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頭蓋破壊屋復活


 ガウン。

引き金が引かれる前に反応してリボルバーを弾く。遊太はまたあたしに銃口を向けようとしたが蹴り飛ばしてリボルバーを遠くに飛ばす。


「くっ!」


ナイフを取り出して遊太は振り上げた。あたしは手首を掴んで止める。

そのまま押し退け、机に押し倒す。


「いきなりなんなのよ!」

「っ!うああっ!!」


押し飛ばされ、またナイフが振られる。

二歩、三歩、下がり遊太のリボルバーを拾い、ナイフを撃ち抜く。


「っ!」


それでも遊太は向かってきた。

タックルを喰らい、ガシャンと資料の山や椅子が落ちていく。

あたしはキレて、遊太の頭に頭突きを喰らわせ溝に膝を打ち込む。

もう一度押し倒し、今度は逃がさないように馬乗りになる。


「一体どうしたの!?遊太っ」

「っ…!!」

「遊太!」


ただ暴れていた遊太は、やっとわかる言葉を発した。

涙を浮かべ、怒り狂うように悲鳴をあげる。


「レンを……っ蓮真を殺したのか!?黒猫ぉおっ!!」

「!!!」


雷に打たれたみたいに、動揺が駆け巡った。

遊太があたしに向ける目は、間違いなく仇を見る目だ。

憎む目だ。恨む目だ。殺したがっている目だ。


「蓮真をっ」


首を押さえるあたしの手を握り締めて、遊太は叫ぶ。


「なんでっ…よりによって…アンタが…!!よくも…よくも…よくも!よくも!よくも!よくも!!よくも!!よくも!!よくも!!よくもっよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもぉおおおっ!!」


 バシャンッ。

あたしはテーブルに用意されていたコップに入れられた水を、遊太の顔に叩き付けるようにかけた。


「落ち着きなさい!!あたしは殺してない!蓮真君を殺してなんかない!!」

「……!」

「殺してないわ…」


あたしは怒鳴って、それから首を振る。

あたしの否定を真実だと受け取ったのか、遊太は濡れた顔で呆然としたがやがて目から涙を溢れだす。

ポロポロ、あたしのかけた水か涙かわからない雫が落ちていく。

声を殺して、泣く遊太からあたしは退いた。

遊太は両腕で顔を隠して泣き続ける。


「……蓮真君は…」


あたしは口を開く。

冷たい床に座ったまま。


「死んだの…?」


彼のことを思い浮かべつつ、問う。

遊太は泣くのをやめて、起き上がる。涙を拭くように、濡れた顔を袖で拭いた。


「わからない……二週間前から行方不明なんだ…」

「行方不明?」


行方不明だけで、なんであたしが殺したみたいに…。


「ほんの一部だけ……こんな噂が流れてるんだ……」


遊太はあたしを犯人だと思い込んだ訳を話した。


「"那拓家の隠された末っ子は紅色の黒猫に殺された"」


なぜ。

あたしは困惑して、声を発することができない。

何故だ?

表向きでは遊太が末っ子で、蓮真君の存在は知られていない。

彼の存在がバレた?

バレた。

では何故、あたしの名前が出た?

何故、あたしに罪を被せるような噂が流れているんだ?

