第17話:Aランクの背中と、義務化された歌声
Dランクへの昇格。それは僕にとってのゴールではなく、紫苑様(白雪さん)が引いた「修羅の道」の入り口に過ぎなかった。
「……というわけで。紫苑様からの『勅命』により、今日から週に3回、歌枠を義務化することになりました」
『Link-V』の画面越しに僕がそう告げると、コメント欄は爆笑と期待に包まれた。
『強制義務化www』 『紫苑様のスパルタ指導、ガチだな』 『でも最近の悠、マジで歌うまくなってきてるから楽しみ』
紫苑様は、相変わらずAランクのまま動かない。 彼女のスコアならSSSランクを狙うことも可能なはずなのに、彼女は虎視眈々と、でもどこか余裕を持ってそこに留まっている。 まるで、僕が少しでも早く彼女の隣に並べるように、歩幅を合わせてくれているみたいに。
「――♪」
義務化された歌枠を重ねるたび、僕の声はより深みを増していった。 最初は「放送事故の兄」を見に来ていた野次馬たちも、今では「悠の歌を聴きに来る常連」へと変わっている。
「……ふぅ。今日もありがとうございました。……あ、ギフトも。……ええと、『歌ってみた』の進捗は……」
僕が喋っていると、コメント欄に「赤い」通知が走った。
紫苑:『……サビのビブラート、昨日よりはマシね。でも、後半の息継ぎがまだ素人。……分かってるわね? 明日、いつもの「ドリル」をやり直すわよ』
『ドリルwww』 『紫苑様の公開ダメ出し、もはや様式美だな』 『悠、愛されてんなぁ(家畜として)』
リスナーには「厳しい師匠とダメな弟子」というエンタメに見えているが、僕にとっては違う。 「ドリル」とは、バイト終わりの本屋のバックヤードで行われる、白雪さんによる直接の歌唱指導のことだ。
「はい! 紫苑様! 次は完璧に歌いこなしてみせます!」
配信を終えてリビングに出ると、瑠々がポテトチップスを齧りながらテレビを見ていた。
「……アンタ、最近歌枠の常連が増えてるじゃない。同接も安定して5,000は超えてるし。……Dランクのくせに、熱量だけはSSS並ね」
「……紫苑様のおかげだよ。……紫苑様、わざとランク上げないで待っててくれてるのかな」
僕がぼそりと呟くと、瑠々は鼻で笑った。
「……さあね。でも、あの人があんなに誰かの指導に熱を入れるなんて、私も初めて見たわ。……せいぜい頑張りなさいよ。じゃないと、私が先に紫苑さんをSSSに連れてっちゃうから」
ライバル心を隠さない妹の言葉に、僕は自分の喉をそっと撫でた。 来月に出す、紫苑様とのデュエット。 それが、僕をさらなる高みへと連れて行く。




