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殺戮衝動禁断症状



温かい場所にいるから、冷たい場所に突き落とされる。

何度でも。

何度でも。

何度でも。

それが当然の報いのように。

それがあたしの罰のように。

それがそれがそれがそれが。

なぶられるような生き地獄があたしの運命みたいに。




(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)い────────。

 なんでこんなことに?

 どうしてこんなに?

わけが、わからなかった。

どうして?どうして?どうして?

ドクドクと脈が乱れる心臓。これは混乱のせいだ。身体を無意識に乱暴に動かしたせいで、息は切れている。呼吸が上手くできない。

 周りに散らばるその色が。

 大好きな色が。


嫌いに──────なりそうだ。










「なんだよ、黒猫」

「なにが?カロライ」

「用もねぇのにオレの仕事場にくんじゃねぇって言ってんだ!」


 カロライの仕事場に居座っていれば怒鳴られた。


「いいじゃない、邪魔してないんだから。貴方の作品みてると退屈しないんだもの」

「そうだよーそうだよー、黒猫の言う通り」

「邪魔してないじゃんー、むしろ褒め称えてる!」

「邪魔してんだよ!特に貴様だ!ナヤ!」


ビシッと指を───ではなく、手入れをしていた刀でナヤを指すカロライ。

ナヤはバッと青ざめて両手を上げた。

カロライの作品を鑑賞しながら、ナヤのうんちくなどを聞いてきたのだ。遊太と一緒に。


「この暇人どもが!仕事しろ!」

「気が向いたらね」

「気分で仕事すんじゃねぇ!!」

「黒猫は自由だねー、流石だ。そんな黒猫大好き!」

「貴様は狼を追う仕事あんだろうがっ!」

「うわお!?刀振るな!て、手詰まりでっ」

「リフレッシュにここに来たわけだよ、カロライ君」

「ここに来るな!全員出てけっ!!!!」


カロライがぶちギレている為、あたし達はカロライの店を出た。


「ちょっと煩すぎちゃったわね、ナヤが」

「僕だけのせい!?」

「椿ぃ、次は何する?」


仕事する気にもなれず、だからと言って四六時中コクウとべたつくのも甘ったる過ぎて嫌になり、暇潰しに出ている最中。

遊太も暇で、行き詰まり愚痴に来たナヤもいたので、一緒に引き連れてきた。


「何するって言われてもねぇ…」


頭の後ろに腕を組んで考えてみる。

特に面白いこともない。

なにかないだろうか。


「……ウルフの調査でもしましょうか」

「えぇー」


苦いものでも食べたような顔で、ナヤが激しく嫌がった。

他に思い付かなかったのだ。


「やだやだぁーあ!他のことしよしよ!黒猫ぉ」

「あーわかったわ、わかったから。なら他の案を出しなさいよ」

「黒猫がなんかしよう!それを流す」

「却下」

「ぎゃふんっ」


仕事する気はない。

一蹴されてナヤは落ち込んだ。

すると、遊太の腕が肩に回されて引き寄せられた。


「それにしても、最近元気だよな!椿」

「え?」

「最近優しいもん!おおらかで和む!気品な猫にゃん!」

「意味がわからないわ、ナヤ」

「黒っちもご機嫌だしなぁ」


ナヤも腕を組んで引っ付いてくる。遊太はニヤニヤと笑って顔を覗いてきた。

うっ…。

付き合ってること、言ってはいないが、もう態度でバレバレか。


「どこまでいったの?椿ちゃん」

「え?もう勿論いくまでいったんでしょ、猫ちゃん」

「貴方達、刻むわよ」


からかう二人に言えば、笑って離れた。

コクウと付き合い始めてから一週間は経っただろう。黒のメンバーと幾分か気軽に接している。

壁を作って浅く付き合うつもりだったのに、コクウのせいで予定を狂わされた。


「─────!」


何か感じて後ろを振り返る。

そこに予想外でコクウが立っていてギョッとした。


「つぅばぁきっ」

「うっ」


がばっと、抱きつかれる。


「椿って敏感だよな、はは。恋人の気配は時に」

「なっ…ちが」


遊太が爽やかに笑って言うから否定しようとした。今のはコクウの気配に気付いたわけじゃない。

視線だ。

突き刺さる視線を感じたから振り返った。

だが、抱きつかれながら気配を探してみたが、もう近くにいない。

…気のせい、か?


