『第26話:卒業と、新しい場所への切符』
Bランク昇格の祝祭が終わった数日後。 僕の配信画面には、少しだけ寂しい光景が広がっていた。
「……あれ、今日も『たなか』さん、来てないな」
かつてEランクのどん底で、僕がどんなに滑っても「面白いよ」とコメントをくれていた常連たち。その名前が、少しずつ、でも確実に見当たらなくなっていた。
代わりにコメント欄を埋めるのは、Bランクになった僕に興味を持った新しいリスナーや、「おすすめ」から流れてきた初見の人たちだ。 同接数は安定して1万人を超えている。けれど、僕の胸には、ぽっかりと穴が開いたような感覚があった。
『悠くん、有名になりすぎて遠くなっちゃったな』 『昔の、あの放送事故ばっかりしてた頃が懐かしいわ』
そんなDMが届くこともある。 彼らにとって、僕は「自分たちだけが知っている面白い兄ちゃん」ではなく、立派な「Bランクの人気配信者」になってしまったのだ。
「……兄貴、何しけた顔してんのよ」
リビングで、瑠々が自身のSSSランク(月収100万円)の管理画面をチェックしながら声をかけてきた。
「……リスナーが、入れ替わってるんだ。ランクが上がるにつれて、昔から応援してくれた人たちが離れていっちゃって」
「……当然でしょ。ランクが上がるってことは、コンテンツの質が変わるってことよ。アンタの『成長』を喜べる人だけが残って、昔の『身内感』を求めてた人は去る。……それが、私たちが選んだ道の『卒業式』よ」
瑠々の言葉は、冷たいけれど真実だった。 彼女もまた、SSSランクへ上がる過程で、数えきれないほどの別れを繰り返してきたのだ。
翌日。バイト先でのボイトレ。 白雪さんは、僕の少し精彩を欠いた歌を聴いて、即座にピアノの手を止めた。
「……今の歌、誰に届けるつもりで歌ったの?」
「……。……昔から応援してくれた人たちが、いなくなっちゃって。……なんだか、申し訳なくて。……紫苑様は、Aランクで長く安定されていますけど、そういう寂しさは感じないんですか?」
白雪さんは僕に歩み寄り、冷たい指先で僕の喉元を軽く突いた。
「……傲慢ね、悠。私はAランク(月収20万)として、常に最高の結果を出す責任がある。去った人を追いかけるのは、今の私に期待してくれている人たちへの冒涜よ」
彼女は、自分を信じてくれる今のリスナーを裏切らないために、あえてAランクという激戦区で「プロ」として戦い続けている。
「……貴方はもう、Eランクの『おもちゃ』じゃない。Bランクの『歌手』なの。……寂しがるのは、私のいるAランク、そしてその先の頂点に立ってからにしなさい。今はただ、その喉を新しい1万人のために使いなさい。……いいわね?」
「……はい、紫苑様!」
ランクアップは、古い自分との決別でもある。 僕は機材の前に座り直し、新しいリスナーたちに向けてマイクを握った。
「こんばんは、悠です。……今日初めて来てくれた人も、ずっと見てくれている人も。……Bランクになった僕の『今』を、聴いてください」
去っていった人たちへの感謝を胸に、僕は新しい「戦場」への第一歩を踏み出した。




