第30話:最前列の、ただのファンとして
レコードショップの奥にある、防音完備の試聴スタジオ。 偶然の再会から意気投合した僕たちは、お互いの共通のルーツであるアーティストの曲を「試しに」口ずさむことになった。
「……悠さん、この曲、ハモってもらってもいいですか?」
「いいよ。優美那さんのAランクの歌声、間近で聴けるの楽しみにしてる」
優美那が歌い始めたのは、切なくも力強いバラード。 彼女の歌声はAランクにふさわしく、一音一音が丁寧に磨き上げられていた。
けれど、僕がそこに声を重ねた瞬間――スタジオの空気が一変した。
「――♪」
昨夜の「放送事故(暴走)」を経て、僕の喉は何かを突き破っていた。 優美那の繊細な声に寄り添うようでいて、その実、彼女の心を根底から揺さぶるような、剥き出しの熱量。 紫苑様に叩き込まれた「聴き手を支配する」技術が、無意識のうちに優美那の歌声をリードしていく。
歌い終えた瞬間。 優美那はマイクを握ったまま、呆然と僕を見つめていた。
「……あ、ごめん。ちょっと力が入りすぎたかな?」
「…………すご、い……」
優美那の大きな瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。
「……え、ちょ、優美那ちゃん!? どこか痛かった? 喉、きつかった?」
「違うんです。……違うの。……私、Aランクに上がって、ずっと『上手く歌わなきゃ』って、そればっかりで。……でも、今の悠さんの声……すごく、自由で、かっこよくて……」
彼女はハンカチで目元を拭うと、ライバルとしてではなく、一人の少女として、憧れの眼差しを僕に向けた。
「私……今の悠さんの、大ファンになっちゃいました。……配信者としてじゃなくて、悠さんの『歌』の、ファンです」
「……! 優美那さんにそんなこと言われるなんて……光栄すぎるよ」
かつては僕が彼女の背中を追っていた。 けれど今、Aランクの彼女が、Bランクの僕の歌声に救われていた。
その日の夜、僕は白雪さんにそのことを報告した。 「優美那ちゃんに、ファンだって言われました」
白雪さんは持っていたペンをピタリと止め、眉間にしわを寄せた。
「……あの子、見る目だけはあるわね。……でも、勘違いしないで。貴方の歌はまだ『荒削りの原石』。磨くのは私(飼い主)の役目よ。優美那に毒されて、甘い歌を歌うようになったら承知しないわ」
嫉妬とも、独占欲とも取れる言葉。 けれど、彼女の手は、僕の喉の調子を確かめるように、いつもより少しだけ長く、僕の首筋に触れていた。




