第73話:深淵の代筆者、コードネーム「8」
サトエン事務所の最奥、通常のスタッフさえ立ち入りを禁じられた一室。 そこが、覆面の預言者「8(エイト)」の執務室となりました。
「……いい、エイトくん。あなたの『眼』は今日から、サトエンの、そしてLink-V界隈の汚れ仕事を浄化するための『羅針盤』よ」
瑠々が提示したのは、完全非公開の探偵業設立プラン。 そのルールは徹底していました。
完全秘匿:クライアントとは一切対面せず、音声も変えない。
書面のみの報告:鑑定結果はすべて瑠々を通し、無機質なタイピング文書として提出。
覆面の「8」:万が一外部と接触する際は、フルフェイスのヘルメットとボイスチェンジャーを使用。
「……分かりました。これなら、僕の歌で誰かを壊すこともないし、余計な感情に振り回されることもありません」
エイトは、自らの意思で「8」としての仮面を被りました。 彼に持ち込まれるのは、通常の調査では解決不可能な難問ばかり。
「……第一号の案件よ。ある大手事務所の新人ライバーへの殺害予告。犯人が一切の足跡を残していないやつ」
エイトは、デスクに置かれた脅迫状にそっと手をかざしました。 1日の回数制限のうち、貴重な「1回」を消費。……脳が熱を帯び、空腹が襲う。しかし、彼の眼には「真実」がカラーで浮かび上がります。
(……犯人は、同事務所のマネージャー。動機は、自分が担当から外されたことへの怨恨。今、駅前のコインロッカーにナイフを隠している……)
カタカタカタ……と、エイトが無機質な音を立ててキーボードを叩きます。 出来上がったのは、感情を一切排除した「事実」の報告書。
「……完璧だわ」 瑠々がその書面を受け取り、不敵に微笑む。 「これでまた一つ、サトエンが界隈に『恩』を売れたわね。……エイトくん、お疲れ様。さあ、特注の『高カロリー特盛りカツサンド』を持ってきたわよ」
「……はふ……ありがとうございます……」 「8」の仮面を脱いだエイトは、いつもの空腹な少年に戻り、カツサンドに食らいつきました。
一方で、この「謎の覆面探偵8」の噂は、瞬く間にLink-Vの裏社会で広まっていきました。
「……聞いたか? サトエンの裏には、どんな嘘も見透かす『鏡の神』がいるらしいぜ」 「声も出さず、書面だけで運命を断罪する……。SSSランクの神田シュウさえ、彼には敬語を使うっていう噂だ」
表では、タロットと美声でリスナーを癒すCランクライバー、霧島エイト。 裏では、書面一枚で界隈の悪を裁く、正体不明の探偵「8」。
その二面性を一番近くで観察していた優美那は、またしても興奮で鼻血を抑えながら、新たな設定資料を書き殴るのでした。
(……『昼は癒やしの占い師、夜は冷徹な裁定者』……っ、この二面性! 悠さんにだけは見せる、仮面の下の脆い素顔……! 書けます、これなら一晩で40ページ書けます!!)
サトエンは、光の歌声と、闇の真実を同時に掌中に収め、さらなる巨大組織へと進化を遂げていくのでした。




