第72話:星の導き、魔力なき神託
「誓約通り、僕はもう自分の『眼』は使いません。……その代わり、これを使います」
エイトがデスクに広げたのは、使い込まれた一枚のタロットカード。 あの「歌唱暴露事件」の翌日、サトエンの公式チャンネルで始まったのは、これまでのオカルト的な的中劇とは打って変わった、静かな、しかし深く心に染み入る「カードリーディング」の配信でした。
「『眼』を使わなければ、回数制限も空腹もありません。……ただ、カードが示す象徴を、僕の言葉で伝えるだけです」
エイトの声は、歌を歌わなくても十分に魅力的でした。 SSSランク・神田シュウの横で長年その「声」を聴いてきたリスナーたちは、エイトの低く落ち着いた、それでいてどこか少年の危うさを残したバリトンボイスに吸い寄せられていきます。
『あれ、今日の占いは「絶対」じゃないの?』 『でも、エイトくんの声が良すぎて、カードの説明聞いてるだけで癒される……』
「……この『隠者』のカードは、あなたが今、誰にも理解されない孤独の中にいることを示しています。……でも、それは悪いことじゃありません。暗闇を知る人だけが、自分の心に火を灯せるんです。……焦らなくていいんですよ」
エイトは、自らの異能を封印したことで、皮肉にも「リスナーに寄り添う」という、これまで欠けていたエンタメ性を手に入れ始めました。 これまでは「正解を突きつける」だけだった配信が、彼の声とカードの解釈によって「物語を共有する」場へと変わっていったのです。
「……見て、お兄ちゃん。同接がじわじわ伸びてるわ」 モニターを見守る瑠々が、満足げに微笑む。 「魔力を使わなくても、これだけの集客ができる。……彼はもう、ただの『予言者の弟子』じゃない。一人の『表現者』として歩き始めたのね」
その時、スタジオの隅で、深く帽子を被り、サングラスをして変装した一人の女性が、必死にメモを取っていました。
「……『孤独の中に火を灯す』……っ、素晴らしい。これです。これこそが悠エイの間に流れる静謐な……(カキカキカキ!)」
「優美那さん、バレバレだからね」 悠真が苦笑しながら声をかけると、優美那はビクッと肩を跳ねさせた。
「……悠さん。私、決めました。エイトくんのこの『声』を活かしたボイスドラマの脚本、私が書きます……! もちろん、全年齢対象の、健全な……絆の物語ですよ?」
「……目が全然健全じゃないけど、まあ、期待してるよ」
魔力を封印し、自らの「声」と「カード」で戦い始めたエイト。 サトエンの最下層から這い上がる預言者の旅は、より人間臭く、そして温かいものへと変わり始めていたのでした。




