第50話:究極の選択、揺れるマエストロ
「……無理だよ。選べるわけないじゃないか」
事務所のデスクに突っ伏したまま、僕は頭を抱えていた。 画面上では、優美那と紫苑が互いのプライドと、そして何より「僕への執着」を剥き出しにして、ランキングの数字を削り合っている。
『悠さん、私だけを見ていてください!』 優美那が画面越しに、真っ直ぐな瞳で訴えかける。その歌声には、僕をAランクへ導いてくれた優しさと、秘めた情熱が溢れている。
『悠、貴方が跪くのは私の前だけでいいはずよ。……違うかしら?』 紫苑様は、僕を支配するかのような冷徹な、けれど熱い視線を向けてくる。その歌声は、僕の魂を調教した「劇薬」そのものだ。
「……お兄ちゃん、どっちにギフト投げるか決めた? 私のスマホ、準備万端よ」 瑠々が、僕の「個人アカウント(全財産入り)」のスマホをニヤニヤしながら弄っている。
「……どっちか一方に投げたら、もう片方の時に、僕はどんな顔をして会えばいいんだよ!」
もし優美那を応援すれば、明日からのバイト先(紫苑様の本屋)は文字通りの「処刑場」になるだろう。 逆に紫苑様を応援すれば、僕を信じてAランクまで支えてくれた優美那の真心を踏みにじることになる。
「……鉄さん! マネージャーとして、こういう時の正解を教えてください!」 僕は藁をも掴む思いで、統括マネージャーの鉄さんに詰め寄った。
「悠様。データに基づけば、この状況で最も賢明な判断は……**『スマホを窓から投げ捨てて、寝たふりをすること』**です。……これ以上の介入は、サトエンの崩壊を招きます」
「阿久津さんは!?」 「法的には、どちらを応援しても自由ですが……感情的な損害賠償、および物理的な報復に関しては、私の専門外です」
「……みんな、冷たすぎるだろ!」
結局、僕は二人の配信を同時に流しながら、右手にサイリウム(白)、左手にサイリウム(紫)を持ち、画面の前で狂ったように交互に振り続けることしかできなかった。
『……あら、悠。私の時は、左手の振りが少し甘いんじゃないかしら?』 『悠さん! 今、紫苑さんの時の方が笑顔でしたよね!?』
「……バレてる!? 音声繋いでないのに、なんでバレてるの!?」
二人の「察知能力」は、すでに人間を超えていた。 配信が終わる頃、僕は魂が抜けたような顔で床に転がっていた。
「……お疲れ様、お兄ちゃん。……結局、同点だったから、明日二人から『どっちが良かったか』って詰め寄られるのは確定ね。……頑張って生き残りなさいよ」
瑠々の無慈悲な宣告が、静かな事務所に響いた。 サトエン一期生たちが「……先輩、大変だなぁ」と遠巻きに見守る中、僕の「平和な日常」は、音を立てて崩れ去っていった。