可笑しい。

あたしの家族を白瑠さんに殺られたって情報も。

これはまるで。

なにか仕組まれているような。

挑発されているような。


「……喧嘩、売られてる?」

「え…?」

「誰かに…喧嘩、売られてるのかもしれない…いや、仲違いさせようとしてるのかしら…わからない」


なんとかまとめようとあたしは額を押さえる。


「この前は頭蓋破壊屋と殺しあうように仕向けられたのかも、家族を殺されたのはそのためで。今度は蓮真君を…」

「………」


遊太も理解しようとしたが困惑して髪を掻き上げた。


「だ、誰なんだっ?」

「わからないっ」

「誰が蓮真を殺したんだっ!?」

「蓮真君の死体は見付かったの!?」


頭を抱えた遊太の肩を掴んであたしは問う。遊太は青ざめた顔で首を横に振った。


「殺されたって噂だけが言ってるんでしょ…まだ死んだって決まってない、そうでしょう?」

「つ、椿…」


遊太に言いつつも、あたしは自分自身の乱れる鼓動を落ち着かせようと必死だった。


「それに裏現実では死人が生き返る。─────日本に帰るわよ」


那拓蓮真を見付け出すために。

あたしは遊太のポケットから携帯電話を抜き取り、電話をかける。


「キャットです。貴女のジェット機、貸していただきたいんです。とても急用なので」









 至急日本に行きたかったあたしがとった手段は、彼女に力を借りること。

次期大統領と噂される政治家、ミリーシャ・ビアンキ。

向き合うように用意された座席に座った彼女は、にやにやして足を組んだ。

きらびやかなブロンドヘアは前髪だけを垂らして、後ろにまとめてある。オーダーメイドのスーツをきっちり着ていても、そのモデルのような素敵な身体のラインがわかる。スカートで露になった素足は足フェチでなくても見とれるだろう。


「また会えるとは、嬉しいわ。キャット」

「あたしもです。今回は我儘に付き合っていただき、感謝しております」


あたしは座ったまま軽く頭を下げる。

隣に座る遊太は居心地悪そうに挙動不審。


「つ、つつばき…?なんで次期大統領と知り合いなの?」

「まだ次期大統領と決まったわけではないわ。キャット、この坊やが恋人の黒の殺戮者かい?」

「いえ、違います。彼は那拓遊太。仲間です」

「あの那拓ファミリーの末っ子か」


遊太はこっそり訊いたつもりだろうが彼女に届いていた。本人から返答がきてビクリと震え上がる。

あたしは淡々と答えた。

遊太みたいな反応は彼女が喜び、からかいがエスカレートしていくから冷静にならなくてはならない。

那拓という名を聞いて興味が沸いたのかミリーシャは身を乗り出した。

末っ子。

ミリーシャも遊太が末っ子だと思っているのか。

それが通常なのだ。


「那拓の危険人物を是非とも雇いたい。話を通してもらえるかな?」

「え、あぁっ…那拓爽乃はあまり海外に行かないものですから…少し難しいと思います」


緊張しつつも遊太はミリーシャに気さくな笑みで言葉を返す。


「雇いたいと思う者はなかなか難しいものだなぁ…。キャットも専属に欲しいと言ったら、唐突に消えてしまって本当に残念だった」

「エリックにも言いましたが、あたしは殺し屋です。守る側の狩人とは違いますから。それにポセイドンとゼウスをオススメしましたよね」

「殺し屋から狩人に転職すればいいじゃない。エリックから聞いたが、噂の神コンビとコンタクトが取れなくてね。どうせ時間がある、勧める理由を話してもらえるかしら?」


彼女と喋る羽目になるのは覚悟の上だ。


「神コンビと獲物を取り合って苦戦でもしたのかい?」

「ポセイドンとゼウスは知り合いなんです、ちょっとした。殺し屋と狩人で対立したのは一度くらいで、あとはポセイドンと共同戦張りましたし」

「ポセイドンは黒猫にゾッコンなんだ」


これから秀介達のお勧めポイントを話そうとしたのに、横から遊太が余計なことを言った。

あたしはスパンと頭を叩く。


「なんだ?なんだそれは?」


目を輝かせてミリーシャは身を乗り出した。

あたしは溜め息をついて額を押さえる。秀介があたしに想いを寄せている事実が伝染するように流れている。

まぁ、今現在どうかは知らないが。


「ポセイドンは親しい友人なんです、相手も気があります、だけど知っての通りあたしには恋人がいます。今それについて話す気分ではありませんのでポセイドンご本人に訊いてください」


ペラペラと雄弁に刺々しく吐いてからまたあたしは溜め息を吐く。


「そうか。アポをとることにしよう」


ミリーシャはニヤニヤと笑い返した。


「それで今回の見返りなにかしら?キャット」

「見返り……」


こうゆうのはよく考えて答えないと「なんでもいい」だと不味いことになる。


「一度だけ。呼ばれれば駆け付けましょう。貴女がピンチの時、敵を蹴散らします」


そう提案してみた。

今でもあたしは大統領専属のSPになるつもりはない。ミリーシャもわかってるはずだ。

ミリーシャはにっこり笑い頷いた。

交渉成立。

 彼女が仕事を始めれば、会話は途切れて沈黙する。

暗い窓から雲を見下ろす。それからあたしは隣にいる遊太に目を向けた。

怒り狂うように向かってきて、そして泣いた遊太を思い出す。

火都が見せなかったその面。

弟を愛しているからこそ、怒り憎み悲しみ泣いた。

弟想いの兄。

今だって、気が気じゃないはずだ。今すぐにでも日本に降り立ち、生きているかもしれない弟を救いたいだろう。

生きていてくれ。そう祈っているに違いない。

 これがあたしに向けられた挑発ならばあたしのせいだ。

蓮真君を、捜さなくちゃ。

でも一体誰の仕業だ?

