表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/17

秘密、参




「ざけんじゃねぇ…」


 舌打ちと共に言葉を吐き出した。

ヴァッサーゴと同じ悪い口調は苛立ちを表す。


「ざけんなざけんなっ!暑い!くそ暑い!!」

「そうだねぇ、暑いね、うんうん」

「煩い…全員暑いんだ、騒ぐな。余計暑くなるだろ」

「くそ暑いよな…」

「暑い」

「暑いな…」

「あちいっ!!」

「全員黙れ」


あたしは足を投げ出して喚く。それを宥めるコクウはやる気ない。カロライが苛立ちつつ言うが、他の者も口々に暑いと言いあたしももう一度喚く。カロライは力を込めて吐く。

蝉の鳴き声が聴こえてきうなほど、暑かった。

真冬から真夏に移り、身体は心底ダルイ。

生暖かく重く鬱陶しい空気はカラカラ。ぎらつく太陽が砂を熱して、ジープで撒き散らし飛んだそれが身体についてまた至極鬱陶しい。何より、暑い。

 ここはエジプト。

砂漠をジープで移動中。

冬ならばエジプトも日本と変わらない気温で観光しやすい時期なのだが(だからこそコクウはこの時期にエジプトに行くと決めた)今日に限って真夏の気温だった。

というか猛暑だ。降り立った今日に限って異常現象で真冬に四十度。

四十度だぞ。四十度。

真冬のアメリカから、四十度のエジプト。

汗は瞬時に蒸発して消える。水分補給をしないと脱水症状で倒れかねない。

体調を崩す。苦しい。暑い。すげぇ暑い。

寒いのは苦手なあたしでも真冬に帰国したいと思う。つうか帰国しようぜ。


「あたしもディフォみたいにパスすりゃよかった…」

「いいじゃねーか、気分転換でよ。お前の大好きなミイラを見に行ってこい」

「椿、ミイラ好きなの?」


呟けばヴァッサーゴが口を開いた。別にミイラは好きじゃない。

ヴァッサーゴの言葉に反応したのは、悪魔の声が聴こえるコクウ。

他のメンバーは悪魔の声はおろか存在も知らないので、コクウがいきなりミイラの話をしたようにしかみえない。

ジープの奥、運転席の後ろにサングラスをかけ毛布にくるまっているコクウが、一番この気温に参っていた。今なら殺せるだろう。

予想外の気温に、太陽の陽射しに吸血鬼であるコクウは項垂れている。黒の殺戮者の情けない姿。

普段昼間も出歩く変わり者だが、流石に砂漠の猛暑は駄目だったらしい。

付き合いの長いカロライが隣にいて水を差し出す。飲まないと吸血鬼がミイラになる。もしかしたら灰になるかもしれない。


「おい、黒野郎。砂漠の上に放置したらてめぇはミイラになるのかって椿が訊いてるぜ」

「椿が望むなら俺はミイラになるよ」

「ククク!なれだってよ」


あたしが返答しないことを良いことにヴァッサーゴはコクウを騙す。

勿論、これは黒の集団にはコクウの独り言にしか聴こえない。

あたしの向かいに座るナヤもあたしの隣にいる蠍爆弾も、あたしとコクウを交互に視る。

完全にコクウの独り言だと確認して、コクウに心配の眼差しを向けた。


「いっそミイラになってこの環境に対応しろ」


幻聴が聴こえていると思われているコクウにカロライはペットボトルの水をドバドハとかける。そんな水も数分経てば蒸発してしまう。

なんてくそ暑いんだ。

そもそもなんで冬なのに猛暑なんだよ。

地球そろそろおしまいか?

