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白と黒



白あっての黒。

 黒あっての白。

  白あっての黒。

   黒あっての白。

光と影のように、対象でありながら繋がる存在。

けれども決して交わらない。

交わることなんて、溶け合うことなんて、ない色だ。

主張しあって、灰色にはならない。

互いを塗り潰す。


互いを消し去るために─────。






「白と黒って、ぶっちゃけどっちが強いんだろうなぁ?」


 柄にもなく新聞を開いて眺めている切り目のイケメン面の悪魔の呟きに、そんな悪魔に生かされてる殺し屋と仏頂面の吸血鬼は目を向ける。

しかし何度目かはわからないその呟きを今回も無視してあたしとラトアさんは話を続けた。


「那拓家の秘蔵っ子を救出か……お前は帰国早々忙しいな」

「えぇ、全く。忙しいです」


悪魔の件で死亡寸前というかもう寿命0になっているのに、直ぐ様日本へ飛んで行方不明の友人探し。ラトアさんに話していないが、死んだと思われた黒の集団に狙われている番犬も匿ってる。

全くもって忙しい。


「それでまたオレに鼻で見つけてほしいのか?コクウにやらせればいいだろうが」

「白瑠さんと会わせられるわけないでしょ。コクウには日本に来てほしくないんです」

「二人を会わすのはよくないな」

「ご協力お願いいたします」


あたしはラトアさんに言いつつ、オフィスから持ってきたパソコンで自分の携帯電話の在りかを探していた。


「藍乃介に頼めばいいではないか。奴の得意分野だろ」

「藍さんは音信不通なんです。住みかもかえたらしく、白瑠さんや幸樹さんも連絡取れないみたいで…ああくそ!間違えた!」

「…オレが藍乃介を捜すから、出来ないことを無理してやらんでいい」

「あたしにだってできます!」


むきになって声をあげる。

正直言うと携帯電話のGPSを追跡するスキルは持ち合わせていない。

なので苦戦中。

藍さんはすんなり出来ていてたのに…。天才との差か。

すると、膝の上に置いたノートパソコンが忽然と消えた。探せば退屈していたヴァッサーゴの手の中にノートパソコンが。

カチャカチャと、キーボードを押していくヴァッサーゴ。

暫くなにをしているのだろうと見ていれば、ノートパソコンは返された。


「この機械だけじゃあ場所までは見つけられねぇ。日本へ戻ってロリコン野郎を見付けるか、ほかの機械でやるしかねぇぞ」

「………アンタ、機械に強いの?」

「悪魔は万能の知恵を持つというが…」

「散々機械にぶっこまれたんだぜ?知識はある」


ヴァッサーゴの口振りにあたしもラトアさんもポカーンとする。

ヴァッサーゴは呆れたように頬杖をつく。


「…アンタがまたパソコンに入れば追跡……」


名案が出たが言いかけてあたしはやめる。ヴァッサーゴはあたしに目を向けた。


「あぁ?んなことしねぇぞ。オレはお前の恋人と違うぜ、下僕じゃねぇんだからよぉ」

「あら、いいじゃない。あたしを生かす以外にやることないでしょ」


つんつん、とあたしはヴァッサーゴの膝をつつく。自虐発言に顔の筋肉をひきつらせたヴァッサーゴは仰け反り離れる。


「きめぇよ…」

「失礼ね」

「つつくな、バカ猫」

「なによぉ」


その反応が面白くてあたしはからかう。

「けっ、質悪ぃ!」とヴァッサーゴは煙になって消えた。

可愛いな。あたしはクスクス笑う。


「いや、マジな話。機械に入るのも可能でしょ?やってくれない?蓮真君の命がかかってるのよ」

「てめえの命は尽きる寸前だがな」

「口が過ぎるぞ、悪魔」

「事実を言ってんだ、吸血鬼」


ヴァッサーゴの発言にラトアさんは不快になったらしくあたしを睨み付ける。あたしを睨まないでほしい。


「V、真面目に答えてよ」

「あんだよ、どうせ日本に着くまで時間があるだろ。くっちゃべようぜ」


答えを急かすあたしにヴァッサーゴは今度は黒い煙の状態で現れた。それは悪魔らしい姿。

宙にふわふわ浮いたヴァッサーゴは足を組んでソファに寝そべるかのように寛いで笑う。自分のペースを取り戻したようだ。


「この中に入って蓮真君を捜してくれって言ってんのよ」


あたしは膝の上のPCを指差す。


「断る。怪奇現象の幽霊じゃねぇんだぞ、機械に入るだけでネットワークを移動できるわけじゃねぇ」

「それを早く言いなさいよ。はぁ、遊太に連絡したいけどケイタイがないのよね…」

「…てんめぇ」


出来ないなら早く言え。

機内で他にできることを考えたら、遊太と連絡とることぐらい。だが残念ながらあたしは携帯電話を持っていない。ヴァッサーゴも当然。ラトアさんをじとっと見たが、勿論彼も持っていない。

あたしの視線に気付いていないのか、ラトアさんは宙にいる煙を怪訝に睨む。


「椿…お前は通常に生きていられない質なのか?」

「心臓が通常じゃないからな」

「何を今更。」


ケタケタと笑うヴァッサーゴに投擲ナイフを放つ。


「裏の人間には一生吸血鬼や悪魔に会わない者だっているのに、お前は吸血鬼全員に会うし悪魔にとり憑かれるは吸血鬼には愛されるは…次々とトラブルが尽きないな。機内に吸血鬼と悪魔を連れた人間なんて、金輪際現れないだろう」

「あら?またあたしの不幸話ですか?アンラッキーを振り返りほど、今は余裕じゃないです」

「ならオレが語ってやる」


機内に天敵同士である悪魔と吸血鬼がいる。その事実に改めてラトアさんは驚愕したのかそんなことを言い出した。煙の状態で攻撃が効かないヴァッサーゴが調子に乗ってでしゃばる。

本当にお喋りな奴だ。


「少女の不幸の始まりそう、実の父親に生まれる前に捨てられたことだ。継父には愛されず、家族の愛さえもわからなくなってしまった可哀想な少女は、ある電車に乗り───境界線を踏み越えた。刃渡り三センチ以下のカッターで殺戮。幸か不幸か、居合わせた頭蓋破壊屋に気に入られ被害者のふりして失踪。裏現実に誘われた。殺戮中毒者が選ぶは死ぬか殺し続けること。愛を告げる狩人を振り払い殺し屋になった。初仕事はヤクザの抗争相手の始末。初の大仕事では矢で射抜かれ死にかけた。知らぬ間に付けられた紅色の黒猫の名は一人歩きして有名になりファンが模倣で表で殺人。気に入られお得意様になったクライアントには玩具扱い。頼まれた仕事では悪趣味の溝鼠にボコボコにされてコレクションにされるとこだったが、手に入れてプレゼントされた指輪には初めて存在を知ったばかりの悪魔と遭遇。その時点で既に心臓病は侵食して死のカウントダウンは始まっていたが、幸い気紛れな悪魔が心臓を動かした。その時点で死んでた方が、幸いだったかもしれないがな、クククッ!」


お喋りモードに切り替えたらしい。ペラペラと雄弁に話すヴァッサーゴの声をBGMのように聞き流してあたしは食事を摂る。

コクウに渡されたチーズバーガーにお手製のサラダ。寝込んでて空腹だったのだから、食べなくては。


「頭蓋破壊屋のもう一つの二つ名は"白の殺戮者"。その名をつけられた理由は"黒の殺戮者"の存在が在ったから。裏現実で長年恐れられる目立ちたがり屋の吸血鬼は、紅色の黒猫に目をつけ、勧誘しようとした。本人の知らないとこで白と黒は取り合いをしたが、決着はつかず。海外での仕事は溝鼠にクライアントを殺され、一人の初仕事は狩人の罠で撃たれて殺されかけた。黒の殺戮者からの追手を振り払うべき日本に帰国すりゃ、新しい家には見知らぬ女。兄のように好いた医者には恋人ができて居心地悪かった。だが次第にそれも悪くないと思えてきた頃、憎き溝鼠と獲物の取り合い、そこで溝鼠を取り逃がした。その過ちが最大の不幸の原因。溝鼠は仕返しに医者の恋人を殺した。愛し始めた家族をぶち壊され、怒り狂って復讐しに向かい殺されかけたが───まぁ、殺されたのも同然だが───めった刺しにして殺した」


