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『妹はミュート。推しは爆音。』  作者: 沼口ちるの


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第18話:完璧主義者のレコーディング・ヘル

「……もう一度。今の『愛してる』の『い』、少しだけフラットしたわ」


スタジオのブース越しに、白雪さんの冷徹な声がヘッドホンに響く。 今日は、来月の目玉となるデュエット曲『家畜の円舞曲』のレコーディング当日だ。


「……はぁ、はぁ……。すみません、もう一回お願いします!」


僕は汗だくになりながら、再びマイクの前に立つ。 もう三時間が経過している。僕が録り終えたテイクは、まだサビの一部分だけだ。


普段の配信なら「上手い!」と絶賛されるレベルでも、レコーディングという「永遠に残る記録」を前にした白雪さんは、一切の妥協を許さない。 彼女自身のパートは、驚くべきことに数テイクで完璧に終わらせている。その圧倒的な実力を目の当たりにしているからこそ、僕は自分の不甲斐なさに喉が焼けるような思いだった。


「悠。貴方は私の『筆頭家畜』でしょう? その程度で私の声に重なろうなんて、100年早いわ」


「……っ。……まだ、やれます。お願いします!」


白雪さんはコンソールの前で、ふと眼鏡を外して目元を拭った。 厳しい言葉とは裏腹に、彼女の瞳には、僕の限界を極限まで引き出そうとする、熱い期待が宿っている。


「……いいわ。でも、今のままじゃ『音をなぞっている』だけ。もっと、私をひざまずかせるつもりで歌いなさい。私を支配してみせなさいよ」


「……! 紫苑様を、支配……」


その言葉で、僕の頭の中にスイッチが入った。 推しを、僕の声で振り向かせる。 僕の歌で、彼女をSSSランクの景色まで連れて行く。


(――出すんだ、今持てるすべての声を!)


「――♪」


喉の奥が震え、全身の細胞が共鳴するような感覚。 白雪さんの冷たい低音に、僕の狂おしいほどの情熱を乗せた高音が、螺旋のように絡み合っていく。


歌い終えた瞬間、スタジオに沈黙が訪れた。


白雪さんは、じっと波形モニターを見つめたまま動かない。 やがて、彼女はゆっくりとマイクのスイッチを入れた。


「……合格。……今のテイク、使いましょう」


その声は、心なしか少しだけ震えていた。 ブースを出ると、白雪さんは僕と目を合わせようとせず、代わりに冷たいペットボトルの水を押し付けてきた。


「……勘違いしないで。まだSSSランクのるるなさんに比べれば、アンタの声なんてただの『騒音』よ。……でも、私の隣にいても恥ずかしくないくらいには、なったわ」


「……ありがとうございます、紫苑様」


僕は水を飲み干し、心地よい喉の痛みを感じていた。 この苦労の結晶が、来月、世界に放たれる。


その夜、佐藤家のリビング。 「……へぇ。結構いい音録れたじゃない」 録音したばかりのラフミックスを聴いた瑠々が、珍しくポテトチップスを食べる手を止めて呟いた。


「ま、期待はしてあげるわ。……Dランクの底辺と、Aランクの万年停滞者の、足掻きってやつをね」

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