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闇色の晩餐会

そこは美しく。

危険な晩餐会。





「どうゆうことなの!その情報は流さないって約束でしょっ!!」


 黒のオフィスにあたしの怒鳴り声が響く。


「ボクは流してない!流してないよっ!約束は守ってるよ!多分この前襲撃した奴らが漏らしたんだ!こうなるならボクが流したかったよっ!!」

「だまらっしゃい!」

「ひぃいっ!」


自分は無罪だと声を上げるナヤに投擲ナイフを叩き落とせば、悲鳴を上げて離れた。

ギロリ、机の上に座るコクウに目を向ける。


「しょうがないだろ、もう流れちゃったもんを揉み消せないさ」

「コクウ!!」


呑気に笑うコクウにあたしは怒り任せに怒鳴り声を上げた。


「キーキーと声を上げるな。遅かれ早かれバレることだろ、お前が黒の集団に属してる事実は」


そこで口を開いたのはカロライだ。

確かにその通りだ。あたしは怒りがおさまらなくて椅子を蹴り飛ばす。


「別にいいだろ、たかが属していることが周りに知られただけだろう。なにか支障があるのか?」

「…っ」


大有りだ。

篠塚さんに秀介に、知られるのは不味い。

幸樹さんに白瑠さんに…知られるのは。


「そうだぜ、椿。黒猫は黒の集団に属してて、黒の殺戮者と付き合ってるって、裏現実で暫く噂されるだけじゃん」

「え」


遊太にさらりと言われた言葉がすぐには理解できずに停止する。

「うぉおおおっボクがチクりたかったぁあ」と嘆くナヤの声は聴こえない。

両手で頭を抱えて絶句する。


「ん?どうした、紅公。金持ちの令嬢が付き合っちゃいけねー男と付き合ってるとお父様にバレちまった時の顔みたいだな」


酒を買い込んで帰ってきた蠍爆弾があたしを笑った。数秒絶句したままだったが、投擲ナイフを彼に放つ。


「い、いきなりなんだっ?」

「はっはっはー、おもしれっ」


嗚呼、なんてことだ。

秀介の耳にもその情報が入るだろう。それなら今さっき秀介に会ってあたしから伝えるべきだった。

知ったら彼はどうするだろうか?

真実を確かめにここに乗り込んでくるだろうか。

白瑠さんはどうするだ?

これであたしの居場所は確実にバレた。コクウと付き合っている情報も彼らの元に届くだろう。

そうしたら、あの人達はどうするだろう?


「椿」


後ろから名前を呼ばれる。

落ち着かせるように静かに、背後からコクウが呼んだ。


「今日は疲れただろ?寝よう」

「………」


手を引かれて、コクウの部屋に戻された。

その日、全然眠れなかった。




 日本にいる松平兎無さんに連絡をとって、確かめれば日本でもそれは流れていた。

既に彼らにも届いているだろう。

あたしは三日間、コクウの部屋の隅に膝を抱えた。

何も食べず、何も飲まず、誰とも口を聞かずに。

彼らにも、その情報が届いているはずなのに。

彼らが動いている情報はあたしに届かない。

頭蓋破壊屋も白の殺戮者の目撃情報もない。

秀介は乗り込んでも来ない。

それが意味するのは、無関心。

見捨てられた、見放された、忘れ去られた。


「っ……」


覚悟していたことだったのに。分かりきってたことなのに。

 白くん達は捜すのやめちゃったし。

忘れ去られてしまったことが、悲しくて辛い。苦しい。

白瑠さんはコクウと居ることを付き合っていることにも怒りも関心も示さない。

あたしの存在なんて無視。

捜しに来て。

迎えに来て。

見付けて。

そんな身勝手な願いを抱いていた。

本当に身勝手なことを思って、逃げ回りながら待っていたんだ。

悲しくても、虚しくても、これがあたしが選んだ結果だと諦める。

諦めきれずこうやってくよくよしてる。

 あともう少し。割り切るから。誰も近付くな。誰とも話したくない。もう少し。独りにして。

それがあたしが最後に口にした言葉。

怒鳴って言ったのか弱々しく言ったのかさえ覚えていない。

秀介はどうしているんだろう。もう呆れてしまったのかな。それがいい。それでいい。彼の為にも。

あたしなんか忘れて欲しい。

 椿さん、おかえりなさい。

幸樹さんの声。

 お嬢おかえり!!

藍さんの声。

 つーちゃんおかぁりぃ。

白瑠さんの声。

 おかえり。

もう言われない言葉。

込み上がる感情。忘れなくちゃ。

忘れないと、押し潰される。

痛い。苦しい。嫌だ。悲しい。

忘れるんだ。

この感情を、思い出もなくしてしまえ。

 タッ。

音がした。気配を感じた。

反射的に、ナイフを振るう。

獣の悲鳴に目を丸める。

暗がりの部屋。月光で見えたのは、マフユ。倒れた黒猫。血を流す黒猫のマフユ。

切り裂いたのはあたし。

深く切り裂いた。マフユは虫の息。

震えた手で、傷口を触る。押さえて止血しても助からないのは一目瞭然。


「ごめんなさい……っ」


か細い声が漏れる。

小さな心臓の鼓動が伝わる。弱く今にも消えてしまいそうな呼吸。生暖かい血。

命が、消えていく。

 青白い手が、視界に入り床に置いた血に濡れたナイフを手にする。

そのナイフで自分の掌を切りつけたのは、コクウだった。

血に濡れた手で、マフユに触れる。

マフユが大きく空気を吸ったのか、膨れ上がった。

目を閉じていたのに目を開き、起き上がって「みゃあ」と鳴く。


「…傷が……」

「ほら、洗ってあげよう」


マフユの体に傷はなくなっていた。ただ生暖かい血があるだけ。

傷を治した。コクウの血で、治した。


「ハウン君と…同じ…能力?」

「…………驚いたな。ハウンを知ってるんだ…能力も知ってる…」


あたしの言葉にマフユを抱えてコクウは目を丸める。

ハウン。白銀の吸血鬼。最小年の姿の吸血鬼。

コクウは少し思考するように沈黙したがやがてあたしの手を握って洗うように言う。

マフユの身体と手を洗って血を洗い流す。


「ジェスタを知ってるならハウンも知ってても可笑しくないよな…。でも能力まで知ってるのは本当にびっくりだ。能力は明かさないのが暗黙の掟だったのにね」

「…ハウン君があたしの怪我を治してくれたの。口も聞いてくれたから、気を許してくれてるんじゃないかしら…」

「ふぅん……。椿は吸血鬼に好かれやすいみたいだな…あ、違うな。人外にも好かれやすい、かな」


ベッドの上でマフユの身体を拭きながら話す。コクウはあたしの顔を覗き込む。冗談めいた言葉。吸血鬼以外の人外にも好かれている?

