中篇
一瞬、何を聞かれているのかわからなかった。でも、この流れだと、かき氷のシロップのこと言ってるんだろうな、きっと。
「あのね、母さん」
「なに?」
「イチゴとメロンどっちがいいかって、小学生じゃあるまいし、自分より20センチも背が高い息子に言う台詞じゃないだろ!」
「だってさっき冷たいもの欲しいって言ったじゃない」
「だからそれは麦茶とかアイスコーヒーとか、とにかく20歳にもなってかき氷はない」
母は不満そうな顔をして俺の顔を見上げた。
美紅よりだいぶ背が低いな、やっぱり時代かな、とか思ったりする。
「いいじゃない、たまには息子らしくしてくれたって」
「どういう意味?それ」
「ええ、確かに大きくなりましたよ。いつの間にか見上げなきゃいけない背丈に成長しました。でもね。ちょっとさびしいんだから」
「さびしい、なんで?」
「小5であんたが県の強化選手に選ばれてから、急に忙しくなっちゃって、ゆっくり家で過ごす時間なくなったじゃない。中学からは寮に入って滅多に帰ってこないし、大学は東京で、一緒にいる時間なんてほとんどなかった。ちょっと前まで私の胸までくらいしか背がなかったのに、気づいたら見上げる高さになってて。いつ抜かれたかもわからないなんて、本当にさびしいものよ」
「それはまあ、確かに・・・」
「やっと少しは時間がとれるようになったんだし、かき氷くらい食べてくれてもいいでしょ」
「母さん・・・」
そういえば、今まで本当に全力で駆け抜けてきたように思う。
高2まではサッカーがほぼ生活のすべてだったし、3年になってからはこれまでの分を取り返さないと、と思って必死で受験勉強してきた。
全く周りに目を向ける余裕なんてなくて、母さんにさびしい思いをさせていたなんて全然気付かなかった。
「じゃあ、イチゴでお願いします」
「はい、わかりました」
母は張り切って冷蔵庫から氷を持ってくると、嬉々として氷を削り始めた。
シャリシャリという氷を削る音、こんな感じだったっけ。
弟と二人で母の手元を見ながら氷が器に溜まるのを待ちかねていた、遠い記憶。
こんもりと白く盛られた氷の上にルビー色のイチゴシロップがかけられる。
「はい、出来上がり」
母の声とともに完成したかき氷が差し出された。
本当に何年ぶりだろう。
スプーンを差し込むとサクッという音、これだけでも涼しくなる。
そして、口に入れた瞬間に冷たい刺激と甘酸っぱいイチゴシロップの味がいっぱいに広がった。
そのとき、ふわりと一陣の風が吹き抜けて、軒下に吊るしてあった南部鉄の風鈴を揺らした。澄んだ音色が響く。
久しく忘れていた、懐かしい、夏の味、夏の音。
そうだ、これを最後に食べたのは小4の夏だった。
あれから、もう10年経ったのか。
今まで、必死に走り続けてきたけれど、ここらで、少し休んでもいいのかもしれない、そんな気がしてきた。
子供の頃のように。
一日中、飼育ケースの中のカブトムシを眺めていた頃。
線香花火の小さな炎が落ちるまで、食い入るように見つめていた頃。
そこにはいつも、母の笑顔があった。
自分ひとりで大きくなったわけではない、改めて思い知らされた。
お母さん、ありがとう・・・
とか、恥ずかしくてとても口に出しては言えないけれど。
「これから、出来るだけ帰るようにするよ」
と、珍しく殊勝なことを言ったら
「それはそれで面倒だけどね」
と、返された。
ふん、もう二度と言ってやらねえ!と思ったけど、きっと母さんも照れくさいんだろうな。
イチゴ味のかき氷をかきこみながら、俺はそんなことを考えていた。
母と息子。
ちょっと照れくさいながらも憩いのひとときですねw
強化選手云々はフィクションです。あったらいいとは思いますが、国にしろ地方自治体にしろ、あまりそういうところに金出さないからなあ、多分ないんじゃないでしょうか。知ってる方がいらしたら是非教えてください。
まあ、別にサッカー小説じゃないんで、その辺りは温かい目で見てやってください^^;
もし、そういう制度があったとしたら、蒼くんはそこに入れるくらいの実力があったということですね。
明日でこの話は終ります。
なんで選手をやめたのかは、また別の機会に・・・