異常気象の度、あたしはそう思うが地球もまだまだ生きていて破滅はまだまだ遠そうだ。


「ブフッ!頭大丈夫か?椿。地球の心配かよ。どうせお前には地球は救えねぇ、考えるだけ無駄だぜ」


煩いな。人間誰しもが考える無駄なことをあたしが考えてもいいだろう。どうせ暑さに耐えるしか出来ないんだから。


「V、ずるいぃ。椿と話して、俺も話すぅ」


嫌だ。お前と話す気力がない。

ここに連れてきたお前は嫌いだ。


「てめぇは嫌いだとよ」

「うえ!?なんでぇ?何処が?」


コクウがやけにうざい。

お前大丈夫か。

ジープに乗った一同の心の声は一致しているだろう。

ガタン、とジープが大きく揺れる。運転しているのは遊太。

彼だけはエジプトに何度も足を運んで、この気温には慣れっこのようで鼻歌をしながら運転している。


「紅公、黒がなんか話しかけてんぞ」

「るせーよ。なんで隣にいんだよ、どっか行けよ!」

「お前さんが隣に座ったからだろ…」


話し掛けてきた蠍爆弾を睨み付る。

蠍爆弾はとぼとぼとあたしから離れ、ナヤとカロライの間に座った。

蠍爆弾がいなくなり、あたしの隣はレネメンになる。


「レネメン。マジックで涼しくして」

「お前…手品と魔法は別物だぞ」


レネメンも暑さに項垂れていた。

レネメンの隣の火都の表情はいつもと変わらない無表情。それでも「暑い」と呟いている。


「なぁ、日を改めようぜ。日を改めようぜ。日を改めようぜ。日を改めようぜ!」

「うるせぇ!!お前鬱陶しさが増すから黙ってろ!」


提案じゃなく希望を連呼したらカロライがキレて声を上げた。


「うっせ!暑いんだ!」

「誰だって暑いんだよ!騒ぐな!」

「んにゃー!暑いっ暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い!!」

「わかってんだよくそ猫!」

「何とかしやがれ顔面ピアス!」

「気候が操れたら苦労はねぇ!!」

「暑いっ!カロライ、言い忘れてたけどお前の作品、最高だな!」

「なっ……いまっ……どのタイミングで言ってるんだ!?」


冷たい物を求めてジープをペタペタ触りながらカロライと口論していたら、不意にカロライの作品を思い出したので言えばカロライはギョッとし動揺した。

不意討ちに弱いらしい。そしていきなりの誉め言葉に真っ赤になった。

カロライをいじめる時はこの手を使おう。口論の最中に褒める。

あたしはペタペタと触り、冷たいものを探す。

冷たいものといえば。

「黒猫が猫になってるー」とナヤが笑う中、あたしは起き上がり、よつんばでコクウに近付く。

きょとんとしたコクウに触ってみれば、そこだけ温度が下がっていると感じた。

吸血鬼は妙にひんやりしている。

毛布を剥がしてコクウにぴったり寄り添った。


「おっ…」


コクウは戸惑ったままあたしの行動を許す。

うん、少しマシだ。すがり付いて冷たさを奪い取る。

気持ちがよかった。

しかし、長くは続かない。

冷たさを奪ったことにより生温くなり暑苦しさが襲う。


「暑いっ!」

「………」


べしっとあたしはコクウを剥がす。

ダランと中心に横たわるが、全然涼しくならない。


「コクウ。アメリカに戻ろうぜ。アメリカを滅ぼそう」

「おい、アメリカ国民とエジプトの猛暑を天秤にかけたコイツを見ろ。これでも可愛いと言うのか?」

「カロライはどこ見てんだよ。めっちゃ可愛いじゃん、ギャップ萌えじゃん」

「なんだ…?何の話だ?」

「お嬢さんの話かい?お嬢さんは世界一可愛いと思う!」

「蟻地獄にハマって死ね、アイスピック」

「アイスピック?ねぇ、アイスない?」

「ねぇよ、アイスピックしか」

「暑い……」

「椿の魅力についての話?俺もするー。椿はさ、やっぱり誰よりも可愛いんだと俺は思う」

「してねーよそんな話」

「………なんだかんだ、元気だな」


ガヤガヤと話すあたし達を遠目で見て、レネメンは呟く。

アイスピックは遊太の隣にいる。

運転席の遊太があたしを呼んだ。


「なぁ、椿」

「なに。オアシスでも見付けたの?」

「そんな格好だから暑いんだろ」


そんな格好とは、紅いコートのことだろうか。

日本と同じくらいの気温と言われたから冬服だ。普段通り、コートに短パン。


「なによ、脱げってこと?」

「脱ぐの!?」


反応して飛び起きたコクウ。

丁度足が向いていたので横になったままコクウの顔面をヒールで叩き付けた。

これでも中身は薄着だ。

エジプトの空港に着いた時点で下着同然のキャミソールの上にコートを羽織った状態。ニーソも脱いでほぼ真夏のビーチにいそうな格好だ。


「いや、そうじゃなくってさ。着替えれば?エジプトの服に」

「……エジプトの?」


顔を上げて運転席に繋がる壁を見る。

すると車は停まった。



 ………くそ。

あたしは小さく舌打ちを溢す。

やられた。脱ぐんじゃなかった。

しかし今更コートを羽織りたくない。

あたしは嫌々ながら、遊太に渡された衣装を切ることにした。


「……遊太。蓮真君が友達じゃなきゃボコボコにしてたわ」

「え?なんで?似合うじゃん。黒っちー!着替え終わったぜ」

「どう、レネメン。このエジプト風のマジシャンの助手的な格好」

「アンタ、手品に変なイメージ持ってないか?」


着替えはジープの中。黒の集団は追い出した。

見張りに信頼できる遊太とレネメンを選び、火都には覗きに動こうとする者を(特にコクウとアイスピック)射てと頼んだ。

着替え中、カロライの文句が聴こえたがまぁ気にしない。


「くひゃ、似合ってるぅ!可愛い。このままオアシスへ行って一緒に踊りたいな。まるでジャスミンのようだ、君はお姫様みたいに素敵だぜ。嗚呼、君こそ俺のオアシ」

「カロライ。コクウが失神しかけてるわ」


遊太に呼ばれてすぐに顔を出したコクウは日差しを避ける為に頭から被った羽織りの中で目を輝かせ微笑んでわけわからないことを言い出した。

あたしはムッと睨み付ける。

あたしの格好はベリーダンサーの衣装同然だった。

ブラにストラップがついて、ヘソを出した腹の前に交差する。光沢の黒。前にストリットのスカート。

…完全にベリーダンサーの衣装。

違うのは武器を嵌めたベルトを腰や足に手につけていること。

それとエジプトの羽織りであるアバーヤ。これは前開きで紅色。

透ける生地で先程よりは快適なのだ。露出が高いのだから当然だけど。


「……」


続いて顔を出したカロライは、あたしの格好をじっくり吟味するように見て、そして一言。


「ダンス、するのか?」

「ああ、踊るぜ。お前の作ったこのパグ・ナウとカルドで血の舞を見せてやらぁ!」

「おーとっ!」


頭にきてカロライ作のパグ・ナウの爪を出してカルドを握ってカロライをぶっ殺そうとしたら、ジープの後部に腰を下ろしていた遊太に羽交い締めにされ止められる。


「ほら、最後の仕上げ」

「仕上げ?」


じゃらっと何かをつけられた。

解放されて確認したら、首にはネックレス。なんだかクレオパトラがつけていそうなネックレスが首につけられていた。

ルビーのように情熱的な赤い宝石がある。


「初めてエジプトで盗った宝石。お守りの効果があるんだってよ」

「エジプト……」


何年か前にエジプトで高価なジュエリーが盗まれたと日本でも流れたニュースを見た気がする。古代からある貴重な宝石がなんたらって…。

まさかこれじゃないだろうな。


「まじでエジプトのお姫様みたいだぜ」


吟味してもあたしには高価な宝石と安い宝石の区別はつかない。そもそもかの有名な怪盗の遊太は安い宝石など盗まないだろう。

ネックレスを見ていれば、遊太が顔を近付けてニカッと笑みを向けた。

蓮真君と同じ、鼻がつくくらい顔を近付ける癖。蓮真君とよく似た顔立ち。


「……ありがと」


なんだか怒る気もなくして、笑って礼を言う。

この兄弟には弱いな。

…今どうしてるかな、蓮真君。

俯いてぼんやり考える。


「つぅばき?」

「……暑いっ」


今度はコクウが羽交い締めしてきた。日差しを浴びた羽織りが熱を持っていて暑いのでべりっと引き剥がす。


「おら、野郎ども!水飲まねーと持たねーぞ」


そう言ってジープの中の水をメンバーに投げ渡す遊太。


「こっからは徒歩だぜ」

「は!?」

「あん!?」

「ああ!?」

「ワア!なんてセクシーな格好なんだ!おじ」


ガツン。

流石に耐えきれなくって八つ当たりでアイスピックに回し蹴りを決める。

どうやら嘘でも冗談でもなく、本気でこの砂漠を歩かないといけないらしい。

あたしは遊太を睨み付けた。


「いや…泣きそうな顔をされても…。歩かねーと帰りは徒歩になるぜ?」


どうやら睨み付けるのは失敗したらしい。

泣きたい。泣きたいさ。

ただでさえじりじりと眩しく暑いと言うのに、歩くなんて。

初めのミッションと違いすぎる!

長い距離を歩いて帰るよりは近場だという目的地に歩いて行く方がましだと考えて、水分を十分に摂って出発した。

ピラミッドが目印。というか目的地なのだが、眩しすぎるし気が遠くなるので足元を見て歩いた。

サラサラの砂が踏み締める度、絡んで負担をかける。猛暑も手伝って徐々に体力を奪われるのを感じた。


「コクウ……」

「なぁに、椿」

「命令聞いて」

「いいよ」

「おんぶ」

「いいよぉ」

「一番フラフラが何言ってやがる。黒猫、着いたぞ」


カロライがコクウを殴る音が聴こえる。着いたと言われ、顔を上げてみればピラミッドが在った。

思っていたより迫力があって大きい。

初めてみたので、映画を観ていると錯覚してしまう。でもこの暑さがその錯覚を容易く打ち砕く。

感動に浸る間もなくまた俯いて歩いた。


「遊太は前にも来たんだって?」

「そ。その時はろくに下調べしなかったからすぐ出てきたんだけどさ」


足元を見ながら先頭の遊太に訊けば、あははと笑い声を上げた。普段通り笑っているのは遊太だけだ。

…ん?

少しだけ顔を上げて遊太の背中に目をやる。


「どうしてすぐ出てきたの?」

「トラップが多いんだ、ここ。古代の人間が財宝を守るために仕掛けた罠がわんさかで、とてもじゃねーけどオレ一人じゃ無理」


振り返り後ろ向きに歩きながら手を振り笑って話す遊太。


「だから古代遺跡で盗むの、楽しいんだけどな」


そう無邪気な子供のような笑みを溢す。

そんな笑みは置いといて。


「………トラップって…侵入者を殺す為の罠?」


罠といえば、レネメンと会ったきっかけのガトリングの件を思い出した。あれは建物自体がトラップだったっけ。

それとあの廃墟。あんにゃろうの仕掛けた様々なトラップ。

ちょっと不愉快。


「そ!ぱねーのなんのって。超ウケるトラップでさ、対処法わかんねーから引き返すしかなくって」

「遊太。もう行こう」


楽しげに話す遊太にコクウは遮るように急かした。急かさなくとも足は止めていないと言うのに。

それにしても遊太は怪盗というより冒険家のような格好だな。


「!」


口を開けたままの入り口に入れば、少しだけひんやりとした空気に包まれる。

外と明らかに気温が違う。

日光に照らされていないせいか?


「なるほどな。黒野郎の狙いはアレか。つか、なんでまたアレを狙うんだ?」


ボソリと珍しくヴァッサーゴが独り言を洩らした。


「アレって?」


あたしはつい聞き返す。

しかしヴァッサーゴの返答はなく、コクウと数人が反応してあたしを振り返った。


「ここに何があるの?コクウ」


ヴァッサーゴが答えないので直接本人に訊く。


「宝だって」

「それは知ってる。どんな宝なの?」

「世界に一つしかない宝さ」

「どんなのって訊いてるのよ」

「まぁ、見てのお楽しみ」


暑さの苛立ちから解放されたのに、曖昧にするコクウにイライラする。


「どんなのかわからなきゃ見つけられないでしょーが」

「大丈夫大丈夫、宝って感じで飾られてるはずだぜ」


何か引っ掛かるものを感じてコクウを凝視。

するとナヤに灯りをつけたランプを渡された。


「殺人トラップあるのに貴方達は大丈夫なの?」

「え?黒猫が守ってくれないの?」

「ただのお荷物じゃない…ナヤ」

「ニュースは現場で見付けるんだ!」

「あーはいはい」


非戦闘員のナヤとカロライ。ディフォみたいにパスすればいいのに。

ナヤは情報を手に入れるためだが、カロライは何のために来ているんだろう?カロライに目を向けた。

カロライは無線機の説明をしている。

コクウと武器を面倒見るためだろうな。


「くれぐれも壊すんじゃねーぞ。万が一はぐれたら出れなくなる」

「そんなに難しい迷路なのか?」

「迷ったら出れなくなるさ」

「遊太から離れなければ平気だよ。じゃあ行こっか」


とりあえず、トラップを全員で回避しつつ、遊太についていくという手順。

この団体行動は実に楽しくない。

来なきゃよかった。

まぁ、楽しい仕事はないんだけどさ。

 雑談を交えながら砂の上を歩いてピラミッドの中を進んでいく。

太陽の光が届かない奥は何処までも暗い。お化け屋敷に入った感覚。

そのお化け類に入る者と共に歩いているのだが。

吸血鬼に悪魔。

…あれ?

