悪魔遊々
「やぁ!奇遇だね、お茶しない?」
幸樹さん見送った後、あたしは宣言通り情報収集に出掛けた。
ウルフの昔住んでいたアパート近くで、声をかけられて振り返ればいつぞやの灰色頭の男。
赤い目。正真正銘の悪魔の契約者。
ああ、しまった。
ジェスタにこいつのことをチクリ忘れていた。こいつを売れば吸血鬼達に受け入れてもらえるかしら。
「そうだ、そこでお茶しよう。そうしよう」
「ちょっと」
「まーまー、悪魔同士話し合いたいことがあるみたいだからさ」
「え?」
冷めた目を向けていたが、灰色の男は強引にあたしの腕を引いた。
妙なことを言うものだから、怪しむ。
おい…ヴァッサーゴ?
あたしは中にいるヴァッサーゴを呼ぶ。返答はない。
そう言えばこの男にはもう二度と会うなと言っていたな。
なんなんだ?
「いや〜、君とお茶が出来て嬉しいな〜」
「………」
ニコニコ、向かいに座る灰色の男は笑みであたしを見つめる。
「悪魔同士の話って言われてもね、あたし興味ないわ。もういいかしら?」
「せっかちだね」
「用事があるのよ」
「お茶する時間くらいあるだろう?」
男は薄く笑う。その薄笑いが赤い目を妖しく魅せた。
「殺し屋だっけ?」
「貴方もでしょ」
「また雰囲気変わったね」
「雰囲気?」
「最初はかわいー感じ、二回目は刺々しい感じ、今回は……ちょー愛しい感じ?」
「………」
あたしを覗きこんで述べる。
妙な印象を持たれたな。
「もう行くわ」とあたしは席を立ったが、目の前に小さな少女が立ち塞がっていて通れない。
真っ白な少女。
長髪も肌もコートも真っ白で、瞳が赤。まるで白うさぎを連想させる容姿の少女は、あたしに感情の込められていない赤い瞳を向けた。
ズキッ、と撃たれたように頭に痛みが走りあたしは倒れる。
忽ち、あたしの頭上にヴァッサーゴが現れた。そして威嚇する。
「だから、悪魔同士話すことがあるんだからお茶しよう」
男は笑った。
おい、ヴァッサーゴ。どうゆうことだ。
あたしは起き上がってヴァッサーゴを呼ぶ。
ヴァッサーゴはテーブルから降りて少女の姿の悪魔と向き合った。
睨み合いの末、悪魔達は離れて別の席に向かってしまう。
「へぇー、かわい娘ちゃんはイケメン好きか」
「アンタはロリコンか」
「あーごめん、サミジーナが頭痛を起こしちゃって。あの娘は短気なんだ」
ヴァッサーゴを気にしつつあたしたは目の前の男を睨み付ける。
サミジーナ。それが悪魔の名前か。
おい、ヴァッサーゴ?聴こえてるか?吸血鬼を敵に回すようなことすんなよ。
あたしは一応念じてみた。
多分聴こえているだろう。
「悪魔について知識はある?」
「…?」
「悪魔は万能の知恵を持っている。それから個々で特別な能力を持っているんだよ。サミジーナは死者を甦らせる、オレも甦らせてもらったんだ。君のヴァッサーゴは過去と未来がわかる、そうだろ?」
初耳だ。あたしは少しだけしかめて男を凝視する。
悪魔の能力?
吸血鬼を上回る力だけではなく、吸血鬼と同じくここに能力があるのか。
サミジーナは死者を甦らせる。
この男は一度死んだのか?
ヴァッサーゴは過去と未来がわかるだと?初耳だ。
「ヴァッサーゴのその力が必要なんだ。手を貸してくれないかな?かわい娘ちゃん」
ヴァッサーゴの過去と未来を見る能力が欲しい。何の為に?
