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七・雷鳴

 第一話でお話ししていた物語はここからスタートします。

 お気持ちを明るく持ってご覧下さい。もしくは、気分転換の方法をご準備頂いておくと楽かと思われます。

 瑞穂が留年した理由。気管支の障害。繰り返される発作。一番酷いのが去年の夏の始めの方。梅雨明け頃。生死の境をさまよい続け、そして峠を越えた頃に宮ノ訪の病院で根治の為の手術ができる環境が整ったという。

 学校に行けない正当な理由として認められるのだから、卒業しても良かったはずだった。でも、それを親が拒んだ。卒業しても既に受験は終わっていて、行ける高校がない。でも、それ以上に、

「あそこの親は子ども一人まともに高校にやりきらんとばい」

 という悪評が立つ事の方を真っ先に恐れたのだという。

 ロック、というジャンルで音楽をやっているからかどうかは知らないが、俺は世間体という奴が大嫌いだった。そして、それを真っ先に気にして瑞穂の為じゃなく自分たちの都合を優先する瑞穂の両親どもが、許せなかった。

 お袋が情報を集めていた。瑞穂は自分の家族の事を話そうとしなかった。聞くと、決まって笑う。笑って、誤魔化した。しつこく聞いてしまうこともあったが、絵梨か、先生に止められた。

 お袋が言う。あの子の母親は産みの母ではないと。でも父親は血の繋がりがあるのだと。なるほど俺と同じじゃないのか。だったら、大丈夫なんじゃないかと思った。だって、うまくいっているじゃないか。俺とお袋の場合。事情をつい最近まで知らなかったけれど、でも知ってからでも今まで通り、言い合いとかつまんねー喧嘩とかするんだけど、でもうまくいっている。

 何故だ? じゃあどうして瑞穂はうまくいかない。

 お袋が言う。瑞穂を産んだ両親が離婚する時、どちらが瑞穂を引き取るか、という点で一番揉めたという。一体どちらが、

瑞穂(お荷物)』を引き受けるか。という一点で。

 揉めに揉めたという。父親に決まった。その時の父親の顔を瑞穂は忘れられないでいるのだと言う。お袋に直接言った。

「まるで、外れくじを引いたような顔でした」

 その後、すぐに瑞穂は笑ったそうだ。そして、続けたそうだ。

「仕方が無いんです。私はお父さんとお母さん二人ともの足を引っ張り続けながらここまで来ました。二人はやりたいことをずっと我慢し続ける人生を送ってきました。私はお荷物なんです。でも、それでも私は新しいお母さんと、そしてお父さんの家で暮らす事ができて、とっても幸せなんです。これを恨んだりしたら、(バチ)が当たります」

 カラン。グラスの氷が立てる音一つ。

「子育てっちゅうんは、我慢なんかやないよ。……いや、我慢だってやっぱあったけどな。ありまくったけどな。……けど、ちゃうやん。そういうもんと、ちゃうやん……」

 酒の入ったお袋の声は切なく聞こえて、俺は初めてこの気持ちを、こういう感じを切ない、というのだと、知った。お袋が切ないと思っているのか、それとも俺が切ないと思うから声が切なく聞こえたのか、それはどうでも良い事だが、俺の気持ちがその直後に怒りに変わってしまった事はどうでも良い事ではなかった。

 胸は張り裂けそうだった。なんて月並みな表現だ。陳腐過ぎて吹き出しちまう。俺はそういうのを人一倍バカにするクチだった。でも、止められなかった。翌日の帰り道。降りしきる雨の中でついに瑞穂は俺に話してくれた。

 瑞穂は新しい母親とうまく行かなかったのだ。いや、母親は、うまくいかせるつもりが端からなかったに違いない。

 二人が初めて出会ったその時に出来るだけ印象を良くしようと努めて笑顔で挨拶した瑞穂に対して、

「どうしてこんな鈍臭(ドンクサ)いのを引き受けてんのよ。とんだお荷物じゃない」

 舌打ちまじりに発した発言がこれだ。

「仕方がないだろう。施設なんかに預けてみろ。近所から何言われるか」

 公務員が全てこうだとは当然言わないが、吐き気がする。

 瑞穂は普段家でどんな風に過ごしているのか、扱われているのか、それを言わなかった。言わなくても、察しがつく。

「お母さん。今日の晩ご飯はポテトサラダを作りますね」

 笑顔で瑞穂は母親に話しかける。でも、その母親から声が返って来る事は無い。それでも、明日も、明後日も、明々後日も、その次の日も、今日こそは何か変わるかもしれない。私が笑顔であれば、私が良い子であれば。それを積み重ねて何年も。……なんて滑稽なんだ! 腕が震えだす。今こいつらを前にしたら、ワンパンで殺せそうな気がする。死んで当然だこいつら! そんな俺を柔らかく包み込むようにして、俺の腕を抱きとめる瑞穂の顔が笑っている。

「大丈夫ですよ。隆君。今日はうまく行く気がするんです。お母さんの好きなポテトサラダ。今日はこの前よりずっと上手に作れます。お父さんも、好物の煮付けをきっと美味しく食べてくれます。(あきら)君も私に懐いてくれているんですよ!」

 違うだろ? そうじゃないだろ? 違うだろう! 問題はそこじゃないんだ。上手か下手じゃない。今の両親の実の息子、旭だって、そうだろ? もう立派に両親の洗脳に染まって、お前を目の敵にしているのを俺は知っているんだぞ? もう無理なんだろ? どうしてそうやって、笑っていられるんだよ。お前、その笑顔で誰を許す気なんだよ……。

「隆君。だから。お願いです。お願いだから……」

 瑞穂の声がする。優しい声。許されるような声。歌声に込められるような、あの時、ガーゴン姫って呼ばれるようになったきっかけの唄から、ずっと感じ続ける。聴いている、ただそれだけで、何もかも。そう、何でもが、許されるような、声。


 ――泣かないで、ください。

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