「黒っち、何か面白いことねぇ?暇潰しにさ」

「面白いこと?レネメンのショーをぶち壊すのは?」

「却下」

「だな」


あたしの頭に顎を乗せるから振り落として一蹴する。遊太も苦笑した。


「あっ!ゼウスを拝もう!そうしよう!」


何かを閃いたナヤが突然声を上げる。

その名で過るのは一人の刑事。

篠塚健太楼(しのずかけんたろう)。記憶を失った狩人。

秀介の相棒。ポセイドンの相棒だからゼウス。雷鳴のように銃声を轟かせるからゼウス。

彼のことを、指してるのだろう。

神話のゼウスを拝むなんて、この人達が言うわけがない。


「…ゼウスはポセイドンと日本に居るんじゃないの?」

「いや、ここにいるぜ。先日ポセイドンと仕事したって情報を入手したんだ」


!。じゃあ…。

秀介、戻ってきたのか。アメリカに。


「それで今日はサンセット通りで仕事を」

「却下」

「うぇええええっ!!!?」


信じられないとばかりにナヤは声を上げた。…五月蝿い。


「うぉおいっ!なんで!?なんで!?なんで!?ゼウスだよ!ゼウス!神コンビを拝もうよぉおおっ!」

「俺もきゃーかぁ。ポセイドンもいるじゃーん、椿に馴れ馴れしいから近付けたくない」

「椿と黒っちの敵でもある狩人だしな、暇潰しにしてはリスク高いからパスだな。悪いな、ナヤ。ゼウスは興味あっけど」

「うぉおーいっ!!!」


スタスタとナヤを置いてあたし達三人は先を歩く。

秀介は、あたしのいないアパートにもう足を踏み入れたかな。

弾丸で穴だらけのあの部屋を見て、きっと心配している。

神出鬼没な彼のことだから、その内目の前に現れるだろう。

 かぷっ。

耳を噛まれる。言うまでもなく先程からくっついて離れないコクウが噛みついた。


「他の男のこと考えてるだろ?」

「……だったらなによ」

「…外出禁止にする。」

「貴方にそんな権限ないわよ」

「あははっ、椿は束縛嫌いそうだもんなっ」


あたしとコクウの会話を聞いて遊太が笑い出す。

外出禁止なんて冗談じゃない。過保護な兄達を思い出してしまった。

あの時は、なんだかんだ嫌だったけども、結局は言うことを聞いていたっけ。

それは、あの家が居心地よかったからか───────────────────────────────────。


「椿っ!!!」


大声で呼ばれてハッとする。


「なに?」


いつの間にか、目の前にコクウが立っていて両肩を掴んでいる。横から遊太が顔を出す。


「なにボケッとしてんだ?何度も呼んだんだぜ?」

「え…?」

「椿…大丈夫?」

「え……」


周りを見回せば、かなり歩いたことに気付く。

ここまで歩いたことも呼ばれていたことさえも、記憶にない。

 あれ?

 意識が飛んでた?

心配そうに顔を覗いたコクウは、遊太と顔を合わせる。

ふわりと、身体が浮いた。


「ちょ!?」

「帰るんだよ。椿が疲れてるみたいだからね」

「はぁ!?疲れてないわよっ下ろしなさい!」

「精神的に疲れてるんだ、多分。家でちゃんと休めよー」


コクウがあたしを抱えて、オフィスの方へ歩き出す。遊太は手を振ってあたし達を見送った。


「コクウ!下ろしなさい!」

「やだ。またボケッとして怪我されたくないから。お姫様抱っこされて考え事してていいぜ?」

「怪我しないわよっ」

「まぁ、楽しみにしてて」


暴れたが急にコクウが妖艶に笑ったため、停まる。コクウは耳元で囁いた。


「考え事ができないコト、するからさ」


クスクス、楽しそうに笑う。

え…。

完全停止するあたしだった。



抱えられて戻ってきたオフィスには、ソファーで蠍爆弾が仮眠をしていた。


「おー、お二人さん、おかえり」

「ただいまぁ」


ああ…。足掻くことなく大人しく連れてこられてしまった、あたし。

何故だか、動く気がしなかった。

別にコクウの悪戯を楽しみに待っていたわけじゃない決して、決してだ。

コクウはあたしをテーブル前の椅子に下ろして、向かいに腰を下ろした。

笑みを浮かべて黙ってあたしを見つめている。あたしはただ見つめ返した。

怒ってはいないようだ。


「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」


何分続いたかわからない沈黙のあと、あたしはテーブルに腕を置いて顔をそこに埋めた。


「彼には言わないで…。あたしから話すわ」


小さく、それでもコクウには聴こえる声で、あたしは云う。

コクウがどんな反応するのか見たくなくて、顔を上げない。


「─────君は、優しいね」


コクウは柔らかい声で、あたしに告げた。

顔をあげて見れば、コクウは穏やかに微笑んでいた。


「その方がいいだろう、俺から聞くよりも何倍もな。彼は椿の親友だしね」


くしゃくしゃと、あたしの頭を撫でて、頬に両手を当てるコクウ。


「甘いものでも食べよう。待ってて」


ちゅ、と額にキスをして、コクウは立ち上がり、あたしの紅いコートを脱がせて掛けてから、甘い物を買いに出掛けた。


「……」


別に…そこまで。

気を遣わなくてもいいのに…。

乱された髪を片手で直す。


「はーん。ならおれさんは、パァと騒げるように酒でも買ってくるか。紅公、ビール以外ならいけんだろ?ちゃんと飲めよ」


盗み聞きして、なんとなく把握した蠍爆弾が起き上がって、そう言い出した。

貴方が飲みたいだけでしょ、そう言う前に蠍爆弾も出掛けていく。

あほか。

そうあたしは笑いを漏らす。

その笑みは浮かべたまま、ぼんやりとする。

何かを考えていた気がしなくもない。ただ記憶には、残らなかった。

気付いたら、夕日で赤く染まっていたカーテンは黒に塗り替えられていて、空気ががらりと変わっていた。


「──────!?」


この感じ。

蠢く気配、突き刺さる視線、集中する殺気。

手練れの殺し屋の襲撃を意味する。

それも─────異常だ。

異常の人数。五人以上どころではない、三十人以上だ!

黒のオフィスが囲まれている。

狙いはあたしか。

────────いや違う。

狙いは、黒の集団だっ!!!

名前を馳せることが出来る、絶好の獲物。個人は無理でも、大人数で襲撃をすれば倒せると踏んだんだ。

いつかポセイドンを襲った殺し屋達みたいに。

あんな殺し屋とは比べられない手練れの殺し屋が、結託してきたか。


「紅公!」


蠍爆弾の声。彼も気付いたようだ。

パリーン、硝子が割られ、殺し屋が突撃してきた。

そこで、あたしは自分の異変に気付く。


「おい!紅公っ!!」


爆弾で足止めをする蠍爆弾に肩を掴まれても、あたしは動かなかった。蹲ったまま動かない。違う。動けないんだ。

意識はあるのに。動かせない。

まるで回線がいかれてしまったかのように。動けない。

否、そもそも。

身体を動かす指令さえも、していないのかもしれない。

あたしは、なにを、してるんだ?

その疑問にさえ、疑問を持つ。

あれ。

なんだ。

これ。

わからない。

強引に蠍爆弾に立たされた。

あたしがまともに覚えているのは。

そこまでだった。





(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)(アカ)い。

 な ん で こ ん な こ と に ?

