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藍色の暴走



密かに願っていた。

見付けて迎えにくることを。

なのに、あたしは拒絶した。

あの人を拒絶して突き放してしまった。

白瑠さん達が迎えに来ないと知って。

これはその仕返しなのか?

血の繋がった家族を殺され、蓮真君を危険な目に晒された。

これは全て、藍さんからの報復?




 あたしと火都で電話を掛けた────松平兎無さんを那拓家に連れてきた。

那拓家に来た理由は蓮真君を手当てするためと犯人を聞き出すため。

この大人数で来れるのはここだけだ。黒の集団は帰れと言ったら、コクウと火都が残った。ナヤも名家の那拓家に行きたいと煩かったが、チクリ屋だと知るや否や爽乃が怒鳴ってお断りした。

つまりまだコクウと白瑠さんは一緒に居て、険悪な空気が漂っている。


「兎無さんが、藍さんの幼なじみだったんですね」

「キャットが"お嬢"だったのね」


気にしている場合じゃない。

向き合って座る兎無さんと話す。

藍さんが裏現実に入ったきっかけは、幼なじみが裏現実者だったから。

その幼なじみが松平兎無さん。

火都が武器を作ってもらっている武器職人だ。あたしも客の一人。


「藍さんが…あたしの家族を殺して、蓮真君を監禁したんですか…」

「……」


確認で口にすれば、兎無さんは黙って頷いた。

ヴァッサーゴは最初から犯人を知っていたのだろう。もう怒る気力がない。


「藍乃介はただっ!アンタに帰ってきてもらいたかったんだよ!帰ってもらいたくって…すごく思い詰めてて……昨日会った時、アイツっ…!」


弁解するように兎無さんが身を乗り出す。至極辛そうな顔。

帰ってきてほしくて?


「あの眼鏡の人、ぼくが最後に会った時も…思い詰めてた。ずっと"なんで帰って来ないんだ"とか"もう死のう"だとか…やばかったぜ」


幸樹さんに手当てされている蓮真君も会話に入った。


「アイツ、様子が変で……"家族を殺せばいいんだ"なんていきなり言い出して…まさか実行するなんて思わなかった…」

「…なんで、そんな発想が…」

「追い込まれてたんだよ!頭がいい奴だけどっ…だけどそれしか方法が思い付かないくらいっ、アイツは必死だったんだよ!!」


あたしの肩を掴んで、兎無さんは声を上げる。


「どうしてもアンタに帰ってきて欲しかったのよ!なんだかボロボロで、苦しそうで……"お嬢お嬢"って泣きべそかいてたんだよ…。藍乃介が去る誰かに執着するなんて今までなかった…藍乃介にとってアンタは特別なんだよ!特別なんだ!」


藍さんは頭がいい。

彼ならば、冷静に考えれば、策略であたしを連れ戻すことが出来ただろう。

冷静に考えることが出来なかったのは、間違いなくあたしが原因だ。

目を閉じれば、涙を流す藍さんが脳裏に浮かぶ。

そんな行動に走らせたのはあたしだ。


「あの人、ずっと待ってた。椿が来るの」


蓮真君は拉致られた経緯を話した。

あたしがいなくなって一ヶ月。いつまでも携帯電話を取りにこないから、返しに行こうと携帯電話の電源をつければ電話がかかってきたそうだ。

電話の相手は、藍さんだった。

電話を返そうと会う約束をして蓮真君は家を出た。藍さんが今すぐに返してくれと言うものだから、護身用にいつも持ち歩いていた刀を忘れて出てしまい────家の前で拉致られたそうだ。

多分、携帯電話の電源をつけた時点で藍さんは居場所を調べあげたのだろう。

家族を殺してもあたしが帰って来なかった為、蓮真君を使うことにしたらしい。

あたしが携帯電話を預けた人物。

そしてあたしが密かに会っていてお土産を渡した人物。嫌っていた家族よりはいい餌だと判断したのだろう。

誰かを殺してでも、あたしを連れ戻そうとしていた。蓮真君も、本当は殺されるところだったらしい。

だが、藍さんは思い止まったそうだ。

頭を抱えてこう言ったらしい。


「これじゃああの鼠と一緒じゃないかっ…」


家出の原因であるあの鼠と一緒。

拉致して殺す。

やっていることは一緒だ。

それに気付いて、殺すのはやめた。

食事も与えられていた。怪我は拉致られた時にやられたそうだ。拉致ったのは藍乃介が雇ったであろう殺し屋。恐らくそれがあたしの家族を殺した実行犯。

ずっと、藍さんはあたしを待っていた。


「見てられないくらいあの人……ボロボロだった」

「………」


ボロボロ。

それは家出してる最中のあたしのようだったのか?