あたしの家族を頭蓋破壊屋が殺ったように見せ掛けた犯人は、一体何者だ?

思い当たる節がない。

頭蓋破壊屋と殺しあうように仕向けられたのは何故?

それと蓮真君。何故、蓮真君が?

那拓の末っ子だということは知られていないのに"那拓家の末っ子は紅色の黒猫に殺された"と噂が流れた。

表向きは遊太が末っ子。仲間を殺したなんて嘘は粉砕されるだろう。

犯人は蓮真君が那拓だと知っている。

那拓は危険人物と呼ばれるほど危険な狩人、爽乃がいるにも関わらず蓮真君に手を出した。

那拓一家も敵に回した犯人は何を考えているのだろうか。

蓮真君を狙ったということは、あたしとの関係も知っているのかもしれない。

むしろあたしと関わっていたからこそ、彼は那拓蓮真だとバレたのかもしれないのだ。

一体誰だ…?

白瑠さん達は蓮真君と会っていたことを知っているが、那拓だとは今でも知らない。彼が那拓であたしと関わりがあると知る者は。

だめだ、思い浮かばない。

蓮真君はあたし以外に那拓だと教えていないはずだ。

知られることを何より嫌がっていた。あたしも他言していない。

山本椿が紅色の黒猫だと知っている。

更に那拓蓮真を知っている。

───────誰だ?

一体誰なんだ?

 思ったよりも随分と早い帰国。

蓮真君を無事見付けたら、また幸樹さんの家に戻ろう。白瑠さんにも会って、藍さんにも会おうか。


「探すって…どうするんだ?何も手掛かりがないんだぜ、椿」


ミリーシャと別れて、とりあえず那拓家に向かって歩く。


「本当に何も手掛かりがないの?」

「あったら、探してるさ!」

「…」

「…ごめん」

「いえ…いいわ。那拓家に、話に行こう。原因は…あたしなのかもしれないんだから」

「!………わかった。おれも…親父達と会うか」


那拓家の人間に話す。

危険人物の狩人がいるのに、殺し屋であるあたしが行くのは危険だが、一刻も早く蓮真君を見付け出さなければならない。

説明して情報を集めて見付けないといけない時だ。人手は多い方がいい。

遊太は気が重そうに頭を掻く。

遊太は家出をしている身分だ。

そうノコノコと顔を出せないのだろう。だが弟の命がかかっている。腹を決めて家に戻らなくてはならない。


「オレに頼まないのか?」


ヴァッサーゴが口を開いた。

ヴァッサーゴの能力なら、すぐに見つけ出せるはずだ。

 力を貸してくれるの?V

てっきり興味がなければ手伝ってくれないと諦めて宛にしなかったから驚きだ。


「あの小僧に死相はなかった。だから死んでねーよ。焦んなくてもくたばらんさ」


ヴァッサーゴはそう言う。

だが、未来は選択次第で変わるものなんだろ?


「小僧の未来に死はなかった。これは確かだ。自殺って選択をしない限りな」


そうゆうものなのか?

「そうゆうもんなんだよ」とヴァッサーゴ。

那拓家の前に来た。

相変わらずのご立派な門。

名家の家だけに重々しい空気を醸し出している。

何度か出入りしていたが、蓮真君の両親には会っていない。ここでは二人の兄に会ったな。


「……へぇーえ、こりゃあ面白い犯人だ」


ポツリとヴァッサーゴが呟いた。

え?


「小僧は生きてる。生きて監禁でもされてるんだろうよ」


ヴァッサーゴ、お前なにか見たのか?