 ど う し て こ ん な に ?


「え」


 間抜けな声を出して、あたしは目を見開く。

どうして?どうして?どうして?

ドクドクと脈が乱れる心臓。これは混乱のせいだ。

身体を無意識に乱暴に動かしたせいで、息は切れている。呼吸が上手くできない。

周りに散らばる大好きな色は見慣れているはずなのに、酷く信じられなくて目を疑いたくなった。

 何処だか、わからない廃墟らしき建物の中。一部天井は崩壊して、月がぼんやりとそこを照らし出す。

 数多な死体と血の海を─────あたしの犯した罪を照らした。

その死体は間違いなく襲撃してきた殺し屋達だ。そして間違いなく彼らの息の根を止めたのは他でもないあたしだ。

あたしの手には、お気に入りのカルドでもなく、傑作のパグ・ナウでもなく、ましてや白い刃の短剣でもなく、欠けた硝子が在った。

紅色に塗られた硝子。

あたしの手も、腕も足も胸も肩も頭も髪も、真っ赤だ。紅色だ。

鮮明な赤にまみれている。

血塗れで、茫然と立ち尽くす。

前にもあった。

これはそうだ。

あの時と酷似している。

ぱた、とその場に座り込む。

茫然自失で、あの時を思い出した。

─────────ガタン。

───────ガタン、ゴトン。

─────ガタン、ゴトン。

電車が揺れる音。振動が甦る。

─────────ガタン。

───────ガタン、ゴトン。

─────ガタン、ゴトン。

あの血塗れの電車の中。

─────────ガタン。

───────ガタン、ゴトン。

─────ガタン、ゴトン。

あたしが初め、人を殺した時だ。

あの時と、同じだ。

同じなんだ。

殺している時の記憶なんて曖昧で、気付いたら、大量の死体と血の海。いつ手にしたかも覚えていない凶器を右手に、立ち尽くしていた。

あの時は、何も感じていなかった。

戸惑いもしなかった。

ただ冷静に自分が殺ったと理解して、これからどうするべきなのかぼんやりと思考していた。

それから。

そうしたら。

あの時は。

笑い声が聴こえたんだ。

あの人が。

あの人が笑いかけたんだ。


「─────…」


 だけど、顔をあげて、視た先にはあの人じゃなくてコクウが立っていてあたしを見つめていた。

その表情はまるで。

悲しむようで激情を秘めているようで。

あたしじゃないダレかを睨んでいるようにも、見えた。

少し離れているだけなのに、彼が遠くに感じる。ずっと。傍にいた彼が、寄り添って抱き締めていた彼が。

あたしとコクウの視線が初めてぶつかれば、コクウはにっこりと笑みを浮かべる。


「くひゃひゃひゃ。椿ぃ、真っ赤だぁ」


そう言って死体を踏みつけて、歩み寄ったコクウはあたしが握る硝子を取り外す。


「ごめん。遅れて」


それから、謝ってあたしの髪を整えた。

笑みを貼り付けることを忘れて何処かを見つめるコクウを見上げながら、口を開く。


「あたしが……一人で殺ったの?」

「…そうだよ」

「……みんなは……無事?」

「各自送られた刺客を返り討ちにしたから無事だぜ」


コクウから記憶を飛ばしたの?なんて問いかけはなかった。あたしの様子を見て、感付いてる。

「髪が痛むなぁ。早く洗おうか」とコクウはあたしをひょいっと軽々持ち上げた。

抱えられて、生存者に気付く。

黒のメンバーだ。

ディフォとレネメンにナヤ、遊太を目視できた。他は見当たらない。

黙ってこちらを見ている。

遠巻きに見ている。


「……ごめん…」

「ん?」

「ごめんなさい」

「なにが?椿」

「貴方の仲間を傷付けて…ごめんなさい」


四人は、怪我をしていた。

見たところ軽傷のようだが、刃物による怪我だとわかる。

あたしがやったのだと、理解した。


「…覚えてるの?」

「…覚えてない」


肯定か。

記憶にはないが、あの遊太が駆け寄らないしナヤが騒がなかったのは、多分それだけ異常だったんだ。

硝子で傷付いた右手以外は無傷なあたしは圧倒して殺戮していたはず。ミイラを切り裂いていたのと同じ。

それだけなら、遠巻きにしない。

あたしは、彼らにも刃を向けて、切りつけたんだ。

その場にいた全員を殺す。

その為に、振るったんだ。

ただ、殺戮をするだけ。


「さそりは…」

「……アイスピックと一緒に闇医者に手当てされてるよ」


つまり、二人は重傷なのか。

蠍爆弾は、一緒にいたんだ。

不意討ちにあたしが切りつけたら、致命傷を負いかねない。

それでも、あたしは、取り乱すことなんてなかった。

人殺しをした事実を認めるように、納得して受け入れている。

言い訳も謝罪の言葉もでない。

罪悪感は、ないんだ。

あの時と同じ。


「忘れてたの」


あたしは、言う。


「人を殺し続けていかなくちゃ、こうなるって」


 殺戮衝動の爆発。

それがこれだ。

あたしは殺戮中毒の殺人鬼。

揺るがない事実。

例え、愛に抱き締められても、血塗れなんだ。





 ガタン、ゴトン。

電車の揺れる音。

ガタン、ゴトン。

眠ってしまいたくなる揺れ。


「つぅばぁきぃ」


ぼんやりしたあたしの意識を戻すのは、目の前にいるコクウ。

ベッドに俯せてているあたしと同じようにいる。


「皆、怒ってないよ」

「……そう」

「降りないの?」

「……」


