第37話:記録(アーカイブ)の底に眠る、僕たちの足跡
Aランクに昇格した夜、僕は一人、過去の配信アーカイブを遡っていた。 画面に映るのは、まだ機材もボロボロで、歌い方も荒削り、何より自分に自信がなかった「Eランク」の頃の僕だ。
「……懐かしいな。この時、同接はたったの5人だった」
コメント欄には、今ではもう見かけなくなった名前が並んでいる。 僕が音を外せば笑い飛ばし、僕が落ち込めば「次があるよ」と、何の得にもならないのに応援してくれた人たち。
「……あ」
その時、リビングで同じように古いタブレットを眺めていた瑠々が、不意に呟いた。
「……お兄ちゃん。私もね、SSSランクになる前、Aランクに上がる時が一番苦しかったんだ」
彼女が画面を見せてくれた。そこには、まだ幼さの残る瑠々が、今のような余裕など微塵もなく、必死にカメラに向かって頭を下げている姿があった。
「SSSランクなんて、結局は数字の積み重ねよ。でも、Aランクっていうのは……『自分を信じてくれる人』を、初めて背負う場所なの。……私もね、当時はアンチも凄かったけど、たった数人の常連が毎日『るるは最高だよ』って書き込んでくれたから、今の場所に立ててるんだ」
彼女の瞳には、今の成功を支える土台となった、去っていったリスナーたちへの静かな感謝が宿っていた。
「……そっか。僕も、あの『たなか』さんや『猫パンチ』さんがいなかったら、紫苑様に出会う前に心が折れてたよ」
僕はAランク初配信の準備を止め、カメラをオンにした。 告知なしの、ゲリラ配信。タイトルはシンプルに――『ありがとう』。
「……皆さん、夜分にすみません。Aランクになった僕を見て、新しくファンになってくれた人も多いと思います。でも今夜だけは、僕がどん底だった頃に、誰もいない客席を温めてくれた人たちの話をさせてください」
僕は一つ一つの名前を読み上げるように、感謝を述べていった。 ランクが上がれば、人は入れ替わる。それは配信界の宿命だ。 けれど、彼らが僕にくれた「言葉」というギフトは、今の僕の声の中に、確かに溶け込んでいる。
配信の最後、僕は彼らに届くように、かつてEランクで初めて歌ったあの曲を、今の「Aランクの声」で歌い上げた。
その様子を、自室のベッドで横になりながら聴いていた紫苑は、暗闇の中で小さく微笑んだ。 「……傲慢なだけでは、Aランクの孤独には耐えられない。……貴方は、その優しさを捨てなかったのね、悠」
過去のすべてを肯定し、僕は本当の意味で、前を向くことができた。