こんなことを考えるとヴァッサーゴが笑い出すのに、沈黙をしている。

おい、ヴァッサーゴ?

頭の中の悪魔を呼んでいたら、黒の集団がする雑談の中からカチャリという音が聴こえてきた。

誰かはわからないが、トラップを踏んだらしい。

あたしの横にあった壁に穴が開く。

何かが出てくる前に隣のナヤの頭を掴み、一緒にその場でしゃがむ。

─────ザン!


「!」


────ガキンッ!

まるで道を塞ぐように三つの槍が飛び出し突き刺さった。一番下の槍に刺さりそうだと理解した瞬間にカルドで受け止め、身体をずらし避ける。


「うわ……間一髪…」


あたしの後ろにしゃがんでいたナヤは最後の槍に危うく貫かれるところだったが、あたしが一時受け止めたおかげで脇の間に槍が刺さっていた。

まだ終わっていない。

天井にいくつもの穴があることに気付く。

前後に三メートルくらいある。これはまずい。


「走れっ!!」


ナヤを立たせ声を張り上げた。

一同は悟り駆け出す。

本当に間一髪だった。

無数の頑丈な槍がその空間を貫く。

あたしは兎も角、ナヤが間に合わなかったがコクウが引っ張り、投げ飛ばす勢いで救った。


「くひゃあ…こりゃ頑丈な槍だ。帰りはマイキーの爆弾で吹っ飛ばすか、レネメンの手品で切るかだな」

「帰りの心配より宝に辿り着く心配をしなさいよ。最初からこんなトラップなのよ?ナヤが死ぬんだけど」

「え、死ぬの確実?」


槍の頑丈さに感心しつつ暢気に笑うコクウに呆れて言う。誰も受け止めてくれなかったナヤは砂まみれでギョッとする。


「遊太、前に来た時はトラップは避けたの?」

「いや……」


先頭にいる遊太は前後を交互に視て、可笑しな回答をした。


「その槍のトラップもこの先のトラップ数個は引っ掛かったんだけど」


トラップはトラップ。

仕掛けられた罠である。罠は一度きり。仕掛け直さないと、罠の機能は発動しないのが数多だ。

 引っ掛かった(、、、、、、)

遊太はそう言った。

つまりそれは、誰かが罠を仕掛け直したという意味だ。

あたしはギロリとコクウを睨み上げた。


「どうゆうこと?誰かが宝を守ってるの?」

「宝は何か(、、)に守られてるものだぜ?椿」


コクウは悠然に微笑んで肯定の言葉を返す。

そんな彼に込み上がる苛立ちを息を吐いて吐き出す。頭が痛くなりそうだ。


「驚かしたいのはわかった……敵がいるならいるって予め言わねーと仲間が死ぬんだ。それでもリーダーか?あん?」


白瑠さんがあたしを驚かそうと直前に何かを言ってくるのと同じ。

コクウは何かを伏せている。それは遊び心で。

本当にこの二人は似ている。

しかし、今は遊んでいる場合ではない。マジでナヤが死ぬ。

すると、そのナヤが口を開いた。


「敵はいないよ、黒猫」


顔についた砂を払いながら、黄緑の瞳であたしを見上げてナヤは言う。


「ボクの調査によるとこのピラミッドにきた人間は遊太以来いない。地元の人間だって近付かないピラミッドだ。そもそもこのピラミッドの中に宝が在るって知る者はほんの一部。あまりのトラップの数に科学者もトレジャーも来ないんだよ。トラップで死んだ人間は多いらしい、詳しい数まではわからなかったけど」


ペラペラと自分のかき集めた情報を口にして、ナヤは最後に付け加えた。


「まさに呪いのピラミッドなんだよ、ここは」


呪いのピラミッド。

そう言えば、ピラミッドが舞台の冒険物の映画、好きだったな。

あれも呪われてて、確かそう、ミイラが甦って、そいつと戦う内容。

呪い────呪いの指輪────悪魔の指輪─────悪魔。

呪いと連想するのは、黄色いダイヤの指輪。悪魔の指輪。悪魔のメモリー。

悪魔が封じられたメモリーは存在する。

ヴァッサーゴもその一匹。

ヴァッサーゴが閉じ込められていたメモリーを調べた人間がいた。しかし、ヴァッサーゴはどんな人間がメモリーを開こうが、何の動きも見せなかったらしい。男でも女でも赤ん坊でも老人でも。

まるで嘲笑うかのようにこちらを見る姿を時折見せるだけのヴァッサーゴは"沈黙の悪魔"と呼ばれるようになった。

普通悪魔は、メモリーから抜け出そうとメモリーを開いた人間を殺すか或いは契約を持ち掛ける。

ヴァッサーゴはそれをしなかった。

沈黙の悪魔はいつしか悪魔の指輪に変わり、吸血鬼の目を盗んでは裏の深い水の底で高値で売り買いされていた。

そして。

たまたま成り行きであたしの手元にきて、メモリーを開いたら、ヴァッサーゴが沈黙を破った。

ヴァッサーゴは喚いた。悪魔は視覚からあたしの頭の中に入り込み、頭の中で喚き暴れたのだ。

悪魔退治の吸血鬼が駆け付けて封じたのだが、半年も持たないうちにヴァッサーゴは出てきて悠々自適にあたしの頭の中に住み着いている状態。

こんなことを考えていてもヴァッサーゴのちょっかいはない。

なんであたしの時に沈黙を破ったんだか。

今は関係ないと忘却しておく。


「じゃあ誰が罠を仕掛け直したと言うの?」

「まぁ、そんなのいいじゃん。この先にトラップがある。それだけだろ?くく、ナヤは俺が面倒みるからさ。遊太、次は何がでる?」

「次は落とし穴、だったぜ。まっ!皆、死なねぇように楽しめよ」


コクウに背中を押されて質問を流された。とことん秘密にするつもりだ。

秘密を知る遊太はなんとも気楽に一同に呼び掛ける。

黒の集団は不安げだったり怪訝そうだったり無表情だったりそれぞれの顔で遊太に続いて歩き出した。

どうやら秘密を知るのは遊太とコクウだけのようだ。ナヤは今喋った情報しか握っていないみたい。

一体何があるのか気になるし、隠されるのは腹立たしい。

本当に、ムカつく。

黒の集団の目的を知らないあたしだけが茅の外だ。

あたしは何のために黒の集団に入った?

そんなの、ただの成り行きである。

あたしがここにいる理由は?

それも、ただの成り行きである。

流されて流されて流されて、今に至る。

自暴自棄になっているせいかもしれない。もう少し考えて行動しよう。

軽く反省しつつ、トラップだらけの通路を歩き始めた。

 トラップは思っていた以上に多く殺傷力の高い物だった。

おかげでスリル満点のお化け通路を無我夢中で走ることになってくたくただ。

槍は飛ぶは、地面は開くは、天井は降るは、刃は落ちるは、地面から刺が生えるは、硫酸が降り注ぐは、丸い岩が転がるは、斧が道を塞ぐはもうトラップ地獄。

それを楽しんだのは、本当にコクウと遊太だけだった。


「はぁ……見張り…見張りにしよう。ナヤとカロライはここで見張り」

「勝手に決めるな」

「うぉーい、お荷物みたいに言うなよー黒猫ぉ」

「これ以上庇うのは無理よ」


全力で疲れた。

ピラミッドの中心であろう空間に辿り着いて、一息つく。ピラミッドの中心に着くまで歩いた。

あたし達が出てきた入り口の他に三つの入り口がある。それのどれかの先に宝があるのだろう。

遊太は知っているのか?それとも三つに分かれて探すのだろうか。それこそ宝について話してもらわないとわからないではない。

どうするのか訊こうとした、その時。


「あっ…!!」


遊太が声を漏らした。

何やら不味いものを今更思い出した様子だ。


「やべ!ここ床が開くんだった!」


反省の色もない、ただただ忘れていた事実を遊太はあたし達を振り返って言う。

その言葉を一同が理解するより前に、足元が消えて無くなった。

  パカ。

そんなコミカルな音に腹立つ前に、浮遊感がぞわりと駆け巡る。

落ちていく。

真下へと落下する。

身体の中身を置いていってしまったような錯覚。悲鳴を上げる隙なんてなかった。

開いた床。灯りが何一つないその闇に呑まれた。

 ────ガツンッ!!