悪魔の契約者の目的は、吸血鬼の殲滅しか思い浮かばない。
「断る」
「断るっつってんだろ!」
ほぼ同時に、離れたテーブルにいるヴァッサーゴが声を上げた。
「そっか、残念だな、楽しいのに」
「楽しい?」
「吸血鬼と戦争だなんて、これ以上ない相手だとは思わない?」
楽しげに男は薄く笑いかける。
吸血鬼との戦争。それを楽しむつもりなのか。
「ここはオレが持つよ。じゃあまた会おう、かわい娘ちゃん」
お金を置いて、男は立ち上がり、ヴァッサーゴ達の方へ向かう。
少女を抱え、いなくなった。
「ちぃっ」
一瞬にしてヴァッサーゴは隣に移動してきて盛大な舌打ちをする。
「彼ら何を企んでるの?」
「………」
「吸血鬼と戦争だってわかるけど、なにかヤバそうじゃない?」
ヴァッサーゴは不機嫌にしかめたまま何も言わない。
これは早くジェスタに伝えた方が良さそうだ。吸血鬼達の信用を得る絶好のチャンス。
「貴方、過去も未来も見れるの?」
「………」
思い当たる節がいくつかある。
ヴァッサーゴはあたしに住み着く前の情報をいくつか握っていた。それはてっきりあたしの頭の中にいるから、記憶を見たとばかり思ったが。
思えば彼は篠塚さんに"お前を知っているぞ"とかなんとか言ってたらしいし、彼の過去を知っているのか。
「おい、椿」
「なによ?」
「警察、乗り込むぞ」
「は?」
「警察に潜入しようぜ」
ニヤリ、笑ってくるヴァッサーゴに口をポカーンとする。
「何を言い出すのよ?ウルフのことを調べに来たのに…ていうか、質問に答えなさいよ」
「だぁかぁらぁ」
クククッ、と機嫌が直ったのか喉の奥で笑ってヴァッサーゴは言った。
「犬ッコロを調べに行くんだよ」
犬。狼。番犬。
ヴァッサーゴが言う犬ッコロがどれを差していたのかわからないが、番犬に繋がるならとあたしは暇潰し感覚でヴァッサーゴの提案に乗ることにした。
一度コクウの部屋に戻って必要なものを取りに行ったら、コクウはいなかったので書き置きを残す。
ニューヨークにいってくる、と。
「あら、レネメン」
「黒猫」
「暇ならニューヨークまで送ってくれない?」
「仕事か?いいぜ」
オフィスに降りればレネメンが丁度出掛けようとしたので捕まえた。レネメンもニューヨーク方面に行くそうだ。
「仕事じゃなくて、犬探しよ」
「番犬か?手掛かりが?」
「さぁね、わからないわ。とりあえず調べてくる、ナヤもお手上げみたいだしね」
車の中であたしはレネメンに話して笑う。運転しながらレネメンも笑った。
「ナヤの仕事を手伝うのか、熱心だな」
「進展がないんだもの、苛ついて殺戮を始めちゃうわ。ナヤをショーに招待したら?」
「ははは、そうする」
談笑しながらなので退屈せずに済んだ。
「ナヤ以外に仕事はないの?」
「今んとこないな。黒が何か企んでいるだろう」
「でしょーね」
なんてったって、策略家だもの。彼は。
きっと何か策略を練って、機会を伺っているのだろう。
「そう言えば、遊太が日本に戻ったぞ。家族に会うとかで」
「そうなの?…ふーん」
あたしの帰国に便乗して、蓮真に会いにいったのか。弟大好きっ子だなぁ…。
行くなら行くと行ってほしかった。
謝罪と携帯電話…。
あ、蓮真君ならきっとあたしの携帯電話を遊太に渡してくれるだろう。遊太もあたしが無事だと話すだろうし。ならいっか。
レネメンに送ってもらい、ニューヨークへ到着。
レネメンからオススメの店を聞いて、スーツを購入した。それを着て、ショートヘアのウィッグを被る。
「胸元は開けた方がいいぞ」
「必要ない。…で、どうすんのよ?警察署なんてきて」
ニューヨークの警察署前。
警察嫌いのこのあたしを警察署に連れてくるなんて、なに考えてんだか。
「資料室に行け」
「………これ、本当に番犬に関することよね?吸血鬼を滅ぼすためじゃないわよね?」
「ちげーよ。誘いは最初っから断ってた。これからだってあのロリコン悪魔の手伝いなんかする気ねぇよ」
「……」