「あの人、やばいって……死ぬかもしれない」

「!」

「…それはどうゆうことですか?」


黙って聞いていた幸樹さんは口を開く。


「そうだ、昨日…藍の奴……アイツ、もう何もかも絶望したみたいな顔してて…諦めたって…。アイツ、お嬢がいなきゃ生きてけないって言ってたんだよ!もしかしたら……もしかしたら…」


兎無さんは最後まで言わなかった。

もしかしたら────死ぬかもしれない。

あたしはまた目を閉じる。

落ちる雫。

目を開いて、あたしは立ち上がる。


「藍さんは何処です?」


顔を上げて目を丸めた兎無さんは、言葉を詰まらせながら彼の現住所を教えてくれた。

後ろを向いて襖を開けて部屋を出ようとしたが、目の前に白瑠さんが立って行く手を塞ぐ。


「何しに行くの?」


きょとんと首を傾げて問う白瑠さん。

何しに行くだって?


「謝りに行くんです。あたしが…酷いこと言ったから…。帰って来たって教えなきゃ」

「殺しに行くんじゃなくて?」

「藍さんを殺すわけないじゃないですか!」

「家族を殺された復讐は?」

「しません!殺しはやめるっていったじゃないですか!」


早く通せとあたしは声を荒げる。

すると、白瑠さんはにこっと笑いあたしの右手を握った。


「じゃあーれっつごぅ」

「え」


襖を開けて廊下を歩き始める。


「やっぱり喧嘩売られてる訳じゃなかったねぇ」

「あ……はい…」


恨みでの犯行ではない。

そう白瑠さんは言っていた。

あたしと遊びたいだけ。

あたしに構ってもらいたいだけ。

 ぐい。

白瑠さんに掴まれていない方の手が掴まれ、歩みを止められる。

掴んだのはコクウだ。


「俺も行く」

「部外者は帰れよ」

「嫌だね」

「あぁ?」

「あ゛?」

「やめろってば!何度言わせんのよ!」


ギロリ、睨み合い険悪な空気を作り出す二人の手を振り払う。

綱引きのように引っ張られていたらあたしの腕は引きちぎられていたな…。


「行きましょう」

「はいっ」


幸樹さんに背中を押され、あたし達は那拓家を出る。

車に乗り込んだのはあたし、幸樹さん、白瑠さんにコクウ、それと火都。


「なんで火都まで?」

「そのー…あいのすけ?を助けたら、サービスしてくれるって」

「ああ…そうなの」

「うん」


兎無さんから頼まれた火都は何故か助手席に座っている。あたしは後部座席で白瑠さんとコクウに挟まれて座った。こうやって座らなきゃ車内で喧嘩を始めてしまう。

勿論運転席には幸樹さん。

妙な組み合わせが乗車したものだ。

裏現実で最も恐れられている白と黒の殺戮者を乗せた車。そして助手席と運転席には、前に幸樹さんを撃って負傷させた火都。

重苦しい車内だ。


「あっ!!」


ハッとして大声を上げる。


「マフユ忘れた!」

「…あ」


コクウに向かって言えば、彼も忘れていたらしく間抜けな声を洩らした。

マフユ、行方不明だ。


「…でも、マフユなら大丈夫だよ。そのうち顔出すよ」

「バカ!ここはあの子の知らないところよ!?何処に戻るってゆうのよ!」


心配しないコクウの胸を叩く。連れてきたのは貴方でしょーが!