「ほら、さっさと偽彼氏の両親に挨拶してこいよ」

「椿?」


ヴァッサーゴにはぐらかされ、遊太に呼ばれる。

蓮真君は生きている。その言葉は信じておこう。

あたしは深呼吸した。


「やべ、爽乃達に付き合ってるって嘘ついてたんだった」

「え゛」


嘘の撤回と説明をしなくてはならない。あのすぐ切りつける爽乃を宥めながら、那拓家にちゃんと説明できるだろうか。

空気を吸って、あたしは溜め息を吐いた。

 離れの道場しか入ったことがなかったあたしは招かれて部屋に通された。畳が敷き詰められた広い部屋。

そこに那拓一家があたしと遊太と向き合うように座る。

空気は重苦しい。


「初めまして、あたしは紅色の黒猫です。何度か離れの道場にお邪魔させていただいてました」


あたしが口火を切れば、思った通り爽乃が刀を抜いて降り下ろしてきた。時代錯誤の格好。海外にいればサムライサムライと持て囃されそうだ。

あたしはカルドで受け止める。

眼鏡の奥にある目があたしを睨む。

「やめろっ!兄貴!」と遊太が声をあげる。


「話を聞いてください。蓮真君の命がかかっている!」

「!」


冷静にしかし強く、あたしは爽乃に言う。


「お止めなさい、爽乃」


落ち着きある声が響く。


「母上…」

「刀をしまえ。続きを聞こう」

「父上…」


蓮真君達の母、那拓遙なたくはるか。着物を来て、ストレートの黒髪を垂らした大和撫子と表現してもいい、日本の和美人だ。

蓮真君と遊太、それと神奈は母親似か。

その隣に座り、威厳ある男は那拓竜なたくりゅう。爽乃は父親似か。

しぶしぶ父の命で刀をしまい、父の隣に戻る爽乃を確認してからあたしもカルドをしまう。


「まず、お詫びを申し上げます。爽乃さんと神奈さんには、蓮真君とお付き合いしていると嘘を行ってしまいました」

「やっぱりねー。殺し屋だと思ってた、恋人も嘘だったんだぁ」


頭を下げれば、神奈が口を開く。

あたしは気に留めずに続けた。


「蓮真君とは友人として今まで会ってました。時には殺し屋に狙われて巻き込んでしまったこともありました……そして、今回も恐らくあたしのせいで彼は巻き込まれたかもしれません」

「…どうゆうことですか?」

「二週間前に、あたしの家族は殺されそれは頭蓋破壊屋が殺ったとガセネタが回ってきたんです。あくまで推測ですが…あたしと頭蓋破壊屋を殺しあうように仕向けたのでしょう、何者かが」

「二週間前というと、蓮真が行方不明になった頃…!」


「…なるほど」と那拓遙は呟く。

那拓家も、あたしの言いたいことを悟り理解した様子だ。


「貴女の家族を殺害した犯人と、蓮真を拐った犯人が同一というわけですか。…貴女が蓮真を助けにいかずこちらに来たということは、その犯人は存じ上げていないのですね?」


流石は裏現実の名家の嫁。

那拓家の嫁はそれなりに教育を受けるとか言ってたな。


「残念ながら、その通りです。ですが、犯人はあたしの素性と那拓蓮真を知っている者でしょう。今のところはそれだけですが…しかし、あたしの素性を知る者は少ないです。蓮真君と関わりを持っていることを知る者もなお少ない…あたしはそれらを当たってみます。なので、あなた方は那拓蓮真を知る者を当たってください」

「何故貴様に命令されなければならないっ!元凶は貴様だろう!!」


刀に手をやり、今にも斬りかかりたいという顔の爽乃が怒鳴る。


「はい、あたしは黒猫。不本意ながらも大切な友人に不幸を与えてしまいました…」


あたしは静かに返して、真っ直ぐに爽乃を射抜くように見た。


「────が。大切な仲間の弟であり、大切な友人の彼は必ず見付け出します。彼が生きている可能性は高い、だからこそ、あなた方に手を貸していただきたい。あたしの失態で、彼を死なせたくはありません。どうかお願いします」