ヴァッサーゴに住まわれていることを指しているのだろうか。


「俺とハウンはね、親が一緒なんだ」


コクウは語りだす。


「親というか、俺とハウンを吸血鬼にした奴が共通なんだ。第二世の吸血鬼から能力を引き継ぐことがある、って話は聞いたかな?」

「えぇ…聞いたわ」


ラトアさんから聞いた。

コクウが身を売り、生き残った吸血鬼を救ったことも、その時聞いたんだ。


「ジェスタがハウンの親代わりだってことも聞いたかい?」

「えぇ。ジェスタはハウン君を大事な息子だって言ってたわ」

「へぇ、ジェスタがそんなことを…。ほんとはね、俺がハウンの親代わりになるはずだったんだ」



マフユの耳を摘まむように撫でながら、コクウは微笑んで言った。


「貴方が?」

「そう、俺が。でも放棄したんだ。俺も吸血鬼に成ったばかりで余裕なかったんだよねぇ、しかも悪魔と戦争中。そうでなくても、俺が誰かの面倒なんて無理だもん」

「………」


そう言われれば、そうかも。

コクウが本当に子供であったハウン君の面倒なんて見れなかっただろう。

見ていたらハウン君はどうなっていただろうか…。…恐ろしい。


「あれ?なんか失礼な想像してない?」

「…いえ、別に」


あたしはマフユの尻尾を引っ張るように撫でる。


「それで貴方は彼と仲が良いの?悪いの?」

「え?俺は誰とも仲良しだぜ」


……。

コクウの自己犠牲の話を聞いていた時のハウン君の顔を思い出す。あの様子では仲が良いとは言えないだろう。


「ジェスタから聞いたの?俺のこと。ん、でもアイツが言うわけないな…ハウンも」

「……ラトアさんから。ラトアさんから聞いたの」

「ああ、ラトア」


恋人同士だからか、あたしは白状する。そうすれば古い友人を思い浮かべたコクウは微笑んだ。


「じゃあお姫様だっこした吸血鬼ってラトア?妬いちゃうなぁ」


全然嫉妬が感じられなかった。

コクウはあたしの頬に手を当てて顔を近付ける。そっと唇を重ねた。


「作るから食事摂って。明日は仕事にいこう」

「…………えぇ」


明日で最後の殺しから一週間だ。

溜め息を溢す。コクウの手を借りてベッドから立ち上がり、オフィスへ降りる。

そこにはディフォしかいなかった。


「おはよう、黒猫」

「おはよう、ディフォ」


目を合わせずに挨拶。

あたしはテーブルについて、コクウはキッチンに立つ。ディフォはテーブルで雑誌を読んでいた。


「そうだ、コクウ。今週の金曜日は晩餐会だよ。今年も行かないだろうけど」

「ああ、行く」


ディフォがさらりと言えば、コクウはさらりと頷いた。予想外の返答に怪訝そうにディフォはコクウを振り返り睨み付ける。


「行くのか?お前、九回もパスしただろ」

「行くよ、だめかい?」

「……」


呆れてディフォは睨むのをやめて雑誌に目を戻す。かと思えばあたしに目を向けた。


「…なるほどね、黒猫を連れていく気か」

「?」


やれやれと首を振って一人納得。

あたしは首を傾げる。


「なんの話?」

「晩餐会の話は聞いてないんだ」


手早く料理を作るコクウがあたしを振り返った。


「吸血鬼の晩餐会だよ。年に一度行うんだ。まぁ互いの生存確認のための晩餐会さ」

「吸血鬼が皆集まるの?」

「全員は毎年来ない。中には一度も来ない吸血鬼もいるしね」

「それ、あたしも行っても構わないの?」

「要は生存確認だからぁ、いいんだよ。パートナーに人間を連れてきてもね」

「パーティーに一人で行くなんて惨めだろ」


毎年開かれる吸血鬼が集うパーティー。

生存確認、か。仲間意識が高いからな。

んー興味がそそられる。

パーティーはパートナーを連れていくのが常識。

あたしはコクウのパートナーとして連れていかれるということか。

人間の恋人をとっかえひっかえ。とラトアさんが言っていた言葉を思い出す。ラトアさんも参加してるのか。

じゃあラトアさんに会うかもしれない。

悩んでいれば、目の前に料理が置かれた。


「いいだろう?もう俺達の中は裏現実中に知られてるんだ。吸血鬼達に紹介しても構わないだろ」


コクウは目の前に座り、にっこり微笑んでいう。

ウキウキしたように身を乗り出す。

それは別に構わない。

構わないが、あたしは返事をせずに食事を摂った。






「ねぇ、本気?」

「なにが?」

「パーティーよ」


 仕事という名の殺人摂取をしてからあたしは切り出した。


「ああ……。椿、俺とパーティーに行ってくれ」

「だぁかぁらぁ、あたしを連れていくつまり悪魔を吸血鬼が集うパーティーに招くことになるのよ。本気なの?」


何を勘違いしたのか改めて膝をついて誘うコクウを蹴り、あたしははっきり言ってやる。

コクウはいつもの笑みを浮かべながら、首を傾げた。


「ヴァッサーゴは別に吸血鬼に復讐しようだなんて考えてないんだろ?」

「らしいけど。バレたらあたし、殺されるんでしょ?」

「バレないよぉ、ヴァッサーゴさえ黙ってればね。ヴァッサーゴは怖くていけないって言ってるの?」

「クククッ…んなわけあるかファック。黙ってついてってやるよ。蛭野郎のパーティーとやらにな」


今まで沈黙していたヴァッサーゴが口を開いて言う。

コクウはニコニコして立ち上がった。


「決まりだね」

「……嫌な予感がするんだけど」

「銀の指輪つけてれば大丈夫さ」

「…………」


それでもやっぱり、何故か不安だった。嫌な予感が、してしまう。

溜め息が落ちた。


「なんで貴方は九年顔を出さなかったの?」

「気が向かなかったんだ」

「…あっそ」