地面に着いたのか、足が着いたが着地に失敗した。誰かが痛みで悲鳴を上げる声と身体をぶつける音しか聴こえない。それと誰かのランプの光が数個。

それが消えてなくなるのとほぼ同時、前方にも穴があるのか落ちる。今度は真っ逆さまに落ちる形になった。

これじゃあ頭を打つ。

受け身を取ろうと手を出すが、真っ暗闇で自分の手しか微かに見えない。


「っ!」


壁に手を着いてしまい、そのまま身体は落下するので手首を捻ってしまう。


「クソ!」


誰かの声。

武器を出して壁に突き刺しブレーキをかけようと思ったが、下手をすれば味方を殺すことになる。

 ───ドスッ!

 ───ガンッ!

今度は背中を打ち、続いて頭を打ち付けた。かなりの衝撃。打ち所が悪く、あたしは気を失った。




 ────────────────────────夢を見た。

すごく泣きたい気持ちに襲われる。

───────どうして。

いつの間にか、温もりがあるんだ。


 目が覚めましたか?椿さん


目を開けば、幸樹さんが微笑んであたしを見下ろしていた。


 つーばちゃん大丈夫?


白瑠さんも、あたしの顔を覗き込む。少し心配そうに聞く。

大勢の人間の血を浴びていたのに。


 ストレスで倒れちゃっただけですよ。気分は?椿さん


解せなかった。わからなかった。

殺人を犯したのに。大勢の人間の血を浴びたのに。

どうしてあたしは温もりを手に入れているのだろう。

どうしてあたしを心配して見つめてくれる人がいるのだろう。

酷く、それは理解できないことだった。


 ……………。


 ベンチで幸樹さんの膝の上にあたしは寝てた。白瑠さんが顔を覗いて頭を撫でてくれる。

 いつも凍えていたのに、温かい。

 温かい場所にいる。

 温かい人に優しくされている。

喉が痛い。視界が滲む。

あたしは掌で目を隠した。


 あたしは知ってる。

 温かい場所なんて、長続きしなくて、すぐに消えてなくなる。それでまた凍える。

 それを知っているから、温かい場所にいたくない。

 だってすぐに凍える。

 失望が苦しい。

 だから。だから。だから。

 嫌なんだよ。

 何度も。何度も。何度も。

 何度も。何度も。何度も。

 なのに、あたしは。


 大丈夫……。

 お兄ちゃん。


あたしは起き上がって笑いかけた。

白瑠さんがはにかんで笑い、あたしの左手を掴んで立たせた。

幸樹さんがあたしの右手を握って歩き出す。二人に手を引かれていく。

 ズキズキ、と痛い。

 胸の奥。ずっと奥。

 無くなる恐怖に怯えてる。

あたしはそれを振り払う。

幸樹さんと白瑠さんの間から、藍さんと由亜さんが見えた。

 あたしは。

 あたしは。


 あたしは、冷たい場所に突き落とされてもいいからと、手を伸ばした。

 あの人達に手を伸ばした。

 温かい場所に手を伸ばした。

 必ずくる痛みを────覚悟したフリをして。


 あたしは手を伸ばした。





「おい!紅公!」


 夢は肝心なとこで終わり、無理矢理起こされて目を開く。

嫌な…夢。

揺らめくランプで見えたのは暗闇とそれから、蠍爆弾だった。

違和感のある頭に触れば、血に触れる。しかし痛みはない。もうヴァッサーゴが治したみたいだ。違和感はその血だ。

身体を起こして、周りを確認する。

確認しながら、あたしは冷静に今の夢について考えた。

 過去を見る夢は、現在の問題点を表す。

全てはあの日の決断が悪かったのか。

あの日、後にくる痛みを覚悟したフリして、二人の温もりを受け入れた。白瑠さんと幸樹さんの、温もりを受け入れたんだ。

怖くて気持ち悪くなるぐらいの気持ち良く温かい優しさ。

それから藍さんに由亜さんと増えて────そして失った。

そして壊れて。

そして突き落とされた。


「おい、紅公!大丈夫か?」

「…大丈夫よ」


顔を押さえ、髪をくしゃりと掻き上げる。砂が混じっていて苛立つがそれは息と一緒に吐き出す。


「…他の皆は?」

「どうやらはぐれたらしい」


蠍爆弾はランプを持ち、天井を見えるよう照らした。

穴の空いた天井。

そこからあたしと蠍爆弾は落ちたのか。気配からしてあたしと彼しかいない。

落下途中のへんてこな壁によってそれぞれ違う穴へと誘導されたようだ。ピラミッドの地下、になるのか。


「紅公…無線機は?」

「………」

「…壊れた」

「……」


蠍爆弾に問われ、無線機を出してみれば見事に壊れていた。沈黙していれば蠍爆弾も自分の壊れた無線機を出す。互いに着地に失敗し落下の衝撃で無線機を壊したらしい。

あーあ。カロライが煩いぞ、これ。


「ピラミッドの大きさってどのぐらい?」

「あ?…さーな。大きんじゃねーの?」

「ここが真ん中だと仮定して……うまくいけばすぐに合流できるはず」


ピラミッドの構造は知らないが迷路になってさえいなければ多分、バラバラになったメンバーと合流できるはずだ。


「迷路になってなきゃいいんだけど…」

「なんで合流できるってわかるんだ?」

「ランプの光。多分、四つに分かれて落ちたはずよ。いりくんでなきゃ出会うはずよ」

「余裕あったんだな」


苛立ちが戻ってきてあたしは蠍爆弾を睨み上げた。


「……チッ。なんでてめぇと一緒なんだよ」

「………仲良くしようぜ?」


冷ややかな殺気を放ってから歩き始めればランプを持った蠍爆弾も着いてきた。

どうせなら火都かレネメンが良かったのに、よりにもよってコイツと二人っきりとは…。


「なぁ、なんでおれさんを毛嫌いすんだ?紅公」

「……」


落下地点に何か罠を仕掛ければいいものの、どうしてあそこはただ落とすトラップしかなかったのだろうか。

通路を歩いてもトラップはないみたいだ。

妙だな。

映画みたいに訳のわからない暗号がないのではっきりは言えないが、宝まであと一歩ということなのだろうか。映画だったら宝に辿り着く前にとんでもないトラップが出たり、宝をとった途端にトラップが発動したりするものだが。

この現実の場合どうなんだろう?