過去も未来も、みえる悪魔。ヴァッサーゴ。
「アンタ、戦争に参加してなかったのよね?それは何故?負けるって知ってたから…?」
あたしは問い掛ける。
吸血鬼と悪魔の戦争に参加しなかったとヴァッサーゴは何度も言っていた。理由は知らない。
ヴァッサーゴは少し沈黙してから、笑いだす。
「オレが見えるもんは、目の前に在るものだ。過去や未来……野郎やアマやその場所で見える」
ただそれだけさ。
そうヴァッサーゴは笑いを含みながら言う。
「未来ってゆーのは、選択次第で変わって行くんだよ。負けるって知っても、勝ちに持っていけたさ。選択次第で未来は決まるんだよ」
選択、次第。
「悪魔どもは自分の能力が他の奴等より優れてる思い込み野郎ばっかだ、戦争時はオレの能力なんてすがんなかったぜ。戦争っつーより、吸血鬼狩りだったからな」
ケタケタと、ヴァッサーゴは嘲笑う。
確かに、吸血鬼は追い込まれていた。だからコクウが身を売って人間に協力を求めたのだ。
そのことを予知して阻止すれば、勝利したのは悪魔で吸血鬼は滅んでいたかもしれない。
そんなヴァッサーゴの能力を他の悪魔が欲しがっている。
本格的に動いていると言うか?
吸血鬼の殲滅。
「何故勝たせなかったの?悪魔を」
「興味ねーんだよ、どうだっていい。つか、さっさと入れよ。サツの溜まり場にはいんのがそんなに怖いのか?」
警察嫌いなだけだ。
大量殺人鬼が警察署に入りまぁす。
あたしは答えを聞くのを止めて階段を上がってニューヨークの警察署の中へと入った。
初めてアメリカの警察署に入ったがあまりキョロキョロせずに堂々と歩く。
どうやら溶け込めているらしい。
胸元のポケットにはID。そのIDに記された肩書きはSP。
名前は適当にキャット・ブラックと記されているが、正式に発行されたものだ。
「Cat・Blackとぁ、なかなかいいんじゃねーか」とヴァッサーゴはケタケタと笑う。
雇い主が「キャット!キャット!」と偉く名前を気に入ってたっけ…。
「キャット」
「!?」
その名で呼ばれ肩を叩かれた。思わず肩を震わせて振り返る。
そこには顎髭の二枚目の男。
「まさかこんなところで会うとはな、キャット」
「……エリック」
正直名前を忘れていたが胸のIDでなんとか彼の名前を思い出せた。
「なにやってんだ?本業に戻ったんじゃないのか?」
「野暮用でね。貴方こそ何故ここに?」
「私も野暮用さ」
ニッ、とエリックはそう返す。
「アンタが消えてボスは残念がってたぜ?」
ボス。彼の雇い主。
あたしのかつての雇い主。
…まぁ、半場強引に雇われたのだけどね。
アメリカの有望視され次期大統領と噂されているミリーシャ・ビアンキが雇い主。
異例の若さの上に女性だ。
国民に圧倒的に指示されてはいるが、現大統領含め他の政治家はもう反発。その故に命を狙われていた彼女は、イタリアでマフィアを殲滅したあたしの噂を聞き、なんと殺し屋を護衛につけると言い出した。そしてあたしはギリシャで捕まり、半場強引に雇われたのだ。その時のID。
あたしは彼女が暫く国を転々すると聞いて、転々しながら稼げるならと引き受けた。
「あのオバサン、えらくお前を気に入ってたよなぁ」とヴァッサーゴが記憶を振り返ってきている最中に割り込んだ。
確かに、気に入られていた。
何度も殺し屋を辞めて自分専属SPになれと言われたっけ。
ミリーシャは苦手だ。
「キャット。お前は、なにを悲しんでる?」
酒に付き合えと無理矢理酒の入ったコップを持たされた際、言われた。彼女はもう既に出来上がっていたが、真意に迫る目をして問い掛けてきた。
「いつも冷めたような眼で誰かを探すように他所に目を向けている。時々、虚ろで憂いていて儚げだ…」
多忙のくせに、よく人を視ている。観察力、見抜く力、大統領に必要だな。とは軽口言えるほどその頃のあたしは余裕なかった。
「まるで殺しをして何かから逃げているみたいだ。お前は一体何から逃げたい?何を忘れたいんだ?ん?おねーさんに言ってごらん」