次から次へと行方不明が…。


「マフユとは?」


幸樹さんが訊いてきた。


「俺と椿の愛の結晶」

「成り行きで飼うことになった猫です」


コクウの顔に裏拳を打ち込んで、あたしは答える。


「成り行きなんてもんじゃないだろ。椿が命懸けで助けようとビルから落っこちて、俺が身体張って助けたんじゃん。仲間になったきっかけだよね」


余計なことを…。あたしはコクウを睨み付ける。


「どんな猫ぉ?」

「黒猫」

「…お前に訊いてねぇ」


にこっと白瑠さんがあたしの顔を覗いて訊いたが、コクウが先に答えたため顔が不機嫌に染まった。


「捜しに行って」

「あとで」

「今行って」

「やだ」

「コクウ!」

「つーちゃん。後で俺と捜しに行こ」

「なんでお前と行くんだよ。俺と行くんだよね?椿」

「椿、俺とだよね。てか触んなよ、フラれたくせに」

「お前が触るな、強姦魔」


責任もって捜しに行けと言うが聞いてくれない。すると白瑠さんがあたしに腕を回して笑い掛けた。譲れないとばかりにコクウはあたしを抱き寄せる。また取り合い返し。

また怒鳴り声を上げようとしたら、キィイイッ!と車は急停止。シートベルトをつけていないコクウと白瑠さんは前の席に顔をぶつけた。


「着きましたよ」


幸樹さんはそれだけを言って車を先に降りる。あたしもコクウを押し退けて車から降りた。

また廃墟。

藍さんが住みかに選ぶのは廃ビルばかり。ここが藍さんの新しい住みか。ここにいるのか。

幸樹さんが見付けた入り口に立てば、付けられたインターホンから声が聞こえた。


「こーんばんわ、お嬢さん」


藍さんの声だ。


「開けてください、藍さん」

「何しに来たの」


返ってきたのは、冷たい声。


「開けてください」

「藍乃介」

「藍くぅん」


もう一度言えば、幸樹さんと白瑠さんが名前を呼んだ。

しかし、返答はない。


「開けなさい!乗り込むわよ!」


しびれを切らしてあたしが声を上げれば、驚愕する言葉が返された。


「入ってきたら僕の雇った殺し屋が相手するよ────君の家族を殺した殺し屋がね!」


それは宣戦布告。

あたしに向けられた挑発。

信じられない!、とあたしは白瑠さんと幸樹さんを振り返る。

白瑠さんは肩を竦めて、幸樹さんは「癇癪を起こしてるみたいですね…どうします?」と藍さんに聞こえないようにあたしに訊いた。

あたしはカメラを睨み付けて、ダイヤル式の鍵に手を当てる。

 開けろ、ヴァッサーゴ。

ピピピッ、と音を鳴らして扉が開く。前回もヴァッサーゴの力で藍さんの仮住まいのセキュリティを突破した。


「そこから動くなよ…ロリコン野郎!」

「うひゃひゃ」


もうキレた。

「椿がキレた」と白瑠さんとコクウが笑い出すが、同じ発言をしたのが不快だったのがすぐに笑みをなくして睨みあう。

気に留めずに、中に入った。


「コクウ、相手は何人?」

「んー…四人」

「おや、ピッタリですね」

「え?」


気配に敏感なコクウに問えば、この藍さんの新居には四人の殺し屋がいるそうだ。

ピッタリと言った幸樹さんの発言に意味がわからず振り返る。


「椿は殺しを絶つのでしょう?ならば私達が殺るので椿は藍さんへ」


にこり、と笑みで言われた。

宣言通り、殺しを絶つつもりだ。

何人も聞いてしまったし、コクウが白瑠さんを責めるこの問題を解消したい。

だが、今回だけは許してほしい。

家族を殺した相手くらい殺らしてくれ。

そう言えば、最後に殺したのは五日前だ。


「あ、あの…幸樹さ」


ドゥシュッ。

あたしの髪を掠めて、何かが飛ぶ。飛んできた方には、ボウガン銃を向けている火都。


「……一人目…」

「!」


ポツリ呟いた言葉と誰かの呻き声で、一人目を倒したのだと理解する。


「あ、やば」


コクウがあたしの肩を掴む。

ドッ!という銃声。

あたしはコクウに押し倒された。

ドドドドドドドドドドッ!!