あのトラップの山を乗り越えたのはあたし達が初めてじゃない。

そうだ。

遊太も落ちたんだ。

落ちなきゃ、あそこで落ちるなんてこと知っていなかった。

遊太も落ちた。でも遊太はトラップの多さに諦めたと言っていた。

だから、この先もトラップがあるはず。

油断ならないな。


「先ず一つ」


沈黙を返したが蠍爆弾が返答を待つので口を開いてやる。


「お前が爆弾使いだからだ」

「…………んー…」


嫌われている要素を知り、蠍爆弾は首を捻った。

それはどうしようもできない。

蠍爆弾は有名な爆弾使いの殺し屋。

あたしに好かれたいからと爆弾使いを辞めれない。

秀介ならやりかねなそう。…でも秀介にとって狩人は夢でありプライドであり信念なのだから、それはないか。


「二つ。近距離でミニボムを放ったからだ」

「それ……ありゃあ仕方ねぇだろうよ!お前さんが暴れる…から…………すんません…」


反論しようとしたがあたしが表情を変えないせいか、声は弱まり最終的には謝罪した。


「なんで爆弾使いが嫌いなんだ?」


その問いに、凍りつく。

凍てつく吹雪の中のように、心情では冷たさが広がっていく。

暑さなんて忘れた。温かささえも思い出せない。

掌の血が気になって擦る。

異常現象の猛暑だというのにピラミッドの中はクーラーをつけたかのように冷えていた。


「ムカつく野郎が爆弾使いだった」


あたしは冷たく吐き捨てる。


「ムカつく野郎が近距離でミニボムを放った」


無感情に近い凍てつく声。


「だから爆弾使いは嫌いなんだ」


込み上がる殺戮衝動。今すぐにでも殺してしまいたいが、黒の集団のメンバーである蠍爆弾を殺してはいけないと堪える。自制する。

一週間殺しをしていなければ確実に蠍爆弾の首を跳ねていただろう。


「……あー…。そりゃあ…ムカつく野郎を思い出させて…悪かったが。…外見も性格までおれさんと同じってわけじゃねぇんだろ?だったら仲良くしようぜ?紅公」


頭を掻いてから子供をあやすように言う蠍爆弾。

頭にくるが蠍爆弾からしたら傍迷惑な話なのだろう。

仲間であるあたしに毛嫌いされてはやりにくい。


「あたしは|一応(、、)黒の集団に属してるだけだ。仲良しごっこはしない」

「……。あのなぁ、紅公。…いや、うん、なんでもねぇ」


何かを言いたげだったが蠍爆弾は何言っても無理だと判断したのかやめた。

不機嫌である今は、何言っても無駄だ。


「てか、紅公。それしまってくれよ」


不機嫌だからこそ少し怖いのか蠍爆弾は、あたしが握るカルドを指差す。

不機嫌ならば殺されかねないと思ったのだろう。

仲良しごっこはしないと言ったのだ。それから不機嫌故に大暴れしたのを目の前で視ていたのだから怯えている。


「遊太はこの先もいったはず。それでもトラップが多くて引き返したのよ?油断できない」

「あー、なるほど。…でもさっきより…トラップは無さそうじゃないか?」


蠍爆弾は前方の闇で視えない先をランプで照らそうと手を伸ばす。それでもいつまでも続く通路の先は暗闇に包まれている。

足を止めてみれば、静寂が不気味に広がった。

音が聴こえない。

メンバーの声も、足音も、トラップが作動する音も、何一つ聴こえない。


「……妙だな。静かすぎる」

「そうか?」

「…アンタは……」


ただならぬものを感じて警戒体勢に入るが、隣の蠍爆弾は完全に無警戒。少しは警戒しやがれ、と言おうとしたが。


「……。……?」

「ん?どした?」


蠍爆弾に目を向けたら、妙な物が目に入った。

それは別にピラミッドならば不自然ではない。寧ろピラミッドにあるのは当然なのだ。

 ミイラ。

カラカラに干からびた人間の身体。目玉なんてない。顎は外れていた。男か女なんかわからない。

しかしそれは紛れもなく、ミイラだった。

蠍爆弾の横の壁にミイラ。

いや、でも。と思い返す。

先程も目を向けたが、そこにミイラはいなかったはずだ。

冷静に考えて、気付く。

ピラミッドにミイラはセットみたいなものだ。でも、ミイラはこんな風に通路に飾られていただろうか。

博物館とは違う。

見せびらかすために飾られているはずはない。そもそもピラミッドは墓場だ。詳しい構造は知らないが、ミイラはどこかの部屋でまとまって保管されているはず。…テレビで得た情報だから本当はどうかわからない。

訂正しよう。

そこにミイラがいるのは不自然だ。

誰かが墓場から持ってきて置いたとしか考えられない。

─────一体誰が?

そんな疑問が吹き飛ぶ光景があたしの目に映ることになる。

 ギギギ。

干からびた腕が引きちぎれるのかと心配したがその乾燥した身体は案外脆くないらしい。振り上げられた腕。そこには銀色に光る刃が在った。

ミイラが動いた事実に驚くより前に、その刃に反応して、蠍爆弾の肩を掴み突き飛ばす。

あたしは降り下ろされた刃を後ろに飛んで避けた。

 ザン!

刃は砂を貫く。

体勢を整えた蠍爆弾の元に飛んで、携帯懐中電灯を点けて敵を確認する。

ミイラ。ミイラだ。

あの細い身体は間違いない。着ぐるみでも特殊メイクでもないだろう。

ミイラが動いている。

そこに立っていて、今蠍爆弾を殺そうとしていた。


「おい……こりゃあ………レネメンの悪戯か?」

「……だったらいいけど」


戦闘体勢になりつつも混乱は隠せない。

レネメンの悪戯にしては容赦なく刃が降り下ろされた。レネメンの手品なんかじゃない。

動くミイラは一匹じゃなかった。

懐中電灯で照らした闇の中。

それぞれ武器を手にしたミイラがそこに立っていた。気付かなかったのが信じられないぐらいの数が亡霊のように佇んでる。

亡霊、といえば亡霊なのか。

有り得ない光景に目を疑う。

まだ夢の中ではないかと意識を疑う。

 有り得ないだって?

すぐに自嘲の強がりである笑みを浮かべる。

有り得ないことなんて裏現実に入ってから何度経験した?

現実離れしたそれこそ映画みたいな有り得ないことは何度もこの眼で視た。

電車の中の五十の死体と血の海、掌だけで頭を粉砕する光景、大昔から闇に生きる吸血鬼、今もなお人間を惑わす悪魔。

ミイラが踊ったって、世界は引っくり返ったりしない。

黒の殺戮者と恐れらる吸血鬼の微笑を思い出す。

驚いた顔を見られなくてよかった。

そこで頭に住み着いた悪魔の笑い声が木霊した。


「────ククククッ」


吸血鬼が存在するのは悪魔の力によるもの。

悪魔は契約すれば人間になんでも与える。

それで人間が吸血鬼になった。

悪魔。

裏現実者しか知らない秘密の中に、ミイラは動くというのがないならばこれは悪魔の仕業だ。


「…蠍爆弾。ここにある宝は───一体なんだ?」


じり、と体重を踵に乗せる。


「───黒の話じゃあ…悪魔の力が宿った宝石らしい」


ビンゴだった。


「走れ!!」


ダッと、ミイラ達に背を向けて駆け出す。

恐らく、コクウは遊太から聞いてミイラが動くことを知っていた。それをあたしを驚かせる為に黙っていたのか。

全く、スケールのでかいこと。

こんなところで白瑠さんとコクウの違いが出るとは。

もう少しスケールを小さくしていただきたかった。寧ろサプライズをするな。

落ちた先に動くミイラが宝を厳重に守っていたから遊太は諦めた。納得だ。

一人で乗り込んでミイラに囲まれたら逃げたくもなる。


「どっかに上に戻る出口があるはずだ!」

「それってどこだ!?」

「知るか!探せ!」


走っても走っても緩やかなカーブの通路がひたすら続く。出口もメンバーも見付からない。

 ビュン!

あたしと蠍爆弾の間に投げられた槍が飛んできた。

振り返る。

ミイラ達が槍を投げる構えをしていた。

まずい!

急ブレーキをして、カルドとパグ・ナウを構え、槍を迎え撃つ。

弾き、叩き落とし、避ける。

槍の雨を無傷に対処でき、また走り出した。

どうする?

この暗闇であの得体の知らない者と戦って勝利できるとは思えない。やれば出来そうだが、蠍爆弾が持つかはわからない。

あたしは悪魔がいるが、こいつは普通の人間だ。


「おい!足元気を付けろ!」


そこでヴァッサーゴが声を上げた。

少し遅く、あたしはカチリと何かを踏みつける。

上にあったトラップとは違い、直ぐには作動しないタイプ。

あたしは動きをピタリと止めた。

音に気付いて蠍爆弾も足を止めて、あたしの踏みつけた物を視る。

そこにあるのは、地雷。

足を上げた瞬間に爆発するタイプの地雷だ。吸血鬼じゃなければ回避不可能。

爆弾使いの蠍爆弾の表情からして、飛んで離れてもダメージを受ける破壊力だろう。


「行け!」


あたしは蠍爆弾に行くよう言う。

流石にヴァッサーゴもこの地雷の爆発からあたしを守れないだろうから、無傷にいられないのは覚悟してミイラと心中するか。

蠍爆弾がそれに巻き込まれないゃうに距離をとってもらわなくては。


「女に二度も守ってもらったのに逃げれるか!」


しかし蠍爆弾はこの場を離れない。


「仲間は見捨てねぇ!」


そしてあたしの肩を掴む。

あたしの身体を引っ張るのと同時に何か丸い物と蠍型のボムを放った。

ボムが先に爆発する。

そして、カチリ────────────地雷の爆発。

 ドォオン!