「くひゃひゃ、拗ねないでよ。ジェスタにハウンを頼まれたけど、きっぱり断ったんだ。それでハウンと顔をあわせるの気まずくてさぁ」

「…………九年も?」

「最近は(はく)と遊んでたから」


相当ハウン君との仲が悪いようだ。

ハウン君も来てくれるだろうか。

ジェスタに振り回されているなら多分来ないだろう。会いたかった。

ジェスタが来るなら、ヴァッサーゴを引き剥がせるのにな…。まぁいいか。


「クククッ」


ヴァッサーゴは不気味に笑う。






「……ねぇ、ここまでしなくてもいいでしょ。舞台に立つ女優じゃないんだし」

「女って自覚がなさすぎだ。パーティーの時くらいめかしこめ!」

「んっ!」


金曜日。

吸血鬼の晩餐会、当日。

あたしは嫌がったが無理矢理ディフォが化粧をしてくる。吸血鬼の怪力でがっちり固定されやられていく。

いてーよ。


「そんながっつりメイクしなくていぃよぉ。椿はそのままでも十分綺麗だもん」

「そう言うと思ってナチュラルメイクだよ」

「……コクウ、なにそれ」


頬をがしりと掴まれて唇を塗られていくあたしの視界に入ったのは、赤いドレスを抱えたコクウ。

コクウは高級感あるシルクの黒いYシャツとスーツを着ていた。普段通りであまり変わらない。

コクウの格好より抱えたドレスが気になった。ディフォが着ないなら間違いなくあたしが着なくてはならないドレスだろう。


「黒、髪をいじったら?」

「椿に着せてからやるよ」

「じゃあオレは先に行く」

「うん、あとで」

「黒猫、勝手に落とすなよ」

「……」


あたしから手を離して、ディフォはコクウの髪を指摘する。やっと解放されてほっとしていたら、釘を刺された。くっ…。

ディフォは先にパーティー会場へと向かった。


「さぁ、椿。脱いで」


コクウは赤いドレスを広げて満面な笑みを向け、あたしに言う。着替えさせるからと。

「着てやるから出てけ」と追い出して、とりあえず赤いドレスを着た。


「…コクウ」

「着たぁ?……嗚呼」


呼べばすぐにコクウは部屋に戻ってきた。あたしを見るなり声を漏らす。


「……これ、着て行かなきゃだめ?」

「……」


コクウは答えずにあたしの後ろに立った。あたしが髪をまとめて押さえて背中を晒しているからだろう。彼はファスナーをゆっくり閉めながら、腰を撫でる。

露になった肩に唇を這わす。


「すごく美しいよ…椿。なんて俺は幸せな男なんだろう…誰をも虜にする魅惑な君を独り占めできるなんて」

「鬱陶しいわ…」


首筋にキスを落としながら訳のわからないことを言うコクウを鬱陶しいと言いながら引き剥がそうとしないあたし。


「脱がすの勿体ないなぁ……でも早く脱がしたい、クスッ」

「……いい加減にしなさい」


キスを止めないコクウの額を叩く。ドレス、脱がせる気満々だ。

あたしが着たのは肩が大胆に露出されたドレス。鮮やかな赤。

ウエストまでフィットしていて、腰にはリボン。少し気品あるボリュームのストリットの深いスカート。

鏡に映るあたしは奇妙に見えた。

黒髪。妖しく光る赤い瞳。真っ赤なドレス。


「椿…」


コクウはあたしの顎を掴み、唇を重ねた。深い口付け。それを味わえば、スカートを捲りコクウが手を忍ばせてきた。

あたしは噛みつき、やめさせる。

コクウはただ笑った。




 コクウのエスコートでパーティー会場へ。

洋館で行われる為か、時代錯誤してしまうのはあたしだけだろう。

映画で観たような一昔の貴族達がパーティーをしているような光景。例えるならオペラ座の怪人とか。

蝋燭の光で洋館は妖しげに建っている。吸血鬼にピッタリだ。

羽織っていた黒のコートを脱いで、コクウの腕に手を置いて会場へと入る。

吸血鬼の気配がする。コクウでもディフォでもない吸血鬼の気配がたくさん。吸血鬼は少ないと聞いたが一体どのくらいなのだろうか。それも暗黙の掟で口外してはならないのだろう。

着飾ったパーティー参加者に目を向けると、人間が多かった。

パートナーかウェイターで雇われた人間だろう。

あたし達は注目された。正確にいえば、コクウが注目されているのだろう。

二階に繋がる階段で赤ワインを啜りながらパートナーの女を抱き寄せる吸血鬼であろう男が見下す。

魅惑な瞳。見惚れる容姿。間違いなく吸血鬼だ。


「椿が美しすぎて皆釘付けだね」

「貴方を見てるのよ」


コクウに呆れて肩を落とす。

「本当に椿を見てるのに」と隣でまだぼやく。


「遅い」

「あら、ディフォ………と蠍爆弾」


声をかけて来たのはディフォ。彼に腕を引かれているのは、苦い顔の蠍爆弾だった。ディフォのパートナーは蠍爆弾。

あたしとコクウは吹いた。


「違うっ強引にだなっ」


慌てふためいて蠍爆弾は言い訳する。


「モノにした」

「ちげぇ!」

「クスクス…」


可笑しくて笑う。

ディフォを機に、吸血鬼達は動き出す。


「久しいな…」

「やぁ、スヴェン」


コクウに近付き、挨拶をする。

遠巻きに見ていたが機会を見付けて来たのか。


「それにしても、紅公。綺麗じゃねーか」


近付いた金髪の吸血鬼を見ていたが、蠍爆弾に呼ばれて振り返る。

赤いドレスに赤いロング手袋。手袋は銀色の指輪を隠すためでもある。赤い瞳の上、銀色の指輪を嵌めているとなると怪しまれるからだとか。

首にはいつものチョーカーではなく、コクウにつけられた黒のチョーカー。ダイアの宝石が埋まる十字架のチョーカーだ。髪はウェーブをつけておろしている。


「お連れのお嬢さんは誰だ?噂の彼女かい?」

「ああ、紹介するよ」


背を向けていたら腕を引かれ、コクウに抱き寄せられた。


「俺の愛する(ヒト)


