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――――――――――
あれから数日後
とある匿名掲示板/ダンジョン配信総合板
【速報】新人配信者・九条レイ、下層転移から生還【伝説】
1 :名無しの探索者
あの配信見たやついる?
下層に飛ばされて詰みかけたやつ
2 :名無しの探索者
見てた
途中からコメント欄お通夜だったのに、急に魔物消えたの草
3 :名無しの探索者
瞬殺すぎて処理落ちしたんだが
あれ編集じゃないよな?
4 :名無しの探索者
リアルタイムだぞ
配信ログ残ってる
5 :名無しの探索者
問題はそこじゃない
助けに来た“獣人”な
6 :名無しの探索者
あの獣人何者だよ
完全獣化っぽかったぞ
7 :名無しの探索者
正体不明、速すぎる、強すぎる
役満か?
8 :名無しの探索者
魔物殴った衝撃で壁砕けてたぞ
あれ上位どころじゃない
9 :名無しの探索者
企業の切り札じゃね?
10 :名無しの探索者
いや、企業にしては自由すぎる
名乗らないし、配信もしてないし
11 :名無しの探索者
九条レイのマネが現場来てたのは知ってるけど
一緒にいた女、社長らしいぞ
12 :名無しの探索者
は?????
13 :名無しの探索者
あの人、探索者事務所〈ノクス〉の社長だろ
現役最前線時代の写真と一致してる
14 :名無しの探索者
じゃあ獣人=ノクス所属?
15 :名無しの探索者
いや、社長が「お前も含めてな」って言ってたらしい
つまり直属
16 :名無しの探索者
待て
ノクスで「完全獣化・超高速」って条件に当てはまるの一人しかいなくね?
17 :名無しの探索者
……まさか
18 :名無しの探索者
いやいやいや
あいつはもう表に出ないって話だったろ
19 :名無しの探索者
名前出すな
ファンが来る
20 :名無しの探索者
でも映像ある以上、否定できねぇだろ
21 :名無しの探索者
九条レイの配信、アーカイブ再生数えげつないぞ
一晩でミリオンいってる
22 :名無しの探索者
そりゃそうだ
死にかけ→謎の獣人→社長降臨
盛りすぎだろ
23 :名無しの探索者
レイ本人、配信で何も語ってないの逆に怖い
「助けてもらいました」だけ
24 :名無しの探索者
あの獣人のこと聞かれると黙るのな
トラウマか?
25 :名無しの探索者
いや、たぶん“口止め”されてる
26 :名無しの探索者
で、結局あの獣人誰なんだよ
27 :名無しの探索者
名前出てない
配信も不明
完全に幽霊
28 :名無しの探索者
掲示板ではもう呼び名決まってるぞ
29 :名無しの探索者
kwsk
30 :名無しの探索者
――
「無言の救済者」
31 :名無しの探索者
厨二で草
32 :名無しの探索者
でも否定できん
あれは救済だった
33 :名無しの探索者
新人一人助けるために
下層ぶち抜いて来るの、頭おかしい
34 :名無しの探索者
だからこそ、だろ
35 :名無しの探索者
……また出てくると思うか?
36 :名無しの探索者
さあな
本人がその気にならなきゃ、二度と見ないかもな
37 :名無しの探索者
でもさ
ダンジョンは今日も人を飲み込む
38 :名無しの探索者
その時、また現れたら――
39 :名無しの探索者
次は誰が助けられるんだろうな
40 :名無しの探索者
そして誰が、目撃するんだろうな
――
瑛視点
「盛り上がってるな……」
スマホに表示された探索者掲示板を眺める。
「めんどくさー」
人間の姿のまま、ぽつりと呟いた。
あの登場の仕方をしたんだ、話題になるのも無理はない。
世界に一人だけの完全獣人。
配信はしない。
それでいて、強い。
ここまで揃えば、騒がれない方がおかしい。
「これだからダンジョン配信は……」
幸い、人間の姿がバレる心配はない。
世間に認知されているのは、あくまで“獣人”としての俺だけだ。
「しばらく潜らないでおくか」
もし、人に戻る瞬間を見られたら。
もし、配信に映されたら。
名前や素性が紐づいたら。
……考えるだけで面倒だ。
何より、プライバシーが消し飛ぶ。
「………ん?」
スマホが鳴る。
画面には――社長。
「………はい」
少し悩んでから、通話に出た。
「やぁ、瑛。テレビとかネットとか見た?」
「見た」
「いやー、すっかり有名だねー」
「……それだけか?」
「いやいや、そんなわけないじゃない」
「提案したいことがあるんだ」
「……何?」
嫌な予感しかしない。
「これから配信を――」
「断る!」
食い気味に即答した。
「頑なだねー。そんなに嫌なの?」
「瑛がそうなった理由は知ってるけど、もう結構前でしょ? まだダメなの?」
「……嫌だよ」
即答だった。
「まあ、そうだよね。私もあれは嫌だわ」
「分かってるなら聞くなよ……」
「で、本題は?」
「うーん。これに関しては、断ってくれる方がありがたいんだけどね」
「何だ」
「……瑛に、コラボのお誘いが来たんだよ」
「正確には“護衛”だけど」
「護衛? 誰の」
「うちの企業スポンサーのご子息が、ダンジョンに入りたいんだって」
「それは……」
「ちなみに、どこだ?」
一拍の間。
「――“魔術師殺し”」
