表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/17

戸惑いの愛日和


 目を覚ませば、赤い花びらまみれのベッド。コクウに抱き締められたまま横たわっている。

起き上がろうとしたが、コクウの腕がしっかり抱き締めていて抜け出せない。


「おはよ、椿。もう起きるの?もう少し寝ない?」

「起きるのよ、放して」

「まだ放したくない」


コクウはあたしにキスをして、更に強く抱き締める。


「怒るわよ」

「怒ったら何するの?恋人の身体を切り刻む?サディストな彼女が出来たことを喜ぶべきかなぁ」


いたって上機嫌なコクウの口から出た単語を耳にして顔をしかめた。


「椿は俺の恋人だ」


納得できないあたしに認めさせようとコクウは説得するように言う。


「愛し合ってる恋人。…まぁ、ヤってないけど…それは椿が望むときにするよ。今は……これだけ…」


また顔を近付けたかと思えば、深い深い口付けをあたしにしてきた。深く、ゆっくりと、まるで刻み込むように、キスをする。

唇を離せば、妖艶に笑った。


「それとも、椿は今すぐしたい?」


からかうコクウを押し退けて、椿の花を蹴散らして下の階へと降りる。

ドアを背中で閉めて、一息吐く。

まだ身体は許してない。

それがせめての救いなのだが、気持ちが、気持ちがどうしょうもない。

どうしようもないくらい、喜んでいる自分(、、、、、、、)が信じられない。


「……助けて」


助けを求めるのは嫌だが、あたしはヴァッサーゴを呼んだ。呼んだところで余計混乱することを言われるだけなのに。


「何から助けてほしいんだ?」


ビクリと震え上がる。

目の前にディフォが立っていた。


「っハーイ!ディフォ、レネメンはモノにした?」

「モノにされてない…」


慌てて笑みを貼り付ければ、レネメン本人から否定された。

レネメンもディフォもいつ来たんだ?

ディフォがいることを考えれば、夜明け前に来たのだろう。


「…コクウ、帰ってるんだろ?」


あたしの態度に鋭い目を向けてコクウについて訊いた。


「え?ええ……帰ってきて寝てるけど」

「退いて」

「え…?」


相談していたんだ、コクウはディフォに恋人になったと話すに違いない。

あたしはドアから退かなかった。


「退けってば」

「嫌。寝てるってば」

「殺したんじゃないの?」

「殺してないわよ…」


あらぬ疑いをかけられてる。


「どぉしたの?」

「っ」


急に背中のドアが消えて危うく倒れかけたが背後に立ったコクウに抱き留められ耳に唇をつけて囁かれる。


「なんだ、生きてたんだ」

「そりゃあ生きてるさ、今死んだら地縛霊になる」


ディフォにコクウは上機嫌に答えた。

腹に巻き付く腕は蛇のように抱き締めてくる。

恋人になったと言い出す前にコクウにアッパーを喰らわせて離れた。

ソファに置いたコートを羽織って出口に向かえば「何処に行くの?」とコクウに呼び止められる。


「何処だっていいでしょ」


いつものように不機嫌に睨みつけて吐き捨てられなかった。

失敗した表情を見て、レネメンとディフォが首を傾げる。


「いってらっしゃい、椿」


コクウだけがクスクスと笑っていた。







「クククッ!!クハハハハハハ!!ブハ!クハハハハハハ!!ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 黒のオフィスを離れるなり、悪魔の大笑いが頭の中でガンガン鳴り響く。相手にするだけ疲れるし今は相手をする元気がない為、指輪を嵌めて黙らせる。