ごくん、と飲み込む。

味わって食べるには酷いBGMだ。


「少女にとって、愛は何よりの幸せ。家庭の愛さえもまともに感じられなかったが、新しい家ではそう…殺し屋達に囲まれ、愛されていた。愛をもらい愛に包まれていた。そんな時間も未来も、奪われたことは何よりも許せなかったのさ。全ては自分のせい。そう自分だけを責めて、家出。独りきりで苦しんだ。そう独りきりで。黒の殺戮者と出会うまではな。それは吉だ。ぽっかり空いた穴に、奴は座り込んだ。悪魔に憑かれた少女は吸血鬼に愛された、ククク。恋人ができて浮かれた吸血鬼は晩餐会へ連れていき、危うく恋人を同族に引き裂かれるとこだった。吸血鬼全員に睨まれることになったが、それだけじゃない。悪魔憑きに軽くストーカー」

「あっ!!ジェスタに契約者がいるって言い忘れてた!」

「契約者だと?」

「家に戻るも、恋人に縛り付けられて」

「灰色の男、悪魔と契約してるみたいです。吸血鬼を狙っているみたいでした…悪魔の姿はハウン君くらいの白い少女で瞳は赤です」

「何故それを早く言わなかった!」

「………」

「…忘れてました。あら、V。あたしのこれまでの不幸話は語り終えたの?」


ヴァッサーゴの話で思い出したあたしはラトアさんに報告。今更すぎた。

気付くとヴァッサーゴは黙りこんでいた。


「どうすんだ、ジェスタの奴…また墓に戻るかもしれんぞ」

「何処かに行ってしまわれたら連絡のしようがありませんよね…。日本についたらダメ元でコクウに伝えてみます」

「そうだな……。契約者か…」


深刻そうに眉間にシワを寄せて考え込むラトアさん。

そんな顔が絵になってて素敵だ。これ、アイルスさん描いてくれないかなぁ…。


「見とれてんじゃねーよ」

「ぎゃ」


煙に頭突きをされた。けむい。


「動いてる最中って感じでした…計画者を見付けて殺すべきかしら?それともジェスタに任せるべき?」

「この件だけでも避けるべきだな、椿は。我々だけで片付ける」


まとわりつく煙を振り払い、ラトアさんに問えばそう答えられた。

悪魔の契約者との戦いは避けろとのことだ。お気遣い感謝。

あたしは煙の悪魔に目を向けた。


「んだよ」

「別に」


流石に吸血鬼の手伝いはしてくれないか。悪魔殺しも。

まぁ悪魔退治は吸血鬼に任せて、あたしはちゃんと蓮真君を捜して篠塚さんを守らないと。


「……コクウだが」


沈黙したため眠ろうとしたがラトアさんがコクウの名前を出した。


「上手くいってるのか?」

「…なんで」


そんな質問?と首を傾げる。


「その質問はなんだ?恋人という関係性が上手くいっているのか、それともベッドの方か?」

「……前者だ」


ラトアさんが後者を訊くわけないだろ。あたしはヴァッサーゴを追い払うべく煙を蹴散らす。


「それなりに。あたしが死ぬなら自分も死ぬって言うくらいですもん」

「…そうか」


いまいちな反応。

あたしはきょとんとする。


「それは、上手くいってると言えるのか?」

「……違いますか?」

「………」


ラトアさんは黙って少しの間、考えた。

え。なによ。


「なんですか、なんですか?なんなんですか?」

「あーいや。すまない、ちょっとな……見てて思ったんだ。コクウは、本当にお前を愛してる」

「……えぇ、まぁ…」

「椿もコクウを愛してる」

「………んー」

「…違うのか?」


誰から見ても、コクウのゾッコンぶりは一目瞭然。勿論愛を向けられたあたし本人も愛されていることは理解している。

が、愛してるのかと問われると答えに詰まってしまう。


「そのぉ…えぇーと……」


くるり、自分の髪の毛を指に絡める。


「好きだけどぉ、愛してるなんて言えなぁい」


ケタケタ、とヴァッサーゴがあたしの心を読み上げた。全く気持ち悪い。


「別れちまえ」

「はっ?」

「もう別れちまえ」

「なによ?いきなり」

「云えないなら別れろ」


からかいではなく、素っ気なく言われた言葉に戸惑う。

でも確かに、あたしは───云えない。

云えない。

だからってヴァッサーゴの言葉に従う気はない。


「指輪を嵌めたらどうだ?」

「そうね、それがいいですね。悪魔を黙らせるには指輪が必要だわ。…あらやだ、白瑠さんが持ってるんだった」


嫌々になっていればラトアさんが指輪のことを言った。それで思い出す。指輪を取ったきり白瑠さんから返してもらってない。

悪魔を黙らせる方法なし。


「まぁ…悪魔がさっき言ったように、愛がお前の何よりもの幸せだ。愛がお前を救う……藍乃介がぼやいていた」

「ロリコン野郎酔ってたのか?」

「クラッチャーはともかく、幸樹は反対しなかったんだろ?」

「え?あぁ…まぁ幸樹さんは多目に見てるというか…付き合ってる事実を受け入れつつあるってゆうか…反対はしてませんね」


別れてください。そう彼なら笑顔で言うところだが、一言もあたしに言わない。

幸樹さんは微妙なとこだ。

戸籍上兄になったらどうでるかしら…。そこが気になるところだ。

微妙と言えばもう一人。


「白瑠さんも、別れろって怒りませんでしたよ?正直そう言われるのは覚悟してたんですけど……言わないだけで…なんだろう…」

「白野郎とシスコンは、反対できないのさ。椿を迎えに行かなかった間についた虫だ。不本意ながらその虫が少しからず傷を癒していた事実が在る。言いたくても言えないのさ」


白瑠さんの様子を理解していないから表現に困っていれば、ヴァッサーゴが推測ではなく事実を口にした。

余計なことを…、とラトアさんは睨み付ける。


「…そうなの?ラトアさん」

「……オレは愛し合ってるから、引き裂くことはするなと言っただけだ。コクウもお前も、愛し合ってると思った。だから悪魔のことを報告した時に伝えたんだ」


よく考えてみれば、可笑しい反応だった。秀介とのキス一つで怒っていたあの幸樹さんが、怒りもしなかったんだ。

白瑠さんが最も嫌う者なのに、幸樹さんも会うなと言い続けた人なのに、別れろと言わなかったのはラトアさんの言葉があったからだったのか。

本当は、別れてほしいのかな…。


「コクウのことは好きです、本当。だからこそ付き合っていますし…例え二人に別れろと言われても、聞き入りません」


あたしは仕方なく笑ってラトアさんに言う。


「コクウが居てくれて、救われた部分もあります……まだ愛してるなんて、言えませんけど…大好きなんです」

「…そうか」


ラトアさんは似たような笑みを返して頷いた。

「別れちまえばいいのに」とヴァッサーゴが水を差す。


「あら、妬いてるの?」


にやりと笑みを向ければ、沈黙してヴァッサーゴは消えていった。

自分のことになると隠れちゃうのね。


「ラトアさんこそ、ディフォとは?」

「……それは挑発か?」

「冗談ですよ、クスクス」


笑ってあたしは窓ガラスに目を向けた。

…なんだがコクウに会いたくなっちゃったな。