にぃこーと酔っ払いは迫ってきた。
「何を強がってるのよ、キャット。お前─────ボロボロじゃない」
あの人は苦手だ。
抜かりはないし、人をよく視ているし、リーダーシップも十分ある。大統領に相応しいだろう。それは認める。
だけど、苦手なのよね。
気に入ってくれるクライアントはどいつもこいつも一癖あって苦手だ。
「ミリーシャさんには殺りがいある刺客がくるからなかなかいい仕事だったわ」
「専属SPになりゃいいじゃないか。殺しが出来なくなるだろうが」
「殺しが出来ないのはちょっとね」
隣にエリックがいるおかげで更に溶け込めた。うむ、問題なく済みそう。
ミリーシャの刺客は軍で鍛えられた者ばかりで本当に気が緩めなかったな…。
「冗談抜きで、ボスは雇いがってるぜ。真剣に考えてくれないか?」
あたしの腕を掴み、エリックは歩みを止めさせて言う。
「キャットの腕前なら優秀なSPになれる。ボスも気にいってるし、収入も弾むだろう。…戻ってこないか?」
「………」
あたしは少し考えて、左右に目をやりすれ違う警官達が盗み聞きしていないかを確認してから答える。
「あたしは殺し屋よ。自分を守る者が欲しいのならば、狩人を雇ってと伝えておいて」
いい仕事に違いないだろう。
だがあたしは殺しをしなくてはならない中毒者。ホリック。
「あぁ…そうね。オススメはゼウスとポセイドンよ。彼らは腕が立つわ」
「……そうかい、ちゃんと伝えとくよ」
狩人を口にしてあたしは思い出した二人のことを勧めた。エリックは仕方なさそうに笑う。
「あ、そうだ。ボスから伝言」
「ん?」
「黒の殺戮者との結婚式には呼べよだってさ」
「…っ」
ミリーシャからの伝言を聴いて顔をひきつらせる。
エリックは笑って、背を向け手を振って行ってしまった。
…あの人、苦手だ。
てか、何処。資料室は。
「そこ左」
うい。
あたしは左に曲がり、資料室に辿り着いた。問題はSPのあたしが無事に資料室から出れるかどうか。
それで?
何を探すのよ?ヴァッサーゴ。
「五年前の未解決事件」
五年前。
ウルフと番犬が消えた頃か。そして白瑠さんとコクウが会った頃でもある。
あたしは段ボールが詰まれた棚でいっぱいの資料室の奥に入った。五年前の日付が記された段ボールを探す。多いなぁ…。
「見付けた、そこだ」
「え?」
あたしは首を傾げる。なんでわかるんだ?
曲がってみれば確かに、五年前のファイルが在った。
「五年前の、全ての未解決事件を調べるの?」
「見せてやるよ」
ぶわぁあ。
黒い煙があたしを囲う。黒い悪魔の両手があたしの目を塞がった。
塞がれたのに、目の前の景色が映る。
ファイルが詰め込まれた箱を、一人の男が棚に押し込んでいた。そばにはもう一人いる。二人とも警官の制服を着ていた。
「しかし、なんだろうな?犯罪者や一般人が殺されていく犯人不明の事件。全く犯人の手かがりが掴めないなんて」
声が聴こえてくる。
「犯人はプロの殺し屋か?国家が機密に育てたやつだったりして」
一人は面白がって笑った。
「────くだらねぇ」
箱を片付けたもう一人は、冷たく吐き捨てる。
その目付きも、冷たく感じれた。
知っている人物なのに、まるで別人に映る。
彼と目が合う。
実際は合ってなんかない。
彼にはあたしが見えていない。
これはヴァッサーゴが見せている過去だ。
目が合っても、やっぱり別人に見えてしまう。
目の前の景色は、跡形もなく消えていった。
現在に戻る。
「今の……篠塚さん?」
あたしは今見た彼の名を口にしてヴァッサーゴに確認した。答えを聞かなくてもわかっているから、放心状態。
「…五年前の、篠塚さん…」
あたしは前に篠塚さんが言っていた言葉を思い出す。
…恥ずかしい話、過去の俺は真面目な警官ではなかったらしい。欠勤ばかりでろくに愛想もない奴だったと同僚に散々からかわれた。そんな俺が刑事に昇進。人間は変われるんだ、椿
あれは。
記憶を失う前の、篠塚さんだ。
記憶を失うとこうも違うのか?