次の瞬間に廃墟に轟く銃声。この音は知っている。ガトリングだ。


「火都が狙撃者を殺ったけど、最期の力で引き金を引いちゃったよ。止むまで待とう」


柱に身を隠して、コクウが聴こえるように耳元で言う。

あたしは早く藍さんの元に行ってぶん殴りたいんだけど…。

白瑠さん達の姿が見当たらない。彼らも柱に隠れたようだ。


「本気なの?」

「え?」

「殺しをやめるの」


柱とあたしを挟んで耳元で問うコクウ。宣言から二人になるのは初めてか。


「本気よ」


あたしも聴こえるように彼の耳元で答える。

必然的に、互いの頬が重なった。


「それはやめた方がいい。君の場合、大切な人まで殺めてしまうよ。殺し続けなきゃ、そばにいる人を殺す」


殺戮の禁断症状。

無意識に殺してしまう。意識がないから止めようがない。

手にした凶器で、殺す。殺す。殺す。

大量に人間を殺してしまう。

あたしの病気。


「それを治すために、やめるのよ」

「…君が傷付くだけだ」

「…決めつけないで」


決めつけるな。

とか言いつつ、あたしも治せないと決めつけてた。

この病気があるからあたしなんだと。これが当然だと、思い込んでいた。

だからこそ、やめるんだ。

やってみなきゃ、わからない。


「……殺しをやめるのは白瑠のためだとゆうことはわかってる。俺と別れるのはなんで?それも白瑠のため?」


次にそのことを訊かれると思った。

決意したんだ。ちゃんと云わなくちゃ。


「いいえ。あたしの問題よ」

「意味わからない」

「やっぱりあたしは貴方を愛せないから」

「違うよ、椿。俺達は愛し合ってる、椿は俺を愛してるよ」


弾切れか、銃声が止んだ。

弾薬の香りが辺りに立ち込める。弾丸を食らった壁が崩れる音しか聴こえない。


「あたしは貴方を愛してないわ。わかるでしょ?コクウ。あたしは貴方を愛してない」


それは恋人だった人に云うには酷い言葉。愛してくれる人に云うには酷い言葉。

それでも云わなくちゃいけなかった。

ちゃんと別れるために。


「……やだよ…」


あたしの肩に額を置いて、ギュッと左手を握るコクウ。

胸が苦しかった。

抱き締めて、優しい言葉をかけたい。

でもその優しさは、だめだ。

彼が他の誰かを愛するためには、それはだめなんだ。


「それでも…別れましょう」







巨大なガトリングの元に行けば、ボウガンの矢で胸を射たれた狙撃者がトリガーを握ったまま倒れていた。

火都の命中力は相変わらず流石だ。


「一番手がガトリングでお出迎えなんて……」

「藍くん、躍起だねぇ。藍くん暴走なうなうぅ」

「殺し屋を片付ければ後は藍乃介を宥めるだけですよ、気を抜かないように」


白瑠さんが右隣に立ち、左に幸樹さんが立ってあたしの背中を押す。

…あれ?あたしは宥める役なのか?

