第11話:差し伸べられた「家畜」の手
公式特番の終了後、スタジオの廊下。 「顔を貸して」と言い放った白雪さん(紫苑様)の背中を追い、僕は震えながら人気の少ない非常階段へと向かった。
隣で「あんたマジで殺されるわよ」と怯える瑠々を突き放し、僕は覚悟を決めて扉を開ける。
「……紫苑様。あの、さっきの通知音は、その、本当に申し訳ありません!」
「……そんなことはどうでもいいわ」
白雪さんは壁に寄りかかり、力なく首を振った。 眼鏡の奥の瞳は、いつもの冷徹さを失い、ひどく疲弊している。
「あの時……『助けて』って言ったの、貴方に聞かれていたのよね」
僕は息を呑んだ。 第6話、僕が自分の配信を放置してまで聞き入った、あの掠れた声。
「……はい。僕のスマホに、全部届いていました」
「……笑えばいいわ。Aランクで威張っている私が、パートナーの男に『数字のために媚びを売れ』って裏で詰め寄られて、泣き言を漏らすなんて」
彼女が組まされたAランクの男性配信者は、外面こそいいが、裏ではランクアップのためにパートナーを精神的に追い込む「数字の亡者」だったらしい。 公式特番の最中も、カメラの死角で「もっと悠に絡んで炎上を利用しろ」と執拗に指示されていたのだ。
「……私には、るるなさんみたいな才能も、貴方みたいな……その、図太さもない。もう、潮時なのかもしれないわね」
彼女が自嘲気味に笑った瞬間、僕の脳内で何かが弾けた。
「……潮時なんて、言わないでください」
「……え?」
「紫苑様は、媚びないから尊いんです。数字のために笑わない貴方だから、僕は全財産を投げられるんです! ……あんな男の言いなりになる必要なんてない。僕が、僕のこの『バズり』を全部使って、紫苑様を守ります!」
「悠……?」
「公式のインタビューで『家畜』なんて呼ばれて、今さら失うものなんて何もありません! ……るるな! 協力しろ!」
階段の影で盗み聞きしていた瑠々が、ビクッとして飛び出してきた。
「はぁ!? なんで私がそんな……」
「お前の『兄』が、推しのためにSSSランクを巻き込んで大暴れするんだよ! これが一番バズるだろ!?」
「……。……はぁ、もう。分かったわよ。アンタのそのクズみたいな情熱に免じて、ちょっとだけ『国民的妹』の力を貸してあげる」
僕は白雪さんに向き直り、不敵に笑った。 Eランクの底辺配信者。同接は野次馬ばかり。 けれど、今この瞬間、僕の手元には「5万人の注目」という名の武器がある。
「紫苑様。次の配信、僕とるるなで乱入します。……貴方はただ、いつも通り冷たく僕らを罵倒していればいい。……それだけで、僕が貴方をSSSランクまで押し上げてみせる」
白雪さんは、呆れたように、でもどこか救われたような顔で僕を見つめ、小さく呟いた。
「……本当に。……救いようのない、家畜ね」
その言葉は、僕にとってどんな聖歌よりも美しく響いた。