声をあげるように深々と頭を下げて告げた。

死なせたくない。

蓮真君を死なせたくない。

遊太を泣かせたくないし、何度も心を救ってくれた蓮真君には生きてほしいし、あたしのせいでまた誰かが死ぬなんて。

絶対に、絶対に嫌だ。


「万が一手遅れだった場合、お主の首は我々那拓家が戴く。爽乃、神奈、使用人達からあたれ」

「はい、父上」

「わたくし達は親族を当たって参ります」


了解を得た。

あたしはもう一度、那拓家の当主に頭を下げる。

手分けして、犯人を見付け出し、一刻も早く蓮真君を救い出さなければ。

隣にいる遊太に目を向ける。


「おれは黒猫と行動します」


遊太が立ち上がれば、両親も立ち上がり部屋を後にした。

ぎろり、爽乃があたしを睨み付ける。


「文句なら蓮真君を見つけてからにしてください。…そうだ、蓮真君の部屋に行っても構いませんか?」


爽乃は使用人の元へ行き、神奈が蓮真君の部屋に案内してくれた。

前に来たときと全くと言っていいほど変わっていない。

壁にかけられた学生服。木製のタンス。匂いも変わってない。

あたしは机のそばに置いてある鞄を探った。


「なに探してんだ?椿」

「椿って名前は本名なんだ?」

「笹野椿、本名よ。…あたしのケイタイを探してるの、この前ここに置いてきちゃって。神奈、知らない?」

「あれ?呼び捨て?まぁ可愛いから許すよ。確かに君が血塗れで訪ねてきた日に、ケイタイだけ置き去りにされてたのは覚えてるよ。どこにあるかまではわからないけど。泥棒ならわかるんじゃない?」


蓮真君の部屋を漁るあたしを見つつ、神奈は小馬鹿にしたように遊太に振る。


「んー、蓮ならわかりやすいとこにしまうはず」


遊太は聞き流すように笑ってタンスの中を探し始めた。


「必要なの?椿」

「…んー、まぁなくても支障はないけど…」

「お兄ちゃまがくれたケイタイなら小僧が持ってるはずだぜ」


ヴァッサーゴが口を開いて告げる。

蓮真君があたしのケイタイを持って消えたのか?

いつも持ち歩いていたバットケースも部屋の隅に置かれているのに、あたしのケイタイを持っていた?


「蓮と付き合ってないなら、おれとどうかな?椿」


いつの間にか真横にしゃがんだ神奈が色仕掛けで微笑む。


「椿は黒の殺戮者と付き合ってるんだぜ、兄貴」

「あ、そうだったな。…じゃあ物足りなくなったら」


にこ、っと遊太に言われても懲りない神奈。本当にこの家でどう育てられたらそうなるのだろうか。

信じられん。


「行きましょう、遊太」

「あ、おう」

「おれも椿と行動したいな」

「やめた方がいいわ」


蓮真君の部屋を出て、廊下を歩きながらあたしは神奈を振り返る。


「貴方に似た笑みの持ち主なんで、どっちかわからず殺しちゃうかも」








 静まり返った社長室。

高い高層ビルの最上階にあるその部屋には車が行き交う音すら届かない。

無人だったが、やがて一人の男が入る。

この部屋の高価なソファに座る社長だ。

彼が座った瞬間にあたしは現れて首にナイフを突き付けた。


「!」

「お久し振りです。多無橋さん」

「…やぁ、黒猫ちゃん」


ムカつくあたしの最初のお得意様。

多無橋…名前は忘れた。

無茶苦茶な人で最低卑劣腹黒野郎。ヴァッサーゴをあたしに回した人。

ヴァッサーゴを回されてから連絡を断っていたが、あたしが山本椿で紅色の黒猫だと知っている者でなおかつ恨みを持っていそうな彼から調べに来たのだ。


「また会えて嬉しいよ、黒猫ちゃん。Iにも見放されて君と連絡が取れなくて寂しかったんだ…今日はどうしたんだい?まさか私を殺す依頼でもきたのかな、なら倍を払うよ」

「単刀直入に言います。貴方、あたしの家族を殺しましたか?」


ぺちぺちと顎にナイフをつけてあたしは答えを急かす。

冷や汗を垂らしつつもあのムカつく笑みを浮かべて多無橋さんは部屋を物色している遊太を目で追う。


「あれは頭蓋破壊屋が殺ったと噂に聞いたが、違うのかい?」


嘘をついているようには見えなかった。

ヴァッサーゴに訊いてみれば「はっずれー」と返答が返ってくる。違うか。

あたしはナイフを下ろす。


「いえ。お邪魔しました」

「あれ、もういいのか?」

「えぇ、次行きましょう」

「おやおや、冷たいね。せっかくの再会なんだ、少しお話をしよう黒猫ちゃん。仕事の依頼も」

「お断りします」


ペチャクチャ話す多無橋さんにきっぱり言い、あたしは部屋を後にした。秘書さんに軽く挨拶し、悠々とエレベーターで降りる。


「なんであの社長さんから来たん?椿」

「あたしの素性を知ってるし最後に会った時、腹刺したから」


まじかぁ、と遊太は苦笑する。


「あの様子じゃあ、関係ないみたいだな…」


多無橋さんから頼まれたヴァッサーゴが潜んでいた指輪の件で蓮真君に手を借りていた。それで関係がバレて狙われた、と推測していたが違うみたいだ。一番犯人ぽかったのだが…。