あたしは藍さんをボコりに乗り込んだんですが…。

とりあえずあたし達は階段を上がることにした。

口を固く閉ざしたコクウも離れず後ろを歩く。白瑠さんはコクウを気にした素振りは見せない。

藍さんのことだ。また最上階で陣取ってるに違いない。

この廃墟の最上階は五階。

五階にいるだろう。

廃墟か。全く。嫌な場所だ。


「あ……カメラ、やっぱりつけてるのかな」

「攻撃力のない藍乃介ですからね…テリトリーを把握するためにも、カメラをつけているでしょうね」


つまりはあたし達の動きは把握されている。そして恐らく藍さんが殺し屋に情報を与えているだろう。

相手が有利。


「俺達が銃弾が止むまで待ってた間に準備をしただろうね。悠長に歩いていけば、殺られる。人間は。だから一気に片付けに行くべきだ」


そう言ったのはコクウ。

てっきり、不機嫌になって黙りになったと思ったからビックリした。


「そうね…火都は援護をお願い、白瑠さんと幸樹さんとコクウは順番に殺し屋を片付けてください。藍さんが指示を出せないように走りましょう」

「なら俺が椿をそのアイって奴のとこに運んだ方が早いね」


二階で立ち止まり作戦を練れば、コクウはあたしの手を取る。つかさず白瑠さんがその手を払おうとしたが、その前に幸樹さんが白瑠さんを止めた。


「賛成です。キレている藍乃介の指示で動かれては不利ですしね」

「では幸樹さん、白瑠さん、コクウという順で殺ってください。火都は最上階を目指しつつ援護を。あたしとコクウは先にいきます」

「了解」

「了解です」

「…りょうかい…」


白瑠さんはやや不満そうだったが決定。


「それでは────3」

「2」

「1」


0。

あたしを抱えたコクウが駆ける。

人間が追い付ける速さではない。

だから幸樹さん達を置いていく形になる。

二階には誰もいない。

三階には、二拳銃の女。

反応して発砲してきたが、コクウには追い付けない。コクウは二拳銃の女を飛び越えた。

飛び道具。幸樹さんが相手するのか。ちょっと不利だ。


「火都!幸樹さんを援護して!」


それだけしか言えず、コクウは階段を駆け上がる。


「心配性ですね…全く。まさか、狩人に援護される日が来るなんて…くれぐれも私を射抜かないでくださいね」

「…大丈夫…」


幸樹&火都vs二拳銃の女。

 四階には一人の大男。手には大きなハンマー。大きく重そうなハンマーを、あたし達目掛けて振る。

コクウはあたしを庇い、腕で喰らった。


「つばちゃん平気!?」


転がり受け身を取ってコクウはあたしを抱えたまま起き上がる。追い付いた白瑠さんは、直接攻撃を受けたコクウなんて視ていなかったかのようにあたしを心配した。

無傷ですから…。


「ハンマー、てことは」


折れた腕も振っている間に治った。片腕だけであたしを持ったコクウは、目を細めて笑う。


「椿の家族を殺した奴かな」

「あ…」


コクウが口にして思い出す。

あたしの家族は頭を粉砕されていた。白瑠さんみたいな馬鹿力(、、、)でやったのではないなら、爆弾かハンマー。頭の中に爆弾を入れて爆発させれば、脳ミソはぶちまけられるがそれなら爆死になる。ハンマーなら白瑠さんほどではないが、頭蓋骨をぐちゃぐちゃにできるだろう。

