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姉のふりで、恋が動き出す。

掲載日:2026/06/25




「んぁっ……。」



 微睡みから目が覚める。


 今日は朝から体調が悪かった。

 無理を押し、学校へ登校したが、二時間目で早退した。

 昼前に帰宅し、途中のコンビニで買った栄養ゼリーを飲んで、自室のベッドに倒れ込む。


 誰にも、何も言わずに帰ってきてしまった。

 あの人は、私がいなくなったことに気づいてくれただろうか。



「……どうしようかな」



 ベッドサイドテーブルに目をやると、時刻は午後五時を少し過ぎていた。

 窓から差し込む夕陽が、部屋の端までじわりと茜色に染めている。


 夕飯まで、もう一眠りしようか。

 そう思って寝返りを打ち、壁側へ顔を向けた、その時だった。



「あっ……。駄目っ……。」



 甘く切ない声が、壁の向こうから微かに聞こえた。

 思わず目をギョッと見開く。



「妹が帰ってくるから、駄目だって……。」



 聞き間違いじゃなかった。

 壁の向こうから、私と同じ声がする。


 双子の姉だ。


 気づけば、壁に耳を当てていた。

 心臓の音が、やけにうるさい。



「もうっ……。一回だけだよ?」



 姉以外の声は聞こえない。


 けれど、一人で話しているはずがない。

 壁の向こうに、誰かがいる。


 その会話の意味を、理解してしまう。

 心臓が、さっきよりも強く鳴った。



「んんっ……。

 ……いいよ。して……。」



 声が、途中で小さく途切れた。


 それが、自分の声にしか聞こえなくて。

 どうしても、重なってしまう。



「あっ……。んぁっ……。

 もうっ……優しく、して……」



 駄目だと、分かっていた。


 それでも私は、耳を壁に押し当てたまま、衝動を抑えきれずにいる。


 左手で口元を強く抑える。

 これで、私の声は聞こえない。




 ******




「はぁーー……。」



 ベッドから足を下ろし、顔を両手で覆う。

 さっきまでの自分を思い出して、言い訳のひとつも浮かばない。



「私ってば、何を……。」



 私は十六歳、高校一年生だ。

 表では平然としていても、恋愛に無関心なわけじゃない。

 気になる相手くらい、ちゃんといる。


 でも、あんなことをするのは滅多にない。


 月に一度か、二度。

 どうしても寝付けない夜の、自分なりの『処方箋』みたいなものだ。



「そろそろ、妹が帰ってくるから……。」



 壁越しの声に、身体がビクッと反応する。

 何も悪いことはしていないはずなのに、なぜか落ち着かない。



「……また明日、学校でね」



 ドアの向こうを歩く音と、階段を下りる音が遠ざかっていく。

 気づけば床に這いつくばり、耳を絨毯に押し当てていた。


 しかし、姉の彼氏と思しき声は聞こえない。



「誰なんだろう?」



 思わず、小さく呟いた。


 私と姉は一卵性双生児。

 顔も同じなら、胸もサイズもぴたりと一致する。


 幼い頃は何をするにしても、一緒だった。

 だが、小学高学年の頃から、少しずつ違いが生まれ始めた。


 姉は他者と関わることを好み、朗らかで明るい。

 それに対して私は、本を読むことを好み、いつしか人付き合いを避けるようになっていった。


 そのため、姉は男子にモテる。

 告白された、という相談を何度も受けた。


 一方で、私はそうではない。


 比べられることには慣れている。

 けれど、慣れただけで、平気になったわけじゃない。


 男子たちが『本当に双子かよ?』と話しているのを、何度も耳にしたことがある。

 その中に、あの人の声が混じっていたことも、あった気がする。


 それがどこか悔しくて、髪を姉と同じロングにしてみたが、結果は変わらなかった。



「……えっ!?」



 窓の横に立ち、玄関先を見て、思考が一瞬止まった。

 何度か振り返りながら、名残惜しそうに我が家を離れていくその男子は、私が片思いしている、あの人だった。



「ど、どうして……。」



 膝の力が抜け、その場にへたり込む。


 自分の性格は、自分が一番よく分かっている。

 彼と付き合いたいなんて、高望みはしていない。

 自分には無理だと、どこかで諦めていた。


 だが、よりにもよって、どうして姉なのか。

 

 この想いは、誰にも話したことがない。

 姉にだけは、ほんの少しだけ打ち明けたことがある。

 彼の話をしたとき、姉は『頑張れ』と言ってくれたはずだ。


 しかし、その時の苦笑い。


 今になって、ようやく分かった。

 そういう意味だったのか。



「……酷いよ。姉さん」



 胸の奥に、どす黒いものがゆっくりと沈んでいった。




 ******




「えっ!?」



 彼は目を見開き、呼吸すら忘れたようにその場で動きを止めた。


 だが、もう遅い。

 そこには、隠しようのない事実があった。


 報われた。

 一ヶ月もの間、悩み抜いた末に姉のふりをした甲斐があった。


 彼に『姉からの伝言だ』と告げ、自宅へ呼び出した。

 そして、姉の部屋へと招き入れた。


 姉とは色の好みが違う。

 だから、姉のものを借りた。


 今の今まで、彼は疑うこともなく、受け入れていた。



「どうしたの? 顔は一緒でしょ?」



 私は彼との距離を詰め、視線を絡めながら妖しく嗤った。


 私は悪くない。姉さんが悪いんだ。

 奪ったから、奪い返した。


 そう、自分に言い聞かせた。




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