ああも違うのか?
あの篠塚さんが、あんな目をしているなんて。
熱心に殺人犯を追い、正義を貫く優しい刑事のあの人が。
あんな冷たい目をして、興味なさげに吐き捨てるなんて。
記憶がないだけで、どうしてそんなに違うのだろう。
「人格ってゆうのは、周りの人間と育てる親の影響や住む場所と生活で作り上げていく。記憶をリセットすりゃあほぼ人格もリセットされる」
思考を聴いてヴァッサーゴが答える。
「五年前はまじでまともな警官じゃなかったのさ。よく欠勤するしたっぱのクビ寸前のダメ警官だった」
あたしの足元にある影が伸びて、箱に手の形の影が現れた。ヴァッサーゴの手だ。
可笑しそうに、可笑しそうに、可笑しそうに、ケタケタケタと笑う。
「あのダメ警官がしまった事件のファイルはな、全部"番犬"が殺ったもんさ」
「…番犬が殺ったの?」
「たった一部違うがな」
「………この事件を元に、番犬を追うの?」
ヴァッサーゴの力で。
それならばウルフを追わなくても済む。遠回りしようとしたが短縮できる。
ねぇ、何故急に手伝う気になったの?
あたしはヴァッサーゴに訊いた。
あたしに能力がバレたから?
「んだよ、手伝わなきゃよかったか?別にいいんだぜ?お前のカレシが困り果てればいいさ」
ヴァッサーゴの憎まれ口にあたしは追及するのをやめる。
追及しても無駄だろうな。
「オッケー。どれの事件で追う?」
「五年前の事件で一番新しいのだ」
あたしは箱を棚から下ろして、その新しい事件の資料を取り出す。
この殺人現場に行けば、ヴァッサーゴの力で番犬の外見がわかる。それから過去の彼を追う。そうすれば生存しているかどうかもわかるだろうから。
資料を暗記してから元に戻し、あたしは警察署を後にした。
これで一歩前進。
ナヤは大喜びすると思うが、悪魔の話は出来ないからコクウにだけに話して、それから調べよう。
このまま帰ると帰る途中で殺戮を始めそうだから、ついでに仕事をしておくか。白瑠さんと来た際に仕事をくれそうな人を教えてもらったから適当に訪ねてもらおう。
「お前そろそろどっかり構えて、舞い込む仕事だけしたらどうだ?かの有名な、紅色の黒猫だぜ?」
おちょくるようにヴァッサーゴはお喋りを始めた。
「仕事は選ぶ?殺せりゃ誰だっていいだろうが。知名度あり、腕もまぁまぁあり」
「あのさ…何が言いたいの?あたしが自分で仕事を探すことに文句あるの?やけに煩いわね、吸血鬼に存在を知らしめたから」
「単に椿とお喋りをしてるだけさ」
あらそう。
あたしは気にせず、ヴァッサーゴの話を聞いて適当に返す。
妙に引っ掛かるが、近場の依頼人の元に向かう。
建物の前に来て、気付く。
血のにおいがする。
建物の中からする。誰かに殺されたのか?
血のにおい。それから…これは何のにおいだろうか?