 どうしようもなく、狂わされていた。完全にコクウのペースに飲み込まれてしまっている。

何をバカなことをしてしまったんだろう。

そもそもどうしてこんな気持ちになってしまっているんだ。

 膝を抱える。

事実は変わらない。

あたしはコクウに惹かれていて、コクウはあたしを愛していて、恋人同士になった。

その事実があたしを悩ませる。

嬉しそうに微笑みかけるコクウの顔は忘却して、冷静に原因を探す。

何故こうなってしまったのか。

何を誤って更に厄介なことになってしまったのだろう。

黒の集団に属した上に、コクウと付き合ったなんて知られたら…───────ぞくり、と悪寒が背中を撫でる。

集団に属しただけならば、まだ許されただろう。


「………っ」


いや、許される許されないの問題ではないのかもしれない。

あの人があたしに関心さえも、示さない可能性がある。

もう忘れ去られているかもしれない。

 付き合うなんて、あたしは一体何を考えているんだ。

確かにコクウのことが好きなのかもしれないが、愛してはいない。

そもそも愛がわからないんだ。

愛せやしないと思う。

愛を向けられてなんとなくわかる気がするが、それを自分が抱くとは到底思えない。

こんな混乱の時こそ、由亜さんの笑顔が思い浮かぶ。彼女の場合、大したアドバイスはくれないだろうが、それでも話すだけで気が楽になり冷静になれるはずだ。もう、いないけど。


「………おい」


もう一人、思い浮かべるのは秀介だ。一番傷付くであろう人。

頭痛が起こっても可笑しくない。

やはりこれは間違っている。

今から言ってこようか。

今朝の様子からしてそれは難しそうだ。あたしがいくら言っても調子を狂わされるだけだろう。

嗚呼、どうしよう。

あたしはまた彼を、傷付けてしまうのか。

どうしようもないくらいに…。

どうして、こんなあたしなんかの為に、彼は傷付いてしまうのだ。

ああ、もう、ややこしい。


「おい。オレの仕事場で、暗いオーラ出して居座ってんじゃねぇ」


あの日から、滅茶苦茶だ。

血塗れの電車から、狂ってる。

狂ってるのに、どうしてなんだ。

なんで愛されるんだろう。

どうして愛に触れるんだろう。

全くもって、狂っている。

あたしの人生、イカれている。

それを幸せだと感じるあたしもイカれている。

コクウに抱き締められキスをされて嬉しそうに微笑みを向けられて、嬉しさを感じているあたしはよっぽどイカれているんだ。

付き合わないと言い放ち、遠くに逃げることが出来ない。

 あたしはコクウを愛せる?