 大量殺戮の翌日。

あまり眠れず、ベッドにずっと寝転がっていたあたしは、まだメンバーに会ってない。

コクウに手を引かれて、あたしはオフィスに降りていった。

 そこには全員が揃っていた。

蠍爆弾は左腕を包帯で固定して肩から下げて、ソファに座っている。その他の者は見ただけでは何処を怪我したのかわからない。


「ごめんなさい」

「謝るんだったら─────────酒飲めや」


俯いて心のこもっていない謝罪をすれば、蠍爆弾は右手でボトルをあたしに投げ付けた。

反射的に受け取ったあたしはきょとんとする。


「さぁさぁ!座るさ!おつまみも選り取りみどりさ」

「早く飲もうぜ!」

「待たせるなよ」

「襲撃を返り討ちにしたって新たに武勇伝が出来たお祝いだぁ!」


アイスピックも遊太もディフォもナヤも手に酒を持ち、笑いかけてきた。

振り返ってコクウを見上げると、彼もにっこりと笑う。

背中を押されて、少しだけ強引に火都の隣に座らされる。


「かんぱぁい」


火都はあたしの持つボトルに缶ビールを軽く当てた。

そのボトルを取り、コップに注ぐのはレネメン。


「飲まないとは言わせねーぞ?紅公」

「酔い潰れるまで許さないからな」

「さぁ、どんどん飲むさ」

「祝杯だぁ!」

「…………」


ぽかーん、と彼らの顔を見る。

やがてあたしは、吹き出して笑う。


「えぇ、乾杯」








「いやぁーあ、あれは凄かったね!レッドトレインもあんな感じだったのかな!黒猫!ボクは感激で昇天しそうだ!君はボクの期待に応えてくれた!君はものすごいよ、頭蓋破壊屋に並ぶどころじゃない!史上最強の殺戮者にもなり得る!他の武器には目もくれず、無駄な動きなんてなく、まるで闇を駆け巡る猫のように軽やかに、ザックザックと切り裂く光景は見惚れた!殺戮者の中の殺戮者だ!何人だっけ?そうだ、37人だ!あの数の、しかもそこそこの腕の殺し屋を一人で!もう君に合う言葉が見付からなくて悔しいよ、黒猫!!全ての誉め言葉を言っても足りないくらいだ!解語之花!迦陵頻伽(がりゅうびんが)!謹厳実直!鶏群一鶴(けいぐんいっかく)!才色兼備!出藍之誉(しゅつらんのほまれ)!純情可憐!純真無垢!新進気鋭!大胆不敵!沈魚落雁!泥中之蓮!八面玲瓏(はちめんれいろう)!八面六臂!不言実行!」

「とりあえず適当な四字熟語言ってない?ナヤ。半分わからないんだけど」

「くひゃ、黙らせて」

「んんんん!」


アルコールが入るなりペラペラと雄弁に語り出したナヤを呆然と見上げていたが、いい加減やめさせた。彼がこうやって話すのはいつものことだ。


「だが、本当に驚いたな。おれさんまで切りつけて、アイスピックにまで、な?」

「いやはやぁ、私は光栄さ!」

「ごめんなさいね。殺し忘れて、禁断症状が出たのよ。切りつけた記憶、ないわ」

「凍てつくような冷たい瞳に見つめられて、ぞ・く・ぞ・くしたさ」


蠍爆弾もその話題に触れれば、恍惚な表情を浮かべるアイスピック。…気持ち悪いな。

一同はアイスピックに引いた。


「誰が触れても誰が声をかけても、椿の意識は戻らなかったなぁ……。初めての人殺しはレッドトレイン?」

「そうよ」

「ふぅん」


隣に座るコクウに問われて頷く。

コクウは微笑みを浮かべたままウォッカを気品に飲んだ。


「酔った?椿」

「酔ってないわ」

「酔ったら介抱するよ」

「必要ないわよ」

「ほらよ、フルーツ」

「ありがと、レネメン」

「あーん、椿」

「自分で食べる」

「椿椿、これオススメ」

「んんんんふんむぐんんんー」

「なに言ってるのぉ?ナヤ」

「…騒がしい」

「いつもだろ」

「お嬢さん、私が注ごう」

「断る」

「騒がしいな…」

「騒がしくていいだろ」

「楽しくてなにより」


賑やかなオフィス。

人数が多いせいなのか、個性的なせいなのか、それはわからない。

賑やかで騒がしく、笑いの絶えない飲み会だった。

あたしは彼らとの飲み会と似ていると思いつつ、酒を飲んでいく。


「黒猫!勝負だ!」

「は?」

「やれないとは言わせないぜー!テキーラ持ってこい!」


もう出来上がっている蠍爆弾が言い出した。横からディフォがテキーラを出す。


「飲み比べだ!」

「なんで飲み比べしなきゃならないのよ…」

「くひゃひゃ、いいね?負けた方はディフォのチューで」

「よしゃ!勝て!黒猫!アンタが負けてもしてやらん!」

「…………」


酔っ払い相手にテキーラで飲み比べ。

怪我をさせた負い目があるため、あたしは致し方なくやった。

がやがやと外野は騒ぎ立てて盛り上げる。

くだらないことで爆笑して、ある者は歌い出して、ある者は踊り出して、ある者は卒倒した。



 あたしが目を覚ましたのは、翌朝。或いは昼。眠さと怠さの両方で身体が重い。

誰かの胸の上にいる。

顔を見て確かめなくても、コクウだとわかった。

腕を回して、ギュッと抱き締めれば、頭を撫でられる。

頬をすりよせ、また目を閉じた。

頭上でコクウがくすくす笑う。


「まだ酔ってるの?椿」

「んぅ…」


そういえば、禁酒した理由を忘れていた。過ちを犯さないためだ。まぁ、コクウがそばにいるなら誰かと何かする前に助けてくれるだろう。コクウもそれなりに嫉妬するし。彼自身、酔った勢いで行為に及ぶことは好かないらしいし。