あたしは階段を上がって中に入った。
ん、吸血鬼の気配。
ああ、そうだ。このにおいは、絵具。
血の香りが充満した部屋は、吸血鬼の食後───血を吸われて死んだ人間が転がっていた。
その死体に囲まれて、一人男が椅子に腰かけている。
手にはパレット。もう片方には筆。絵を描いている。
あたしは歩み寄って彼に近づく。
「何を描いているんです?」
「君さ」
静かに声をかければ、穏やかな声が返ってきた。
ブロンドの長い髪を黒っぽいリボンで一つに束ねた男の吸血鬼。覗いてみれば確かにあたしが描かれていた。
紅いドレスのあたし。
あの晩餐会のあたしだった。
「血を混ぜると君にぴったりの紅になるんだ。嗚呼、すまないね。レディの前で食い散らかしたままで」
「…いえ、御構い無く。もう見慣れました」
男の口元は血が滴っていたが、あたしは気に留めず、絵を眺める。
紅い瞳と紅いドレスの少女。
背景は黒い霧に包まれたように真っ黒。少女は妖しげに佇む。
彼の目には、こう映ったのか。
「晩餐会でお会いしましたか?」
「ああ、僕もいた。離れていたから君には見えなかったのかな?僕はアイルス」
「あたしは悪魔憑きの黒猫です」
アイルスという名の吸血鬼は、手を止めずに笑う。
「君は面白いね。コクウはこうゆう娘さんが好みなんだね」
「そうらしいです」
ふと思い出す、あれヴァッサーゴがまた黙ってる。…まぁいいか。
どうやらこの吸血鬼はあたしを嫌ってはいないようだ。
「何故あたしの絵を描いているんですか?」
「絵を描くとね、また会えるんだ。だから僕はまた会いたい人の絵を描く」
「ふぅん。あたしに何故会いたいと思ったんですか?」
「魅力的だからかな」
グチュグチュと赤い絵の具と血が混ざりあい、紅いドレスを染める。
それを眺めながら、穏やかな声を発する吸血鬼に耳を傾けた。
「コクウが悪魔が憑いていても愛してると言って守る娘だし、あのヴァンストが殺さずに引き下がったからかな」
「それって珍しいこと?」
「悪魔は見つけ次第始末してきたんだ。どの吸血鬼だってそうするさ。君が堂々と言い退けるから聞き入れたんだ」
「あたしのこと信じてくれたの?」
「少しね。じゃなきゃヴァンストが引き下がったりしないよ」
ふぅん。
「僕らにとって、たった一匹でも悪魔は脅威なんだ。僕らは生存しようと必死だから。晩餐会の無礼はどうか許してほしい」
「いえ、あれはこちらが悪かったんです。悪魔がいるのに晩餐会に邪魔してしまったから。お気になさらずに」
好印象の吸血鬼だ。
「君は礼儀正しいんだね」と初めてあたしに顔を向けてアイルスはわらいかけた。
ふと、余所に目を向ける。
「コクウは一緒じゃないのかい?」
「はい」
「それはまずいなぁ…」
ぼやきながらも、また絵と向き直るアイルス。
あたしも気付いて周りに目を向ける。
「どうしたものか…」
殺気と共に蠢く気配。複数だ。
「どうする?ミス黒猫。僕も自分の身が可愛い、迂闊に君の味方はできないんだ」
ピシッ。
亀裂の音。次の瞬間、天井が崩壊した。
あたしは直ぐに建物から出る。
そこに待ち構えていた吸血鬼が、腕を振った。
受け止めたのが間違い。
吸血鬼の怪力を忘れていた。人間と比較してはならない。
文字通りあたしは殴り飛ばされ、崩壊した建物の中に叩き込まれた。
「ちっ…」
あたしは起き上がり、体勢を整える。
「お前、吸血鬼を誘き出すためにくっちゃべってたのかよ?」
ヴァッサーゴに訊く。ヴァッサーゴは肯定するように笑った。
半崩壊した建物に、吸血鬼達は降り立つ。囲うような四つの影。
アイルスは隣の建物の屋上で絵を描き続けている。
「誰に聞いたかはわからないけど、その娘に手を出すとコクウが怒るよ」
アイルスは描きながら、吸血鬼の一人に言った。