答えは、できない。

何故なら、あたしは。

きっとコクウを利用をしている。

 最悪なのはそう。

白瑠さんの、代わりにしているということ。白瑠さん達の穴を埋める為に彼を利用しているんだ。

コクウは代用品。

だからこそ、愛せない。

だからこその罪悪感だ。

だからこそ、だめだと思っている。

だめだと思っているのに。

それでもやっぱり。

遠くに逃げる為に、腰を上げられない。

悪魔の囁きがあったあの日は、飛び出したのに…。悪魔の囁きさえないと駄目なのか。

きっと、ムカつくことしか、言わないんだろうな。唆すことを言わない。

全く、あたしはどうしたらいいんだ。


「おい!黒猫!出てけ!」

「………」


シビレを切らしたカロライが怒鳴り、漸くあたしは顔を上げる。

特に行く場所がなかったあたしはカロライの仕事場の隅で足を抱えていた。

あたしが作り出すどんよりした空気に耐えきれなくなったのだろう。


「仕事の邪魔だ!なにもしないなら余所行け!」

「…………」

「…なんだ」

「……」


じっとカロライを見上げたあと、あたしは腰をあげてカロライの向かい側に座る。


「今度は何を作ってるの?」

「………。仕掛けトンファーだ」

「ふぅん」


武器職人のカロライが今手掛けているのは仕掛けトンファー。

その仕掛けをカロライから聞く。


「あとどのくらい完成するの?」

「だいたい一時間でできる」

「じゃああたしが試しに使ってみていい?」

「……」


完成した武器を試しに使わせてと頼んだら、まだここに居座るのかとカロライに怪訝そうに見られた。しかし、潔く諦めたらしく出ていけとは言わない。

毒針や鎖。刃物も飛び出す。

デザインも流石で、欲しいと思えるトンファーだ。


「ねぇ、それ頂戴」

「やらん、依頼者のだ」

「それは残念だわ」


……欲しいな。

あたしは刃物専門だけど、そのトンファーは欲しい。カロライの作品はどれも傑作だから欲しくもなる。


「なら、刃物の武器作ってくれない?」

「そのうちな」


さらりと流したかと思えば「どんなのが希望なんだ?」と訊いてきた。作ってくれるのか。密かに笑い、作ってもらう武器を考えてみる。


「たまにはナイフ以外の武器にしてみたらどうだ?」

「んー……そうねぇ」


話していけば、時間はあっという間に経ち、トンファーは完成した。

それを試しに振り回して使用。


「流石ね」


うん、と頷きたくなる。トンファーはほぼ素人のあたしにも、使いやすさがわかる。この仕掛けも面白いし、あたしの好み。ますます欲しくなってきた。

でも依頼人の物なのよね、残念。

一通り仕掛けを確認し終わり、机の上に置く。


「ミスもなし。完成だ」

「そうね。貴方は凄腕の武器職人だわ」

「誉めても何も出ないぞ」


カロライはツンとしてそっぽを向いた。

それを見てクスクス笑う。


「……なんだ、すっかり元気になったじゃないか」


そう言われて、先程まで沈んでいた自分を思い出す。その内容まで思い出して憂鬱な気分が舞い戻る。


「………」

「………黙ってないで話せ。話さないなら帰れ」


沈黙して顔を曇らせたあたしにそれなりに気遣ってカロライは言う。

そんな気遣いが嬉しくて、あたしは微笑む。

 カラン、と訪問者を知らせる鈴が鳴る。

振り返ればそこには青年が立っていた。


「来たか、丁度出来たぞ」

「おー!約束通りか、やっぱり武器ならお前に頼むのが一番だな、カロライ」


軽い挨拶をしてそう言葉を交わし、カロライは青年にトンファーを渡す。

あ、彼が依頼人。あのトンファーの主か。


「やぁ」


あたしに目を向けて青年が声をかけてきた。


「…ハーイ」


あたしも短く返す。

向けられる笑みは、安っぽい。

吟味するかのようにあたしを見るその目に不快感を覚える。


「美しい方だ、カロライの恋人か?」

「よせ、違う」

「ははっ。じゃあ、またな」


冗談を言いながら、青年は報酬を払い、トンファーの確認もしないで帰っていった。カロライの腕を信用してる常連客のようだ。


「何て名前の殺し屋?」

「殺し屋じゃなくて、狩人だ」

「え」


階段を上がっていく足音が消えた頃、あたしが何気なく訊いてみればカロライはさらりと言った。

今の、狩人だったのか。

