第28話:成長の放送事故
配信開始から三時間。 今日の同接は、ついに5,000人を割り込もうとしていた。
(……何をやっても、響かない)
丁寧に歌えば「個性が死んだ」と言われ、雑談をすれば「ネタ切れ」と叩かれる。 Aランクへの壁は、高く、分厚い。 焦りと、寝不足と、白雪さんに突き放されたショック。 意識が朦朧とする中、僕はふと、デスクトップに置いてあった「ボツ音源」に目が止まった。
それは、白雪さんとの特訓中、あまりに悔しくて、彼女の完璧なコーラスに対して僕が「喉を壊す覚悟」で怒鳴るように、泣き叫ぶように歌い上げた練習用テイクの伴奏だ。
「……もう、どうなってもいい」
僕はマウスをクリックした。 「……あー、皆さん。……今日は、もう『上手く歌う』のをやめます。……Bランクの悠とか、そんなの、どうでもいいです」
コメント欄:『? 悠くん、どうした?』『急に病み配信?』『引退宣言かよw』
流れてきたのは、耳を刺すような激しいギターの歪み。 僕はマイクを握りしめ、紫苑様に教わった「正しい発声」のすべてを、感情の濁流で塗りつぶした。
「――っ、あああああああ!!」
それは歌というより、絶叫に近かった。 けれど、そこには音程を気にする臆病さも、数字を追う卑屈さもなかった。 白雪さんに追いつきたい。彼女の隣に立ちたい。その剥き出しの飢餓感が、荒々しいビブラートとなって空気を震わせる。
その瞬間。 止まりかけていたコメント欄が、爆発した。
『……なんだ、これ』 『鳥肌たった。今の悠、バケモノだろ』 『上手いだけじゃない……「痛い」くらい伝わってくる』
同接カウンターが逆流を始める。 5,000……8,000……1万2,000。 かつて僕をバズらせた「放送事故」のような勢いが、今度は「純粋な実力」の暴走によって再現されていた。
あまりの熱量に、機材のピークメーターが真っ赤に振り切れる。 「放送事故だぞ、音が割れてる!」という指摘さえ、今の熱狂の中では勲章にしか見えなかった。
歌い終え、荒い息をつきながら画面を見ると、そこには「赤い」ギフトが連なっていた。 そして、その中に一つ。
【Aランク「紫苑」が「喝(1,000pt)」を贈りました】 紫苑:『……やっと、まともな「鳴き声」になったわね。……今すぐアーカイブを消しなさい。その醜態(成長)は、私だけが見ていればいいのよ』
「……。……。……ありがとうございます、紫苑様」
僕はカメラの前で、崩れ落ちるように笑った。 上手くやろうとするのをやめた時、僕は初めて、Aランクの住人たちが持つ「狂気」の入り口に指をかけたのだ。




