第36話:王の凱旋、Aランクへの覚醒
昇格戦、最終日。 もはや、そこには「勝負」など存在しなかった。
画面の向こう、三羽烏たちは完全に戦意を喪失し、震える手で配信を続けている。 対して僕の枠には、Link-V全ユーザーの視線が集中していた。同接は驚異の10万人。Bランクという枠組みを根底から破壊する数字だ。
「……今日は、誰の助けも借りません。……僕の、本当の歌を聴いてください」
僕は敢えて、瑠々や優美那、そして紫苑様とのコラボ回線をすべて切った。 静寂。 そして、アカペラで歌い出したその瞬間、世界の解像度が変わった。
「――♪」
それは、劇薬よりも深く、絶叫よりも鋭い、純粋な「祈り」に似た歌声。 三ヶ月の停滞、敗北の苦しみ、そして紫苑様に叩き込まれた美学。そのすべてが昇華され、一筋の光となってリスナーの鼓膜を貫く。
ギフトの通知が止まった。 あまりの歌声に、誰もがギフトを投げることさえ忘れ、ただ画面に釘付けになっていた。
(ピコンッ!!) 【システム通知:悠のスコアが規定値を突破。……Aランク昇格が確定しました】
画面に踊る、黄金の「A」の文字。 Bランクを「掃除」したのではない。彼は、Bランクという概念そのものを、今ここで「卒業」したのだ。
配信終了後。 静まり返ったリビングのドアが開き、瑠々が入ってきた。 彼女はいつも通りポテチの袋を持っていたが、その瞳には初めて、兄への「敬意」が宿っていた。
「……おめでとう。……もう、私の七光りなんて必要ないわね。一人の『表現者』として、アンタを認めてあげるわ」
「……ありがとう、瑠々」
そして翌日。バイト先の本屋。 白雪さんは、いつものようにカウンターで本を整理していた。 僕が店に入ると、彼女は手を止め、ゆっくりと僕の方を向いた。
「……Aランク。……ようやく、人の耳に届くに値する『声』を手に入れたようね、悠」
彼女は僕に歩み寄り、至近距離で僕の瞳を真っ直ぐに見つめた。そこには金銭やランクへの執着など微塵もなく、ただ一人の純粋な芸術家としての光が宿っていた。
「……おめでとう。もう貴方は、私の庇護を必要とする『家畜』ではないわ。……私の魂を揺さぶり、共に高みを目指す資格を得た、唯一無二のパートナーよ」
彼女はそっと僕の頬に手を添え、慈しむような、けれど挑戦的な微笑を浮かべた。
「……さあ、ここからは地獄よ。私の隣を歩くということは、常に『最高』であり続けるということ。……私を、もっと狂わせてみなさい。……悠」
その言葉は、どんな黄金の称号よりも僕を奮い立たせた。 Bランクまでの道のりは、ただの助走に過ぎなかった。 僕は今、紫苑様と同じ地平に立ち、二人で「究極の音楽」を奏でる権利を掴み取ったのだ。




