第43話:砂糖よりも甘い契約、鋼のマネジメント
「……ちょっと、この契約書、正気なの?」
事務所の会議室。瑠々が阿久津さんの作成した所属契約書を二度見、三度見している。
時給(報酬): ランク相応の運営からの支払いは100%本人へ還元。
ギフト(投げ銭): 事務所の取り分は10%。ただし、これは運営側の手数料調整分から捻出するため、ライバーの受取額は実質減らない。
グッズ管理: 制作・発送・在庫管理はすべて事務所が代行。
「福利厚生はまだ準備中ですが、ライバーの『手取り』を一切減らさず、面倒な事務作業だけをこちらが引き受ける。……業界広しと言えど、こんな甘い(サトウ)条件、他にありませんよ」
阿久津が眼鏡をクイッと上げると、瑠々はガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。
「私もサトエン所属にすればよかった……! 自分の事務所なのに、なんで私、これまでの活動で高い手数料払ってたのよ!」
「代表は『経営者』ですから。諦めてください」
瑠々が悔しそうに頭を抱える一方で、鉄マネージャーが僕に厳しい視線を向けた。
「悠様。一つ問題があります。貴方の過去の活動データを見ましたが……【グッズ販売実績:ゼロ】。これは致命的です」
「えっ……でも、僕は歌を聴いてもらえればそれで……」
「甘い(サトウ)。砂糖よりも甘いですね」
鉄さんはキーボードを叩き、一つのグラフを表示させた。 「リスナーの熱量には波があります。歌だけで繋ぎ止められるのは一握りの天才だけだ。形に残る『所有感』を与えない活動は、リスナーの寿命を短くします。彼らに『悠の人生を一緒に支えている』という実感を、物として供給しなさい」
「……供給、ですか」
「ええ。結城がすでに業者の選定を終えています。まずはAランク昇格記念の『限定アクリルスタンド』と、例のレコードショップをイメージした『オリジナルレコード風コースター』。これを来月の第一期生デビューに合わせて展開します」
「悠様の声という『無形資産』を、我々が『有形資産』へと変換し、リスナーの生活空間を侵食する。これがサトエンの戦略です」
結城さんが爽やかな笑顔で、えげつない計画書を広げる。
「……なんか、僕が知らないところで僕が『商品』として完成されていく……」
「それがプロの事務所に入るということです。貴方は歌うこと、そして紫苑様を満足させることだけに集中すればいい」
紫苑様も、どこかでこの様子を見て「……やっと、売られる覚悟ができたようね」と不敵に笑っているに違いない。
こうして、史上最高にホワイト(で、中身はハード)なサトエン第一期生オーディションが、ついに本格始動した。