安心して飲めるわけだ。

それにしても。

心地いいな。


「コクウ…」

「ん?」

「…すき…」


寝言のように小さく、あたしは言う。

不意打ちは成功したのか、コクウが驚いた反応をした。と思う。


「もう一度言って」

「……」

「椿…」


両手であたしの顔を包み、向かい合わせたコクウが静かに微笑んで求める。もう一度言えと。

あたしが口を開く前に、軽く唇を重ねた。


「……好き」

「…俺もだよ、椿」


コクウはまた唇を重ねて、あたしを抱き寄せる。コクウの片方の手があたしの髪をすり抜け、背中を撫で、腰を尻を足を撫でて、そして─────。


「ゴホン!」


そこでピタリと止まる。

咳が聴こえた方を見れば、カロライ。

テーブルの椅子に腰掛けていた。


「いちゃつくなら他所でやれ!」


カロライの他にも、レネメンとナヤがそこにはいて、三人分のコーヒーが置かれているところを見ると先程から起きていて一部始終を見て聞いていたらしい。

あたしは酔い潰れて、コクウはそのままソファであたしと寝ていたようだ。

これは恥ずかしい。


「おはよう。あたしにももらえるかしら」

「あ、ああ…」

「え、続きは!?」

「しないわよ」


顔を覆っておいて指の隙間から盗み見ていたナヤに一蹴する。


「それで、仕事は決めたか?」

「え?」

「また切りつけられちゃたまらん。暴れだす前に摂取しとけ」



摂取?一瞬首を傾げる。

あたしが殺戮衝動で暴走しないように、殺人をやっとけという意味だと直ぐに理解した。


「摂取って…薬中みたいに言わないでちょうだい」

「似たようなもんでしょ」


…似たようなものだが。


「ボクが紹介する!だから黒との交際を報道させ」

「ない。」

「ぐあっ」


また一蹴するとナヤは悲鳴を上げて倒れる。


「前は二週間と三日は耐えれたのに……ああ、あれは矢都に怪我させられてたからか」

「ん…?」


以前負傷を負わしてきた火都の弟の矢都の名前を出せば、会話を聞いて目を覚ましていた火都が起き上がった。

そこで思い出すのは、白瑠さん。

矢都の対決の日。

可笑しかった白瑠さん。

可笑しくて、可笑しくて、可笑しかった。

初めて血塗れの白瑠さんを視たんだ。

いつもの笑みなんてなく、睨み付けていたっけ。

それが可笑しすぎて、可笑しすぎて、怖かった。

笑顔の仮面を剥ぎ取ったみたいだったから──────。

不意にあたしは、コクウに目をやる。

彼はきょとん、と首を傾げた。

あたしは口を開きかけて閉じる。

言わない方がいいと思ったからだ。


「三日に一度は殺るようにするわ」


あたしはコーヒーを啜って言う。

今まで毎日のように殺していたから、その分早く暴走してしまったのだろう。

前はベッドの上で怪我を治すために二週間以上殺しをしてなかった。

大体一週間以上空けることは避けるか。


「じゃあ今夜、仕事しようか。一緒に」


コクウが笑いかけるが、あたしは反応を示さずにコーヒーを飲む。どちらでも構わないけれど。


「死体は処理終えたの?」

「ああ、頼んでおいたさ。半分は貴様が払えよ」

「金欠なんだけど…」

「俺が出すよ。くひゃひゃ」

「それにしても多いわね、三十人が襲ってくるなんて。敵でもいるの?」

「くひゃ、敵はそこらじゅうにいる。皆殺しにしたからわからないけど、大方金より名誉狙いの殺し屋が集まったんだぁ」

「でしょーね」







 ひゃー、そんな話になるとは思わなかったな。ん。でもねぇ


あの人はチェシャ猫の尻尾みたいに揺れてにんやり笑った。


 そうかもしれない


白瑠さんはそう答えた。


 つばちゃんと俺は似た者同士だ

 似たような存在だよねぇんひゃっ。本当にそんな感じだ


冷たくもなく、貼り付けたような上っ面な笑みでもない。


 全然違うけどぉ、おんなじ。手が真っ赤な殺戮者だ。そーゆー存在だよねぇ、俺とつばちゃんは


何故か嬉しそうに、彼は笑ってそう答えた。

あたしが頭蓋破壊屋に並ぶ存在だと噂が流れている事実を知って訊いた答え。

"存在が似てる"。


「つぅばぁあきぃ」


 呼び掛けられて顔を上げれば、笑みを浮かべてあたしを見下ろすコクウ。

白瑠さんと対になる存在。


「さっき言いかけたことを教えて」


ベッドの上で武器の整備をしていたあたしの隣に腰掛けて、コクウは問う。

あたしは少し迷ってから、はぐらかすのも面倒なので口にした。


「白瑠さん、あの人はいつから笑いながら殺戮し始めたの?」

「ん?白?んーぅ」


首を捻り記憶を探り出すように右上に視線を向けるコクウ。

彼は確かに、白瑠さんは初めは笑いながら殺してなかったと言った。

多分、矢都を殺す時のあの表情で、昔は殺戮してたんだろう。

では、いつから?

いつから、笑みを貼り付けて殺すようになったんだろうか。


「手当てしてやった俺を睨みつけて、殺してきてぇ。んで暫くちょっかいだしてた時はまだ笑って殺戮してなかったなぁ……ああ!思い出した思い出した」


ぽんっ、とコクウは手を叩いた。

ちょっかいだしてたのか…コクウは。


「話してたらいきなり笑い出してぇ、殺しに来たんだった」


にこっ、と軽く言い退けた。

「話してたら?」と怪訝に顔をしかめて首を傾ける。


「んーう、なんだったかなぁむぅ…」


仰け反って思い出そうとしていれば、コクウはやっと思い出したらしくぱぁっと笑みを浮かべた。


「"何をそんなに苛々してるんだい?一歩境界線を踏み越えた君は、もう二度と境界線の向こう側には引き返せないっていうのに。踏み込む前の自分なんかに、戻れやしないよ。いくら殺ったって罪悪感なんてわかない。殺したいだけ殺す。無情にあっさり死んだ人間なんてまるで壊れた玩具としか思わないだろ?俺達殺戮者にとったら周りの奴等なんて脆く壊す為の玩具だぜ。はっきり言ってやるよ、親切に教えてやるよ、小僧。それが俺達の“正常”。他人に言わせれば“異常者”だとしても俺達はもう、人を殺さずにはいられない。殺さなくちゃ生きていけない。解るだろう?自分が変わったと。解ってんだろ?もう戻れないってさ。何したって、殺戮者である事実は消せないぜ"」