耳元でドラム缶が破裂したような爆音が響く。

ピラミッドが爆風で軋む。

しかし、微かな振動を感じただけで、砂の上に倒れたあたし達に爆風はこなかった。

視てみれば、そこには壁が。

唐突に現れた壁が目の前に存在していた。

なんだ?これ。と不透明な壁に手を伸ばしたが、蠍爆弾に止められる。


「触らねぇ方がいい。くっつくぞ」

「…これ何?」

「接着剤」


接着剤?

不透明な壁の正体があまりにも意外なもので驚く。


「この玉をボムで爆発させ、粘膜のように壁を張ることで、バリアになる。接着剤つーのは頑丈なんだぜ?」


ニ、と笑みで蠍爆弾は簡潔に解説した。片手には先程投げた玉と同じものを手にしてる。

接着剤の壁で地雷の爆風を防いだ。


「すごいじゃん。カロライの作品?」

「おれさん考案。カロライ作」

「サンキュ」


笑い返してから蠍爆弾の手を借りて立ち上がる。

そこで一つの気配に気付く。


「椿みっけぇー」


壁の向こうに、コクウがいた。不鮮明だが声と黒い服からしてコクウだと判断する。

どうやら今の爆発で壁が崩壊し、そこから出てきたようだ。


「なんでバリア?……あぁ、あれか。レネメン」


コクウが首を傾げたが、爆風で吹っ飛んだはずのミイラがまた立ち上がったらしく、レネメンに指示する。

レネメンが何したかはわからないが、バタバタとミイラは倒れたようだ。


「マイキー、穴開けてこっちに来なよ」


コクウの言葉に従い、壁を爆弾で破壊してコクウ達と合流した。

そこにはカロライもいた。


「…遊太達は?貴方なら探せるでしょ」

「んー、生憎ミイラの臭いが強烈でわっかんないんだぁ。椿達も爆発で気付いたんだよ」

「一本通行で同じところをぐるぐる回るから壁をぶっ壊そうと話してたとこだったんだ」


状況を楽しんでるコクウを睨みつつ、レネメンの言葉に自分達も同じところを歩いていたことを知る。


「そうね、壁の向こうにいると判断するべきね。…貴方達のところにもミイラが出たの?」

「お前達のところ程じゃあないから瞬殺しておいた」


カロライが答えるが、カロライが瞬殺したわけじゃないだろう。

コクウがあたしの顔を見つめていることに気付くがあたしはしれっとした態度で知らん顔をする。


「先ずは合流するべきね。壁を破壊して行けば会えるみたいだから、蠍爆弾」

「あいよ」


勝手に指示してからコクウに目を向ければ、彼はあたしの顔ではなく露出した肌を視ていた。

胸元から腹部まで。吟味するように視ていた。

腹に蹴りをお見舞いしてやる。


「あっれぇ?椿、ミイラのこと訊かないの?それともVにもう聞いたのかな」

「……」


ヴァッサーゴは笑うだけで何も言ってこないが、これに悪魔が絡んでるのはわかっている。または悪魔の類い。

呪いが実在するなら、あたしはとうに呪い殺されているのだから、悪魔絡みだと願いたかったり。

 万が一、壁の向こうの仲間に当たっても軽傷で済むように小さなダイナマイトで、確実に壁だけを壊せるように仕掛けた。

ドカン!と爆音を聴きながら、あることに気付く。

先程の地雷は、ピラミッドに仕掛けられているのは可笑しい代物。

なんであるんだ?

それに死者が出てるにも関わらず、その死体が見当たらない。

どうゆうことだ?


「………」

「………」

「………」

「……コクウ、落ちて?」

「それが命令なら、喜んで落ちるよ」

「止せ、向こうの壁を確認するぞ」


壁に穴は空いたが、通路には繋がらず、代わりに下にぽっかり空いた穴が現れた。

果てしない闇の穴を一同で見つめたが、カロライがコクウの突き落としを阻止して振り返る。

そこに。

大きな短剣を振り上げたミイラが、そこにいて、振り下ろした。

反射的にあたしは後ろに飛んだ。

ヒヤリと焦りが走る。

自分が自ら穴に飛び込んだという事実に瞬間的に気付いて、咄嗟に壁を掴もうとした。

が、掴んだのはカロライの腕。コクウがミイラの干からびた顔に蹴りを入れ、あたしの腰を掴む。レネメンもあたしを引き上げようと肩を掴んだ。カロライが踏みとどまろうとしたが砂で滑り、あたしと一緒に落ちる。蠍爆弾がカロライを掴み、コクウとレネメンと一緒にあたし達を引き上げようとしたのだが。カロライと同じく、足場が悪く、滑り、穴の中へと落ちる。

本日二回目の落下。

 ──────ドガガガ!


「おっ。見っけたぁ。皆迷子になってるかと思って心配してたんだぜ」


コクウが下敷きになってくれたおかげで衝撃は比較的軽いものですんだ。のだが、舌を噛んでしまった。

真下からきた風が、何故か迎い風に変わる。

前を視てみたら、陽気な声で遊太が笑っていた。

ガタンゴトン。

あたし達は奇跡的に遊太に乗った走行中のトロッコに落ちたみたいだ。


「黒猫…貴様…」


小さいトロッコの中、窮屈に四人の男が入っている。頭でも打ったのかカロライが頭を擦り、あたしを睨みつける。

真っ先に落ちて三人を道連れにしたあたしはコクウに庇われ、軽傷だという事実にも苛立ってるようだ。


「……舌、噛んら」


口を開けて、血で真っ赤になった舌を見せた。もろ噛んで舌は重傷。

遊太のランプであたしの舌は一同にちゃんと視えた。

カロライは沈黙。レネメンと蠍爆弾は苦笑。遊太は「痛そう」と顔を歪ませた。


「見せて。貸してみ」


あたしの下にいるコクウはあたしの肩から顔を出し、あたしの顎を掴み、躊躇なく唇をつける。

口の中の血を舐めとり、舌の血を吸いとった。

そんなコクウとあたしのキスシーンともいえる光景を、遊太も蠍爆弾もレネメンもカロライもしっかりと視てしまう。


「………」

「………」

「………」

「………」

「………」


なんとも言えない空気になる。

そんな空気を作り出したコクウはきょとんとわざとらしく笑みで首を傾げた。


「どうかした?椿。キスは初めてじゃないだろ。人工呼吸したじゃん」

「人工呼吸?椿、溺れたの?」


それを言われ、思い出す。

そういえば人工呼吸されたんだ。必然的に唇を重ねたのだろう。


「ちょっと心臓が止まっただけよ」

「ふぅん?じゃあ黒っちは命の恩人?」

「そうだねぇ」

「………」


命の恩人。それは気に食わない。

膨れっ面をする。

そういえば、ヴァッサーゴの奴は何故早く怪我を治せなかったのだろうか。

危うく死ぬところだった。

あたしが死ねば、確かヴァッサーゴも死ぬのではなかっただろうか?

おい、V。

………。

無視かよ。


「……遊太。これ、何処行ってるの?」

「さぁ?ずっと走って一向に着かないけど、まぁいいんじゃね。そのうち止まるっしょ」


闇の中を走り続けるトロッコ。

ずっと乗車している遊太はなんともお気楽に構えていた。


「行き着いた先がまた穴だったらどうする?」

「………」

「………」

「………」

「………」

「………」

「降りましょう」

「降りるべ」

「降りようぜ」

「降りよう」

「降りよっか」

「…どうやって?」


行き先に不安を感じて一同の意見は一致した。しかし、遊太の疑問に誰も答えられない。

軽いスピード違反の速度で走っているトロッコは、どうやらブレーキがないらしい。飛び降りたら怪我する。

ヒューンと風を受けながら、誰かがいい案を出すまで一同は沈黙した。

それが不味かったようで、前方に光が見えてきた。どうやら終点。

 ──ガツッッン!