「次は誰?」

「売れない殺し屋のとこ」

「ふぅん」


頭の後ろで腕を組んだ遊太に目をやる。


「…余裕みたいね」

「へ?ああ、椿が生きてるって言ったらおれも生きてるって思えてきてさ。蓮は生きてるって信じてるから」


銃を向けた時とは大違い。

いつもの遊太らしく、気さくに笑った。

よかった。あたしもホッとして微笑みを返す。


「てかさ、黒に置き手紙もなしに来ちゃっていいのか?」

「いいのよ。コクウだって出掛けてたし、問題ないわ」

「ならいいけど。で?どこいくん?」

「マンガ喫茶よ」


マンガ喫茶巡り開始。

思ったより時間はかからず、一時間で標的を見付けたが、追跡がバレたらしく標的は逃げ出した。

捕まえようと遊太と昼下がりの街を駆けるが、これでは埒が明かない。

あたしは遊太に追い続けるように目配せし、先回り行った。


「なんで逃げるんです?多度倉さん」


路地裏でやっと遊太と挟み込めて追い込めた。


「べ、紅色の黒猫!!?」

「どうも、偽者の件ではお世話になりました」


あたしはにこやかに笑みを向けてからカルドを手にして歩み寄る。

紅色の黒猫の偽者を探す際に手を借りていた売れない殺し屋。そしてその時も蓮真君はあたしと居た。

第二の容疑者だ。


「ちょっとお訊きしたいんですよ」

「な、ななななんだっ」


青ざめて後退りする多度倉さん。この様子では、あたしに喧嘩売ろうって発想すら出ないだろう。

うむ…無駄足だったみたいね。


「那拓蓮真、知りません?知ってるなら早く答えてください、殺しますよ」

「ししし知らないっ知らない!!」


うふふと笑いながらカルドを近付ければぶんぶんっと首をぶっ飛ばす勢いで首を振った。うん、違うな。

あたしは視線で遊太に伝える。

彼は肩を落とした。


「もう一つ。あたしのこと、誰かに話しましたか?」

「はっ話してないっ誰にも!話すもんか!俺だって命が欲しいっ!!」


物凄い形相で必死に声を張り上げた多度倉さん。失礼な。見たら死ぬ死ぬ的な都市伝説の怪物じゃあるまいし。

それはあたしじゃなくて頭蓋破壊屋だ。


「…!」


ぞろぞろと集まる気配に気付いてあたしは構える。遊太も銃を取り出す。


「紅色の黒猫に、那拓遊太だな」

「なんかよーう?おっさんら」


話し掛けてきたのは多度倉さんを捜していた際に聞き込みをした者達だ。勿論、裏現実者。


「お相手する時間も惜しいんです。名前を馳せたいなら他の人を狙ってください、例えば頭蓋破壊屋とか」


あたしはカルドをしまう。

戦う気はない。

どうせ黒の集団に属したあたしらを殺して名を上げたいのだろう。


「臆すんな、すぐ終わらせてやる。ガキども」


これで退いてはくれない。


「あれ?おれら甘く見られてない?椿」

「……」


数人の殺し屋は武器を取り出して歩み寄ってきた。

あたしは左手を上げて、彼らの後ろを指差す。


「頭蓋破壊屋さんがいますよ、そこに」


そう言う。

男達は笑った。


「そんな手に引っ掛かるわけねぇだろーが!」

「いや、引っ掛かじゃないですよ。後ろ後ろ」


あたしは言い続けた。


「生きてるかもわかんねー奴を脅しに使っても無駄だぞっ小娘!」

「頭蓋破壊屋は死んだのさ!」

「えぇー俺ぇ生きてるけどぉお」


頭蓋破壊屋を嘲笑う声を遮るようにその呑気な声が発しられる。

あたしの指差した先を、男達は振り返った。

振り返ったところで彼らはわからないだろう。

そこに立っていたのは、本物の頭蓋破壊屋だとは知らない。

知るよしもない。

にこりと笑みを浮かべた白い青年に、その頭を粉砕されるまで、あるいは知ることもないのだろう。