不快なあの目、てっきり殺し屋かと思った。血のにおいもしていたんだ。

最初から、殺し屋だと思い込んでいた。

殺し屋専門の武器職人もいるそうだが、カロライは殺し屋にも狩人にも武器を作り売る武器職人だ。驚くことではない。

しかし、狩人がくるなら予め言ってくれ。カロライは全く意地悪だ。

あたしが殺し屋の紅色の黒猫だと知られたら、狩人は狩るだろう。

…まぁ気付かれなかったのだからいいか。


「名前は?」

「青鮫」

「アオザメ?」

「あるいはスクアーロ。狩人だが、血に貪欲な野郎だ」

「へぇ」


どうりで。狩人より殺し屋の方が合うのではないだろうか。

ふと、気付く一つの気配。


「つぅばきっ」


ふぅっと息と共に甘く名前を囁かれ、耳に吹き掛けられた。他でもない、コクウだ。


「きゃっ!」


身体を震え上がらせ、咄嗟に離れようとした。しかし焦りすぎて自分の自慢の赤いコートを踏みつけてぶっ倒れる。


「……」

「あちゃー、椿ったらドジっ娘だなぁ」


カロライは沈黙、こうさせた本人は悪気もなくそんな声を洩らす。

……くそ。

起き上がろうと手をつくと、その手の隣に誰かの手が置かれた。日焼けしていない白い肌。

コクウの手と理解した瞬間に腹に衝撃がきて、忽ち身体は起き上がっていた。

腹にはコクウの腕。コクウに起こされたのだ。

コクウの脚の上に座っている状態。


「会いたかったよぉ、ハニー」

「…ハニー言うなっ!」


コクウは髪に顔を擦り付けて、匂いを吸い込んだ。

さっき会ったばっかだろうが。数時間前に。

抜け出そうとコクウの腕を退けようとしたが、毎度のようにびくともしない。

そんなあたし達を見て、カロライは一人溜め息を溢した。


「椿、椿。遊太と映画に行ったんだってぇ?俺のいない間に。ずるぅいなぁ」

「はぁ?」

「俺と、映画観に行こう」

「はぁあ?」

「行く、よね?」

「っ…」

「行かないと俺……何かしちゃうなぁ」

「っ!」


足掻きつつコクウの話を聞く。首を傾げて、何言ってんだよと冷たい目を向けていれば、コクウの手が服の中に侵入してきた。


「ラトアと遊太とは行けて………俺とは行けないのか?」


氷のように冷たい手。

そして冷ややかな声音。

振り返らなくてもわかる。

笑ってない。怒ってるぞ、こいつ。

脅迫に近いお誘いをあたしは断れなかった。






「で?何観るのよ?」

「んー。あ、これ、これこれ」


 昼間から吸血鬼とデート。

映画に着いてから、何を観るのか問えば上映の予定表をコクウは指差した。

それは、吸血鬼映画。

ラトアさんと観た、あの吸血鬼と人間の少女の純愛物語だ。

もう続編が出たのか。あ、ここは日本より早く上映されるんだった。


「……あたしはこれ観たい」

「これがいいよ」

「あたしはホラーが観たい!」

「俺はラブストーリーが観たいな」

「あたしはこの原作を読んだから、これを観るのっ」

「俺は原作を読んでないけど、いいじゃん。人間と吸血鬼のラブストーリーだ、俺達にぴったりの映画だろ?」


それだから嫌なんだよ。

それに今回はヒロイン達が結婚してハネムーンに行くシーンがあるはずだ。そんなモノを、コクウと観るなんて恥ずかしくて気まずいじゃないか。

必死に足掻いたが、吸血鬼映画好きの吸血鬼に手を引かれてあたしは映画館に入っていった。

 吸血鬼と恋することを夢見て観ていたこの映画を、吸血鬼の恋人と観ている事実は至極恥ずかしかった。

まぁ、映画の中のカップルとあたしとコクウは似ても似つかない。

純真で清らかなカップルと、真っ赤に染まったカップル。

ヒロインは相変わらず真っ直ぐで純粋。純愛映画なのだから当然か。

そんなヒロインが羨ましくて、少し憎らしかった。

あたしには、手にはいらない。

純愛なんてものは。

無我夢中に誰かを愛するなんてことは、出来ないんだ。

身体を張り、命を差し出してでも、愛する人を守るなんて─────。


「……」


────否。あれは違う。

あれは違う。あれは、ただの復讐だ。

不意に浮かんだそれを、あたしは忘却する。

 あまり楽しめずに映画鑑賞は終わり、コクウと食事を摂ってからコクウの部屋に戻った。


「面白かったね?」

「…あっそ」

「椿は面白くなかった?」

