第14話:無自覚な黄金の喉
「……あーあ。お腹いっぱい。次はカロリー消費ね」
瑠々の一声で、僕たちは駅前のカラオケボックスへと流れ込んだ。 『Link-V』において「歌」は最大の武器だ。SSSランクの瑠々はもちろん、Bランクの優美那ちゃんも透き通るような歌声でフォロワーを掴んでいる。白雪さんに至っては、あの低音ボイスでのバラードはもはや芸術の域だ。
「……じゃあ、まずは私からね」
瑠々が十八番のアイドルソングを完璧な音程で歌い上げ、続いて優美那ちゃんが震える声で、でも驚くほど芯の通った高音を響かせる。白雪さんは、マイクを握った瞬間に「紫苑」の顔になり、僕を魂ごと震わせるような重低音を披露した。
……正直、この後に歌うのは公開処刑でしかない。
「……次、悠の番よ。ほら、適当に何か入れなさいよ」
「えっ、僕!? いや、無理だよ。SSSとAとBの後でEランクが歌うなんて、放送事故どころじゃない……」
「いいから歌いなさい。これは『主人の命令』よ」
白雪さんの冷たい視線に射抜かれ、僕は震える手で、昔からなんとなく口ずさんでいた古いロックナンバーを入力した。
イントロが流れる。 僕は恥ずかしさを隠すように、ただ必死に、お腹に力を込めて声を絞り出した。
「――♪」
その瞬間。 マイクを通した自分の声が、部屋の空気を震わせた。
(……あれ?)
自分でも驚くほど、声が「真っ直ぐ」に出る。 毎日、妹の爆音配信や自分の推し活で「声を張る」ことに慣れていたせいか、僕の肺活量はいつの間にか鍛えられていたらしい。さらに、毎晩のように紫苑様の完璧な発声を爆音で聴き込んでいたせいで、無意識に正しい音の捉え方が脳に染み付いていたのだ。
サビに向かって、声量が増していく。 荒削りだが、濁りのない、透き通ったハイトーン。 練習など一度もしたことがないはずなのに、言葉一つひとつがはっきりと、心地よく響く。
歌い終わり、静寂が訪れた。
「……はぁ、はぁ。……やっぱり、ダメだよね。ごめん、耳汚しで……」
僕が申し訳なさそうに頭をかくと、三人の反応は意外なものだった。
「……。……アンタ、今までなんで黙ってたのよ」
瑠々が、見たこともないような「ライバル」を見る目で僕を睨んでいる。
「……悠さん。……すごい。声の響きが、すごく……綺麗。磨けば、ダイヤになる……」
優美那ちゃんが、感動で目を潤ませて身を乗り出してきた。 そして、白雪さんはマイクを奪い取るようにして、僕に詰め寄った。
「……貴方。その声、私の隣で出すにはまだ未熟だけど。……でも、悪くないわ。いいえ、かなり……気に食わないくらいに、いい声よ」
「え、ええ……?」
「決めたわ。……悠、次のイベント。私と一緒に『歌ってみた』を出しなさい。私が一から、貴方を私の『隣』に立てるレベルまで叩き直してあげる」
「は、はい!? 紫苑様と、コラボ動画……!?」
自覚のない「才能」の片鱗。 それは、バズりという運の要素を、本物の「実力」へと変えるための唯一の鍵だった。