日本に降り立ち、那拓家に向かった。


「こんな殺し屋どもが次から次へと上がり込むなんて……前代未聞!那拓家の恥!蓮真め!稽古ではもっとしごいてやるっ」


ぶつぶつと部屋の隅で殺気立つ爽乃。

そんな兄弟なんて見えないふりして遊太と神奈はテーブルを囲って、話し合っていた。一名殺気立つ爽乃に怯え縮まっている。多度倉さんだ。


「蓮真君の携帯電話は電源切れてるのよね?」

「ああ、すぐ電源切れるんだ」

「試しにあたしの携帯電話にかけてみてくれる?」

「じゃあ僕がかけるよ」


神奈の申し出はさらりとスルーして遊太に電話をかけてもらったら繋がった。よし、追跡できる。


「蓮真君が所持していれば居場所がわかるわ。パソコンある?」

「ないよ。(うち)はアナログだから」


にこりと神奈は答えた。

…そうだと思ったけれど。

あたしはショックを受けてテーブルに頭を打つ。


「じゃあ買いに行ってくるわ」

「機械などに頼るな!人ならば足を使え!」

「足を使って情報得ましたか?」

「うぐ…」

「考えたんだけど、椿ちゃんが狙ってるなら宣戦布告したらどうかな?相手は要求さえしてこないんだ、こっちから仕掛けなきゃ。レンが餓死するかも」

「それは迂闊にできないわね…。相手の目的はわからないし」

「相手の出方を待っていては先手を撃たれる。だからこそ蓮真が奪われた!」

「相手を知る前に動いて彼を死なせたらどうするんです?」


那拓兄弟と険悪な口論。特に爽乃と。


「元はと言えば貴様が巻き込んだのではないかっ!!」

「だから今捜してんのよ!!」

「黙れ!」


バンッ、と立ち上がりテーブルを叩くあたしと爽乃に、一喝入れたのはラトアさんだった。


「那拓蓮真の命を助けたいならば、争っている場合ではないだろう。それぞれやれることをやれ。さもなくば救える命も救えん」

「そうそう。とりま、追跡してみねーとな」


ラトアさんの言葉に遊太は頷いて立ち上がる。


「椿。幸樹の元に機械があるかもしれん」

「あー、幸樹さんのPCならばいけそうかも。いえ、このPCで合わせればなんとか…」

「だめなときの場合の為にも藍乃介を捜してくる」

「了解です。あたしは自宅に戻って、携帯電話の追跡をするわ」

「あっ、おれも行く」

「いえ、貴方は連絡を待っていて。その方がいいわ」

「かしこまりました」


遊太が同行すると言うから爽乃達と居てと言っておく。蓮真君の居場所を突き止めたら連絡してすぐ動くためでもあるが、本当は家には番犬がいるかもしれないから来てほしくない。


「お、おれは!?」

「那拓さん達の手伝いをどうぞ」


ラトアさんと那拓家を出ようとしたら、多度倉さんが呼び止めた。構う暇がないので、軽く流す。


「椿っ、おかぁりぃ」


 笹野家の前にバイクに跨がろうとしていた白瑠さんがいて、あたしを見付けるなり駆け付けて抱きついた。


「ただいま……お出掛けですか?」

「つばちゃん捜そうとしてたぁ、遅いからさぁ」

「すみません…待たせてしまって」

「んーう。いいよぉ」

「苦しいッス…」


締め付けが、痛い。痛い。いい加減放してください。


「篠塚さんは部屋に?」

「あ、うん。リビングにいるよ」

「そうですか。幸樹さんは…いるみたいですね」

「いるいるぅ」


やっと放れた白瑠さんは玄関に行き、ドアを開けて待った。


「おい…心臓のことは言わないのか?」

「この件が済んだら話しますよ」


ラトアさんが耳打ちをする。番犬に蓮真君のことがある今、帰って早々トラブルを話してられない。

忙しいし。


「椿さん、おかえりなさい」

「ただいま、幸樹さん」

「あれぇ?お兄ちゃんって呼ばないの?」

「幸樹さん、じゃあだめですか…?」


リビングにいけば、幸樹さんが笑みで出迎えてくれた。

白瑠さんは後ろから顔を出して呼び方を指摘。きょとんとする。


「好きに呼んでいいですよ。にーに、でもいいですし」

「それはないっす。」

「くす、夕飯はもう食べましたか?」

「あ、いえ。大丈夫です。PCお借りしますね」

「食べていないなら、ちゃんと摂ってください」

「はぁい…」


夕食は断ったが幸樹さんはキッチンに行って作りにいった。

あたしはリビングのソファを一人占領する篠塚さんに目を向ける。

篠塚さんもあたしを先程から見ていたから目が合った。


「こんばんわ、篠塚さん。頭痛の方は大丈夫ですか?」

「ハンッ…三日前に治ってる。…今まで何してた?」


挨拶をすれば鼻で笑い退けられた。鋭い目付きは三日前とは変わっていない。


「ちょっと…。あ、ありがとうございます、白瑠さ……ん?」


悪魔を切り離したら心臓が終わりそうになって病院で手術して寝てました、なんてぶっちゃけて言えない。

頼んでもいないのにPCを持ってきたかと思えばあたしを抱えてソファに座った。つまりはあたしは白瑠さんの膝の上。


「あっれぇー?つぅばきぃ、ちゃんと食べてる?十キロくらい痩せたでしょ」

「ちゃんと食べてますよ…十キロは大袈裟です、てか下ろしてください」

「いいえ、大袈裟でもないですよ。私も抱えて気付きました、椿はちゃんと食べていなかったんでしょ?」


白瑠さんに言われ、ギクリ。慌てて膝から降りようとしたが腹に腕がシートベルトのように巻き付いて離れられない。

更に幸樹さんからも言われ、ギクリ。


「どうなんですか?悪魔」

「九キロ落ちた。オレがいなきゃ栄養失調症で入院してたさ」


キッチンから幸樹さんに呼ばれ、ヴァッサーゴは出てきた。あたしの目の前。足の短いテーブルに腰掛ける。

目視するや否や、篠塚さんは銃口を突き付けた。

瞬時にあたしと白瑠さんは両手をあげる。

そしてラトアさんはその銃を掴み、向き先をヴァッサーゴから逸らした。


「ヴァンパイアが何故悪魔を庇う!?」

「悪魔を庇ってなどいない。弾丸など悪魔に触れることなく、椿に当たる」

「…!」


いくら人間の形の実体であっても、ただの弾丸なんてヴァッサーゴには効かない。

そんなことわかりきっていたからこそ、あたしと白瑠さんは手を上げた。

舌打ちをして篠塚さんは銃を下ろす。


「この過保護な兄どもも、悪魔憑きは黙認か」

「事情があるのだ…。どうゆうことだ?以前と雰囲気が全く違うではないか」


むすりと唇を突き出して篠塚さんは幸樹さんと白瑠さんを睨み付ける。

彼に答えつつも、篠塚さんの変貌っぷりにラトアさんは困惑を見せた。


「あ」

「しぃのちゃんは番犬でねぇ、記憶喪失だったんだけどぉ今ぁ思い出してぇ番犬人格なうなうぅ」

「…は?」


白瑠さんが放してくれないため、膝の上で作業しようとPCを開いて答えようとしたら先に白瑠さんが言ってしまった。


「番犬…だと?」

「番犬だ」

「あの番犬か?」

「番犬だ」

「吸血鬼も殺した狩人の番犬か?」

「ああ、その番犬だ」


ラトアさんは番犬を凝視する。

吸血鬼を殺した…?