「楽しめなかったって言ったじゃない。…ていうか、放してくれないかしら?」


すっかり辺りは暗くなっていて、部屋も薄暗い。そんな部屋の中でコクウはあたしを羽交い締めにしてベッドに座っている。さっきからずっとこうだ。


「クスクス…俺は楽しかったのぁ。あの映画、ホント面白い。あのヒロインも椿に似てるし、相手の吸血鬼も俺に似てて、まるで俺達の映画みたいだよな」


どこがだ。


「似てるどころか、真逆じゃない。あの吸血鬼は人間の血を吸わないし、ヒロインはあたしと違って純粋でしょーが」

「んーや」


反論すればすぐ後ろのコクウは首を振った。


「純粋で頑固で魅惑的で魅了するところ、あのヒロインとそっくりだ」


そうコクウはクスクス笑って答える。全くこの男は。呆れる。


「相手の方と貴方はどこが似てるって言うの?」

「苦悩を抱えて生きてるところと、恋人にメロメロなところ」

呆れてなにも言えない。

ふと、壁際のオルガンに目をやる。


「ああ、あとピアノが弾けるところじゃないかしら?」

「ん、あーそうだねぇ」

「いたっ!」


いきなり首筋を噛まれ、あたしはコクウの顔を押し退ける。

牙を刺したわけじゃなく、肌を挟んだだけで血は出ていない。


「クスクスクスクス…」


コクウは笑う。


「思い出したんだ」

「は?」


見上げて睨み付ける。


「前に訊いただろ?白瑠と椿が似ているかどうか」


いつだったか。コクウにした質問。

あれは確か、体調が優れずコクウに看病されてた時だったか。

コクウは。

 似ていない。

そう答えたはずだ。


「白瑠と椿が似てるところ。ほら、俺が君の血を飲んで初めてオフィスにきた時だ。君は直ぐ様、俺を睨み付けた」


あたしの髪を掻き上げて、顔を見つめるコクウは目を細めて微笑む。


「その目が、そっくりだった」


そっくり。

似ている。


「俺と白瑠の出会い知ってる?」

「!」


黒と白の出会い。それは聞いたことない。

コクウはあたしの反応で知らないと解釈して、話し始めた。


「殺戮を始めて、アイツが有名になった頃だな。獲物が被って、その場に居合わせた。噂通り頭蓋骨が散らばった死体だらけ、人間が殺ったにしては奇怪で愉快な殺戮現場だったよ」


昔を思い出して、楽しげにコクウは言う。


「そこで、初対決?」

「いや、違う。白は死にかけてた」

「えっ」

「新人で、がむしゃら、いや、自暴自棄だったんだろ。無茶に突っ込んで、撃たれても切られても破壊しに行ってたんだ。脳味噌の海に血塗れで倒れてたぜ」


─────そうか。

何もあの人も最初から、怪物級ではない。あの人だって人間。

経験を積んで、あの人は恐れられる怪物となったんだ。


「椿と同じ、手当てしてあげたんだ。面白そうだったしね」


そして目覚めた時、あたしと同じ目をして睨み付けたのか。


「自暴自棄」


あたしの髪が、コクウの指先に絡む。


「そっくりだ」


にっこりと、微笑む。

睨み付けた目だけじゃない。自暴自棄になっていたことも似ていると言いたいのか。

あの白瑠さんが、自暴自棄。


「あの頃はまだニヤニヤ笑ってなかったからなぁ、世界の全てを恨むような目してた」


笑わない白瑠さん。

それは想像したくないな。

あの人が笑わない時は、怖い。

本当に怒っている時だ。

笑顔で怒っている時より、怖い。


「………」


でも。

あの人とあたしの共通点は、それじゃない。何処だろう。

あたしはあの人を見て、似ていると思った。それは何処だろう。

殺戮中毒?

それだけか?

もっと他になかっただろうか。

 ────ぽすん。

押し倒されて、視界が変わった。


「ねぇ、椿」


黒い猫のように笑う吸血鬼が見下ろす。


「俺と君の共通点はなんだと思う?」

「……貴方、似てないって言ったじゃない」

「好き合ってるところ」


フレンチキスをあたしの唇に落とすコクウ。


「……………」

「ねぇ、椿。明日は何デートに行く?」


吸血鬼の恋人はにっこりと笑う。愛しげに目を細めて、あたしを見つめて。

別れることを考えていたあたしは。

それを告げることもなく、口を塞がれる。




 朝目覚めれば、コクウはそばにいる。

 抱き締めてくる温もりは、手放せなくて。だけど戸惑ってしまって。

 その温もりが愛なのか?