一か八かで飛び降りようと腰を上げた瞬間に、トロッコが何かに引っ掛かり問答無用の急停止をした。

当たり前のように法則通りにトロッコからあたし達は投げ飛ばされる。

遊太は背中を向けていた為、受け身が取れず背中から着地。カロライも受け身が取れず二人で「うっ!」と短い悲鳴を出す。

あたしは遊太を潰さないように手をつき、勢いを殺すため二回前転して上手く着地をする。

コクウは長い足二本で悠然と着地した。

レネメンもカロライを潰さないように横に転がって着地。

蠍爆弾も受け身をとって無事着地する。


「…おい、無事?」

「うぐ……むち打ちぃ…」

「いつつつ…」

「おれさんは無事……」

「大丈夫……だ…」

「俺の心配?嬉しいけどぉ…椿ぃ、後ろ視てみなよ」


遊太とカロライは倒れたまま。そんな二人の間に立つコクウが、笑みであたしの後ろを指す。レネメンと蠍爆弾が唖然とその方を視ていた。

言われるがままに後ろを振り返ってみる。

何の灯りかはわからないが、この空間───巨大な部屋は明るい。

おかげでよく視えた。

玉座のような踊り場に続く階段が視える。

そこに行かせまいと立ち塞がる武装したミイラが数多、視えた。


「ああ────────あれか。今回の標的」


あたしはそんなミイラを見据えて、静かに呟く。

その場に不気味な程響いた。

立ち上がり、ミイラと対峙する。

階段の向こうに、宝らしき物が在る。あれが標的。


「要は─────このミイラをぶっ殺してお宝を戴けばいいのよね」


カルドを抜き取り、パグ・ナウの爪を出す。

ニヤリと不適な笑みを向けてもミイラ達は何も感じていないだろう。


「え?つば……き?」


あたしの顔が視えていない彼らは困惑している。あたしを呼ぶのは遊太。

くるり、とカルドを回してからあたしは行動して答えを示した。

身を屈め、足をバネにミイラの中へと飛び込む。

密集していたミイラの一匹に飛び込めばドミノのように倒れた。

倒れなかった身近なミイラにカルドを振り上げて切り裂く。

爪で三体を引き裂いた。

その三体を踏み台にミイラにもう一度突っ込む。

 ザザザンザザザザザザザッ!

乾燥した身体を引き裂けばそんな音が鳴り響く。血は吹き出ない。

それでもばたばたと切り裂いたミイラは倒れる。


「………つまらない」

「え?そうゆう問題!?」


半分を倒してあたしは一息ついて漏らす。

それにツッコミを入れるのは遊太。

別に血を噴き出させるのが楽しいわけではないが、こうも手応えがないとつまらない。萎える。

とりあえず全部をぶっ倒す。

簡単に全部を倒せた。


「………お前さん、化け物並だな」


ふぅ、と息をつけば蠍爆弾がそう呟いた。


「あら、ありがとう」


あたしはそれを誉め言葉として受け取る。


「レッドトレインもそうやって殺戮したのか?」


腰を下ろしたまま苦笑を浮かべて蠍爆弾は問う。

レッドトレイン。血塗れ電車。


「椿のデビューだっけ?」


コクウが確認する。

あたしのデビュー。あたしが初めて殺戮した事件。裏現実にも噂が広まったそれは、初め頭蓋破壊屋またの名を白の殺戮者である白瑠さんが犯人だと言われていたが、違うとわかり衝撃が走った。

 頭蓋破壊屋に並ぶ存在が現れた、と。

誰かが口にしたせいで後に名付けられた"紅色の黒猫"の名前は有名になり、白の殺戮者と黒の殺戮者と並んで裏現実の有名な殺し屋となった。


「……さぁ、よく覚えてない」


それは本音だ。

電車の中で、一方的に、五十もの人間を殺した。数は後程知った。

でも殺戮している間の記憶は朧だ。

電車に乗ったことは覚えている。座席に座ったことも。その後が曖昧だ。

確かにあたしは殺していた。カッターを手に首を切り裂いたと思う。逃げなかった人もいた。現状に理解できていない人が多かった気がする。勿論悲鳴を上げて逃げ惑う人もいただろう。

でも夢でも見たかのように、あたしはその時の記憶は朧だ。


「気付いたらその場の人間を殺してたのよね」


他人事のようにあたしは漏らす。

向き合うように立っているコクウは、あたしを真っ直ぐに見つめた。

その眼は他の方へと向けられる。

あたしも気付く。

ミイラが立ち上がったことに。

あれ、倒してなかった。

投擲ナイフを取り出し放つが、ミイラは心臓に突き刺さっても踏みとどまる。

嗚呼、そう言えばミイラって内臓を取り除いていたんだっけ。

心臓を狙っても無駄。切り裂いても無駄。首を切り落としても起き上がる。

コイツらもしかしたら。


「不死身じゃねぇよ。燃やせば朽ちる。身体さえなきゃ起き上がらねぇ」


そこでヴァッサーゴが口を開いた。

燃やせば朽ちる?

吸血鬼と同じじゃないか。

やはり悪魔絡みか。


「死なねぇモンなんていねぇんだよ」


死なない者はいない?

それはつまりあたしとアンタが一緒に死ぬのは当然って意味かよ、V。

散々何度も死を防いでたくせに、今更なんなんだよ。


「るせーよ、オレに頼ってんじゃねぇ」


あら、いつも銃弾は防いでたくせに何故あの時は防げなかったのかしら?


「悪いなぁ。お前ならあれぐらい自分で対処できると思ったんだ。オレがお前を過信しすぎたせいだ、あぁ悪かった悪かった」


…全然謝ってねぇじゃねぇか。

ヴァッサーゴはいつも通りに喉でクククと笑う。


「つか、つまんねぇなら切り裂くなんて無駄なことすんな」

「は?」

「お前のことは襲わねぇよ」


無駄なことと言われ、集中が途切れた。

しかし、ヴァッサーゴの言う通り。

ミイラはあたしなんて見向きもせずに横を過ぎていく。


悪魔(オレ)がいるからだ」


ミイラはコクウ達に向かう。

あたしが。あたしが一度全部を簡単に倒せたのは。

レッドトレインの電車内の人間と同じ。反撃をしなかったからだ。

ミイラはあたしを攻撃の対象にはみていない。


「蠍爆弾!燃やせ!!燃やすんだ!」

「クハハハ!仲間に優しいなぁ、椿。仲間を思うならさっさと宝をとるべきだぜ?」


あたしは声を張り上げ言う。

直ぐに爆発が響いた。


「なに?」


あたしは声を出してヴァッサーゴに問う。


「あのミイラは悪魔の力が宿った宝の力で動かしてる。死者を蘇らせる宝なんだよ、アホくせぇけど。ミイラは悪魔以外の不法侵入者を殺すよう命令されてる。あの宝を手にして命令を取り消さないとダイナマイト、足りねぇぞ?」


ヴァッサーゴは笑いながら答えた。


「ミイラはこれで全部じゃあねーぞ?今までの不法侵入者もミイラにされてんだよ」


先程の疑問が、解決する。

ここにきて死んだ者は、全員ミイラにされたのか。

なるほど。

罠を再び仕掛たのはミイラ。

地雷が在ったのも、誰かが持っていたからだ。なるほど、なるほど、なるほど。

ようく、わかった。

ヴァッサーゴもあたしを驚かせたいんだって、ようくわかったわ。


「椿。遊太と一緒に宝をゲットして」


コクウが両手でミイラを引き裂いてからあたしに言った。

遊太?あたしは遊太の姿を探したが、ミイラと戦う黒の集団の中に遊太の姿は見当たらない。


「椿、こっちこっち」


遊太の声が後ろから聴こえた。

振り返れば階段を登った遊太がそこに立っていた。吸血鬼さながらの瞬間移動。


「うわっと!」


遊太に気付き、ミイラの一匹がライフルで遊太を撃つ。間一髪遊太は弾を避けた。

悠長に立ち尽くしている場合ではないようだ。

階段に向かい駆ける。

 ボァアア!

何が起こったのやら、ミイラが燃え上がる。レネメンが持つ糸がミイラに絡み、その糸が燃えてミイラを燃やしていた。

 ドッカン!