 一人の頭蓋骨の破片が、壁を真っ赤に染めた。べちゃべちゃと脳味噌が落ちる。もう片方の壁も真っ赤に染められた。

ばたり。頭の失くした身体が崩れ落ちる。


「んひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ」


僅かに漏れた恐怖に震えた悲鳴は殺戮の道化師の声によって掻き消された。


「うひゃひゃっ、んひゃひゃひゃひゃひゃひゃあっ!」


一ヶ月以上のブランクなんてまるでないみたいに、圧倒的に殺戮する。相変わらず頭を粉砕するその手は汚れない。

脱色した白い髪も、白いYシャツも、色白の手も。返り血一滴も浴びずに人の頭を粉砕させて、頭蓋骨をぶちまけた。

あっという間に片付いてしまう。彼らは抵抗もできずに、脳味噌の混じった血の海になった。

悠然とそこに立つ裏現実で最も恐れられている怪物。頭蓋破壊屋。

吸血鬼の黒の殺戮者と対になる存在、白の殺戮者は笑いかける。

見慣れたあたしも戦慄を覚えた。


「うっひゃっひゃあ」


頭蓋破壊屋の──────完全復活だ。




「つぅーちゃああんっ!日本に帰ってきてたんだぁ、おかえりぇ」

「ただいま、白瑠さん。なんでまたこんなところに?」


 白瑠さんは両手を広げて、死体を踏みつけあたしを歓迎する。

抱きついてくる前に訊いてみた。


「紅色の黒猫がいるって騒いでたから来たんだぁ。椿こそお仕事?」

「いえ、違います。人捜し中でして…」


あたしは後ろを振り返ってみる。

多度倉さんは腰を抜かして今にも気絶してしまいそうなほど青ざめていた。遊太も笑みを貼り付けているが引きつっている。

遊太は多度倉さんを立たせて、白瑠さんに頭を下げてからここから離れた。

あたし達も昼下がりの街中で死体のそばにいては騒ぎになってしまう。掃除屋に連絡いれておこう。


「今のってぇ、那拓ぅ…ゆー…」

「那拓遊太です」

「ああ、そうそう。怪盗くん。…とぉ、たどっちに何してたの?」

「情報収集です。あたしの家族を殺した犯人と……偽者の件で会った学生服の彼覚えてます?彼は那拓蓮真、那拓家の秘蔵っ子でして、あたしのせいで行方不明なんです。犯人は同一人物だと思って捜してるんです」


もう隠さなくてもいいだろう。

あたしは簡潔に話した。白瑠さんなら煩い反応もしないし、藍さんみたいに余計な心配もしないだろう。

案の定「そぉなんだぁ」と気の抜ける返事が返ってきた。


「あの、殺し屋業は復帰ですか?」

「うんっ。椿も頑張ってるからねぇ。また仕事しよぉ」


にっこり、楽しげに白瑠さんは笑いかけてくる。


「…はい」


あたしは微笑んで返す。


「あ、藍さんとは会いましたか?」

「藍くぅん?会ってないよぉ。幸樹くんと会いに行ったらさぁいなかったんだよねぇ……藍くんに謝ってたけど、なんかあったの?」


藍さんの名を出せば思い出して白瑠さんは書き置きのことを訊いた。


「…アメリカで会ったんです。多分、白瑠さん達があたしを捜さないと言ったあとかな…」


あたしは歩みを止めて、白瑠さんの袖を握る。


「酷いこと、言っちゃったんです……。藍さんを……傷付けたと…思います…」

「椿…」


俯いて、あの藍さんの顔を思い出す。

酷く傷付けた。

 もう、終わりです。もう終わりなんですよ。家族ごっこは終わり。あたしは駄目なんですよ、戻ったとこでまた壊す。もう、構わないでください、忘れてください。もう、嫌なんです。さよなら、なんですよ

本当に酷いことを言ってしまった。

 どうしてっ…さよならなんて………酷いことを言うんだっ…!ずっと…ずっと…!探してきたのにっ………帰ってきてほしいのにっ…!!