そうコクウはスヴェンという吸血鬼に紹介する。愛する人、か。

今度は間違いなくあたしは注目された。

吸血鬼達の好奇の目が突き刺さる。


「彼女が、噂の紅色の黒猫か」

「やぁ、マーチス」


茶髪で白い背広の男が声をかけてきた。コクウは相変わらない笑みを浮かべて挨拶する。

噂の、か。吸血鬼達にも届いていたのか。コクウの情報ならば同然かもな。

コクウの紹介を聞いて蠍爆弾はヒューヒューとひやかしてディフォと何処かに行ってしまった。探してこよう。

あたしはコクウから離れてパーティー会場を歩いた。


「ああ、彼女は恥ずかしがり屋なんだ。ところでマーチス、ヴァンストは来ているかい?見当たらないけど」

「当然来ている。二階だ」

「ふぅん、そっか。降りたら挨拶しとおこう」


コクウも放っておいてくれた。

豪華な暖炉にシャンデリア。

一応テーブルには料理が並べられている。

若者達のパーティーとは違い、バカうるさいBGMではなく、ピアノ演奏。グランドピアノを引いている白いドレスの女性は人間だ。

酒を勧めるウェイターも人間。

吸血鬼は人間に紛れてあたしを時々見つめる。

あたしはそれを不愉快に思いつつも、暖かな炎を燃え上がらせる暖炉をボケッと見つめた。

想像とちょっと違ったな。

きらびやかで妖艶な感じは同じだが、何かが期待外れ。吸血鬼にさえ遠巻きに見られるなんてね。

今まで会った吸血鬼とは仲良くなれたが、全員とは仲良くなれそうにもないみたいだ。


「…椿…」


懐かしい声で呼ばれた。

暖炉から視線を外して、前を向けばそこには。


「……ラトアさん」


初めて会った吸血鬼がそこにいた。

驚いた顔であたしのことを見て、言葉を探すように視線を動かし、やがて暗い顔をして俯く。


「久しいな……椿」


やっと口を開いて言ったのはそれだった。


「…お久しぶりです、ラトアさん」


懐かしさと申し訳なさを感じてあたしも視線を落とす。


「……美しい、似合っているな」

「…ありがとうございます」


ドレス姿を誉めてくれた。

気まずい沈黙が訪れる。

何を話そう。考えてなかった。

話題を探してあたしは立ち尽くす。


「少し話そう」


ラトアさんはそう言って、右手を差し出した。




 バルコニーに出て、そこで話すことにした。


「捜したんだぞ…あれからずっと捜していた」


ラトアさんから切り出す。

夜の風が頬を撫でて、少し喉が痛くなった。


「あの時は、すみませんでした。貴方を切りつけて刺して…」

「それはもういい」


ラトアさんは首を横に振るう。


「…帰らないのか?」


あたしは沈黙を返す。

ラトアさんは目を閉じる。


「帰ってやれ。お前の帰りを待っている」


それはどうかな。

顔にかかる髪を耳にかけてあたしは夜空を見上げる。冷たい風だ。


「……コクウといるのは本当らしいな」


ラトアさんは会場に目を向けてコクウの名を口にする。このパーティーに参加していることが噂の肯定になっていた。


「コクウは知っているのか、ソイツ(、、、)のこと」


そしてあたしの目を真っ直ぐに見る。この目に敵意を注ぐような鋭い視線。あたしは頷く。


「ジェスタに会いましたか?」

「いや、会っていない。ジェスタも捜したんだが、見付からなくてな…。ここに来る可能性があるから来たが…いないようだ」


そうか。ジェスタは来ないか。ならハウン君も来ないな。


「あたしも捜したんですよ…見付からなくて」

「…あの時、敵にならないと言ったが事実か?」

「はい。事実です。あたしは貴殿方の敵にはならないし、コイツもならないと言ってましたよ。コクウもそれを信じてあたしを晩餐会に連れてきましたし…コイツ一匹じゃあ晩餐会にいる吸血鬼には勝てないでしょ?」