「召し上がれ」

「……」


バジルパスタが目の前に置かれた。バジルパスタは嫌いじゃない。むしろ好きだ。イタリアに滞在してた際に、本場のイタリアンを食べた。

まぁ、"彼女"がご馳走してくれたからなんだけど。

問題は量だ。多すぎる。大盛りだ。


「コクウ……貴方、あたしを大食いか何かと勘違いしてない?」

「今まで抜いた分を食べた方がいいかと思って」

「身体を壊すわよ。冬眠前の熊か、あたしは」

「くひゃ、椿は食べないと身体を壊すよ。あ、Vがいるから大丈夫か。あーん」


向かいに座るコクウはフォークでパスタを巻き付け、あたしの口元に運ぶ。あたしは冷めた目で彼を見たが、口を開いてそれを食べた。

料理の腕前は本場のイタリアンシェフにも劣らない。秀才だな、コクウは。

あたしが食べたのを見て、満足そうにコクウは笑った。

こいつは幸せに笑うわね。

そこに黒い猫がテーブルに飛び乗った。パスタをねだりにきたようだ。


「そうだ、コイツの名前をつけよう」


猫には猫の餌を与えて、頭を撫でるコクウはそんなことを言い出した。

そういえば名前がなかったな。


「その子雌?」

「雌」

「んー」

「好きな言葉とか」

「んー…」


モグモグと食べながら考えてみる。コクウは考える気がないのか、あたしの言葉を待っていた。

人懐こい追い掛けてくる黒い猫。度胸がある面白い奴。

真冬の街で会った。


「真冬でいいんじゃない?」

「マフユ?」

「そう真冬」

「マフユ」


適当に出せばコクウはすぐに決定してその猫をマフユと呼んだ。

猫は喜んだように鳴いた。


「ところで、コクウ。次は何するの?番犬の件」


なんだかんだで半分食べれてる。もういいかな、とくるくるパスタをフォークに巻き付けながら訊いてみた。


「情報を掻き集めてから行動。生存を確認して見付けるか誘き出すかにどっちかになるだろうね。死亡を確認したらあの宝で蘇らせるまでだ」

「………ふぅん」


頬杖をついて、フォークに絡んだパスタをほどく。そうすればコクウは口を開いてねだった。

あたしはその口にフォークを突っ込んでやる。


「そんなに番犬はすごいの?」

「ん?」

「噂でしか知らないから。貴方が戦争相手に選ぶくらいなんだから、相当強いって確信があるんでしょ?」

「あるさ。弱くてももう俺達の標的」


俺達の標的。

あくまで黒の集団の標的なのか。


「椿は興味ないの?番犬に」

「それはあるわ。期待はずれじゃないことを願うわ」

「期待を裏切らないさ」


きっと楽しい。

そうコクウは言った。


「今日は何デートする?椿」


頬杖ついて、あたしはただコクウを見つめる。




 バターンッ!

扉が乱暴に開かれ、眠たい身体を起こす。重たい瞼を開いてみてみれば、ディフォがそこに立っていた。


「どうかしたの?ディフォうっ!?」


起き上がり用件を聞こうとしたが、それは許されなかった。コクウの腕によってベッドに沈められる。


「………」

「……」


コクウは眠っているのか、何も発しない。それを見て、ディフォは沈黙。

しばしの沈黙のあと、ディフォはくるりと世を向けて部屋を出ていった。


「……何今の、テレパシーでもしたの?」

「してないよぉ。おやすみ」


あたしに抱き付いてコクウはそれだけを言う。

何かあったのか?