爆音が天井に近い位置の壁が爆発。そこから火都、ナヤ、アイスピックが顔を出した。


「お、火都達じゃん。やっほー」


またもや遊太はお気楽に挨拶する。

ロープで降りようとした三人だったが、下の惨状を目にして躊躇した。

しかし、彼らもミイラと戦っていたらしく背後からミイラが襲撃してきて、飛び降りる。

あとからミイラがぼとぼとぼとぼとと落ちていった。

シュールな画になんとも言えないあたしと遊太。

 黒の集団大集合。

ミイラvs黒の集団。

黒の集団の実力が見れる最高のチャンスだった。

ミイラをクッションに着地した火都は火のついたボウガンでミイラを射抜いていく。

レネメンは彼に何かを投げ渡した。

それを受け取り火都が三方向に放つ。

糸が視えた。

その糸が瞬く間に燃え、貫いたミイラも、糸に触れたミイラも燃え上がる。

コクウとアイスピックはミイラを引き裂く。引き裂いて蠢くミイラの残骸をカロライは何かを投げつけて燃やした。

蠍爆弾は降ってくるミイラの始末で火炎爆弾を放ち、火の海にする。

それぞれやれることを協調しながら徹底的に行っていた。

ナヤはそれを観る係り。そして噂を情報を広げる。

心配しなくてもミイラを自分達で排除できるようだ。

階段を駆け上がり、踊り場についた。

遊太は宝に手を伸ばそうとしない。

レディファースト、と言わんばかりにあたしに笑みを向ける。

 トロフィーのような形。大きなダイアモンドが白い光を放つ。

これが悪魔の力が宿った宝なのか。


「これ、手にした瞬間、なんか起こったりするかしら?」

「さぁ、わかんね」


遊太は本当に知らないみたいだった。

おい、V。


「ビビってねぇでとれよ」


じっとしてても始まらない。

あたしは手を伸ばして。

そして掴んだ。


「………」


何も怒らなかった。

爆音も止まない。

正直、悪魔の喚き声がくるかと身構えたが何も起こらない。ミイラだって動き続けているではないか。

おい、V。話が違うじゃないか。


「くたばれって念じりゃいい。ミイラにな」


くたばれ、か。

なんか嘘くせぇ。と思っていたがミイラ達は動きを止めて、ばたりと次々と倒れていった。


「ミッションクリア」


ミイラの上に立つコクウはにんまりと笑って告げる。

何がミッションクリアだ。

念じればミイラが起き上がってコクウを襲うだろうか。正直その考えを実行に移そうとした。

しかし、ピラミッド全体が揺れて危うく倒れそうになる。

地震?エジソンでか?

グラグラと揺れる震動に、天井から砂が落ちていく。

いや、これは。地震なんかじゃない。

あたしと遊太の前の壁に亀裂が生じる。

嫌な予感。絶対に嫌な予感が的中して実現する。

遊太と顔を合わせた。直ぐに階段を飛び降りるように駆け降りた。

 ピシッ!ピシピシピシピシ!

コクウ達はその亀裂をただ見上げていた。


「バカ!走りなさい!」


コクウの頭を叩いて一同に怒鳴り声を上げる。トロッコの中にいたナヤを引きずり出して背中を押す。

壁は弾けた。

怒涛に押し寄せる砂がくるのを見て、漸く危機に気付いて、駆け出す。

遅すぎんだよ!どあほ!と怒鳴って暗闇で見えない通路を走った。

懐中電灯で照らし、先を視る。

砂は波のように迫ってきた。

このままじゃあ生き埋めだ。


「レネメン!」

「マジックでどうこうできない!」


言う前に断られる。


「蠍爆弾!天井を崩せ!」

「馬鹿!生き埋めになるだろ!」

「くひゃひゃひゃ!」

「貴様っ笑ってんじゃねぇ!!」


一番余裕なコクウの笑い声に、あたしもカロライもぶちギレする。

持久戦なら真っ先にナヤ辺りが砂に呑まれるだろう。その内コクウ以外が呑まれる。

だったら一か八か、天井を崩して砂の波を埋めるべきだ。


「蠍爆弾!」

「わあった!」


蠍爆弾は真上に、蠍型の爆弾を放り投げた。

──────どっかぁあん!






──────ドカッ!

蹴り飛ばした机がひっくり返り、書類が散乱する。

アメリカのアリゾナ州。黒の集団のオフィス。


「これで。一体何しよって言うのよ?アンデッド軍団でも作るわけ?」


トロフィーの形をした宝をコクウに突き付けて問い詰める。

ピラミッドを無事脱出しエジプトから帰国してからずっと、この宝を持たされていた。

これはあたしが持てとのこと。

黒のオフィスに着いて早々、あたしは問い詰める。寧ろ飛行機の中で問い詰めたかったが、堪えてやった。


「くひゃ、アンデッド?それも悪くないね」

「あたしはてめえらの目的を知らない!報酬もなしに無謀なことをやるほどバカじゃない!これでなにする気だ?コクウ!」

「落ち着けよ、椿。ちゃんと話すから」


コクウは宥めるように言い、あたしの蹴り飛ばした机に腰を下ろした。


「それはただの保険だ」


コクウは答える。

保険?話が読めない。

他のメンバーは待っていたディフォに挨拶をしたり、とばっちりを受けないようにあたし達から遠ざかって見守る。


「紅色の黒猫にも、我らの目的を話そう。仲間だしね」


演技かかった口調。

不適に細められた瞳は妖しく光る。

白瑠さんと違う、不気味で怪しく妖艶な笑み。

その笑みは白い肌で黒い衣服を身に纏った吸血鬼の彼のせいで数段魅惑的にも感じる。


「俺達の目的はある人に喧嘩を売ることだ」


ある人に喧嘩を売り、戦争を引き起こす。

噂であった。

そのある人は、白瑠さんだと噂では言われていたが、コクウは違うと否定する。勿論あたしでもない。

コクウは楽しげにその不気味な笑みで答えた。


「───番犬(、、)と戦争するのが、黒の集団の目的さ」


黒の集団の目的。

番犬が喧嘩の相手。

番犬が戦争の相手。

あたしは戸惑い、頭の中で解読をする。コクウの声をもう一度頭の中で聴いて確認した。


「…あの番犬?」

「そう。地上最強の狩人と謳われた番犬、裏現実の番犬」


間違いなくあの番犬。

秀介が憧れる狩人。

地上最強の狩人と謳われる裏現実の番犬。だから番犬。

一時期、その狩人は名を馳せていた。

殺し屋を片っ端から狩ってその頃名を馳せていた殺し屋を一掃させた、地上最強の狩人。


「…彼は死んだはず」

白瑠さんが裏現実に入った数年前に、唐突に消えた。生存を信じる秀介には悪いが、白瑠さんが死んだと断言するように番犬は死んだと思う。


「いや、生きてる。だって誰も番犬を殺したという人間が名乗り出てないからね。地上最強だぜ?くく、そんな人間が殺されるわけがない。殺したら誰かしら自慢する。忽然と消えたのは意図的さ。番犬は生きてるよ、多分表にいるんじゃないのかなぁ。俺達は彼を見付け出して裏に引きずり戻して息の根を止める」


コクウも、黒の集団も番犬の生存を信じていた。

しかし、秀介みたいに純粋ではない。

コクウには淡々と楽しげに冷酷に告げた。


「地上最強……いや、歴史上最強の狩人を復活させて息の根を止めたら─────面白いだろう?」


黒い殺戮者は本当に楽しげに笑った。

理解する。

この誘い文句で、黒の集団に彼らは入ってきたのだろう。

黒の集団は全員、番犬を打ち負かす目的を持っているのか。

前にナヤが言っていたことを思い出す。

コクウは歴史に面白いものを刻む。

長生きした彼は色んな歴史を刻んできた目立ちたがり屋の吸血鬼。

ひねくれた策略家は、小さな国さえ消し去ったことがある。

番犬との戦争は、彼の遊びにしか過ぎないが。それでも、それを承知で集った彼らをあたしは見回した。


「死んでたら?」


その質問を口にしてハッとする。

あたしの手に握られた宝。

 保険。

 死者を蘇らせる宝。

コクウは笑い声を上げた。愉快そうに。本当に愉快そうに、笑う。


「くひゃひゃひゃ!椿ぃ…知らないのぉ?」


秘密、その参。


「裏現実では時々、死者が蘇るんだぜ」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