても人間じゃないか!おかしなことを言う子だねぇ!」


「冗談が好きな子と見えるぞ!これは楽しくなりそうだわい!」



 俺は、なんだか楽しそうに笑う夫婦らしき2人組に圧倒されながらも、とりあえずは無事宿が確保できそうであるという事実だけでありがたいと思うことにした。


 ―――この騒がしい感じは、この世界にきて久しぶりな気がするな。


 実家では妹とか母さんがひたすらに騒がしかったが、こっちに来てからは特に自分の周りが騒がしいと思うことはなかった。デップはそんなに騒ぐような奴ではないし、フォリアに至っては最近仲間になった感じだ。あの軽い感じで仲間になったと言っていいのか分からないが。



「じゃあ改めまして、私はここの小さな宿屋を営んでいる、ただのおばさんさ!ヤドバ・ハナコ、よろしくね!」


「同じく私もただのおじさんだわい、ヤドバ・タロウ、よろしく頼むよ」


「失われた魔導書を探すため異世界より召喚されし勇者、田中博雪様とは俺様のことだ」


「あんた勇者様だったのかい?珍しい勇者様もいるもんだねぇ、白のバングルなんて」


「まぁそんなこともあるだろうさ、なにも勇者様がみんな強いわけじゃないからなぁ。この勇者様は弱かったおかげで私たちの店に来てくれたんだから良いことだわい!」


「この世界の人間は人の傷をえぐって塩を塗り込むのが趣味なのか!」


「さぁ!早速仕事だよー!」


「は!?」


「ほらほら、そんな間抜け面してないで、さっさと荷物置いてきな!仕事だよ!」


「え、は?しご…?」


「なんだい?もう寝ぼけてんのかい?正門のところで聞いただろ?ここは〝働かねぇ弱いやつは死に(さら)せ〟が教訓なんだよ」



 ―――何それ凶暴すぎだろ。つーか初耳なんだけど



 それから俺の訴えをひたすらに無視をしてくれた2人は、ひとしきり勝手に盛り上がったあと俺を部屋へと案内してくれた。案内された部屋は2階の一番奥の角部屋で、木でできた扉は見た目こそ悪くはない。


 部屋の方は、4畳ほどの広さでシングルベッドに明かりが1つあるくらいのシンプルな造りだった。木造建築なだけあって落ち着く雰囲気の部屋である。


 ―――はぁ、


 俺は小さな個室にポツリと置いてある決して気持ちいいとは言えない一人分が入るくらいのベッドの上に横になる。そして深く深く、肺の中の空気を全て吐き出すように息を吐き出した。


 やっと部屋で休憩、もとい、お昼寝、もとい、ダラダラできると思っていたのに、まさかの死刑宣告をされた気分だ。


 『働かざるもの食うべからず、別称〝働かねぇ弱いやつは死に(さら)せ〟』


 そんな言葉は俺達の世界だけで十分だと思っていたのに。むしろそんな乱暴に変換されなくてもよかっただろうに。一体ニートになんの恨みがあるというのだ、この街は。


 しかし働けなんてこんな異世界に来てまで聞きたい言葉ではない。というか、そんな働き過ぎな国は日本だけで十分だし、むしろ日本人は一回休んだほうがいいと個人的には思う。そして俺にも休みをくれたら一生を寝て過ごさせていただく心積もりです。


―――さて、せっかくデップもいないことだし一眠りしますかね。今回も長旅だったし、さすがの俺様ももう限界………


 仕事とか言われたけど少しくらい休んでから行っても罰は当たらないだろう。久し振りの毛布の感触に歓喜しつつ、睡魔に抗わず一気に意識を手放した。

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