楽しげに笑いながら、コクウは白瑠さんに言ったであろう言葉を口にする。

あたしは、ぽかんとした。


「そうそう、そんな表情して白は黙って聴いてたんだ。ちょっとしてから狂ったように笑い出してぇ飛び掛かってきた!」


可笑しそうに笑い声を漏らすコクウ。

あたしは言葉を失い、暫く黙っていた。

やがて気になったのかコクウは笑いを止めて首を傾げる。


「────それ」


あたしはなんとか声を出す。


「似たようなこと……あたし…言われた」


白瑠さんに。

そう言えば、今度はコクウがキョトンとした。


「白瑠さんに言われて…あたしは納得した…。自分が殺戮者で殺戮中毒で────もう戻れないって、理解したの」

「───────────…」


コクウは、何も言わない。

彼に言われたあの言葉で、あたしは理解した。納得してた。

あれは自分のニュースを初めて見た直後だったな。

───ああ、そうか。

その言葉は、白瑠さんにとっても、現実を受け入れるきっかけになってたんだ。

コクウにそう云われて、白瑠さんは吹っ切れたのか受け入れて、笑って殺しにかかった。

その時、彼がなにを思ってたかまではわからないけど。

多分、そうなんだろうな。

事実を突き付けられて、ぶちキレたかもしれない。嫌がらせのように、彼はあたしにそう告げたかもしれない。

あたしがキレなかったから、あんなつまらなそうな顔をしてたのかも。

きっと問い掛けても、あの人の真意なんてわからないだろうけど。


「…………ふぅん」


コクウは、至極つまらなそうな顔でそっぽを向いた。あの時の、白瑠さんみたいに。

あたしの勝手な憶測だけど、あの人は───コクウがあっての白瑠さんなのかも。

誰かが言ってくれなきゃ、多分────あの人はがむしゃらなまま自殺行為で息絶えていたはずだ。

白あっての黒。

黒あっての白。


「………………………………………」


コクウに意識を戻せば、表情は不機嫌に染まってどこかを見据えていた。


「…コクウ?」


呼び掛けてみれば、コクウはあたしに顔を向けて、にこっ、と笑みを浮かべる。


「なぁに?もう一回好きだって云ってくれるの?」

「……違うけど」


整備を続けて手を動かす。

直ぐにふと思考し、手を止める。


「……傍にいてくれて、ありがとう。コクウ」

「!」

「…多分。貴方がいたからこそ、一週間以上、平然と居られた」


まぁ、殺しを止めていたのはコクウが理由でもあるが。

それも呟いたが、コクウが押し倒してきた。


「ちょ、ナイフが」

「ふふ…素直で可愛いなぁ。俺、我慢、出来なくなっちゃうぜ」

「はぁ…?」


近距離で囁かれるが、コクウはなにもしない。

有言実行で、コクウはあたしが許すまで手を出さないそうだ。

…ふむ。


「その身体」

「ん?」

「あたしの許可なしに傷付けないでよね」

「……うん」

「撃たれても刺されても焼かれても、だめだから」

「……うん」


コクウはあたしの横に、身を置いてクスリと静かに笑う。


「君の仰せの通りに」














 最低三日に仕事に行き、殺しをやる。コクウとナヤからもらった仕事をやったり、レネメンと仕事したりした。

特に問題なく、淡々と片付けることが出来て、これが日常になりつつあると思っていたある日。

コクウに舞い込んだ仕事をしていた。

依頼内容は皆殺しなのに、隙をつかれてターゲット達が数人逃げ出してしまい、あたしとコクウは手分けして探すことに。


「おい、V。どこ行った?」

「自分で探せ」

「ケチ悪魔」


悪魔を頼ることも出来ず、自分で探す。吸血鬼と違いニオイで追うこともできないあたしは、人気のない路地を駆け抜ける。

そう言えば、ヴァッサーゴと話すのは久しぶりだな…。

そんなことより、ターゲットの始末だ。

とりあえず顔は覚えているから、人間の気配を頼りに探しだして…。

走ったままスピードを落とさずに路地を曲がった、その時だ。

 びゅんっ。

青い閃光が視えた。

咄嗟に後ろに飛び、それを避ける。

舌打ちが聞こえた。

体勢を整える前に、また青い閃光が顔を掠める。

あたしは後退りしながらそれを避けて、脚を振り上げた。

相手は避けるために、距離を取る。


「………貴方」

「やぁ、紅色の黒猫」


そこに立っていたのは、青鮫。

カロライの店にいたあの狩人。

青いトンファーを手にして、嫌な愛想笑いを浮かべてそこに立っていた。

……。あたしが殺し屋だと知っている。殺し屋を狩るために来たようだ。

バグ・ナウの爪を伸ばす。


「カロライのとこに赤いコートの美女がいたから、もしかしたらーって尾行したら案の定。紅色の黒猫だった。オレのことは聞いたかい?」


にこ、と上っ面な笑みで問うコイツに不快感を抱く。尾行、ね。なんで教えてくれなかったのよ、ヴァッサーゴ。


「一人になったから、名をあげに来たのかしら?」

