第53話:共鳴のトリニティ、三色の旋律
星野ルミの「多幸感」がリスナーの思考を奪い、宵闇堂魔の「孤独」が魂を侵食する。サトエンのスタジオは、もはや二人の高ランクライバーが放つ干渉波で、計器が狂い始めていた。
「……あ、が……っ」 喉が焼ける。悠真の咆哮は、SSSランクとSSランクが作り出す完璧な「世界観」という名の壁に跳ね返され、じわじわと体力を削られていた。
『あら、サトエンのエースさんもここまでかしら? 素敵な叫びだったけど、私の星空を塗り替えるには、光が足りないわね』 星野ルミの余裕に満ちた声。スコアはダブルスコア以上の差。誰もが「サトエンの敗北」を確信した、その時。
「――光が足りないと言うのなら、私が貸しましょう。悠さんの隣を、暗いままにはさせません!」
優美那の声が、配信のメイン回線に割り込んだ。 彼女はサトエンのロゴが入った新しいマイクを握り、悠真のすぐ後ろに立った。Sランクへと昇格した彼女の歌声は、かつての清廉さに加え、大切な場所を守るという強靭な意志を纏っている。
「優美那……! でも、君まで巻き込むわけには……!」
「いいえ。私がスターダストを辞めてここに来たのは、悠さんと一緒に『新しい景色』を見るためです。……ルミさん、貴方の光では届かない場所まで、私たちが連れて行きます!」
優美那の聖母のような高音が、悠真の掠れかけた声に重なる。 彼女の声がバリアとなり、星野ルミの干渉を中和していく。
「……フン、馴れ合いか。醜いな。優美那一人加わったところで、俺の深淵からは逃れられん。……沈め」 宵闇堂魔が冷酷に追い打ちをかける。その闇の旋律が、優美那と悠真を飲み込もうとした瞬間。
「……私のパートナーに、その汚らわしい声を浴びせないでくれるかしら」
静寂。 そして、すべてを支配する「紫の旋律」が、宵闇の闇を内側から引き裂いた。 紫苑様が、一歩、悠真の隣へ踏み出した。
「紫苑……貴様……!」 「宵闇、貴方の闇は浅すぎる。……悠、優美那。これ以上、私を待たせないで。……世界に教えあげなさい。サトエン(ここ)にしかない、本物の音を」
紫苑(Sランク)の圧倒的な芸術性と、優美那(Sランク)の圧倒的な包容力。 その二つの巨大な翼を得て、中央の悠真(Aランク)が再び息を吹き返す。
悠真がメイン、左右を優美那と紫苑が固める。 サトエンの「三位一体」が完成した。
優美那が希望を歌い、紫苑が矜持を奏で、その真ん中で悠真が「命」を叫ぶ。 それは、大手事務所のシステムでは決して生み出せない、歪で、けれど誰よりも人間臭い、奇跡のようなアンサンブルだった。
『……えっ、何、これ……!?』 星野ルミの悲鳴。 彼女の完成された多幸感を、三人の不協和音めいた情熱が塗り替えていく。 リスナーたちは、ただ圧倒されるばかりだった。上位ランクの暴力に、ランク下の男が仲間と共に抗い、そして……あろうことか、神たちの喉元に食らいついたのだ。
スコアボードの数字が、凄まじい勢いで逆転へと向かって爆走する。
「……これよ。これが見たかったのよ!」 瑠々が、戦場と化した配信画面を見つめ、歓喜に震えていた。




