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『妹はミュート。推しは爆音。』  作者: 沼口ちるの


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30/82

第30話:最前列の、ただのファンとして

レコードショップの奥にある、防音完備の試聴スタジオ。 偶然の再会から意気投合した僕たちは、お互いの共通のルーツであるアーティストの曲を「試しに」口ずさむことになった。


「……悠さん、この曲、ハモってもらってもいいですか?」


「いいよ。優美那さんのAランクの歌声、間近で聴けるの楽しみにしてる」


優美那が歌い始めたのは、切なくも力強いバラード。 彼女の歌声はAランクにふさわしく、一音一音が丁寧に磨き上げられていた。


けれど、僕がそこに声を重ねた瞬間――スタジオの空気が一変した。


「――♪」


昨夜の「放送事故(暴走)」を経て、僕の喉は何かを突き破っていた。 優美那の繊細な声に寄り添うようでいて、その実、彼女の心を根底から揺さぶるような、剥き出しの熱量。 紫苑様に叩き込まれた「聴き手を支配する」技術が、無意識のうちに優美那の歌声をリードしていく。


歌い終えた瞬間。 優美那はマイクを握ったまま、呆然と僕を見つめていた。


「……あ、ごめん。ちょっと力が入りすぎたかな?」


「…………すご、い……」


優美那の大きな瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。


「……え、ちょ、優美那ちゃん!? どこか痛かった? 喉、きつかった?」


「違うんです。……違うの。……私、Aランクに上がって、ずっと『上手く歌わなきゃ』って、そればっかりで。……でも、今の悠さんの声……すごく、自由で、かっこよくて……」


彼女はハンカチで目元を拭うと、ライバルとしてではなく、一人の少女として、憧れの眼差しを僕に向けた。


「私……今の悠さんの、大ファンになっちゃいました。……配信者としてじゃなくて、悠さんの『歌』の、ファンです」


「……! 優美那さんにそんなこと言われるなんて……光栄すぎるよ」


かつては僕が彼女の背中を追っていた。 けれど今、Aランクの彼女が、Bランクの僕の歌声に救われていた。


その日の夜、僕は白雪さんにそのことを報告した。 「優美那ちゃんに、ファンだって言われました」


白雪さんは持っていたペンをピタリと止め、眉間にしわを寄せた。


「……あの子、見る目だけはあるわね。……でも、勘違いしないで。貴方の歌はまだ『荒削りの原石』。磨くのは私(飼い主)の役目よ。優美那に毒されて、甘い歌を歌うようになったら承知しないわ」


嫉妬とも、独占欲とも取れる言葉。 けれど、彼女の手は、僕の喉の調子を確かめるように、いつもより少しだけ長く、僕の首筋に触れていた。

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