篠塚さんはどっかりソファに寛いだまま、冷酷な眼で答える。

ギロリ、ラトアさんは睨み下す。


「吸血鬼も狩ったんですか…篠塚さん」

「殺し屋である吸血鬼も狩人の獲物です。まぁ、敵わない相手ですので殆どの狩人は手を引きますね」

「ヴァンパイアが逃げ足が速いだけだ。再起不能になるまで撃ち込んで燃やせば簡単に片付」

「篠塚さん!」


作った料理を運んだ幸樹さんが話せば、ラトアさんの怒りを煽ることを篠塚さんが言うからあたしは声を上げる。


「ラトアさん、藍乃介さんを捜してください。一時間後、ここへ」

「…わかった」


ラトアさんの手を掴んであたしは家を出るように急かす。ラトアさんも番犬とは居たくないらしく、踵を返した。


「くれぐれも黒には言わないでねぇ?番犬のことぉ。ラトアいってらぁ」


白瑠さんだけは陽気に見送る。

玄関が閉まる音を聞いて、あたしはPCに向き直った。


「あの吸血鬼は黒の殺戮者側ではないのか?」

「ラトアは俺側だよぉ」

「白瑠さん、遊ぶなら放してください」


吸血鬼は仲間意識が高い。増えることのない身内だからだ。

白瑠さんはあたしの両手を掴んで手を振りながら答える。あたしは人形かっ。

どうやら自分がコクウに狙われていることは白瑠さんから訊いたようだ。


「いつまで俺は隠れなきゃならねぇんだ?身体が鈍ってる、仕事させろ」


あたしに用意された料理を摘まむ篠塚さん。


「あたしがいいと言うまで、隠れていてください。黒の殺戮者はあたしがなんとかしますので。身体は鈍っていないと思いますよ、三ヶ月前から狩人に復帰していたんですし」

「表から狩人だろ?どんだけ腕が落ちたか、知るのがこえーぜ」

「神コンビと呼ばれるくらいですから…腕はあると思いますけど…。そう言えば相棒の秀介から連絡は?」

「なぁいよ」

「ポセイドンって、餓鬼だろ?たかが知れるぜ」


秀介から連絡がない。それは変だな…。


「あの若さで狩人の鬼と呼ばれてるんですよ、彼は」

「俺は知らねーし。噂の一人歩きじゃねぇのか」

「……まぁ会えばわかりますよ」


篠塚さんは秀介さえも覚えていないのか。

それにしても頑固というか、ひねくれているな。


「番犬が生き返ったって知ったしゅーくんの顔、見ぃたぁいなぁ。わくてかぁ」

「…白瑠さん、いつから"なう"とか"わくてか"なんて言葉を使うようになったんです?」

「友達のうけいりぃ」


んひゃひゃ、と楽しげに笑う白瑠さん。…きっと驚愕だ。相棒の正体は憧れていた番犬。気絶するかもしれない。

なうやわくてかを使う白瑠さんの友達って……誰。


「白瑠。椿さんの手が塞がってるんです、食べさせてください。篠塚刑事はこちらを食べていいですよ」


幸樹さんは篠塚さんにおつまみとビールを渡して、余計なことを白瑠さんに頼む。白瑠さんは喜んであたしに料理を食べさせた。

食欲ないのに。


「はい、あぁん」

「白瑠さん、くっつきすぎですから」

「そうですよ。私に譲ってください」


そうゆう話ではないですよ、幸樹さん。

とりあえず邪魔だけはしないでほしい。


「ここは、姫様と甘やかす使用人の城か」


余所を向いてビールを飲む篠塚さんがぼやく。

「藍乃介に頼まないんですか?」と幸樹さんは篠塚さんのぼやきを気にせずあたしに問う。


「音信不通ですし……あたしだってやれますからっ!」

「むきにならなくても」


クスクスと幸樹さんはあたしの頭を撫でる。むぅ…。


「私が連絡してみますね」

「繋がる前に突き止めます!」


立ち上がり電話を掛ける幸樹さんを見て、あたしは集中してキーボードを打つ。

藍さんより早く見付けてやるっ。

カチャカチャカチャカチャ。

ピッ。

PC画面が地図に変わり、そこに赤い点滅。


「見つけたっ!」

「あっ、つぅばぁきぃ、良くできましたぁ」


居場所がわかった。

これで蓮真君の居場所がわかる。

喜んで立ち上がろうとしたあたしの頭を白瑠さんが掌で撫でた。

よくできました。

彼の優しい手。師匠からの誉め言葉。

嬉しくて、笑みが漏れる。


「……椿、か」


ぽつり、と呟いたのは篠塚さんだった。

頬杖をついて、あたしを見つめている。

呼んだ、のかな?