「一匹ならばジェスタがいなくても殺せるが………」

「あたしごと殺すしかないんでしょ。知ってます」


口をこもらせたラトアさんの代わりにあたしははっきり言う。

ジェスタが言っていた。

殺すしかないと。だから封じた。

封じたがヴァッサーゴは半年も経たないうちに出てきてしまったことを話した。

今は指輪で黙らせていることも話して、手袋を脱いで指輪を見せる。


「ジェスタを見付けるしかないか」

「そうですね」


あとはヴァッサーゴが自らあたしの中から出る。って方法は無理そうだ。ヴァッサーゴはしつこく居座っている。出ていこうとはしない。


「身体は大丈夫なのか?」

「はい。寧ろ絶好調ですよ、怪我は治されるんで」

「…無茶をしてそうだな…」

「そんな心配でいっぱいな顔をしないでくださいよ…」


貴方まで過保護にならないでくださいよ…。


「………ラトアさん、藍さんはどうしてますか?」

「お前を探し回っていたな…最後に会ったのは一月前だが」

「…そうですか」


藍さんはどうしてるんだろう。

あの藍さんが、なにもしないは意外だ。白瑠さんや幸樹さんに見捨てられたけど、藍さんはまだ…。

いや、あたしが直接酷い言葉を言い放ったから、諦めただろう。

少し俯く。


「こっらぁあ!ラトア!!」


そこで響いた声。女性の声だった。

見てみれば青のボリュームあるドレスを着たブロンドの美女が仁王立ちしてラトアを睨み付ける。


「パートナーを放っておいて他の女を口説いてるんじゃないわよっ!」


文句を言われたラトアさんは、呆れたように見上げる。


「この私を誘ったのはアンタよ!」

「お前がパートナーになると名乗り出たんだろ…」

「アンタが探してたから親切に名乗り出てあげたんじゃない」


どうやらパーティーに連れていたラトアさんのパートナーらしい。

あたしは驚いて見上げる。

彼女は吸血鬼だ。魅惑の瞳と牙がその証拠。

吸血鬼は男だけかと思っていたのに、驚きだ。

それだけじゃない。

腰を下ろしていたあたしは立ち上がり、彼女の前に立つ。


「あの…もしかして貴女は……」

「ん?貴女はコクウの連れじゃない」

「はい、紅色の黒猫です。…貴女はミランラ・ヴァンダセント?」

「えぇ、そうよ」


あたしは興奮した。


「あのミランラ?ミランラが吸血鬼!?」


はしゃいでラトアさんを振り返る。ラトアさんはポカーンとしたが頷く。

ミランラ・ヴァンダセント。

女優だ。あたしの好きな吸血鬼映画で主演をやっていた、大好きな女優。


「あたし、ファンなんですっ」

「あら、貴女……見た目より若い笑顔ね」

「貴女の主演の映画、全部好きです!実物も素敵ですねっ、綺麗です!」

「当然よ」


ボブヘアの髪を払い除け、ミランラは鼻を高くする。


「ミランラはたった一人の女吸血鬼だ。一世紀前にも女優をやっていてな、またやり始めてる。吸血鬼が吸血鬼を演じる自虐行為に皆笑っている」

「中でも吸血鬼映画が好きです!あたし、好きなんです。吸血鬼も吸血鬼映画も」

「あら、この指輪素敵。でも安物ね」

「あっ、それは…」


ラトアさんがなにか言っているが聞き流してミランラさんと握手する。そうすればミランラさんはあたしのつけた指輪に興味が湧いたのかあたしの指から外した。

手袋を嵌め忘れていた。

女優がつけるような指輪と訳が違う。働いていない学生のプレゼントなのだから。

ミランラさんは自分の指に嵌めて眺めた。早く返してもらおうと手を伸ばすが、ミランラさんは避けてしまう。


「笑えているなら、大丈夫か…」


ラトアさんが独り言を漏らしたから振り返る。ラトアさんは微笑んでいた。


「やぁ、ミランラにラトア」

「コクウ…」

「あら、コクウ。久しぶり」


そこにコクウが入る。


「相変わらずだね、ミランラ。美しいね、椿ほどではないけど」


ミランラさんの手を取りそこに口付けを落としてスルリと指輪を取り返す。


「ラトア、俺の恋人をこんなとこに連れ出すなよぉ。ほら、冷えてる。おいで」


それからあたしの手を引いて暖炉へと連れていく。ヴァッサーゴがいるから寒さはあまり苦ではないんだが。てか指輪を…。まぁいいか、どうせヴァッサーゴは黙ってる。


「ミランラのファンだったんだ。知ってたら俺が紹介したのになぁ」

「……」


だからなに?とあたしは首を傾げた。

コクウはにっこり笑って「食べ物持ってくるよ、ケーキでいい?」と一言告げて食べ物を取りに行ってしまう。

なんなんだ。


「つばき」


暖炉の前でまた立ち尽くしていれば、名前を呼ばれた。すごく懐かしい声。

振り返って探す。視線を落とした先にいた。

白銀の少年。


「ハウン君!」

「つばき」


あたしは思わずしゃがんで抱き締めた。ハウン君はもう一度呼んであたしを抱き締め返す。


「久しぶり!会いたかったのよ」

「おれも、あいたかった。つばき、きれい」

「ありがとう」


ハウン君は微笑んだ。あたしも微笑み返してハウン君の頭を撫でる。


「こりゃ驚いた。ハウンが喋ってる」


あたしのすぐ後ろでコクウが声をかけきた。途端にハウン君はむすっと口を尖らせてコクウを睨み付ける。無口で無表情のハウンが、こんな顔をするのは初めて見た。


「ほら椿。お前がいるならジェスタも来てるのかい?」

「あ、そうだ。ジェスタは?」


あたしにケーキを渡してコクウは問う。あたしもハッとしてハウン君に訊いたが、沈黙を返された。

そうだった、この子はよく黙り込むんだ。

ん、でもジェスタが来てる可能性は高い。

あたしは周りを見回した。


「私をお探しかな?」

「!」


あたしが手にした皿からケーキを摘まみとって一口で食べてしまったジェスタが背後に現れる。

前と変わらない草臥れた格好。


「やぁ、お嬢チャン。久しぶりだね。やっぱり絶世の美少女だ、一緒にお墓で眠らないかい?」

「ジェスタ…!」


疲れたように笑いかける彼を睨み付ける。


「そんな赤い目で睨まないでくれよ、こわいなぁ。……ん?赤い目?赤い目だって?」


やれやれと首を振るとジェスタは目を丸めた。悪魔を封じた本人だからこの赤い目を見て気付いたようだ。


「ジェスタ、外で話しましょう」

「いや、ここでいい」


ジェスタに囁いて言ったが、聞き入れずに彼はあたしに手を伸ばした。


「そのきたねぇ手を引っ込みやがれよ、草臥れじじぃ」


その会場に、その声が響き、ジェスタは手を止める。あたしも、身体を強張らせた。息を止める。

突き刺さる視線。

空気が変わる。

零度以下に下がった水が凍り始めたような空気。

数多の捕食者があたしを見据える、見張る、睨み付ける。


「お前っ…」


あたしは声の主に怒りを向ける。

自分の中にいる悪魔に。

悪魔が吸血鬼達に囲まれたこの場所で沈黙を破った。


「クククッ」


そして笑う。


「ヴァッ」


名前を呼んで怒鳴ろうとしたら口を押さえ込まれた。黒い煙。ヴァッサーゴの手だ。

獣の鳴き声が洋館で轟く。

数人の吸血鬼があたしに向かって飛び掛かった。

だが瞬時にあたしの目の前にコクウとハウン、ジェスタにラトアが現れて立ち塞がる。

それを見て、飛び掛かろうとした吸血鬼は動きを止めた。全てはたった一瞬だった。


「悪魔だっ」

「契約者だ」

「殺せっ!」


周りから口々と言われる言葉。反論しようとしたが、ヴァッサーゴに押さえられて喋れない。

なんのつもりだ、ヴァッサーゴ!


「殺させないよ?俺の女に触ったら、許さないぞ」


コクウは微笑みつつ冷たい笑みで言い放つ。


「落ち着け、たかが一匹の悪魔だろ」

「たかが一匹でも脅威だ!始末しろ!」


ラトアさんに一匹の吸血鬼が吠える。

「ジェスタ!」とラトアさんはジェスタを急かす。急かされて嫌々そうにあたしを振り返るジェスタはまた手を伸ばしたが、またヴァッサーゴが動いた。

吸血鬼達が一斉に耳を塞いだ。

耐えきれず、ジェスタやコクウ達はあたしから一歩、二歩離れた。

ヴァッサーゴが攻撃したらしい。


「クククッ!寄ってたかって無様だねぇ、吸血野郎共。そんなにオレが怖いのか、あぁ?」


黒い煙がぶわっとあたしの周りに現れて囲う。煙だったヴァッサーゴの手が、人間の手に変わる。


「ククッ…クククッ!初めまして、ビビリ共。てめぇらの天敵の悪魔だぜ?クククッ!」


人の姿を現して、喉で笑うヴァッサーゴ。

二十代前半の男の姿。あたしを後ろから抱き締める形のまま口を塞いでいる。


「揃いも揃って腰抜けが…ククッ」


挑発はいつものことだが、やけに笑っているな。


「あー、人間の姿の悪魔を見るのは久しぶりだなぁ…。とりあえずそのお嬢チャンを返してもらえるか?」

「すっこんでろよ、草臥れじじぃ。エクソシストの力も相当草臥れてんぜ」

「…やれやれ」


ジェスタがあたしを引き渡すように言うが、一蹴された。流石に頭にきたのか苦笑を浮かべる。


「俺の女にあんまりベタベタしないでくれる?ヴァ」

「てめぇは黙ってろ、黒野郎。椿が殺されたくなきゃな」

「……」


コクウも口を開いたがヴァッサーゴが黙らせる。おい、誰もこの悪魔をなんとかできねーのか。

吸血鬼達はあたしごと悪魔を殺したいが、コクウ達が守っていて動けない。

コクウ達はあたしを悪魔から助けたいが、ヴァッサーゴがピッタリ貼り付いているため無理だ。ジェスタが近付くことを拒否している。


「まぁまぁ、穏便に済ませようじゃねぇか」


あたしに寄り掛かってヴァッサーゴは呼び掛けた。人間の姿になると重いんだよ、畜生。寄り掛かるな。

お前が出てこなきゃ穏便に済んでたっつーの。


「オレはてめぇらなんかに興味ねぇんだよ。関心持たれても困るぜ、気色悪ぃ。オレはこの女に取り付いて遊んでんだよ、ビクビクしなくていんだぜ」

「やーね、自意識過剰。こっちはアンタを消し去りたいだけよ」


ヴァッサーゴを睨み付けて吐き捨てたのはミランラさん。


「人質なんて流石悪魔ね。無理もないわ、吸血鬼に囲まれてちゃ足がガクガク震えるのかしら」


おお、流石です。ミランラさん!