つまり、上にいるもう一人の殺し屋がハンマーや馬鹿力の持ち主でなければ、彼が殺った犯人だ。


「俺が殺るよ」

「俺の番なんだけど」


殺る気になっているコクウだが、次は白瑠さんが殺る番。

コクウが先に進んでくれないとあたしも藍さんに辿りつけれない。

コクウはムッと唇をつき出す。


「さっさと行けよ。つぅちゃん、気を付けてねぇ」

「けっ」

「はんっ」

「ふんっ」


白瑠さんは急かして、笑顔で手を振る。

鼻で笑い睨み合うやり取り。

本当に仲が悪い。

コクウは瞬時に飛び越えて次の階に繋がる階段へと駆けた。


「んひゃひゃひゃひゃ」


白瑠vsハンマー男。

 最上階の五階へと辿り着いた。真っ直ぐにコクウは人の気配がするほうへと向かう。

一人。男らしき影が見えた。

その男は光を放つ何かを思っている。

刀だ。

理解した時にはもう目の前。

あたしは反応して、カルドで刀を受け止めた。


「っ十字侍!?」

「!、椿か…」


衝撃で跳ね返り、それで互いに距離をとる。

武器を交じりあわせた際に、見た顔は見覚えあった。

ガトリングの件で、アイスピックとレネメンとウルフマン同様に出会った殺し屋だ。


「貴方が最後の殺し屋…か」


一度救った彼をコクウに殺させるのは気が引ける。だけどあたしは十字侍の後ろにいる藍さんを見た。


「……すまないが、降りる」

「は!?」

「!」


立ちはだかる十字侍と睨みあっていたが、やがて彼は日本刀をしまった。


「紅色の黒猫と黒の殺戮者が相手とは聞いていない。なにより彼女には恩がある。……悪いが、恩を仇で返せない。すまないな」

「っ…!」


十字侍は簡潔に言い放ち、藍さんの前から退く。

ガトリングの件で命を救ったのだ。恩人と呼ばれるほどのことはしていないが、彼が退いてくれるならば手間が省けた。

最後の盾まで失った藍さんが顔を歪ませる。

コクウは出番がなくなり肩を竦めたが、あたしは藍さんに目を向けた。

1ヶ月ぶりだろうか。

よれよれの藍色のYシャツと黒のズボン。

眼鏡をかけていない顔は窶れていた。眠れていないのか、隈が目立っている。

その藍さんが机の上に常備してある銃に目をやった。

それを手にして、戸惑った。

だが、結局銃口を向ける。

あたしにじゃない。

コクウでも、十字侍にでもない。

藍さんは───自分自身の頭に、銃口を突き付けた。


ガウンッ。


「いっ…!」


間一髪だった。

ナイフを投げて、銃を弾いたのだ。

引き金は引かれたが、弾丸は藍さんを貫くことはなかった。

あたしはコンクリートを蹴って、藍さんに駆け寄って肩を掴む。


「ふざっ」

「煩いっ!!」


ふざけるな。

そう一喝してやろうとしたが、先に藍さんが叫んだ。

なにもしてないのにその場に尻をついた。

ビクビクと震えている。


「煩いっ!!煩いっ!!煩いっ!!」


耳を塞いで喚いた。


「…藍さん」

「なんだよっ!今更っ!今更何しに来たんだよっ!何しに来たんだよっ!?」

「………」


藍さんは。怯えていた。

怯えさせているのは、他でもない。

あたしだ。

あたしはしゃがんで彼の膝に手を置いた。目を強く瞑った藍さんはビクリと震え上がる。


「………謝りにきました…」


告げれば、藍さんが目を見開いた。


「なのにっ……一体なんのつもりですかっ!あたしの目の前で!死のうとするなんて!兎無さんに聞いてましたが…まさか貴方が自殺なんて!」

「うっ」


睨み付けて、責め立てる。

死のうとした。

あたしの目の前で。

自分の頭を撃ち抜こうとした。

藍さんの顔が更に歪む。


「あたしはここにいるじゃないっ!」

「っ…!」


見開かれた瞳が潤んだ。

苦しそうに歪んだ表情。

唇を震わせる。

すぐに藍さんは目を逸らした。


「…っ…ずるい。ずるいよっ。ずるいよっ!僕はっ…僕はっ……!」

「あたしは帰ってきました!」

「違うっ!帰ってきてない!」


即座に否定される。


「帰ってきてない!帰ってきてない!帰ってきてない…よっ!…っ」


くしゃりと藍さんは自分の髪を握り締めた。

帰ってきてない?

それはどうゆう…。


「君はっ…君は…黒のモノじゃん…!黒のモノであってっ…帰る場所は奴の元だろっ!!」


藍さんの怒鳴る声に、震えて手を離す。

黒の殺戮者。コクウ。

コクウの恋人。恋人の元が帰る場所。

それを否定、できなかった。

あたしは幸樹さんの家に一度帰った。だけど、すぐにコクウの元へ戻ったんだ。

コクウの元を、居場所にしていたから。


「ずるいよっ…!酷いよっ…!…僕の気持ちを…知ってるくせにっ…気付かないフリして…本当に…君は酷いよっ…。なんでだよ…なんで」


雫が、落ちる。


「なんで君は…そうなんだよっ……なんで君は逃げちゃうんだっ……誰からの愛も…拒否して逃げて…酷いっ……」


ポロポロと、落ちていく。


「っ…終わりなんて…さよならなんて……そんな酷いこと言って………僕は、必死に…捜したのに…帰ってほしかったのに…」


 もう、終わりです。もう終わりなんですよ。家族ごっこは終わり。あたしは駄目なんですよ、戻ったとこでまた壊す。もう、構わないでください、忘れてください。もう、嫌なんです。さよなら、なんですよ

彼に放った言葉が甦って、胸が締め付けられた。

彼を切り裂いた言葉。

彼をぼろぼろにした言葉。


「僕はっ…僕はっ……戻りたいのに!!なのに君は拒否してっ忘れようとしてっ…なかったことにしてっ!家族ごっこだったけど…ごっこだったけど…!僕達は本当に家族みたいに…支えあったじゃないかっ!…嫌なんて…ゆうなよっ…!僕も…君も…白瑠も…幸樹も…由亜も……好きだったろっ!愛してただろ!…っなのに…あの時間を…否定して…逃げて…遠くに行って…置き去りにするなんて……」


