第51話:ダブル・インパクト、女王たちの移籍騒動
「……代表、至急、防弾ガラスの手配を。……いえ、それよりも精神安定剤が必要かもしれません」
阿久津マネージャーの眼鏡が、冷や汗で曇っていた。 サトエンの会議室。瑠々社長、そして僕の前に、業界を震撼させる二通の書類が叩きつけられた。
一通は、業界最大手『スターダスト・V』からの退所及び、移籍合意書。 【優美那:Sランク昇格を機に、スターダストを円満退社。サトエンへの合流を希望】
もう一通は、歌い手特化の老舗『ノワール・レコード』からの電撃移籍届。 【紫苑:Sランクとして、サトエンへの移籍を決定。既に関係各所への根回し済み】
「……ちょっと、嘘でしょ!?」 瑠々の叫びが事務所の壁を震わせた。
「優美那ちゃん、あの大手のスターダストを辞めたの!? 契約金だって凄まじい額だったはずよ!? 紫苑さんも、あんなに大切にされてたノワールを捨ててくるなんて……!」
「……理由は、極めてシンプルです」 鉄マネージャーが、胃を押さえながら二人の移籍会見(予定)の資料を広げた。 「お二人とも、『悠の隣で歌うこと以上に、価値のある報酬はない』と断言しております。……スターダストの社長は泣いていたそうですよ」
その時、会議室のドアが、逃げ場のないプレッシャーと共に開いた。
「……あら、優美那。大手の過保護な環境を捨ててまで、この『砂糖小屋』に身を投じるなんて。……ようやく私と同じ土俵に上がってきたようね」 紫苑様が、Sランクの絶対的な威圧感を纏って入ってくる。
「……紫苑さんこそ。孤高の歌い手でいるより、悠さんの『隣』にいる方が大事だと気づいたんですね。私は、もう一歩も引きません」 優美那もまた、大手の看板を脱ぎ捨て、一人の表現者として不敵な笑みを浮かべていた。
「……あ、あの……二人とも、なんでそんな無茶を……」
僕の問いかけに、二人は同時に僕を指さした。
「「貴方が、私たちの『居場所』だからよ(です)!!」」
「お兄ちゃん、これもう収穫祭どころの騒ぎじゃないわよ!」 瑠々が僕の肩を掴んで揺さぶる。 「Sランク二人に、SSSランクの私。……サトエン、設立一ヶ月で、業界のバランスを破壊する『世界最強の火薬庫』になっちゃったじゃない!!」
結城マネージャーは各メディアからの問い合わせ電話でパンクし、阿久津マネージャーは「Sランク二人の違約金と契約金の調整」で、もはや笑うしかない状態だ。
「……悠、早く私のデスクを用意しなさい。貴方の隣にね」 「悠さん、私も……今日から、ずっと一緒ですね」
僕の平和なAランクライフは、Sランクという二つの巨大な輝きに呑み込まれ、全く新しい、そして最も美しく激しい「混沌」へと突入したのだった。