眠いため、あたしは考えることを放棄して目を閉じた。





「…………なにこれ」


 パチリと目を開く。

見てみれば、遊太がそこに立っていた。


「あ、椿。はよー。朝飯食わね?」


笑顔を作ろって気さくに誘う遊太。そのよそよそしさはコクウがあたしに抱き付いて眠っている光景を見たせいだろう。

…重い。

「おはよ」と挨拶を返して起き上がれば、ばふんっとベッドに沈められた。


「……ちょっとコクウ。なによ」


目を閉じたままだが、コクウは起きている。もう一度起き上がったが、コクウの腕があたしの身体をまたベッドに沈めた。


「コクウ…なに!?」

「今日は一日中ここにいよう?」

「はぁ!?」

「…あ、じゃあオレは用があるんで……」

「ちょっと!遊太!助けなさいよ!」


頭がくらくらして、起こればワケわからないことを言われた。なんだ、引きこもれって意味か。

遊太が一人で逃げようとしたから呼び止めれば、「無理無理」と言いたげな顔で首を振る。

コクウを指差して首を振る。

なんとなく、言いたいことがわかった。あたしは睨み付けるのを止めて一息つく。遊太は静かに出ていった。

 ディフォが来ても一言も返さず、遊太にも見向きしなかったコクウはただいま不機嫌なのか。

にこにこして余裕綽々のコクウが不機嫌だと、誰とも会わないし喋らないらしい。

このあたしは例外らしいが。

コクウの黒い髪を摘まんだり、撫でたりしてみた。

そうすればコクウの無表情だった顔は、柔らかくなり口元が緩む。コクウは猫のように頬擦りをしてあたしにすり寄る。

髪からシャンプーの香りがする。なんの匂いか表現できないのは、吸血鬼の肌から発する香り。

それを嗅いでまた、眠りに落ちる。


「おはよー、つぅばき」


次に目を覚ましたとき、コクウは真上にいた。

何故かあたしの頭を膝に置いて笑顔で見下ろしている。不機嫌は直ったようだ。

そんなことより、カーテンの向こう側が真っ暗なことが気になる。何時間寝たんだ、あたしは。


「不機嫌になる前に知らせてくれないかしら?ディフォ達が迷惑してるわよ」

「ねぇ、椿。夜の散歩デートしにいこう」

「………」




高層ビルの屋上。

冷たい風が吹き荒れ、髪を掻き上げる。空は暗闇に包まれて、小さな穴はきらめていた。

コクウはあたしの掌を握って御機嫌に歩いている。

あたしはただ手を引かれるがままについていく。


「貴方の機嫌は寝ればなおるものなの?」

「んぅ?椿次第だよ」


コクウは振り返って上機嫌な笑みを向ける。風で少し聞き取りにくい。

下に目を向ければ、淡い光を放つ地上。

座るよう促されて、腰を掛ける。

地上につかない足を眺めていれば、コクウは口を開く。


「今日は玄孫の誕生日なんだ」

「やしゃご?なにそれ、アンタに孫の孫がいるの?」


目を見開いて、コクウの顔を見る。彼は相変わらず微笑んでいた。


「俺の弟の玄孫さ。俺の弟は人間だからね。その玄孫が面白いんだ、俺と顔がそっくりでさぁ俺に間違えられ、たぁまぁに狩人とかに襲われるんだぜ」

「………笑い事なの?」


コクウに血の繋がった子孫がいると理解した。

人間のままの弟がいたのか。

吸血鬼は子供を作れないが、人間なら。

それにしても可哀想な玄孫だ。

顔がそっくりで襲われるなんて。ましてやそれが黒の殺戮者と間違えられるなんて、史上最悪ではないか。その彼は人間なのだから。


「彼も殺し屋なの?」

「いや、裏現実者じゃない。襲われたトラウマで裏現実を毛嫌いしてるよ。まぁ、中間フラフラしてるかな?俺の弟は自分の子供に語り継いでたから"俺の兄貴は吸血鬼"だって。俺が吸血鬼と知ってるから、表社会では生きてないよ。今は裏社会で生きてるかな。裏現実を知ってるのに表現実で生きるなんて苦痛だよな」

「………貴方、なに孫の人生を狂わせてるのよ」


可哀想すぎる。

コクウの子孫で顔がそっくりで襲われ、表現実で生きづらくなったなんて。

すると、コクウは目を丸めた。

変な反応に首を傾げたが、コクウはニッコリと笑う。


「俺だって弟の玄孫を裏に巻き込む気なかったんだぜ?三年前に狩人に追い込まれてたから助けたんだ、そこで初めて会った。アイツが生まれながらに運が悪かっただけでさぁ、俺は悪くないよ?むしろ救世主だぜ?それとも俺に存在するなって言うの?酷いなぁ恋人同士なのに」

