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勤務中にカリカリ梅を食べていたら、臭いと言われました。

掲載日:2026/09/25


 ふと、時計を確認する。

 十五時――つまり、おやつの時間だ。


 カリカリと、今日も隣から心地よい音が流れ始める。

 そして漂う、すこいだけ酸い香り。


 ……臭いな、またか。


 隣を見ると、同期の松葉(まつば) 楓(かえで)がカリカリ梅を食べている。

 別に勤務中におやつを食べることは禁じられていない。やることさえやっていれば、特段注意もされない自由な会社だ。


「どしたの、碧(あお)くん。そんなじっと見ても、カリカリ梅はあげないよ」

「いやいらんわ! てかさ、もう少し可愛げのある物食べたら?」

「なにゆえ?」

「なにゆえって……。周り見てみろよ」


 俺の言葉に楓は辺りを見渡す。

 そしてすぐに、カリカリ梅に視線を落とした。


「可愛いじゃん。限定パッケージ!」

「いやそういう意味じゃなくてよ……。女子はチョコとかクッキー食べてんだろ?」

「あー、そゆこと」

「そうそう、だからお前も――」


 ガサゴソと、楓が鞄を漁り始める。

 なにが始まったんだかわからないが、放っておいていいだろう。

 今日までに仕上げたい資料もあるし。

 

 カタカタとキーボードを打っていると、視界の端に何かが映り込んだ。

 いや、映り込まされているに近い。


 ――楓が何かをやっている。


 それは間違いないと確信が持てた。

 ただ、今は仕事中。勤務時間中だ。


「ねぇねぇ、碧くん」

「何? 今一応、勤務中だからね」

「わかってるよ。でもほら、女の子らしいおやつもあるよって見せたくて」


 いや別に、見せてもらわんでいいんだが仕方ない。


「これ終わったらでもいい?」

「いいよ、じゃあカリカリ梅食べてる」

「いや仕事しろよ!」


 俺の隣に座る同期・松葉 楓は、勤務中にカリカリ梅を食べている。




 *


 私の隣に座る同期・空乃(そらの) 碧(あお)くんは、勤務中にカリカリ梅を狙っている。


「よし! これでOK!」


 碧くんがぐーっと腕を伸ばす。


 お仕事、片付いたのかな?

 

 今日も碧くんは、とってもかっこいいのです。


 キーボードを打つ、ちょっと無骨な手。

 捲られた袖から覗く、ちょっとだけたくましい腕。

 そして、私なんかと話してくれる優しいところ。

 全部、全部大好きなのです。


 あの日だって——


『臭っ!! 誰かと思ったら松葉かよ! 勤務中にカリカリ梅食うなんて、女捨てたのかあ!?』

『何言ってんすか課長!! 松葉が女だったことなんてないじゃないっすか!』

『それもそうか! おやつがそれだしな!』

「あのー、別に禁止されてないんですから、何食ってたってよくないですか?」

『空乃、お前は松葉なんか庇うのかよ!! 物好きだな!!』

「いい歳してそんなことで盛り上がってる方が恥ずかしいっすよ」


 元々は別の部署だった碧くん。

 たまたま用事があってこっちに来ていた時に助けられちゃった。

 結局上から目を付けられて、碧くんと私は別の部署に異動。


 それからはこうして、隣同士の席でお仕事している。


「それで? 見せたい物って何?」

「じゃーん! チョコバナナチップス! 女の子らしいでしょ?」

「……どこが?」

「チョコだよ?」

「ならチョコ食えよ」


 呆れたような顔で、私のチョコバナナチップスを見る碧くん。

 

 そんな顔をするのに、いつもお話してくれるんだよね。

 きっと、私の持っているカリカリ梅を狙っているに違いない。


「なんでこれ選んだの?」

「なんでって、美味しそうだったから!」

「カリカリ梅とチョコバナナチップス?」

「うん! しょっぱいもの食べると、甘いものが欲しくなるでしょ? だからちょうどいいなって」

「言ってることはわかるけど、選んでる物がわからない……」

「チョコバナナチップスなら分けてあげるよ?」


 封を開けて差し出すと、碧くんが一つ摘まんで口へと運ぶ。


「どう? 美味しい?」

「うん、普通に美味い。ありがとう」

「どういたしまして! でもカリカリ梅はあげないよ」

「いやいらないよ別に……」


 そんなこと言って、いつもおやつの時間に見てるくせに。


「あげないから、カリカリ梅」

「わかったって、いいから仕事に戻ろうぜ」

「チョコバナナチップス食べたらね」

「……はいはい」


 私の隣に座る同期・空乃 碧くんは、勤務中にカリカリ梅を狙っている。




 *


 俺の隣に座る同期・松葉 楓は、勤務中にカリカリ梅を食べている。


 出勤する前にコンビニ寄っとくか。

 昨日、楓におやつもらったし、お返ししないとな。


 ——しょっぱいもの食べると、甘いものが欲しくなるでしょ?


「カリカリ梅とチョコか?」


 でもこのコンビニにはチョコバナナチップスはない。


 あ、これこの間食って美味かったんだよな。

 楓に買っていってやるか。あとこれも……。


「会計お願いします」


 缶コーヒーにカリカリ梅とチョコ。

 俺を見る店員の視線がやけに痛かった。



 デスクに着くと、缶コーヒーを一気にあおる。

 今日も一日が始まる。ルーティンみたいなものだ。


「碧くんおはよう」

「おはよう楓、これやるよ」


 袋に入れたまま、カリカリ梅とチョコを手渡す。

 チョコは喜ばなくても、こっちは喜ぶだろう。


「これ、カリカリ梅?」

「うん。楓よく食べてるだろ?」

「ありがとう! チョコも入ってたよ、取り忘れたの?」

「いや、チョコも楓の分。昨日おやつもらったからお返し、それ結構美味かったからさ」

「……碧くんのおすすめってこと?」


 おすすめって言えるほど、他のチョコ知らないけど。

 まぁ、美味かったからおすすめではあるか。


「うん。俺のおすすめ」

「そっかぁ、ありがとう碧くん!」


 なんか、カリカリ梅より喜んでる……?