息苦しそうに、必死に必死に。

藍さんはあの日あたしを帰るよう説得したみたいに、痛々しく紡ぐ。


「僕はっ、戻りたいんだっ!!!」


視界が歪んで、藍さんがまともに見られなかった。

泣き声を上げてしまいそうな唇を、噛み締めて堪える。

戻りたいんだ。

あの日に。あの時間に。

笑いあったあの温かな場所に、帰りたいんだ。

ただ、それだけなんだ。

それだけのはずなのに。

その願いは。

叶わない。

あたしだって、幸樹さんだって、白瑠さんだって。

願ったことだろう。

藍さんは。藍さんも。

大好きだったんだ。

あの空間が、あの時間が、あの家が、あの家族みたいな仲間が。

本当に、大好きで大好きで大好きで──────────愛していたんだ。

由亜さんは生き返らせられないけど、せめてあたしを。あたしを連れ戻したかった。

連れ戻して、帰ればきっと。

あの場所で、笑いあえる。

あの場所で、温かさを感じられる。

だから、必死に。

必死にあたしを捜して、迎えに来てくれたのに。

あたしは冷たく突き放してしまった。

あたしが彼を冷たい場所へと突き飛ばしてしまった。

悲しくて苦しくて、絶望に歪んだ藍さんの顔。


「帰ってくる家なんだ…あそこが帰る家じゃなきゃ……だめなんだ……居て、ほしいのに……大好きな君がいないなんて……っ僕には…耐えられないよっ…!」


生きている限り、苦しむならいっそ死んでしまえばいい。

耐えられないから死ぬ。

楽になれる方法。逃げる手段。

あたしがそうしようとしたように、だから藍さんは自分の頭に銃を突き付けた。


「戻りたくても……戻れないんだよ…藍さん」


悲鳴を噛み殺して、あたしは静かに告げる。

藍さんは涙を流しながら、肩を震わせた。


「由亜さんがいた頃には…戻れないんだよ……藍さん…」


由亜さんは、戻ってこない。

愛した家族みたいなあの人の笑顔は戻ってこないんだ。

戻って、こないんだ。


「……戻りたい…だけなのに……」


ポロポロと大粒の涙が次から次へと落ちる。

弱々しく呟く藍さん。


 愛されないなんて言っちゃだめだよ、皆愛してるんだから!アタシが許しません!

 っ……お母さん…みたい…

 じゃあ、幸くんがお父さんだね!

 私がですか?…では椿さんを養子にしましょうか

 じゃあ白くんと僕がお兄ちゃんだねー

 うわぁあい!あったかい家族だねぇ?椿


苦しいくらいの痛い抱擁を思い出す。

あの人の存在はとてつもなく、大きいんだ。

あたしがいて、白瑠さんがいて、幸樹さんがいて、藍さんがいて、由亜さんがいて、あの家があって。

そのメンバーが、その空間が、その時間が、その温かさが。

戻らないんだ。

もう二度と。

欠けてしまっている。

温かい家。温かい場所。

あったかい家族。

そこに由亜さんがいない事実は、本当に胸に刃物が突き刺さっている痛みを感じる。


「あの日には……もう、戻れないけど……。けれど、あたしは。…あたしは帰ってきました」


帰ってきました。

あたしは藍さんの顔を両手で掴み、真っ直ぐ目を合わせる。


「帰ってきたんですよ…藍さん。由亜さんが…いないけれど……壊れてしまって…もう戻れないけど……。あのリビングがあって、幸樹さんがいて、白瑠さんがいて……あとあたしもいます。居ますよ、藍さん」


視界は歪んだままでも、藍さんの目を真っ直ぐに見つめた。


「違いますよ、藍さん。あの家があたしの帰る場所です。あたしの帰ってくる家なんですよ。ただいまという場所です。…だから、おかえりなさいと言ってください」


あたしが、ただいまを言う家。

そこにあたしは帰って来たんだ。

拒否し続けた、逃げ続けていた。

でも、帰ったんだ。

あたしが帰る場所。


「酷いこと、言ってごめんなさい。逃げ続けて、ごめんなさい。本当にごめんなさい…。もう、逃げませんから。だから。だからどうか、貴方も帰って来てください。貴方まで……居なくならないでください…。あたしだって……大好きだったんですから」


