第29話:雨音のメロディ、重なる二人の「好き」
配信の熱が冷めない翌日の午後。 僕は白雪さんに言われた「喉を休ませなさい」という忠告を守り、気分転換に少し離れた場所にある大型のレコードショップへ足を運んでいた。
配信者としての自分を忘れ、一人の音楽好きとして棚を眺めていると、試聴コーナーでヘッドホンをつけ、静かに涙を流している小柄な女性がいた。
「……あ、優美那ちゃん?」
「……! 悠、さん……?」
そこにいたのは、マスクと帽子で変装した優美那だった。 Aランク(月収20万)へ昇格し、一躍時の人となった彼女も、プライベートではどこか寂しげな一人の女の子に見えた。
「奇遇だね。……あ、それ。僕も大好きなアーティストのアルバムだ」
僕が指差したのは、マイナーだが圧倒的な歌唱力で知られる海外のジャズシンガーのものだった。
「……本当ですか? この人の、孤独だけど温かい歌声……私、ずっと支えにしてて。……でも、周りには知ってる人がいなくて」
「僕もだよ。特に3曲目の、あのピアノの入りが最高で……」
そこからは、配信の数字もランクも関係ない、純粋な音楽談義が止まらなかった。 お互いのルーツが驚くほど似ていること。紫苑様に憧れるあまり、自分の「本当の歌いたい曲」を後回しにしていたこと。
「……ねぇ、悠さん。……もしよかったら、今度の私の『Aランク昇格記念ライブ』、ゲストに来てくれませんか?」
「えっ、僕が? でも、僕より数字を持ってるBランカーは他にたくさんいるし……」
「数字じゃなくて、悠さんと歌いたいんです。……今、この曲を一緒に歌えるのは、世界で悠さんだけだと思うから」
優美那の瞳には、ライバルとしての鋭さではなく、同じ孤独を音楽で埋めてきた「同志」としての信頼が宿っていた。
その夜、佐藤家のリビング。 「……へぇ、優美那ちゃんと二人でジャズ? 渋いわねぇ」 瑠々がタブレットを叩きながらニヤリと笑う。
「でも、いいんじゃない? 紫苑さんとの『主従関係』とは違う、アンタたちの『等身大の歌』。……それが、Aランクへの最後のピースになるかもよ」
そして翌日、バイト先の本屋でそのことを報告すると、白雪さんは少しだけ不満そうに、でもどこか満足そうに鼻を鳴らした。
「……優美那に誘われた? ……ふん、いいわ。あの子の感性は信じているし。……ただし、あの子に恥をかかせたら、私の『ドリル』は今の10倍の厳しさになると思っておきなさい」
「はい、承知しています!」
Bランクの悠真と、Aランクの優美那。 打算も売名も関係ない、純粋な「好き」で繋がった二人のハーモニーが、停滞していた空気を塗り替えようとしていた。