古びた軍服を来た若い男が、あたしを一点に睨み付ける。…コイツは絶対に見たことないな。話からして晩餐会にはいなかったのだろう。
他の吸血鬼も軍のような服を着ているが、やはり古い。まるで戦場から来たかのようだ。
「お引き取り願いましょうか。あたしは貴方達とやりあう気はありません」
あたしは立ち上がり、敵意がないことを示すために両手を見せる。
スッ、と男があたしに掌を向けた。
「逃げた方がいいよ、ミス黒猫」
アイルスの言葉とほぼ同時。
何かがあたしに向かってきた。
風を切り、風が。
反応が遅れた。
が。
あたしに突っ込んでそれから避けた。あたしのいた場所は抉られている。
「…コクウ」
あたしを抱き締めて避けたのは、コクウだった。
「やぁ、久しぶりだね。百年ぶりだっけ?クラウド」
「……失せろ」
挨拶もせずにクラウドと呼ばれた吸血鬼が掌を向けて、また鎌鼬を放つ。
コクウはあたしを抱えたまま余裕に避けた。
「てっきりお前は死んだとばかり思っていたなぁ」
バン。鎌鼬が瓦礫を削る。
「あ、ミランラが五十年前くらいに会ったとか言ってたなぁ」
軽やかなステップでコクウは避けた。
「ねぇ、コクウ」
「なんだい?椿」
「あたしを安全なとこに下ろして、古い友人の相手したら?」
「俺の傍以外に安全なとこなんてないだろ?マイハニー」
「彼らを追い払えばましだと思うわよ」
猫なで声で呼べば、微笑んでコクウは答える。いや、降ろせってば…。
この状況をなんとかしろ。
「!」
二体の吸血鬼がコクウを挟んだ。コクウは一方の攻撃をかわし、もう一方を蹴り飛ばした。
だがそれは囮。
目の前にまた鎌鼬が迫っていた。
今度は避ける余裕なんてなかったコクウは、あたしを守るために背中で受け止める。
鎌鼬が背中を切り裂く。内蔵まで届いたのか、コクウが血を吐いた。
大ダメージのようで、コクウは膝をつく。
「コクウ…!」
彼の肩を握り締め、あたしは立ち上がり吸血鬼を睨み付ける。
「ざけんなっ!!コクウを傷付けるなっ!」
怒鳴り声を上げれば、ヴァッサーゴが表に出て、吸血鬼達に攻撃をした。
吸血鬼達は怯み、距離を置く。
「アンタらは同族を殺すのか!?てめぇらはどれだけコイツの身体を傷付けるんだ!」
「……椿…」
怒り任せに叫ぶ。
徐々に回復をしているコクウがあたしを見上げる。
傍観したアイルスが、口を開く。
「引くべきだ、クラウド」
「………」
クラウドはアイルスを睨み付ける。彼の部下であろう吸血鬼は後退りしていく。
明らかに戦意喪失。
舌打ちをして背中を向けたクラウドは消えていった。他の吸血鬼も消え、ヴァッサーゴはあたしの隣に立つ。
「クククッ…アイツには要注意だなぁ」
「お前な……」
ギロリ、とあたしはヴァッサーゴを睨み付けていたが、頬に手を当てコクウと顔を向かい合わせられた。
「椿ったら、俺のために怒ってくれるなんて…嬉しいう?」
「勘違いするんじゃないわよ。約束を忘れたわけ?あたし以外に傷つけられるなっていっただろーが」
「う…ちょっと、やだな…ハニー。君を守るためだったんだ」
「あぁ?ぁんだって?」
「…ごめん、ハニー。俺の身体を好きにしていいのは君だけだよ」
恍惚の顔で顔を近づけたコクウの頬と髪をわし掴みにして吐き捨てる。
「一言いいかな、また口調が悪くなってるんだけど…いたたたっ」コクウがなにか言っている気がするが、髪の毛を引っ張って思考した。
庇われるのは本当に、気分が悪い。
死ににくい吸血鬼でも、膝をついて吐血をして、酷かった。
「んなマゾ彼氏なんて捨てちまえよ」
「おい、V。やめてくれるか?椿を追い込むのはさ。俺と別れるように言うのもやめてくれ」
「なに?悪魔と吸血鬼と人間の三角関係?」