 まぁ、梅は自分でも持ってきてるけどって感じか。


「嬉しいなぁ、早く食べたいなぁ」

「いや、食ったらいいだろ」

「ダメ! おやつに食べるの!」

「あ、そうですか……」

「碧くんも一緒に食べようね!」


 俺が買った物を一緒に食うのかよ……。

 まぁ、それも悪くないか。


「そうだな」

「うん! じゃあお仕事がんばろー!」


 いつにも増して、楓がやる気を出していた。


 ……単純なやつだな。


 そう思いつつも、俺の仕事もいつも以上に捗った。


「空乃、ちょっといいか——」




 *


 私の隣に座る同期・空乃 碧くんは、勤務中にカリカリ梅を狙っている。


 よし、会議も終わり!

 もう少しで十五時だ! おやつの時間だ!


 碧くんがおすすめのチョコを買ってきてくれた。

 嬉しい嬉しい。一緒に食べようって誘っちゃった!


 だけど、時間になっても碧くんは戻ってこない。

 向こうの会議、長引いてるのかな……?


「何キョロキョロしてるの?」


 声をかけてくれたのは、私の前の席に座る同期・高田 臨(のぞむ)くん。

 彼は人気があって、いろんな女の子たちから好かれているらしい。

 碧くんの方がかっこいいのにって思うけど、みんなが碧くんを好きになったら困るから仕方ない。


「碧くんがいないから、どこかなって」

「空乃なら、松葉が会議に出てる間に出てったぞ」

「え? どこに?」

「なんか月島がやらかしたらしくて、部長と三人で謝りに」


 ……そっか、碧くんいないんだ。


「何? 寂しい感じ?」

「うん、碧くんとおやつ食べる約束してたから」

「おやつって……子供じゃないんだからさ……」

「でも約束したから」

「じゃあ俺とおやつ食べる?」


 高田くんとおやつ食べるの?

 でもチョコは碧くんからもらったやつだからあげたくない。

 このカリカリ梅も碧くんにもらったやつだからあげたくない。


 あ、そうだ!


「高田くんはカリカリ梅好き?」

「カリカリ梅? いつも松葉が食べてるやつ?」

「うん!」

「まぁ、嫌いじゃないけど……」

「よかった! じゃあ今日のおやつはカリカリ梅ね!」


 鞄に忍ばせていた分を取り出して、封を開ける。


「はい! 高田くんどうぞ!」

「ありがとう。あ、空乃帰ってきたぞ」


 振り返ると、スーツの上を脱いだ碧くんがいた。

 汗を拭う、いつもの優しい笑顔の碧くん。


「碧くん、おかえり!」

 

 でも私の手元を見た瞬間、その笑顔は消え去った。


「……高田には、カリカリ梅やるのかよ」



 

 *


 まずいまずい……!!

 楓とおやつの約束してたのに……!!


 俺は全速力で会社に向かっていた。


 早く来い早く来い!!


 エレベーターを待つ時間さえ惜しい。

 ちょっと過ぎちゃったけど、これなら間に合う!!


 そう、思ったのに。

 楓は俺に絶対あげないと豪語していたカリカリ梅を、高田に笑顔で差し出していた。


「碧くん、おかえり!」


 いつも、その笑顔は俺だけに向けられてたのに。

 カリカリ梅だって、俺にも絶対あげないって言ってたのに。


 同期で一番仲がいいのは俺だって、そう思ってたのは俺だけ……?


「……高田には、カリカリ梅やるのかよ」

「え、あ、これは違くて!」

「違くないだろ、カリカリ梅じゃん」


 すごく腹が立つ。

 てか、なんで高田とおやつ食おうとしてんだよ。

 俺と約束してたじゃん……。


「空乃、松葉はお前のこと待ってたよ。おやつ食べる約束したって」

「でも、今はお前と食おうとしてただろ?」

「それは俺が誘ったからで、松葉はお前のこと待ってたよ。探してたしさ」


 ……本当かよ。本当は高田と食えてうれしかったんじゃないの?

 だから普段絶対あげないカリカリ梅差し出したんだろ。


「碧くん、あのね。私、碧くんにもらったチョコとカリカリ梅はあげたくなかったの。碧くんと約束したから。だけど私、他に持ってるおやつこれしかなくて……」


 確かに楓の差し出していたカリカリ梅は、俺が渡した物じゃない。

 持ち歩いてる、予備かなんかのを出したってことか……?


「碧くん、ごめんね」

「いや、俺こそごめん。勝手に色々誤解して」

「ううん、大丈夫! 私、知らなかった! 碧くんがそんなにカリカリ梅好きだったなんて」

「いや違うよ!」

「だって、カリカリ梅好きだから怒ったんでしょ?」


 ……どう考えたらその解釈になるんだ。

 でもきっと、楓がこういう子だから俺は——。


「あのさ、楓。俺が好きなのは——」


 


 俺の隣に座る同期・松葉 楓は、勤務中にカリカリ梅を食べている。

 

 私の隣に座る同期・空乃 碧くんは、勤務中にカリカリ梅を狙っている。


 俺の目の前に座る同期・空乃と松葉は、勤務中に互いのことを想っている。




 勤務中にカリカリ梅を食べていたら思いつきました。

 ちなみに何故、カリカリ梅とチョコバナナチップスだったのか。

 それはおやまのおやつがカリカリ梅とチョコバナナチップスだったからです。



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