「存在するなってまでは言わないわよ…被害妄想するな。運が良いのか、悪いのか……元凶の貴方に助けられるなんてね」

「それは偶然じゃないぜ。俺に似てる子孫が狙われるかもしれないから俺、日本に待機して見張ってたから」

「は?」


風でよく、聞こえなかった。

日本に?待機してた?


「貴方の子孫、日本にいるの?」

「そうそう。弟の孫に日本の方が安全だから移り住めってアドバイスしたから、今は日本にいるぜ」

「……貴方、ずっと、弟の子孫を見てきたの?」

「そうだよ」

「弟達が老いて死んでいくのを、見てたの?ずっと」


コクウは少し、悲しげに微笑んだ。


「────弟の死に目には会えなかったよ、身体をいじくり回されてたからね」

「!」

「弟の子供に聞いたんだ。弟はずっと、俺を待ってたんだってさ。老いで死ぬその時も、俺のことを言ってたらしい。"俺の子供達をよろしく頼む"ってさ」


 この吸血鬼は。

ずっと見てきたのか。

自分の身内が、老いて死んでいくのを。ずっと。長い間。

黒の殺戮者と恐れられる吸血鬼が、そんなことをしていたのか。

一体どんな気分なのだろうか。

自分の血の繋がった子孫が、自分を置いて、老いて死んで逝くのを見るのは。

人間であるあたしが、その気持ちを知ることはできない。

コイツは。

この吸血鬼はなんなんだろう。

どうしてこんなにも自虐的な生き方をしているんだ。


「弟の頼みだから、ずっと見守ってるの?」

「それもあるけど、面白いだろ?自分の子孫を見れるなんて、俺ぐらいだぜ」


コイツは笑う。

可笑しそうに楽しそうに面白そうに。


「…あたしは面白くないけど。血の繋がりなんて嫌いよ。面白くもなんともないわ」

「そうかな。俺のそっくりは面白いぜ、今度会ってやってよ。恋人だって紹介して玄孫にまで語り継いでもらいたからさ。真っ赤に染まる絶世の美少女がいたことをね」

「………」


そんなことを言われて、ふと変なことを考えてしまった。

それを問うかどうかを迷っていればコクウが膝に頭を置いて横たわる。

愛しげにあたしを見上げたその笑みを見下ろして、問うことにした。


「あたしが死んだら、貴方はどうするの?」


なんともバカらしい質問。

別に自分が老いて死ぬなんて思ってない。ましてや老いるまでこのコクウと付き合っているとも思わない。

ならこの質問をするなんて無駄だ。

あーあ、やっちゃった。


「あの映画の中の吸血鬼と同じだ。君より長く生きるつもりはないよ。きっと君がいなくなった世界なんて、全て何もかもなんの価値もなくなる」


コクウはあたしの頬に手を当てて、そう答えた。

なんの迷いもなく、真っ直ぐにあたしを見つめて言う。


「出来るなら、君が死ぬ前に俺を殺してくれるといいな。吸血鬼って自殺するの苦労するんだよね」

「………殺すのだって苦労するでしょ」

「そうだな、焼死で心中しないとね」


コクウは笑って起き上がって顔を近付ける。


「まぁ」


鼻であたしの顔を遮る髪を退けて。


「椿のことは、死なせないけどな」


額に口付けをして言った。


「殺させないし、自殺もさせないぜ?」

「……………あっそ」


あたしは目を逸らして俯く。

馬鹿馬鹿しくて呆れるのに、それでもあたしは嬉しくて恥ずかしくて。

顔が赤くなる。

そんなあたしなんてお見通しでコクウは「本当に可愛いな」と顎を掴み、目を合わせさせた。


「愛してる、椿」










温かい場所にまたあたしは居る。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