第39話:引き抜き、誘惑、そして僕たちの旗
Aランクに上がった翌週から、僕のDM欄はかつてないほど騒がしくなっていた。 そのほとんどが、大手Vライバー事務所からの「スカウト」だ。
「……悠さん、あの、私の事務所の社長がどうしても悠さんに会いたいって……」
バイト先の休憩中、優美那から申し訳なさそうに切り出された。彼女が所属するのは、業界最大手の『スターダスト・V』。福利厚生も、楽曲提供の質も国内トップクラスだ。
「優美那ちゃんと同じ事務所……それは、すごく魅力的だね」
けれど、話はそれだけで終わらなかった。 その日の夕方、白雪さんがカウンター越しに一通の封筒を差し出してきた。
「私の所属する『ノワール・レコード』の招待状よ。……私のパートナーになるのなら、同じ環境の方が都合がいいでしょう?」
業界屈指の歌い手特化型事務所。紫苑様と同じ看板を背負えるという、これ以上ない栄誉。 どちらを選んでも、僕の将来は安泰だろう。けれど、僕の心にはずっと引っかかっていることがあった。
その夜、佐藤家のリビング。 「……で、お兄ちゃん。どっちの事務所に行くつもり?」 瑠々がコーラを飲みながら、他人事のように聞いてきた。
「……正直、どっちも凄い条件なんだ。でも、瑠々。……僕、思ったんだ。もし僕がどこかの事務所に入ったら、また瑠々と『違う世界』の住人になっちゃう気がして」
瑠々がピクリと反応する。
「瑠々はSSSランク(月収100万円)で、僕はAランク。……これまでは僕が追いかける立場だったけど、せっかくここまで来たんだ。……瑠々、僕と一緒に『事務所』を作らないか?」
「……。……アンタ、正気? 大手のサポートを捨てて、自分たちでやるっての?」
「瑠々のマネジメント能力と、僕の歌。……そして、僕たちを信じてくれるリスナーがいれば、どこに所属するかよりも『誰と創るか』の方が大事だと思うんだ」
瑠々はしばらく黙っていたが、やがて呆れたように笑った。 「……本当、バカなお兄ちゃん。……いいわよ。SSSランクの私のブランド力、タダじゃないんだから。……その代わり、社長は私。アンタは第一号タレント兼、雑用係ね」
「……ああ、喜んで!」
翌日、僕は優美那と白雪さんに、丁重に断りを入れた。 優美那は寂しそうに、でも「悠さんらしいです」と笑ってくれた。 そして白雪さんは――。
「……ふん、私を振って独立? どこまでも傲慢になったものね。……でも、いいわ。飼い犬ではなく、一人の『城主』として、私と対等に渡り合いなさい」
窓の外には、僕たちの新しい門出を祝うような青空が広がっていた。 事務所名は、瑠々が即座に決めた。
『サトウ・エンターテインメント(仮)』
血の繋がった兄妹が、配信界の頂点を目指すための「自分たちの旗」が、今ここに掲げられた。