「凛々しく咲き誇る花の名前とはぁ…いい名前をつけてもらったものだな」


まるで独り言のような言葉。

あたしは驚いた。

だって。それは。


「椿さん、行きましょう。車がいるだろう?」

「あ、はいっ」

「よぉし、出動ぅ」

「あっ、篠塚さんはここにいてくださいね」

「ん」


居場所は見つけた。早く救出に向かわなくてはならない。

立たされてあたしは直ぐに支度をする。一応篠塚さんに釘を刺す。

篠塚さんはビールを飲んで短く頷く。


「いこいこぉ」

「ちょ、担がないでっ、白瑠さんんっ!」

「では留守番頼みますね」


何故か白瑠さんに担がれて外出。

幸樹さんのシルバーのクラウンに乗り込んで、赤い点滅に向かう。

 凛々しく咲き誇る花。

 椿。椿の花。

以前篠塚さんに言われたことのある言葉ばった。"凛々しく花"。

以前とは勿論、あたしの知る篠塚さんのこと。

優しい眼差しのあの人が、言った言葉なのに。

あたしを知らない篠塚さんが、今さっき言った。

…嗚呼、そうか。

根本的には、篠塚さんは篠塚さんなのか。

記憶が違うだけ、人格が違うだけ。

何かを記憶してるだけで、違う。

その記憶している何かが、あの冷酷な眼差しを作らせているだけで、多分根はあの優しい篠塚さんなんだろうな。

 君は凛々しい花だ、生きていける


「………」


笑みが、溢れた。


「あっ!ラトアさんどうしよう!」


ハッとして思い出す。連絡手段がない。


「篠塚さんが見付けたと教えてくれるでしょう。それか悪魔に呼んでもらえばいいでしょう、吸血鬼は悪魔の声を聞き取るのだから」

「あ、もしもしぃ怪盗くんー?手掛かりみぃつけたよぉ」


運転しながら幸樹さんが言い、白瑠さんは携帯電話で遊太に連絡した。

そうね、ヴァッサーゴよろしく。


「貸してください、白瑠さん。もしもし?遊太、今何処?…うん、じゃあ」


一度合流してから現地に向かおう。

遊太にそれを告げて電話を切る。


「もうこの辺でいいです、降ろしてください」

「え?」

「那拓兄弟もいますし、二人の手を煩わせられません」

「何言ってるんですか、家族でしょう?」

「手伝うよぉ」

「……なんだか、嫌な予感がするんですよ」


蓮真君の生死を確認する直前のせいか、少し心拍数が上がっていた。それは当然だ。

だけど、嫌な予感がする。

このままこの二人を連れていると、妙なことが起きるような、そんな予感。

未来も見える悪魔を宿しているせいならば、この予感は的中してしまうだろう。


「今度は、一人にはさせません」


説得しようとしたが、幸樹さんは頑なで引き下がってはくれなかった。

由亜さんの時と重ね合わせていると白瑠さんから聞いたのだろう。

これは何言っても無駄みたいだ。

まぁ、白瑠さんがいるならば。

最悪な事態には起きないだろう。







「…………どこ?」

「……これのどれか、よね」


あたしと遊太はポカーンと見上げる。

合流して、赤い点滅の元に来た。

そこは廃墟だらけの、ゴーストタウンみたいな場所だった。

廃墟がいくつかあり、多分その中の一つに携帯電話がある。多分携帯電話のそばに蓮真君がいる。

残念ながら、あたしの技術ではその一つの建物まで突き止められない。


「ラトアが必要ですね。その方が早い」

「吸血鬼が来るまで待っていられん!!行きましょう!兄上!」

「あ、おいっ!兄貴!」


幸樹さんがヴァッサーゴにラトアさんを呼ぶよう眼で言われる。

しかし爽乃は待てず、手当たり次第建物を調べ始めた。


「これが罠で全員をバラバラにさせて殺す手筈だったら、どうしよう?椿」


神奈はあたしにそう問いつつも、突っ走った弟を追う。


「どぉするぅ?椿ぃ。待つ?捜す?」

「……」


白瑠さんに訊かれて、あたしは遊太に目を向けた。

遊太も爽乃のように手当たり次第捜したいようだ。


「捜します。二人はこちらでラトアさんを待っていてください」

「えぇー俺もぉ?つぅちゃんと行く」

「ラトアさんが来たら捜して先に向かってください、お願いします。白瑠さん」

「…わかった」

「お願いします」


ただをこねる白瑠さんにあたしは静かに頼み込んで頭を下げる。


「気を付けてくださいね、椿さん」

「幸樹さん、白瑠さんも」


それだけ言い、あたしは遊太と爽乃達とは違う方向から捜しに向かった。


「遊太、両親は?」

「遠い親戚に会ってる。神奈の兄貴がさ、確証がないから父さん達の手は煩わせるなって。おれらで十分だってさ」

「まぁ、十分よね。危険人物の兄弟だもの」


駆けながらあたしと遊太は話す。

一つの建物の中を隅々と捜した。

ヴァッサーゴはやる気無さそうな声で「仏頂面吸血鬼ぁ」とラトアさんを呼んでいる。彼が手伝わなくても、通常の人間より気配を感知できるから問題ない。


「蓮真!」


遊太はあたしの携帯電話に電話をかけながら弟を呼ぶ。

屋上まで言ったが、蓮真君の姿は見えなかった。あたしの携帯電話の着信も聴こえない。動物一匹いなかった。


「…あと何件あるんだよ…」


屋上から見える廃墟を見回して、遊太は嘆く。

一件の屋上に着いただけで息が上がる。これではこちらの体力が足りない。


「あたしの携帯電話の電池も気になるから…長く電話をかけてられないわね。ラトアさんはまだ?」


夜空を見上げても、ラトアさんは見付からない。


「降りる時間が勿体ないわ、屋上を飛び移りましょう」

「ああ!」


少し離れているが、屋上を飛び越えて次の建物に移ることにした。焦っている遊太も賛成する。

そこで唐突に背後に気配を感じた。

あたしは白い刃を手にして振り返る。


「にゃあ」


そこに立っていたのは、黒猫─────と黒い吸血鬼だった。

マフユを抱えたコクウ。


「コクウ!なんで、ここにっ」

「マフユがさぁ、椿に会いたいって言うから連れてきたんだ」

「は、はぁ?」


訳のわからないことを…。

コクウはあたしに歩み寄ってマフユを渡した。


「俺も椿に会いたくて…来ちゃった♪」

「それが本音だろ!」


怒鳴ってコクウの胸を殴る。悔しいことにノンダメージ。


「椿は冷たすぎるよ、飼い猫も彼氏も放ったらかしなんて。俺達は遠距離恋愛してるわけじゃないだろ?」

「これが済んだら帰るって言ったじゃない」

「会いたくて会いたくて苦しかったんだ」

「貴方ねぇ…」

「嬉しくないの?俺に会えて」

「………もうっ…」


あたしの髪を撫でながら見つめて言うコクウに呆れたが、会えて嬉しくないかと問われて怒る気が失せた。

ジェット機の中で、会いたいと思ったことを思い出してしまい恥ずかしくなる。

俯けば肯定と受け取ったコクウは嬉しそうに笑った。


「椿ぃ」

「ちょ、やめなさい、今はっこんなことしてる場合じゃあ…」


口付けをしてくるコクウ。

こんなことしてる場合ではない。

蓮真君を捜さなくては。

しかしコクウは放してくれず、強引に唇を重ねる。


「こく、んっ」


舌が侵入して絡めとられた。熱く甘く深く、愛でるようなキスをされる。

最初は拒んでいたが、愛し合っているヒトだ。気が緩んで、抵抗をやめて受け入れてしまう。

間に挟まれて苦しくなったマフユは抜け出して、コクウはあたしを抱き寄せた。


「ふ……椿…」

「あっ、コクウ…」


唇から落ちた唾液を舌で舐めとるコクウは、妖艶な笑みを浮かべて甘く囁く。


「愛してる、椿」

「んっ…」

「愛してもい?」

「っ……だめ…」


欲望には負けない。負けないぞ。

あたしは彼の胸を押し退けて、拒む。忘れていたがここに遊太がいたのだ。


「ん?遊太、最後まで見てる?」


押し退けるも無にしてコクウはあたしを抱き締めた。

なにが最後までだっ。

殴りたかったが、遊太の様子が変であたしは振り返る。


「う、後ろ…」


青ざめた顔の遊太は後ろ───つまりは、コクウの後ろを見ろと言う。

振り返るより前にコクウはコンクリートを蹴り、その場から離れた。

その場(、、、)は、砕かれてクレーターが出来る。


「!!」


コクウに抱えられたあたしは言葉を失う。

クレーターを作ったのは他でもない────頭蓋破壊屋の白瑠さん。

ギロリ、と白瑠さんはただ一点を睨み付ける。その表情には怒りしか視えなかった。

どうやら、先程から見ていたみたいだ。


「やぁ────白瑠」

「────コクウ」


あたしを降ろして、コクウはいつもの微笑を浮かべて白瑠さんに挨拶した。

白瑠さんは殺気を向けて睨み付ける。

その殺気はこの場では指一本動かしてはいけないと思わせるくらい空気を凍らせていた。


「椿さん」


呼ばれて顔を向ければ、扉の前には幸樹さんとラトアさん。


「離れた方がいいです」


え?

その言葉の意味を理解する前に、二人は動いた。

隣にいたはずのコクウは、消える。

次の瞬間、コクウは白瑠さんの前。

白瑠さんの顔を目掛け、コクウは右足を振る。それをしゃがんで避けて、白瑠さんは右手をコクウの腹に打ち込む。

当たる寸前でコクウは回避した。


「!…珍しいな、コクウが避けるなんて」

「ディフォ!」


声が聞こえて後ろを振り向けば、腰を下ろしたディフォ。直ぐにあたしは白瑠さんとコクウに目を戻す。

白瑠さんは少し不可解そうな顔をしたが、コクウに攻撃を続ける。

コクウは回避を続けた。


「離れろ、椿」

「ら、ラトアさんっ」


あたしの腕を掴み、ラトアさんが離れるよう言う。


「こうなってはコクウが飽きるまで止まらん」

「私達は那拓蓮真を捜しましょう」

「で、でもっ…」


腕を引っ張られ、二人から離される。

頭蓋破壊屋と呼ばれ、最も恐れられている白の殺戮者。

数々の伝説を残してきた、長年恐れられている黒の殺戮者。

その二人が今、顔を合わせて殺し合っている。

それが当然のように、それが自然のように。

前は二人の殺し合いを見てみたいとも思った。にこにこしたあの白瑠さんを唯一逆撫でできる余裕綽々のコクウを見てみたかった。ただの好奇心。

今は事情が違う。

初めて居合わせた二人を視た。

気が気じゃない。

二人は本気で戦っている。

コクウは人間より強靭で筋力もかけ離れているのに、腕を振り足を振るう。当たれば吹き飛び骨は折れる。

白瑠さんなんて片手で頭蓋骨を破壊する怪力なのに、その手を振り回していた。

当たればとんでもない。

それをギリギリのとこで二人はかわしている。

流石は恐れられている殺し屋。

このどちらかに狙われても最期。二人に狙われても最期。いい死に方はしない。

対立する白と黒。

殺し合いを始めれば誰も止められない。

白と黒の衝突。

終わらない殺し合い。

決着のつかないぶつかり合いだ。


「俺の攻撃を避けるなんて…びびってんのか?」


白瑠さんが口を開いてあたしは腕を引っ張られていたが踏みとどまった。


「びびってないよ?お前の攻撃を受けてもすぐ治るけどぉ…恋人と約束しているんだ、椿以外の奴に身体を傷つけられちゃいけないんだ」


コクウは冷ややかに嘲笑う。

怒りに触れたのだろう、白瑠さんは更に目付きが鋭くなりスピードを上げて右手を振り下ろした。コンクリートに穴が開く。


「くひゃひゃっ」


コクウは笑う。白瑠さんは睨む。


「椿は俺の恋人だぜ?解ってる?」

「……」

「お前が放っておいてる間、椿の傍にいたのは俺。椿はボロボロだった」

「……」

「お前は椿を傷付けてるだけだ。もう近付かないでくれる?」


ドッカッ!

コクウの踵落としが、足場を崩していきボロボロと崩落していく。

コンクリートに亀裂が走った。


「…いつもと」

「違うな…」


あたしと同じく見張るように二人を視ていた幸樹さんとラトアさんが呟く。

いつもと違う?

いつもの二人の喧嘩と違うのか?

あたしは問い詰めたかったが、二人から目を放せなくて見張る。

隣の建物の屋上で爽乃と神奈が見えたが、そんなこと気にしていられない。


「─────っんひゃひゃひゃひゃっ!」


不意に響いたのは、白瑠さんの笑い声だった。

コクウの話だけでも怒りを見せていたあの白瑠さんが、コクウを目の当たりにして笑う。


「黒と向き合って笑うなんて…珍しいこともあるんだな」

「!…カロライ?」


背後からした声。振り返らずあたしは声の主の名を呼んだ。


「なんで貴方まで」

「ウルフが番犬は"日本人だった"と言っていた情報をナヤが掴んだんだ」

「それで一緒に日本にきたんだーけーど……うおい、なにこれ修羅場?スクープ?」


カロライの他に、レネメンとナヤの声も聴こえてきた。警戒して幸樹さんが彼らと向き合うが、あたしは振り返らない。

番犬の件で、黒の集団が日本に来てしまったのか。日本人だってことまで突き止められた。どうすればいい?