「四流女優は舞台にたって踊ってろ」

「なんですって!?」

「んいっ!」


べっとヴァッサーゴは吐き捨てた。声をあげるミランラに続いてあたしも声をあげる。コイツ!いい気になりやがって!


「やめろ!」

「ラトア!」


ミランラさんが飛び掛かろうとしたがラトアさんが止めた。


「アンタ達!さっさと始末しなさいよ!!ジェスタ!アンタは悪魔退治屋でしょうが!なんとかなさい!」

「ミランラお嬢様は相変わらずだねぇ…。私は嫌われてるみたいなんだよ、どうもね」

「全員でかかればいいでしょうが!」

「それは俺が許さないって言ってるだろ。彼女に触れてみろ、俺が殺す」


暴れるミランラさんをラトアさんが押さえ込むが、ミランラさんは怒鳴り続ける。

もう一度言ったコクウの顔に笑みはなかった。

それにミランラさんは押し黙る。ミランラさんだけではなく他の吸血鬼も怯んだ。


「貴様が何を抜かす。コクウよ」


空気がまた変わる。

更に凍てついていく。

階段をゆっくりと降りてくる吸血鬼がその空気を作り出していた。


「やぁ…久しぶり。ヴァンスト」


コクウはにこっと笑みを向ける。

白髪の長い髪の男は金色の目をコクウではなくあたしに向けた。


「こんな小娘の為に、何を躊躇しているジェスタ」

「事情があるんだ…このお嬢チャンごと殺すと私の身が危険なんでね」


ヴァンストという名の男の声で、その場は静まり返る。吸血鬼達の中に上下関係なんてないとばかり思っていたが、このヴァンストという吸血鬼はリーダー的立ち位置らしい。


「ここは私に任せてくれると有り難いんだが」

「戯け。晩餐会に乗り込んできた悪魔をこのまま逃すのは我々にとって危険。これは貴様の失態だぞ、コクウ。それとも裏切り行為か?」


あたしはコクウを見て、それからヴァンストに目を向けた。


「おやおや、仲間割れぁ?まっ、勝手にやってろよ」

「始末しろ。全員でかかれ」

「断る。手を出すって言うならさ、俺から始末したら?」

「……けっ、困ったねぇ。分からず屋ばかり。単細胞だらけ。呆れるなぁ、椿?」


ヴァンストとコクウが対立する。

吸血鬼達は動けないでいた。

コクウを殺すなんてこと、できないだろう。彼は命の恩人である。

自分の身体を売って仲間を守った彼に、そんなことはできないのだろう。

現況であるヴァッサーゴは遠巻きに喧嘩を見た野次馬の如く他人事のように漏らす。

そんなヴァッサーゴの手をトントンと叩く。

「あ?」とヴァッサーゴはあたしの口から手を外した。

 ガンッ!

あたしは頭突きを食らわせる。生身だったヴァッサーゴは顔を押さえた。


「いてっ、なにしやが、!?」


スカートの中に忍ばせたカルドを抜き取ってあたしはヴァッサーゴの首目掛けて振り上げる。気付いたヴァッサーゴは身を引いて避けた。


「待て、椿ってめっ」


一撃を避けられた瞬間、ピタリと右手を止めて振り落とす。それも間一髪避けるヴァッサーゴ。

生身の今、ヴァッサーゴを殺せる。

首を狙って追い詰めれば、ヴァッサーゴは壁に背中をぶつけた。

容赦なくあたしはカルドを放つ。

しかしヴァッサーゴはギリギリのところで受け止めた。


「やめろ!てめっ、何しやがるっ」

「次出てきたら殺してやるって言っただろ」

「何度言えばわかる!オレを殺したらお前も死ぬ!」

「確かめてやんよっ」

「確かめたら死ぬっつってんだろ!」


全体重かけてカルドを押すがヴァッサーゴが押し退ける為、動かない。首撥ねられないじゃないか。


「首撥ねたらてめぇの首も飛ぶっ!」

「悪魔の言葉なんか信じるかよ。この状況はてめぇのせいだ、責任持って死ね」

「お前も死ぬって言ってんだろうが!おい、黒野郎!イカれた恋人が自殺しようとしてんぞっ」


冷たく吐き捨てれば、ヴァッサーゴはコクウに助けを求めた。

悪魔の宿り主がいきなり悪魔を切りつけた為、吸血鬼達はポカーンとしている。

あたしが振り返ったことで油断したヴァッサーゴは力を緩めた。

あたしはすぐにカルドを振り上げた。今度こそ悪魔の首を刈れた、はずだったが瞬時に煙に戻った為カルドは壁に突き刺さる。


「ちっ」

「恩知らずのクソアマ…!」


目の前に浮かぶ煙を振り払って、あたしはヴァンストと向き合う。


「この通り、悪魔に憑かれてるわ。だけど貴方達の脅威にはならない、敵ではない。この悪魔は貴殿方に復讐なんて考えていないわ。だから放っておいて。ジェスタに任せるので」