引き裂かれた気分だった。ボロボロと泣きながら辛そうに紡いだ藍さんの声。

何度も帰ってきてと言った彼を冷たくも突き放して拒絶してしまった。

押しただけで簡単に倒れてしまった最後に見た藍さんの顔は今でも脳裏に浮かぶだけで胸が痛い喉が痛い。

あたしに拒絶されて、海に溺れたみたいに苦しそうで悲しそうで、そして絶望していたみたいだった。


「藍くんならコスプレ一つすれば許してくれるよっ」


ポンポンっと頭を白瑠さんは撫でるように叩く。白瑠さんはいつもの笑み。明るい声音。


「そうですね…。でもコスプレしません」

「えぇー、制服コスプレぇ」

「しませんから」


また肩を並べて歩き出す。

会話が途切れて少し気まずい沈黙が流れる。

何か話すこと、ないかな。

あたしは記憶を探って考えた。

白瑠さんが怒らないコクウ以外の話題。


「コクウにはコスプレ見せたの?」

「え」


呆気に取られる。

白瑠さんからタブーに触れてきた。


「コスプレして襲われたりしたの?それとも他の楽しいことをしたの?過激そうだよね、吸血鬼の行為って」

「あの。白瑠さん。その話はやめませんか。本当は知りたくないでしょ?」

「…………うん、だよね。うん。やめようか。うん」


あたしは話題を粉砕する。これは嫌だ。至極嫌。沈黙より気まずすぎる。

白瑠さんも認めて頷く。

また沈黙。


「うんっ!やっぱり知りたい!椿がアイツに何回犯されたとか!どう攻められるとか!どう愛撫されるとか!どんな喘ぎ声をだすと」

「やめてくださいってば!もうっ!」


ぐるりと振り返って白瑠さんはズバスバと言ってきた。あたしは真っ赤になって耳を塞ぐ。


「もうっ……可愛いなぁ椿はほんとっ………でもアイツが赤面させてると思うとムカつく」


そんなあたしの頬を優しく両手で包み恍惚な表情ではしゃいだかと思えば、今度は憎たらしそうに怖い顔をした。

白瑠さん絶賛暴走中。


「あぁの、白瑠さん?」

「幸樹に言われたから堪えたけど、でも…やっぱり……ムカつくんだっ!!」


 ドガッ。

あたしの後ろにあった壁に、クレーターが出来る。あたしは身体を強張らせて息を止めた。

ひ、ひやあ……。

こんな間近に粉砕攻撃を受けたことはなかった。かすってもいないが怖い。怖い技だ。頭粉砕されたらヴァッサーゴだって治せないだろうな…。


「…ごめん」


ぽすん、とあたしの肩に白瑠さんの頭が置かれる。今度は落ち込んだ。

それからキュッと抱き締めてきた。


「臭いが染み付いてるのもムカつくしさぁ…この唇奪ってると思うと…君の声で……っ」

「白瑠さん…」

「……。よし、話題変えよう」


押し退けようとすれば、白瑠さんはすんなり離れて仕切り直す。

…やっぱり変だな、白瑠さん。


「調子はどう?黒の集団としての方」


テクテクと先を歩き出す白瑠さんのあとをあたしも歩いていく。


「黒の集団としては、不調です。弟君を見付けられたら集団として目的を達成しないと」

「目的ぃ?」

「はい。コクウの目的は打倒番犬らしいです」


口にして思い出す。白瑠さんは番犬は死んだと断言した。死人を探すコクウを嘲笑うだろう。

番犬の剣。白瑠さんから貰ったと話し忘れてた。白瑠さんに訊いてみよう。情報が入るかもしれない。

訊こうとした。

だけど訊けなかった。


「アイツ、番犬を狙ってんの?」


振り返った白瑠さんは、目を丸めている。


「それはまずいなぁ…」

「え?」

「それはまずいよねぇ」


あたしは首を傾げた。

自分の顎を指でいじり、白瑠さんは意味深に呟く。なんだ?


「うん、まずいよぉ。椿にとっても」

「…なんなんですか、はっきり言わないと怒りますよ」


「怒った椿ちゃんは可愛い」とにこっとからかうからあたしは脛を蹴り飛ばした。ダメージなし。


「番犬はぁ、しぃーのちゃんだよぉ。しーのちゃんが番犬なんだ」







   は……?


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