いや、それよりも今は。

裏現実で最恐の殺し屋二人を止めなくては。


「椿を自分のモノみたいに言わないでくれるぅ?椿は俺の弟子だし、傷付けてなんかない。傷つけてるのはお前の方じゃん。吸血鬼と人間、いずれ別れるんだろ?椿が老いに怯える前に別れてよ」


笑いながら白瑠さんは言っているが、全然笑ってなんかいない。笑みをつり上げているだけで、その目は射抜くように睨んでいた。


「師匠が弟子の恋人まで決めるのかい?愛し合ってるんだ、俺達は別れないよ」

「愛し合ってるんだって?椿が愛してるって言ったことあんのかよっ!?」


ピクリ、コクウの微笑に変化が。

白瑠さんはそれを見逃さなかった。


「うっひゃっひゃぁ、何が愛してるだぁひゃひゃ」

「……酔った椿を襲ったお前なんかに言われたくないね」

「………あ?」

「俺達は同意の上で、熱く愛し合ったって言ったんだ」

「…」

「恥じらう椿の顔を眺めながらドレスを脱がしたよ、あれはほんと……忘れられない一夜だった。知ってる?椿とは毎晩同じベッドで寝てるんだ。寝顔が可愛すぎて毎晩襲いたくなっちゃうけど、誰かさんと違って俺はロマンチストだから。ロマンチックに誘って愛し合ったよ?何度もね」

「っ俺は椿から誘われた!キスしてきて迫ってくる椿に自分を押さえられなかったよ、ああ!俺が椿のハジメテを奪ったさ!激しく抱き合って何度もイカせたよっ」

「たった一晩だけで、しかもそれは泥酔してた椿だろ!」

「それでも気持ちいいって言った!知ってるか!?椿は後ろから突かれるのが好きだって!」

「知ってるさ!テーブルでヤったらおねだりされ」

「何の話をしてるのよっっっ!!!!!!!!」


戦いながらの会話はどんどん変な方向に行き、とても恥ずかしいことを暴露してきた。

わなわな真っ赤になって震えていたあたしはついに大声を上げて止める。

背中に突き刺さる視線を感じてあたしは絶対に振り返らないと誓った。

あたしの怒鳴り声に一度、あたしに目をやるが二人はまた向き合ってしまう。まだやめないつもりか。

 白の殺戮者。黒の殺戮者。

鏡のようにそっくりなくせに対象になって対立する存在。

 白と黒。

白あっての黒。黒あっての白。

光と影のように、対象でありながら繋がる存在。

けれども決して交わらない。

交わることなんて、溶け合うことなんて、ない色だ。

主張しあって、灰色にはならない。

互いを塗り潰す。

互いを消そうとする。

この二人が殺し合いを始めてしまえば、止められる者などいないのだ。

最恐の殺戮者だ。

誰構わずぶった切る狩人の危険人物である那拓爽乃もその場を動こうとはしない。

吸血鬼のラトアさんとディフォも、割って入ろうとはしない。

幸樹さんだって、白瑠さんを止めようとはしない。

あたしは─────止めることが出来ない。

互角な戦いを繰り広げる二人の殺し屋に、割って入っていく自信がなかった。

かつて幸樹さんが例えたように、白瑠さんは100レベル。あたしは恐らく90にも満たないだろう。

白瑠さんが100レベルならばコクウも100レベル。

これは100レベル同士の闘い───否、殺し合いなのだ。

今までならばコクウの血で白瑠さんは真っ赤になっていただろうが、あたしとの約束でコクウは自殺行為の戦い方はやめている。

二人の会話には常にあたしの名前が出た。

これはあたしの取り合いでもある。

愛してるあたしを最も嫌う相手から奪い返そうとしている白瑠さん。愛してるあたしを最初に見付けた自分に似た者から守るコクウ。

寧ろあたしの取り合いだ。

こう言う場合は「あたしの為に争わないで!」と言うべきだとヴァッサーゴが笑う。

笑い事じゃない。

このモテ期はなんなんだ。あたしの不幸の一部のように悩みの種だ。

なんでまた裏現実の殺戮コンビがあたしを愛して、取り合うように殺し合うんだ?

あたしにそんな価値なんてない、なんて言えばまたガミガミ言い争うだけだから言わない。

取り合うような絶世の美女でなければ、ピュアな心の持ち主でもないこのあたしが。

なんでこうも愛される?

それも人外の領域の方々ばかりに。

あたしはコクウの恋人。

それでいいではないか。

白瑠さんはフラれたと理解して認めてくれれば、それで済むことなんだ。

思い通りにいかなくて癇癪を起こしてる白瑠さんはともかく。

何故恋人であるコクウまでむきになって白瑠さんと喧嘩をするんだ。あたしの恋人なのだから、それでいいではないか。

いつものように笑ってかわしてればいいじゃない。

どうしたの?コクウ。


「最初に椿を見付けたのは俺だし!最初に寝たのも俺!最初に好きになったのも俺だ!」

「……そうだ」


トッ。白瑠さんの手をかわして距離をとったコクウが笑みを失くす。


「お前が見付けて────お前が椿を裏側に引き込んだ」


ギロリ、今度はコクウが白瑠さんを睨み付けた。


「は?なに?」


白瑠さんは顔をしかめて睨み返す。


「白瑠。お前に会ったのが、椿の最大の不幸だ」


そう吐き捨てるように告げたコクウの眼には、激情が秘められているように見えた。

いつか、どこかで視たコクウの表情。

いつ?どこで?あたしは思い出そうと記憶を探る。


「お前なんかに会ったのが間違いだったんだよ、椿は裏側に来るべきじゃなかった」


観客なんてお構いなしにコクウは言った。白瑠さんは理解できていないのか、身構えたまま動かない。


「何言って…」

「たまたま椿の殺戮現場に居合わせただけで、椿を裏に引き込んだ。それはなんでだ?白瑠」

「…?椿が中毒だから」

「中毒だって?一回で中毒とは言わない。何度も何度もやって止められなくなるのが中毒だ。お前が椿を中毒にさせたんだよ!」

「!?」


中毒。殺戮中毒のことを言っているのか?

コクウは、一体何を言っているの?


「解らないのか?初めての殺しの時に、椿は捕まってればよかったんだ」

「はぁ?捕まれば死刑か病棟行きだったんだぞ」

「殺戮しながら生き地獄を味わうよりマシだ!」


コクウの言葉が不可解で理解できない白瑠さんはますます顔をしかめる。


「お前は椿を死刑から救ったんじゃない。生き地獄の道連れにしたんだ。自分とダブらせて、自分と同じ道に引き込んで引き返せない程真っ赤にさせた。何が"殺戮者で殺戮中毒でもう戻れない"だ。俺に言われた言葉を椿にまんまぶつけやがって。引き戻せないくらい手を引いたのはお前だ!椿が殺さずにいられなくなったのはお前のせいだ!お前が手遅れにさせた!」