ヴァッサーゴの代弁をしてあたしは威風堂々と言い退ける。

何を思ったのか、あたしのスカートの中に手を入れてきたのでヒールでヴァッサーゴを踏みつけた。

それをチャンスだと捉えたのかジェスタが動く。しかし直ぐ様ヴァッサーゴが吠えた。途端に吸血鬼達は耳を押さえる。


「小娘…」


静寂を生み、凍らせる声をヴァンストは発した。


「我々は見張っているぞ」


チカチカとシャンデリアの灯りが点滅してやがて消える。部屋は数個の蝋燭の灯りと、吸血鬼の瞳が妖しげに光り、暗い部屋に不気味に浮かぶ。

やがて金色の瞳が消えてなくなる。

闇に目が慣れて周りを見渡せばコクウ達以外、いなくなっていた。パーティーはおしまいか。

こんなことが起きてパーティーが続けられるはずないだろう。

あたしは溜め息を溢して踏みつけたヴァッサーゴの背中に腰掛ける。


「なんで喋った。黙るって言ったじゃない」

「黙ってついてってやるとは言ったが、パーティー中も黙るとは言ってねーよ」

「このくそ悪魔……なんの意図で吸血鬼達の前に姿を現した」

「てめえに気を遣って黙らなくて済むじゃねーか。いい機会だろ?てめえに骨抜きにされた吸血鬼の英雄が守る限り、吸血鬼に襲われることはねぇからなぁ」


苛々と問い詰めればヴァッサーゴはケタケタ笑い、コクウに目を向けた。


「ふぅん。沈黙の悪魔って二つ名は捨てるってわけね…。あたしを人質にコクウを盾にねぇ…………殺すっ」

「くひゃひゃひゃ、落ち着こうよ。椿」


カルドを壁から引き抜き、今度こそ首を切り落とそうとしたがコクウに手首を掴まれて止められる。


「コクウ…コイツのせいで貴方は微妙な立場に立たされたのよ」

「俺の心配してくれてるんだ?嬉しい」

「…あたしも吸血鬼達に嫌われた上に狙われてるんだけど」


コクウは微笑んであたしの髪を撫でた。あたしはむすっとする。

するりと黒い煙があたしの身体にまとわりついて首に絡み付く腕が現れた。ヴァッサーゴだ。後ろから抱き締めるようにまた人の姿をした。


「黒野郎のポジションが高くなかったのは計算外だったなぁ」

「ポジション?なぁんのことかな。別に上下関係なんてないよ、ヴァンストはリーダー的ポジションなだけ。大半はヴァンストに従ってるのさ」

「へぇー」


ジェスタはともかくコクウが目の前にいても、ヴァッサーゴは威嚇しない。つまりジェスタはヴァッサーゴに不都合な存在。コイツを引き剥がせるのはジェスタだけか。


「聴こえてんぞ、椿」


心の声を聞き取ったヴァッサーゴにパクリと耳を噛まれた。

ぶちギレてアッパーを喰らわす。間入れず回し蹴りを喰らわした。

その際に自分のスカートを踏みつけてしまい、よろければコクウに受け止められる。


「今だ!」


ラトアさんの声が響く。

あたしとヴァッサーゴが離れた。チャンスだ。

ジェスタがあたしに向かって飛び、手を伸ばした。

ドガッ。ぶわりと黒い煙が舞い戻り、ジェスタの腹に蹴りが入れられた。蹴り飛ばされたジェスタはラトアさんとぶつかる。ラトアさんは受け止めてなんとか踏みとどまった。

ハウン君が睨み付けて身構える。

がしりと悪魔の手があたしの頭に乗せられた。

ヴァッサーゴはコクウに耳打ちする。

それはコクウに抱き締められたあたしにも聴こえた。


─────オレを引き剥がしてみろ……椿が死ぬぞ。


脅しにも聴こえたそれ。

あたしを人質にしているのだ。

脅しでしかないだろう。

スッ、とコクウはハウン君に手の平を向けて制止の合図を送る。


「ジェスタもラトアもさ、コイツは敵じゃないって言ってるだろ?落ち着きなよ」


そうにこやかに笑った。

まだ抱き締められているあたしはコクウの顔を見上げる。それからヴァッサーゴを睨み付けた。

赤い切り目の真っ黒な悪魔はクククッと笑って空中で回転して消えなくなる。

話は済んだと言わんばかりにヴァッサーゴはあたしの中に戻った。


「……」


コクウはあたしをそっと抱き締める。まるで何かに怖がる子供をあやすようだった。


「暖炉の前へ、また身体が冷たくなっているよ」


小さな火が残った暖炉へと背中を押される。帰らないのか。

暖炉の前に立ち尽くしていれば、手を掴まれた。見ればハウン君。

自分の羽織をあたしにかけようと手を伸ばしていた。優しいな。

あたしはハウン君がかけやすいようにしゃがんだ。羽織をあたしの肩にかけたハウン君は力を入れてあたしをその場に座らせた。すごい力だった…。びっくり。

ハウン君はあたしの背後から目の前に移り、ドレスの上に横たわってあたしの膝に頭を乗せた。

可愛いな。あたしは微笑んで髪を撫でる。


「本当になついてるねぇ」


あたしに近づこうとしないジェスタが漏らす。

ラトアさんは暖炉に薪を投げ込んで火を大きくして腰を下ろした。


「これからどうする?」

「悪魔も吸血鬼も和解しそうにもないですよね…」


わかりあえないと言った感じだった。

吸血鬼だらけの中で悪魔が一匹だけ紛れ込んでいたのにあの警戒ぶり。

人間の殺し屋とは桁が違う。人間を食べる捕食者達の殺気は凄かった。華麗に着飾った美しい者達が一転して牙を剥き出す。綺麗な薔薇には棘がある。


「お前はなんでそう…こうなるんだ」


お手上げだと言わんばかりに額を押さえるラトアさん。懐かしくて笑みを漏らす。


「何故でしょうね。アンラッキーばかり。裏現実に入って半年で悪魔と吸血鬼にちょっかい出されるなんてね、これ以上どんな最悪が待ってるのかしら」


あたしもやれやれと肩を竦める。

ラトアさんは懐かしそうに微笑んだ。


「えーい」


そんなラトアさんの顔に蹴りを決めるコクウ。


「何をする…コクウ!」

「俺の恋人に色目使ってたからつい」

「使っていない!」


…ラトアさんと白瑠さんのやりとりを思い出した。


「ラトアの顔になにしてるんだ、コクウ」

「あ、ディフォいたんだ」

「くっつくなっ」


ディフォがひょっこり現れてラトアさんにピタリとつく。そう言えばディフォはラトアさんが好きなんだっけ。

ラトアさんにその気はないらしく突き放そうとしていた。

ディフォがいるならとあたしは探す。ディフォから解放されてホッとしている蠍爆弾を見付けた。


「ナヤにチクっては駄目よ、蠍爆弾」

「んなことしたら吸血鬼達にバラバラにされちまうんだろ…」


雇われていた人間達もそこからいなくなっていた。人間がその場から消える能力なんて持っていない。吸血鬼達が連れ去ったのだろう。

悪魔を野放しにしていると知られては種族の存亡の危機だ。

生き残る為ならば雇った人間を安易に殺せるだろう。

紅色の黒猫は悪魔憑き。なんて噂は流されることはない。


「おまえさんが凄いのはその悪魔のおかげかい?」