「そこまで野心家じゃないさ。血塗れの殺戮者の腕前を知りたくてな、くく、まぁ…一石二鳥だな」


くるり、と青いトンファーが回る。

何にせよ、彼は狩人。

そしてこいつは血を欲する狩人だ。

殺し合いは避けられない。

まぁ、来るのならば殺すけれど。

 青鮫から動いた。

楔が飛び出て振られる。それを仰け反り避けるあたし。毒が仕込まれている、触れたらアウトだな。

あたしはヴァッサーゴがいるから平気なんだが。


「ヴァッサーゴがついてるからあたしは大丈夫♪か?クククッ」

「うぜっ」


口を開いたヴァッサーゴに言葉を洩らせば、自分に言われたと勘違いした青鮫が「ああ!?」と叩き潰すように振るってきた。

ふむ。

実力はあるな。

カロライの常連に低級はいないっか。

距離を取って短剣を取り出す。


「ねぇ、知ってるかしら?」

「あ?」

「その武器、仕掛け。全部知ってる」

「なに!?」


動揺が走ったのを見て、コンクリートを蹴り飛ばして二つの剣を振る。青鮫はトンファーで受け止めたが衝動で後退る。

あたしは勢いを殺さずに続けて切りかかった。

 ガキンッ。

二つの短剣を二つのトンファーで受け止められた。

にやり。鮫が笑う。

 ズンッ。

トンファーから刃が飛び出して、頬を掠める。熱いものが伝うのがわかる。

それを視て、青鮫は嬉しそうに笑みをつり上げた。

だがその笑みはすぐに崩れる。苦痛に歪む。


「…くっ」


受け止められたら刃が出てくるのは簡単に予測できる。仕掛けは全て知ってるのだから。


「これも、カロライ作なの。彼は本当にいい仕事をするわよね」


青鮫が離れても上げた足。ブーツの底には刃が飛び出している。

短剣で叩けば、刃は引っ込んだ。

腹に一突き。青鮫は腹を押さえている。


「…はっ。知らないのか?このトンファーの刃には猛毒が」

「さて、鮫さん?」


短剣をしまい、カルドを片手に持つ。


「自分の血で真っ赤に染まった経験はあるかしら?」


冷たく微笑んでやる。

青鮫は笑みを浮かべつつあたしを睨み付けた。

そしてまた衝突。

カキン、キキン。

カルドとパグ・ナウで攻める。

腹の傷で簡単に押せた。

ヴァッサーゴがいなければ押されていたのは毒が回ったあたしだ。フェアじゃない。当然だ。


「動くなっ!!」


そこに響いた声に、あたしも青鮫も動きを止める。


「………」


目を向けた先には、銃口を向ける篠塚さん。


「お前は…ゼウス!」


ポセイドンの相棒、ゼウスこと篠塚さん。

狩人同士、面識があるようだ。

そんなことはどうでもいい。

あたしと青鮫は篠塚さんから目を放して向き合い、刃を振るう。


「二人とも止まれ!」


篠塚さんの制止する声も聴かず、己の武器を叩き込む。

同じ狩人だから自分を撃たないと判断して青鮫はあたしに集中する。あたしも撃たないと思っているし撃たれたところで死なないから青鮫を殺すことに専念した。

 カッッキンッ。

疲れが出て一つのトンファーが青鮫の手から弾いていく。あたしはにやりと笑い、それを瞬時にパグ・ナウを引っ込めた左手で掴んだ。

顔面にヒット。

そこで怯まず体勢を整えて反撃してきたのは評価するが、終わりだ。

がら空きの左腕を掴み、捻りあげて捩じ伏せる。

そしてカルドを振り上げた。

 ガウンッ。

雷のような銃声が轟く。

またあたし達は動きを止める。


「やめるんだ!椿!」


火薬のにおい。目を向けた先に篠塚さん。

あたしは。篠塚さんを見つめたまま、カルドを降り下ろした。


「っ椿!!!」


どしゃっと青鮫の身体が落ちて、篠塚さんが怒鳴るように声を上げたが直ぐに青鮫に駆け寄り生存を確認する。首をスパッと切ったんだ。即死。

死亡を確認したらしく、篠塚さんはやるせない表情をする。

あたしは気にとめずに、もう一つのトンファーを拾う。死人にはもう必要ないだろ。貰うわ。


「じゃあ、急いでるので。失礼します」


あたしはコクウと合流しようと篠塚さんに背を向ける。どうせコクウは標的達を既に始末しただろう。もしかしたらあたしの血のニオイを嗅ぎ付けて来てしまう。それは避けねば、ゼウスと黒の殺戮者を会わせてはならない。


「そんくらいの流血じゃあ気付かないぜ。鮫の血で届かないだろうしな…つぅか、椿。う・し・ろ」


今日はお喋りな悪魔。

後ろと言われて振り返ってみた。

 ガシャン。

篠塚さんが意外に近い。右手が掴まれていて、その手首に手錠。

 …… デ ジ ャ ヴ 。


「……篠塚さん…?」

「来るんだ!」

「!?、いや…えっ…ちょ………意味がわかりません!」

「これ以上殺しをさせられない!」

「ハイ!?」


前回同様、篠塚さんは自分の左手首に嵌めてあたしは繋がれ引かれていく。強制連行。


「な、なんですか、いきなりっ。その話は解決したんじゃないんですか!?」


最後に会ったあの時、納得して諦めてくれたとばかり思っていた。

 本当に……そこにいて……大丈夫なんだな?