「ちが」

「違わない」


コクウは否定しようとした白瑠さんの言葉を遮って肯定を押し付けた。

思い出した。

コクウの激情の秘めたその目は、あたしが意識を失って刺客を殺戮した後で視たんだ。


「椿の正常を異常にしたのは白瑠、お前なんだ。椿を殺戮者に仕立てあげたのは裏に引き込んだお前なんだよ、師匠さん。お前が椿をぶっ壊したんだ!」


びくうっ、コクウの怒鳴り声に白瑠さんは撃たれたように震え上がった。

あ…。

そうか。

あの時、コクウはあたしを見つめながら白瑠さんを思い出して睨んでたんだ。

無意識の殺戮で真っ赤になったあたしを視て、白瑠さんに憤りを感じてた。

こんなあたしを造り上げたのは、白瑠さんだからと。

だからコクウは、白瑠さんと殺しあっているんだ。その憤りをぶつけるために。

白瑠さんは、否定できない。

コクウには言われた言葉は、事実だから。

例え意図的にそうしたわけじゃなくても、それは真実。

コクウは、よく解ってる。

白瑠さんのことを自分のことのように、理解している。だからこそ、言えたんだ。

白瑠さんが自分のことを理解していなくても、コクウは理解している。

言われて白瑠さんは今、気付いたのかもしれない。

言い返さない。

足元の穴を愕然と視ていた。


「もう椿に────近づかないでくれる?」


コクウは白瑠さんに同じことを言い返す。

ビル風が吹き荒れ、コンクリートが崩れ落ちる音がする。誰も動かない。指一本動かすのも気が引ける空気のままだ。


「──────だが、俺は…後悔してないっ!!」


顔を上げて、口を開いた白瑠さんはまたコクウに向かう。

コクウが避ければ、巨大な穴が開く。足場が落ちて落下しそうになったが白瑠さんは、コンクリートを蹴って着陸をする。


「俺は無理強いなんてしてない!椿に選ばせた!」

「死刑or殺し屋?騙したようなもんだろ!選ばせてなんかない、選択肢は一つだけ与えて椿を嵌めたんだ!」

「その選択は間違ってなんかない!」

「間違ってる!」


白の殺戮者と黒の殺戮者が暴れ、足場は次々と破壊され崩れていく。全て攻撃は避けられているから。


「椿はっ!間違ってなんかない!!血塗れになってもっ椿は笑った!笑って笑ってっ幸せも手に入れたんだ!それを否定っっっすんなぁあっ!!!」


叫んだ白瑠さんの声は、響き渡った。

もう、堪えきれなくなって。

あたしは。

あたしは幸樹さんに掴まれた腕を振り払い、コクウと白瑠さんの元に駆けた。


「椿!」

「やめろっ」


幸樹さんとラトアさんが止める声。

止めるのは、この殺戮者達だ。


「やめてください!二人とも!」


第三者の声なんて、耳に届いてないみたいに二人はまた攻撃しあう。

あたしは穴を飛び越えて、二人の間に割って入った。


「やめてってばっ!!!!」


出せる限りの声を出して二人に掌を向ける。白瑠さんの掌とコクウの拳は、あたしに触れる手前でピタリと止まった。

足が震えて、今にも崩れそうになるが踏みとどまる。危うく二人に殺されるところだった。

深呼吸して、あたしはキッと二人を睨む。


「あたしをネタに殺し合うのはやめてください!迷惑よ!」


「椿…」とコクウと白瑠さんがあたしの名前を口にする。


「あたしのことを勝手にとやかく言わないで!白瑠さんとコクウが取り合う玩具じゃないわ!白瑠さん!最初に見付けたとか愛したとかそんなの関係ありませんから!張り合うのもやめてください!馬鹿馬鹿しいです!!」

「うっ…」


ビシッ、と白瑠さんに人差し指を突き付けてあたしは叱る。

「え、次は黒猫の説教タイム?」とナヤの声が聞こえた気がするが、あたしは続けた。


「貴方もよ!コクウ!張り合うな!それにっ」


次にコクウを指差す。


「選んだのはあたしよ、コクウ。牢獄も病棟も嫌だったから、生きることを選んだの」

「当然だ、それは選択肢じゃない」

「確かにそうかもしれない。でもあたしは生きることを選んだ。生き地獄でも。白瑠さんの手を掴んだのはあたしの方なのよ」

「違う」

「違わない。決めつけないで。あたしはこれで良かったの」

「良くないっ!」

「裏に来なきゃ、あたしはただ死んでたのよ?コクウ」


首を振るコクウにあたしは静かに告げる。

牢獄に入れば、あたしはただ死んでた。

コクウは知っているだろう。

死刑宣告される前に、きっと心臓は止まっていた。

どちらにせよ、あたしは死んでた。死期は決まってた。

だけど裏現実に来て、あたしはヴァッサーゴに出会い生かされた。

だからこうして生きてる。

裏を選ばなかったら、ただ死んでた。


「牢獄の中で、独り死ぬよりも…ずっとましだった。白瑠さんに会えなかったら、幸樹さん達と会えなかったらあたしは愛を知らないままだったわ。血塗れでも、真っ赤に染まっても、間違いだと周りから言われても……あたしはあたたかい場所に居られて幸せなの」


ここが居るべき場所。そう思った。

裏現実に入ってからトラブルの連続だったけれど、それでも表で生きた18年よりずっとマシ。

何度も死にかけたけど、すごく痛かったけれど至極苦しかったけれど、包んでくれる温もりがあるだけでそばにいてくれる人がいるだけで、幸せだった。


「貴方にだって会えた。あたしも、後悔なんてしてない」


裏現実に入ったことは、後悔してない。


「椿……」

「椿…それでも、俺は白瑠を許さない」

「コクウ…」


真っ直ぐ見つめて、あたしから言ってもコクウはその激情を消さなかった。


「椿をあそこまで壊したんだ、椿は解ってないのか?解ってるだろ?意識が飛んでも殺戮なんて、"異常"だ!"正常"を奪ったのは白瑠だ!」


白瑠さんを許さない。

あの殺戮のあたしを異常だと言うコクウ。笑えない。自分の血をぶち撒きながら食事をしていたコクウに言われたくない。

本当に、酷いわ。

解ってる。

異常だってことくらい。

そう壊れてる。

異常だと理解して納得してるあたしは壊れてるんだ。

それは元から。あたしが壊れてただけ。白瑠さんが壊したわけじゃない。


「コクウ!!」


あたしは怒鳴る。


「あたしは元から壊れてるのよ!白瑠さんは悪くない!」

「悪くないだって!?椿っ、中毒にしたのは白瑠なんだよ!なんで白瑠を庇う!?」

「俺が悪い俺が悪い。それが何だよ?俺を殺さなきゃ気がすまないの?だったら殺れよ!」

「やめてっ!白瑠さん!」


白瑠さんが身を乗り出してまた殺し合いを始めようとしたが、あたしが片手で胸を押さえて止めた。


「椿は白瑠なんかと似てない!白瑠が似せようと重ねたんだ!同じ道を歩ませたんだよ!椿は俺達と違う道があったのに!アイツが壊したんだ!!」


コクウのことから、意識が逸れる。

遠くの街の光だけしかない暗い屋上。赤い炎に目が奪われた。

カロライ達の後ろ。

そこに篠塚さんがいた。

ライターで煙草に火をつけている篠塚さんを、あたしは視た。篠塚さんもあたしを見ている。

 俺が止める!!お前の中毒を治す!俺が治るまで側にいて君を助ける!

あたしは、奥歯を噛み締めた。

そしてあまり深く考えないで、それを口にして宣言する。


「───あたし、殺戮辞めるっ!!!!」


それを聴いた一同は、驚愕して茫然とした。

気に留めずあたしはコクウを見上げて告げる。


「やめてやるわ!殺し屋も辞める!これでいいでしょ!?辞めてやるわ!引き返さないなんて言わせない!あたしに選択肢がなかったなんて言わせない!文句は言わせないわ!!」