「この悪魔は3ヶ月前かしら、遭遇してそこのエセ神父に退治してもらおうとしたんだけど」

「エセ神父なんて酷いなぁお嬢チャン」

「退治できなくて、だからって殺すことも出来なくて、封じることになったの」

「封印は半年持つと踏んでいたのだがねぇ……なんで解けちまったんだい?」

「あたしが訊きたいわよ、貴方に文句を言おうと探し回っていたのよ」

「それは光栄だね、こんな美女に追い掛けられてたなんて……痛いなぁ、コクウ」

「くひゃひゃひゃ」


事情を知らない者の為に説明する。よく考えたらコクウにさえ詳細を話してなかったと気付く。


「1ヶ月も持たなかったのよ」

「そりゃあショックだね…。十年のブランクのせいかね」

「ざけんじゃないわよ」

「ジョークさ、お嬢チャン」


ギッと睨み付ける。

ジェスタは乾いた笑いを漏らして頬を掻く。


「まっ、ここはお嬢チャンの愛情を信じて大人しく引くとしよう。どうか白の小僧には告げ口しないでくれよ。考えておくから」


ヴァッサーゴを刺激しないようにとゆっくりと近付いてハウン君の襟を掴み上げた。

帰ってしまうようだ。


「あ、ハウン君。これ」


あたしは立ち上がり羽織を返そうとしたら、ジェスタに上げられたままハウン君はチュッとあたしの額に口付けを落とす。

おませな息子に苦笑を漏らしつつジェスタはハウン君を連れて去った。

ああ、もう…可愛いなぁハウン君は。


「うわっ」

「くひゃひゃひゃ…妬いちゃうなぁ」


背後から羽交い締めにされて肩を震わせる。


「はぁ?」

「俺の女なのに、他の男が触りすぎ…」

「触んな」


耳に吐息を吹き掛けて囁いてくるコクウの手を剥がして押し退ける。

そうすれば、コクウは強行手段に出た。

あたしを抱えあげて、スタスタ歩き出す。


「ちょ、コクウ、なにするのよっ」

「椿を独り占め」

「はぁ!?」


ラトアさんと別れの挨拶も許してもらえず、拉致られる。

五分で暴れるのは無駄な体力消耗と判断してあたしは大人しく運ばれた。

冷たい風が吹く夜。静寂な世界。


「貴方は本当に大丈夫?」

「クスクス…そぉんなに俺のことが好きなんだぁ?」


建物から建物へと飛び回っていたコクウは嬉しそうに笑いながら踊るようにステップを踏む。

一つのビルの屋上に降り立てば、あたしを降ろして手に取り、踊り出す。


「パーティーで椿と踊りたかったのにVのせいでぶち壊しだ」

「ダンスパーティーじゃないでしょあれは」

「くひゃひゃ…本当ムードぶち壊しだなぁ」


コクウのリードでくるくると回されるあたし。赤いスカートが舞う。

最後のはなんだか憎たらしそうに聴こえた。

引っ掛かりコクウの顔を見れば、ぐいっと引かれて抱き締められ深い口付けをされる。

あたしは拒まず受け入れた。

「椿…」甘い口付けをしながら吐息混じりにあたしの名を呼ぶコクウ。


「今夜は、愛してもいいかい?」





 目を覚ませば、ベッドの上。

椿の花の花びらが散乱したベッドの下にはキャンドルと赤いドレスがある。昨夜、コクウの部屋に帰ってみればムード作りの為にキャンドルに火がつけられ、ベッドの上は花びらが撒かれていた。一体いつ用意していたのやら。

コクウはとことん、用意周到のロマンチストらしい。

起き上がってみれば、自分がコクウの黒いYシャツを着ていることに気付く。いつ着せられたんだろう。


「おはよう、椿」


隣にいないと思ったらコクウは朝食を持って戻ってきた。手にしているのはフレンチトースト。


「おはよ…コクウ」


幸せ一杯の笑みを浮かべて朝食を摂るあたしを見つめるコクウ。


「愛してる」


そう言ってあたしの髪を撫でるコクウに、あたしもだなんてやっぱり言えなくて、甘い味を口の中で転がした。

コクウはあたしが言葉を返さなくても満足そうに笑う。

愛しそうにあたしを見つめた。







ア、イ、シ、テ、ル。

コクウの部屋の屋根の上で声に出さず練習してみた。

言えないな…。


「簡単だろうが。まずはあ、次にい、次はし、次はて、次はるって発すりゃいい」

「煩いわよ、本当に喋るようになったわね」

「ククッ、いつでも喋ってやるよ」

「今まではよく黙ってたからまだよかったけど、これから喋り倒したらあたしノイローゼになるわ」

「オレが治してやるよ、今まで通りな」


ノイローゼも治せるのならストレスを解消してくれ。

あたしは頬杖をついて景色をぼんやりと眺めた。


「ねぇ、貴方は本当にその気はないんでしょ?」

「てめえの身体に興味がないわけでもないぜ」

「吸血鬼殲滅についてよ」

「何度も言わせんなってーの。吸血鬼と遊ぶ趣味はねぇよ」

「だからってあたしで遊ぶってのは意味がわからないんだけど」


もう一度確認で訊いてみたが返答は変わらない。

吸血鬼に敵意がないのはいいが、あたしを代わりに標的にされているのは嫌だ。


「あたしを人質にするなんて情けないわよ」

「脅しじゃねーよ、これは優しい優しいオレからの素敵な提案さ。オレがついてりゃお前は死なない。黒野郎はお前を死なせたくない。いい提案だろ?」

「脅しよ、それ」


真剣に問い詰めてもはぐらかされるだけだからあまり追及せずに背伸びをする。

少し強い風が吹き荒れるが乱れた髪は気にしない。

探しに来たのか寄ってきたマフユが隣に腰掛けて尻尾を気ままに揺らす。

平穏な一時に浸っていた。

 スタンッ。

珍しく音を立てて、コクウが隣に降り立つ。

挨拶する暇もなく、コクウはあたしの手を握って膝をついた。また大袈裟な告白かお誘いかと思った。でもコクウの顔には笑みはなくて、よくわからない表情であたしを真っ直ぐ見つめる。


「落ち着いて聞いてくれ…椿」


ゆっくりとコクウは躊躇しつつもあたしにそれを知らせた。あたしに関係する重要なこと。


「君の家族が殺された」


家族。その単語で脳裏に浮かんだのは、クリスマスイヴに撮った写真。

でもコクウが指しているのは血の繋がった者の方だとすぐ理解した。


「……そう」


別にショックはない。あたしは血の繋がった家族に愛情も執着心もない。自分の手で殺そうとも考えていた。今まで殺してきた人間と同じ、特別何かの感情が爆発することもない。単に色々驚いた。

あの人達が誰かに殺されたこと。それをコクウが知っていてあたしに告げていること。

コクウは続けた。迷いを見せて、あたしに告げる。


「全員頭を粉砕されて脳ミソをぶち撒けられた」


その殺し方で過る殺人犯はたった一人だ。


「殺したのは───────白瑠かもしれない」


声が、出せなかった。




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