 はい、大丈夫です。

 ……そうか…。


下手な笑みを向けて頷いたあの時の篠塚さんを思い出す。

ぐりんっ、といきなり篠塚さんは振り返った。


「白瑠さんの元を去ったんだろ」

「!」


ビクリと繋がれた腕が震える。

きつく問い詰めるように眉間にシワを寄せ鋭く見下ろす篠塚さん。


「居場所だと…彼らの元が居場所だと言うから………無理矢理そこから連れ出すのはやめたんだ…俺も秀介も」

「……秀介君に…訊いたんですか…」

「…先週…日本で白瑠さんに会って、聞いたんだ」

「!」


その名前に、肩を震わせた。

あの人…ちゃんと生きているんだ。

そりゃ当然だ。あの人は死なない。

ギュッと、繋がれた手が握り締められる。

あたしは言った。

あたしはこのままで居たいと。

あそこはあたたかい場所だと。

だからどうか奪わないでと…。


「俺が止める!!お前の中毒を治す!俺が治るまで側にいて君を助ける!」


その言葉は、前に手錠をつけられた時にも似たようなことを云われた。


「篠塚さんっ…」


どうしようもなく、苦しくなる。

篠塚さんはあたしの手を引いてまた歩く。


「助けは…要らないってば……」


あたしは弱々しく大きな背中に言う。


「大丈夫なんです…」


前みたいには。

あの時みたいには。

言えなかった。

大丈夫だって笑って言えなかった。







 ガシャン。

仮住まいであろうアパートの一室の二段ベッドの柵に、あたしは両手を手錠に繋がれた。


「あの、篠塚さん篠塚さん。これ誘拐です少女監禁です」

「あれ、秀介…どこいったんだ」

「スルー!?」


いつから貴方はそんな子になったんだ!酷いわ!


「捜してくる、椿はここで待っててくれ」

「え、この体勢で?ちょ、やめて、なんの罰ですか、ちょっ!篠塚さぁああん!」


カムバック篠塚さん!

二段ベッドに向き合うように両手を拘束され立ち尽くすあたしは寝室に置き去りにされた。

柵は鉄パイプ。木製ならサクッと切れたのに…くそ。

こんな体勢で秀介に会ったら何されるか…。

そもそも彼に会わす顔がない。

絶対あたしは顔に出て、すぐにコクウとの仲がバレてしまうだろう。

 だめだ。

秀介に会えない。

今すぐ会えない。

せめて心の準備をしてからだ。

そうと決めたら逃げろ。

 だが、逃げられない。

カチャンカチャン、銀色の手錠と鉄パイプがぶつかり合う音だけが響く。


「いいじゃねぇか、心機一転で刑事といればいーじゃん?楽しいかもよ」


悪魔はケタケタ笑い、あたしを苛つかせる。こいついつか首を跳ねてやる…。


「助けてもらえよ」

「助けは要らない」


あたしは一蹴する。


「禁断衝動にビクビクするのはやめて、治してみるのもいんじゃねーの?」


ビクビク?


「仲間が傷付くのは怖いんだろ?なら人殺しを禁止してみたらぁ?」


禁酒してみたら?そんな軽いノリでヴァッサーゴは言う。全く不快だ。

カチャンカチャン!とあたしは手錠を引っ張る。鉄パイプはびくともしない。ベッドが軋むだけ。


「軋む音を出して誘ってんのか?」

「ああっ!!黙んなさいっ欲求不満悪魔!」


カンに障りあたしは声を上げる。それは彼を喜ばすことでしかない。あたしの苛立ちは最高だった。

パグ・ナウでザクリといってみるか。壊れたらカロライに怒られるだろうな。

鎖を目掛けてパグ・ナウの刃を出せば、切れるかもしれない。

うっし。

やろう。

そう決断した瞬間だった。

太股に両手が置かれ、するりと腰の方へと撫でるように触られる。

大胆な痴漢行為にあたしは右足を後ろに振り上げた。安易に受け止められて、あたしはよろけて柵に掴まる。


「とってもそそられるプレイだね?椿。俺を誘ってるのかな…?ん?」

「コクウ!…ちょ、触るなっ、こらっ」


内股に手を入れて際どいところを撫で回すのはコクウ。後ろから抱き締めながら楽しそうに笑いを漏らす。


「両手を手錠で縛られてる恋人が無防備にしてるなんて…嗚呼、興奮するなぁ…クスクス」

「いいから外しなさい!何しに来たのよっ」

「そりゃあ、手錠拘束プレイしに」


なんとかプレイを口にしたのはヴァッサーゴだったが、あたしは首筋に唇を這わせていたコクウに頭突きを食らわせた。


「痛いなぁ、ゼウスに連行された黒猫ちゃんを助けに来たのにぃ」


口を尖らせながらもコクウは鎖を握り潰してから、銀色の輪を引きちぎり解放してくれた。


「ほらっ、行くわよ」

「お礼はぁ?」

「後にして!」

「じゃあお礼はベッドの上で」

「ありがと!」


あたしは直ぐ様コクウの手を引いて窓からその場を離れようとした。

コクウとゼウスの対峙なんてごめんだ。

何より、秀介に会うのが嫌だった。

コクウとゼウスではなく、コクウとポセイドンの衝突になるか。


「ポセイドンに会わないのかい?」


コクウが問う。


「椿から言わなくちゃいけないだろ」

「………今は、言えない」

「…そうか」


あたしが言えば、コクウは頷きあたしの腰に手を回して地を蹴り飛んだ。

吸血鬼に抱えられてあたしは夜空を眺めた。

静かだった。あたしもコクウも、悪魔さえも沈黙。何も喋らなかった。



 ばふんっ。

乱暴にあたしはベッドの上に落とされた。いつの間にかコクウの部屋。


「コク…ウ?」


覆い被さるようにコクウはあたしの上に乗る。妖しげな笑みを浮かべながら。


「ねぇ…」


色っぽく囁き、迫ってくる。

ねぇ…じゃねぇよ!

あたしは後退りしたがベッドの上では逃げ場がない。

そこでバタバタ、階段を駆け上がる音が聴こえてきて、救世主────ではなく最悪な知らせを届けに来たチクリ屋がドアをぶち壊す勢いで入ってきた。


「っはっあっ…!うぉいっ大変っ……だっ…!」

「落ち着きなさいよ、ナヤ」


息を切らしたナヤを宥めつつ、コクウを離そうとブーツで押し退けていればそれをあたしの耳にいれた。


「黒猫が…紅色の黒猫がっ……黒の集団の一員だって情報がっ…流れてるっ!」





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