ごめんなさい。

ずっと。ずっと。謝りたかった。

傷付けて、ごめんなさい。ごめんなさい。

突き放してしまってごめんなさい。


「それと、迎えに来てくれて……ありがとうございます…」


あたしは精一杯、笑ってみせた。

苦しくて苦しくて、泣くのを堪えていたから上手く笑えたかどうかはわからない。


「ありがとう、藍さん」

「…椿…」


藍さんの涙は止まらなかった。

ポロポロと淀みなく落ちていく。

悲しくて苦しくて、涙が溢れている。


「あたしはここに、居ますよ」

「……お嬢…」


これ以上泣かないでほしい。

あたしまで泣いてしまう。

だから、精一杯笑みを向けた。


「ただいま、藍さん」


そっと、藍さんを抱き締める。


「……っおかえりなさい…」


藍さんは震えながらあたしを抱き締め返した。

痛いくらいに、泣きじゃくりながら締め付ける。

あたしはあやすように彼の頭を撫でた。


 ずるいよっ…!酷いよっ…!…僕の気持ちを…知ってるくせにっ…気付かないフリして…本当に…君は酷いよっ…。なんでだよ…なんで


藍さんの気持ち。

ずっと、気付かないフリをしていた。知らないフリをしていた。


 お嬢を愛しちゃうだ。愛しちゃうんだよ。制御は不可能で、だめだと思っても惹かれて、愛しちゃうんだ


白瑠さんに告白されて混乱していた時に、藍さんが告げた言葉。

それは白瑠さんだけのことではなかった。

それは、自分自身のことを言っていたんだ。


 …ん、お嬢に……白瑠に続いて、迷惑かもしれないけど。椿お嬢、僕───……

 ………あのさ、椿お嬢


藍さんは、白瑠さんのように、告白しようとしていた。だけどタイミング悪く、結局言えずじまい。

あたしは気付いていたのに、目を逸らしてた。

メールのやり取りをしていた寧々という子は、多分予防線だったんだ。

自分の気持ちを抑え込む制御法。

本気の恋、そう嘘ついた。

だけど、それは結局は嘘で。恋愛成就のお守りを手にして、苦い顔をしてた。

夕食に参加した秀介を目の前に、笑みを貼り付けてたけど不機嫌だったのは───嫉妬していたから。

白瑠さんと酔った勢いでやってしまった翌日は、混乱しててまともに藍さんを見ていなかったけど。

藍さんは黙って俯いていた。

元気なく乾いた笑いを洩らしてた。

それは辛そうにも見えていたのに、あたしは見ないフリをしていた。

今だけで精一杯で。

顔を逸らし続けてた。

あたしはどうせ鈍感だから、そう言い訳して。

あたしは誰にも応えられないから。受け止めることも愛を返すことも出来ないから。だから逃げた。

それが、もっと彼を傷付けることだとわかりつつ。あたしは背を向けていた。

愛が怖くて、応えられないから。

わからないんだ。

あたしにはわからないから。


 大丈夫だよっ!ここの皆、椿ちゃんが大好きだから!幸樹さんも、白瑠くんも、藍くんも、アタシも、椿ちゃんが大好きだから!椿ちゃんを愛してるよ!

 アタシ達に愛されてるから!怖くないよ?ちゃんと誰かを好きになれるよ、愛せるよ!大丈夫だよ、椿ちゃん!椿ちゃんは愛されていいんだ、すごく愛されるよ、大丈夫!アタシが保証するんだから!椿ちゃんに酷いことを言う奴はアタシがぶっ飛ばすんだから!


あたしをきつく抱き締めてくれたあの人に、教えてもらいたかった。

でも、そうだな。

あの人ならきっと。

向き合いなさい、そう言うだろう。

だからね、藍さん。


「藍さん。ありがとうございます……あたしを好きでいてくれて」


ありがとう。

そう返すしか、あたしは応えられない。

でももう、逃げないから。


「…っお嬢…椿お嬢…!」


情けなくても藍さんは声を上げて泣いてあたしを抱き締める。何度も呼んで呼んで呼ぶ。

だから泣かないでくれ。あたしは人前で泣きたくないんだ。


「全く、情けないですね。藍乃介」


右側に幸樹さんがしゃがむ。


「うひゃひゃ、大泣きだぁ」


左側に白瑠さん。


「─────っ」


余計に涙が止まらなくなって藍さんは、泣きじゃくった。

きっとこんな藍さんを見るのは、幸樹さんも白瑠さんも初めてだろう。

それでも、笑いかけた。

あたしが帰ってきた時みたいに、温かく迎える。


「帰りましょう」


温かい家へ。

温かい場所へ。

あったかい家族へ。




ただいま。


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