「まさかっ!アイルス、絵は描けた?」
「それ椿?」
「そう、君のハニーさ。まだ描けてない」
「描けたら見せてちょうだい」
「ああ、喜んで」
「俺も、アイルス」
首に絡み付くヴァッサーゴと血塗れのコクウを引き剥がしてアイリスと話す。彼の醸し出す穏やかな雰囲気に随分落ち着いてきた。
「あのクラウドって奴、能力持ち?」
「そうそう。晩餐会には一度も顔を出してない、気難しい奴さ」
一度も顔を出していない吸血鬼。
悪魔は見つけ次第始末してきたんだ
僕らにとって、たった一匹でも悪魔は脅威なんだ。僕らは生存しようと必死だから
アイルスの言葉を思い出す。
こうなるのは当然。
減り続ける存在の吸血鬼は生き延びるしかない。容易く吸血鬼を葬る悪魔は天敵。
天敵を排除して生き延びる。
吸血鬼の手段。
「大昔の軍服からしてアイツぁ、戦争を引きずってるんだな」
あたしの肩に頬杖をついてヴァッサーゴは嘲笑う。
「では、僕は帰るよ」とヴァッサーゴの言葉なんて聴こえないフリをしてアイルスは先に去った。
「さて、俺達も帰ろう」
コクウは微笑んで言う。
「なんでまたニューヨークに来たの?椿」
「番犬について調べてたの」
「そぉなんだ、収穫はあったの?」
「ええ」
「ほんと?」
手を繋いで帰り道を歩く。
話せばコクウは食い付いてあたしの顔を覗いた。あたしはしれっとしてそっぽを向く。
「ねぇ、椿。教えてよ」
コクウはあたしの肩に腕を回して、耳元で囁く。あたしはあえて反応しない。
「ねぇ、椿」
あたしはそっぽを向く。
「椿ぃ」
コクウは聞き出そうと必死にあたしの気を引こうとする。
「何すれば教えてくれるの?椿」
「んー?」
「なにくんだらねぇやり取りしてんだ」
「………」
「…V、邪魔もしないでくれないか?」
ヴァッサーゴとコクウの仲がなんだか険悪になってきているような気がする。
気のせいかしら?
「てゆうか、コクウ。車は?」
「え?飛んできた」
こっから歩いて帰ると言うのか。
「もうだめだよ、椿。俺から離れちゃ。君はVのせいで吸血鬼に狙われてるんだから」
コクウはあたしの頭を撫でる。
「わかったわ。とりあえず、車で帰りましょう」
三日後。コクウの部屋のベッドで目を覚ませば、隣にコクウはいなかった。
これは…なんだろう?
「コクウの部屋から出るなってことかしら」
「知るかよ」
自分から離れるなと言っておきながら、あたしを置いて外出してしまったらしい。
気にしても疲れるだけだからあたしはベッドから降りてシャワーを浴びる。
着替えて、朝食を摂るためにオフィスへ。
予想通り、朝食は用意されていた。
あたしはマフユを呼んで、まずは餌を与える。
カチャ。
あたしの頭に銃口が突き付けられた。
あたしの背後に立つ気配の主はよく知っている。
あたしは振り返る。
愛用している黒のリボルバーを突き付ける彼は、殺気を放ち憎むようにあたしを睨み付けた。
でも─────────────────────那拓遊太は悲しそうな苦痛の表情だった。
いつもは活動報告の方に書かせていただいてますが、久々に後書きを書きます。
白瑠さん達とも再会できて満足ですっ。
夏休みだから結構楽しく執筆しております。夏休みのうちに進めれるとこまで進めたいと思います。
今回出てきた吸血鬼達は人間達と全く関わらない悪魔を深く恨む者達です。椿ちゃんをこれからも襲う。かも。
今回は遊太が銃を向けて終わりましたが、これから帰国をして蓮真君捜しです。
そして白瑠さんまた登場。
白瑠さんと行動して、そしてコクウと正面衝突になるでしょう。
次は『頭蓋破壊屋復活』
裏現実シリーズを覗いていただき、ありがとうございます。皆様。
これからも暇潰しに覗いてください。よろしくお願いいたします