第4話:その声に、僕は聞き覚えがある
昨夜の「月末祭り」の結果は、僕の通帳に深い爪痕を残した。 全財産を注ぎ込んだ結果、残高は数百円。 紫苑様をSSSランクに押し上げることは叶わず、僕は今日、もやしを買うための小銭を求めて駅前の書店へと向かった。
(……はぁ。次はもっとシフト増やさないとな……)
重い足取りで書店内を歩いていると、文芸誌の棚を整理している一人の女性店員が目に入った。
長い黒髪を後ろで一つにまとめ、伏し目がちに新刊を並べている。 その仕草はどこか上品で、少しだけ近寄りがたいオーラを放っていた。
「あの、すみません。……この雑誌のバックナンバーってありますか?」
僕が声をかけると、彼女はゆっくりとこちらを向いた。 眼鏡の奥にある瞳は、驚くほど冷静で、そして鋭い。
「バックナンバーですね。……少々お待ちください。在庫を確認して参ります」
その瞬間。 僕の背筋に、ゾクりとした電流が走った。
(……え?)
今の声。 低めで落ち着いていて、どこかリスナーを突き放すような、でも心地よい響き。 毎日、僕がスマホを爆音にして聴き続けている、あの「紫苑様」の声に、あまりにも似ていた。
「……あの、失礼ですが」
「はい。何か?」
彼女が再び口を開く。 その冷たい視線に射抜かれた瞬間、僕は昨夜の配信での台詞を思い出した。 『貴方、またこんなに投げて。……馬鹿ね』。
脳内の声と、目の前の店員さんの声が、ピタリと重なる。
(まさか。……いや、そんなはずはない。紫苑様はAランクのVLiverだぞ? こんな駅前の本屋で働いているわけが……)
「……いいえ、なんでもありません。お願いします」
「左様ですか」
彼女は事務的に一礼すると、バックヤードへと消えていった。 数分後、戻ってきた彼女から雑誌を受け取る際、指先が少しだけ触れた。
「……あ、ありがとうございます」
「お買い上げ、ありがとうございました」
徹底して無愛想な接客。 だが、その突き放すような態度さえも、僕には「ご褒美」のように感じられてしまう。
(……似てる。似すぎてる。でも、世界には三人は似た声の人がいるって言うしな……)
僕は雑誌を抱え、逃げるように店を出た。 家に戻れば、また隣の部屋から「営業スマイル全開」の妹の声が聞こえてくるだろう。
家につき、玄関を開けた瞬間。
「お兄ちゃん、遅い! 肉の特売、終わっちゃったじゃないのよ!」
ジャージ姿で仁王立ちする瑠々が、僕を睨みつける。 現実(妹)はこんなにも騒がしいのに、僕の頭の中では、さっきの店員さんの――そして紫苑様の、冷たくて美しい声がリフレインしていた。




