第62話:開かれた扉、狂乱の限界オタクたち
「……代表、緊急事態です。サーバーの負荷ではありません。……SNSの『トレンドワード』が、私の理解を超えています」
阿久津マネージャーが、珍しく困惑した表情で画面を指し示した。 そこには、前夜のコラボ以降、爆速で拡散されているハッシュタグの数々。
#魔悠(ドマ悠) #光と闇の抱擁 #サトエンに教会を建てろ #概念の勝利
「『二人の体格差が尊い』、『宵闇さんの低音に悠真くんの絶叫が重なる瞬間、宇宙が見えた』、『最後、拳を合わせた時の視線の交差で三日三晩眠れない』……。瑠々代表、これは一体……?」
「……阿久津さん、これが現代の『需要』よ」 瑠々が遠い目をしながら、スマホを高速スクロールする。
「お兄ちゃんのあの『守られ系エース』が、宵闇さんの前でだけ見せた『牙を剥くオス』の顔……。これが彼女たちの琴線に触れちゃったのね。……見て、悠真のフォロワーが、一晩でさらに30万人増えてるわ。しかも9割が女性」
「……あ、あの。僕、何か変なことしたかな?」 スタジオから出てきた悠真が、首を傾げる。 その後ろからは、なぜか満足げな顔の宵闇堂魔がついてきていた。
「気にするな、悠真。……貴様との共鳴は、俺のファンにも新たな『光』を見せたようだ」
だが、この状況を誰よりも「独自の視点」で楽しんでいる人物がもう一人。
「……ふふ、ふふふふ。……いい、最高だわ。悠さんと宵闇さん……。あの曲の2分45秒目、悠さんのブレスが宵闇さんの声に溶け込む瞬間の、あの背徳感……っ!!」
「優美那ちゃん!? 顔、顔が怖いですよ!」
そこには、スケッチブックに猛烈な勢いで何かを書き殴る優美那の姿があった。 実は彼女、隠れ「貴腐人」としての素養があったのだ。
「悠さん、今度のコラボではぜひ、宵闇さんに背中を預けて、少し苦しげな表情でハイトーンを出してください! それが……それが一番『映え』ますから!」
「優美那さんまで何を言ってるの!? 紫苑さん、助けて!」
「……悪いわね、悠。私は私で、『宵闇の闇に染まりかけながらも、最後は彼を光で浄化する貴方』という構図の台本を執筆中よ」
「……サトエンが、僕の知らない方向に進んでる……!」
阿久津マネージャーは静かに手帳を閉じた。 「……代表、これは勝機です。今すぐ『男同士の対立と絆』をテーマにした限定グッズと、デュエットCDの予約を開始しましょう。……サトエンの年商が、あと3倍は跳ね上がります」
悠真の「婦女子人気」の爆発。 それは、清楚なアイドル事務所を目指していたはずのサトエンが、全方位死角なしの「総合エンタメ帝国」へと変貌を遂げる決定打となったのである。