怒鳴り付けるように声を上げた。


「椿…そんなの……」


もう手遅れだ。

そう言いたげだったが、コクウは口にしない。この場にいる多数の人間もそう思っているだろう。

自他認める殺戮中毒者だ。

わかってるわよ。

あたしは深呼吸して、言う気がなかったことを告げる。


「別れましょう、コクウ」

「……え…?」

「別れて、コクウ」

「椿…?」


いきなり恋人から別れを告げられて困惑するコクウに背を向き、今度は白瑠さんと向き合う。


「コクウとは別れます。だからコクウと殺し合うのはやめてください」

「え?」

「殺戮中毒を治す。だから白瑠さんと殺し合わないで」


コクウにも顔を向けて頼む。


「殺し合うならば────あたしは死ぬから」


そして、最後に脅しをかける。

死ぬのは簡単だ。

ヴァッサーゴに心臓を動かすのをやめてもらえばいい。やめてくれるかどうかは、わからないが。

でもこうでもしなきゃ、二人は殺し合いをやめない。

二人には、死んでほしくはない。


「黒の集団は帰って、忙しいの」

「椿っ」


あたしはラトアさんの元に戻ろうとしたが、コクウに腕を掴まれて止められた。


「俺は別れない」

「別れて。別の人を愛して」

「君以外に愛せる人なんて、いない」

「いるわ。…あたしを愛さないで」


あたしは静かに首を振って、コクウの手をほどく。


「愛する」


それでもコクウは、引き下がらない。


「俺には君だけだ」


あたしは目を閉じて、コクウに背を向けてラトアさんの元に戻る。


「この辺にいるはずです、捜し出せそうですか?」

「…あぁ。廃墟ならば、見付けられる」


ラトアさんは頷く。

良かった。

あたしは扉の中に目をやる。篠塚さんの姿はなかった。


「蓮真捜しは再開?」


遊太が駆け寄り、あたしに問う。勿論。


「手伝う」


そう言ったのは、隣に立つコクウだった。


「話は終わってない。…それに、人手は多い方がいいだろ?」


微笑むコクウの後ろに、ディフォが立つ。

吸血鬼三体ならば、蓮真君を早く見付けられるはずだ。


「えぇ、お願い」


頼みつつも、あたしは白瑠さんを気にして盗み見する。白瑠さんはそっぽを向いていた。


「誰捜すんだ?」

「おれの弟」

「遊太の弟?そんなばかなっ!遊太に弟…!つまりは那拓家に隠された末っ子がいたんだ!ビッグニュース!!」


レネメンに訊かれてすんなり答える遊太。ナヤに知られたなら、裏現実中に蓮真君の存在は知り渡るだろう。

人間より嗅覚と聴覚が優れている吸血鬼は周りを見回してにおいを嗅ぎ耳をすます。


「血のにおいだ」

「!」


血のにおい。

あたしと遊太は、顔を合わせる。


「急ぎましょう」

「レネメン、遊太」


コクウの指示で向かいの建物にレネメンと遊太は、銃を撃つ。放ったのは弾丸ではなく、ワイヤー。

ワイヤーを使って先に遊太が降りていく。

がしっ。左右の腕を掴まれた。

見てみれば、コクウと白瑠さん。

ギロリ、二人は睨み合う。


「あたしを取り合うのは…やめてください」

「違うよ。椿を抱えて降りようと思ったんだ」

「俺が椿と降りるからその手外せ」

「一人で降りられ…わぁ!?」


取り合いじゃない…。

二人の腕を振り払う前に、誰かに抱えあげられて驚く。幸樹さんだ。


「なにすんだよ!幸樹!」

「おい」

「椿さんは、私の妹です」


幸樹さんは有無言わせない微笑を殺戮者に向けた。奇跡的に二人は引き下がる。おお…シスコンパワー。

カロライ達も降り立てば、続いて爽乃達も降りた。爽乃達と一緒に、火都も。


「行くわよ」


人数が多すぎだが、まぁ人手は欲しい。二手に別れて、血が香る建物の中に入る。

遊太に電話するよう言えば「着信音が聴こえる」とコクウ。

血の香り。あたしの携帯電話。

ビンゴだ。

「何処!?」と駆け出す。

あたし達は音を頼りに上へ上がる。

あたしにも血のにおいがした。

着信音が途切れる。

あたしはもう一度かけるように言った。

はっきりと、あたしの携帯電話の着信音が聴こえる。


「蓮真君!」


あたしが呼べば、遊太も声を上げて蓮真君を呼んだ。


「椿」


振り返れば、コクウは扉を指差していた。

もう一度、遊太が電話を掛ければその扉から着信音。

あたしは扉を開けようとしたが、鍵が掛かっているのか鉄の扉はビクともしない。

すると白瑠さんがあたしを押し退けて、片手でその鉄の扉を粉砕した。

灰色の暗い部屋。

埃の被った机の上に、あたしの紅い携帯電話。


「んんっ」

「蓮真君!」


柱には縛り付けられた蓮真君がいた。

口を布で塞がれた彼は、傷だらけでぼろぼろだったがそれでもちゃんと生きている。

ホッとした。


「レン!」

「蓮真君!」


衰弱した様子でぐったりしているが、あたし達をぼんやりだがちゃんと見ている。

遊太が身体を縛り付けるロープをほどくから、あたしは口の布をほどく。

ほどいた途端だった。


「椿っ!結婚しよう!!」

「えっ」


拉致られ監禁された少年の第一声に、あたしは…あたしだけではなくその場にいた全員がポカーンとする。


「あの時は断ってごめん!椿が結婚したいなら結婚してやる!結婚前提に付き合って結婚するから嫁ぐ前にちゃんと家に帰れ!フラれたくらいで家出なんかすんなっ!」


蓮真君は一体何を言ってるんだろう。

頭の中で彼の言葉を繰り返して解読しようとする。


「お前のプロポーズ。断ったせいで家出したと思ってんだよ」


珍しく親切にヴァッサーゴが教えてくれた。

プロポーズ?

思い出すのは蓮真君と最後に会った日。あたしが「結婚して」と言った。

蓮真君となら結婚してもいい。

その本音をポツリと伝えた。

あの時はボロボロで弱々しかったせいだろう。追い討ちのように断ったせいで、あたしが家出したと思い込んだ。

監禁されて冷静に思考出来なかったのだろう。


「ぷっ!」


あたしは吹き出した。


「あはっ!あはははっ!なにそれっ!やだっちょっ…あはははははっ!」


監禁されて精神がちょっと可笑しい蓮真君には悪いが、あたしは腹を抱えて笑う。笑い出したら止まらなくなってしまった。

あたしのせいで拉致られたというのに、プロポーズ。拉致られてプロポーズ。


「きゃっ、腹痛い…っにゃ、ははははっ!」

「わ、笑うな!」

「あっははははは!!」


真っ赤になった蓮真君を見たら、更に笑いが止まらなくなった。お腹が痛い。


「あはははっ!あはっ……ありがと…蓮真君」


あたしは蓮真君の頭を撫でて、お礼を云う。


「別に貴方にフラれたから家出したわけじゃないわ…結婚しなくていいから。ごめんなさい、こんなことになって。…生きてて良かった」

「…椿」

「あたしはちゃんと帰ったわ」


にこっ、と笑いかけた。


「レン!心配したんだぞ!」

「兄ちゃん…」

「このバカっ!心配かけんなよっ」


ロープをほどき終えた遊太は、生存していた弟の肩を掴んだ。泣きそうな表情を一瞬見せたが、ニカッと笑って頭をくしゃくしゃと撫でた。


「痛っ!痛いよ!兄ちゃん!」

「バーロー!」


そう言えば、この二人が一緒にいるところを視るのは初めてだ。

本当に、良かった。

身体が痛いのか、蓮真君は立ち上がれないでいた。手を貸そうと手を伸ばしたが、蓮真君はその手を掴まず何処かを見てギョッとする。何を見ているのかと、振り返ればあたしもギョッとした。

白瑠さんは笑顔で殺気を放ち、コクウは無表情で睨み付ける。その標的は蓮真君だ。

この二人の前でプロポーズをしたんだ。睨まれただけで済んでラッキーだ。

爽乃と遊太も駆けつけて再会でガヤガヤし始めた。


「あ、幸樹さん。蓮真君を診てくれませんか?」

「……彼にプロポーズしたんですか?」

「え?まぁ……しました」

「結婚したいんですか?」

「いえ、結婚願望はありません。ただ結婚してもいいなぁと…鼠を殺した後、思ったんですよ。家に帰れなくて行く場所がなくて蓮真君の元に行った時」

「………そうですか」


医者の幸樹さんに衰弱した蓮真君に頼むが、幸樹さんも怒ったのだろうか。


「本当に、椿!帰ったのか?」

「えぇ、椿さんは帰ってきましたよ」


爽乃に説教され神奈にはからかわれて、救出早々ついていない蓮真君は確認する。それを代わりに診察を始めた幸樹さんが答えた。


「いつ?いつだ?"あの人"には会ったか?」

「あの人?」


あの人、では誰のことかわからない。

そう言えば、犯人は?

人質を監禁してたのに、見張り一人もいなかった。

着信音が鳴る。あたしの携帯電話だ。携帯電話は何故か、充電器がささったまま。

あたしはディフォから携帯電話を受け取り、画面を確認する。

藍さんからの着信だ。


「藍さんっ」


あたしは直ぐに電話に出た。

だけど電話の相手は、女の声。


「アンタが"お嬢"?」


聞き覚えのある声だった。


「お願い。藍乃介を──────────────止めて」






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