第46話:頂点の双璧、砂糖家の日常と狂気
紫苑様の登場で、スタジオ内はまるで氷河期のような静寂に包まれた。 Bランクのアリアでさえ、その威圧感に喉を鳴らすのが精一杯だ。
だが、その凍りついた空気を、パリッという場違いな咀嚼音がぶち壊した。
「……紫苑さん、相変わらず圧が凄いわね。あ、そのお肉、私が焼いたから食べていいわよ。焦げてるけど」
「……瑠々。貴方、私の前でよくそんなに弛緩していられるわね」
紫苑様が呆れたように視線を向けると、瑠々は「だって社長だもん」とケロリと言ってのけた。 一期生たちの目が点になる。
(……そうだ。紫苑様というAランクの怪物の横にいるのは、この界隈で伝説級のSSSランク・瑠々様だ……)
彼らにとって、この光景は異常だった。 自分たちが一生かかっても届かないかもしれないAランクと、さらにその上の神の領域にいるSSSランクが、自分の目の前で「肉の焼き加減」で言い合っている。
「……アリアちゃんだったっけ? あんまり緊張しなくていいわよ」 瑠々がアリアの肩をポンと叩く。 「紫苑さんは厳しいけど、お兄ちゃんの歌に惚れ込んでるただの『限界オタク』なところもあるから。ね、お兄ちゃん?」
「ちょ、瑠々! 変な誤解を招くような言い方しないでよ!」
僕が慌てて突っ込むと、後輩たちの視線が僕に集中した。 憧れの紫苑様と対等に話し、最強の妹に振り回されながらも、その中心で「兄」として、そして「エース」として立っている僕。
「……悠さん」 アリアがぽつりと呟いた。 「……紫苑様の威圧感も、瑠々様の余裕も……その中心にいる悠さんが一番『普通』に見えるのに、一番得体が知れない気がしてきました」
「えっ、僕が?」
「はい。……紫苑様を『紫苑』と呼び捨てにして、SSSランクの妹を顎で使う(実際は使われているが、アリアにはそう見えた)……。悠さん、本当は一番の『魔王』なんじゃないですか?」
一期生たちの間に、妙な納得感が広がっていく。 「……確かに。あの二人の間にいて正気でいられるのは、狂ってる証拠だ」 劇団員の瀬名も、戦慄したような笑みを浮かべる。
「……ふん。面白い解釈ね」 紫苑様がワイングラスを傾けながら、僕をじっと見つめる。 「悠、この子たちの目から恐怖が消えたわよ。……代わりに『好奇心』が宿った。……さあ、その好奇心を『確信』に変えてあげなさい」
瑠々がニヤリと笑い、僕の背中を強く押した。
「お兄ちゃん、行ってきな。……SSSランクの妹が、直々にバックコーラス(鼻歌)でも入れてあげようか?」
「……勘弁してよ。……でも、やるしかないみたいだね」
最強の女たちに挟まれた「魔王(仮)」として。 僕は、10人の後輩と二人の女王を黙らせるための、最高の一曲を歌い出す準備を整えた。