「………」
言葉が出なかった。
幾人もの魔法系スキル持ち、魔術師を葬ってきたダンジョン。
魔力暴発、魔力逆流。
そもそも魔法・魔術に対する高い耐性を持つ魔物ばかり。
そして何より――
ボスは、魔法・魔術完全無効。
魔法使いや魔術師が溢れるこの時代において、
ほとんどの探索者が忌避する場所。
そんなダンジョンに。
「……魔法スキル持ち、だと?」
自殺以外の何者でもない。
――だからこそ。
「……獣人、か」
納得してしまった自分が、少しだけ嫌だった。
―――
企業ノクス本社
歩く足が重い、この先のことを考える事すらも嫌なのだ
時々社員がすれ違うが、誰も気づかない
当然だろう、獣人の姿しか知らないのなら人間の瑛を紐づけることすらできない
たまに振り返る者もいるが何故かは分からない
「……」
とある扉の前で止まる
<社長室>
獣人にならなくともわかる、この扉の向こうの面倒臭い気配が
もう、逃げ出してしまうか――
そう考え始めた、その時。
「開いてるよー」
扉の向こうから、間の抜けた声がした。
「……気づいていたのかよ」
小さく悪態をつき、ノックもせずに扉を開ける。
社長室。
無駄に広く、無駄に明るい。
高そうな机に、柔らかそうなソファ。壁一面のモニターには、ダンジョン関連のデータや配信の統計が並んでいる。
そして、その中心。
「やぁ、瑛。いらっしゃい」
椅子に深く座り、にこやかに手を振る社長。
相変わらず胡散臭い笑顔だ。
「呼び出したなら、さっさと要件を言え」
「冷たいなぁ。久しぶりに顔を合わせたっていうのに」
「電話で十分だ」
「はは、確かに」
社長は肩をすくめてから、机の上に置かれたタブレットを指で叩いた。
「で、本題」
画面に映し出されるのは、例のダンジョン。
――《魔術師殺し》。
嫌でも目に入る。
「護衛の件、改めて説明しようと思ってね」
「断るって言っただろ」
「うん、知ってる」
即答だった。
「それでも呼んだ」
「……性格悪いな」
「褒め言葉?」
違う、と言いかけてやめた。
「で?」
「ご子息の名前は、アレク・ルーンフェルト」
「年は十七。スキルは――」
「魔法系」
「そう」
社長はあっさり頷く。
「しかも本人、かなりやる気満々だ」
「……無知?」
「知ってて行きたい、だね」
「最悪だな」
魔術師殺しの由来も、死亡率も、全て承知の上。
それでも行きたいと言うのなら――厄介極まりない。
「ちなみに、同行条件があってね」
「何だ」
「“完全獣人が護衛すること”」
「……」
予想通りで、ため息が漏れた。
「私じゃなくて、“あの獣人”を指名」
「映像も写真もないのに、よく調べてるよ」
「断る」
「うん、だから断ってほしいんだ」
「……は?」
言葉が噛み合わない。
社長は苦笑しながら続けた。
「スポンサー案件だから、無下にはできない」
「でも、瑛を危険に放り込みたくもない」
「魔法系を魔術師殺しに連れて行く時点で、危険以前の問題だ」
「それはそう」
あっさり認めるな。
「ただね」
社長は一度、視線を落とし、
そして――まっすぐに瑛を見た。
「もし瑛が行かないなら、代わりを立てることになる」
「……誰を?」
「普通の上位探索者」
「当然、獣人ほどの相性はない」
沈黙。
魔術師殺し。
魔法が使えないダンジョン。
護衛対象は魔法スキル持ちの少年。
――噛み合わないにも程がある。
「……脅しか?」
「事実」
社長は淡々と言った。
「瑛が行けば、生存率は跳ね上がる」
「行かなければ……まあ、結果は推して知る、かな」
拳を握りしめる。
最悪だ。
選択肢が、最初から歪められている。
「……」
しばらく黙り込んだ瑛を見て、社長は小さく笑った。
「やっぱり、優しいね」
「違う」
即座に否定する。
「……借りを作るのが嫌なだけだ」
「はいはい」
「条件がある」
「来たね」
瑛はゆっくり息を吸い、言い切った。
「配信は無し」
「記録映像も、外部公開禁止」
「人間の姿は絶対に秘匿」
「ふむ」
「それと――」
一拍置く。
「俺の判断が最優先だ」
「撤退すると言ったら、即撤退」
社長は数秒考え、
そして、大きく頷いた。
「全部飲もう」
「……即答かよ」
「じゃないと引き受けないでしょ?」
「……」
その通りだ。
「詳細は後で送るよ」
「出発は三日後」
「早すぎる」
「スポンサーは待たないからね」
椅子から立ち上がる。
「……後悔するぞ」
「たぶんね」
社長はいつもの笑顔で言った。
「でも、瑛がいるなら――」
「最悪は避けられる」
その言葉が、やけに重く響いた。
扉を閉める直前、瑛は小さく呟く。
「……魔術師殺し、か」
本当に殺されるのは、
ダンジョンか――
それとも、人の覚悟か。
「……はい、重苦しいのはおわりー」
社長が手を叩き空気をほぐす
「…さっきまでの立派な社長は何処へやら」
「酷いなー、ここにいるでしょ」
自分を指差し胸を張る
「……」
目を逸らす
「……ちょっと来なさい」
「……」
踵を返し部屋から出ようとするが
「っ!」
「捕まえた!人間の状態で私に勝てるとでも思ったか!」
すぐに捕まり持ち上げられる
「…っ」
脱出を試みるが、人間の時の瑛は力が弱い
「いやー、相変わらず細いねー」
無遠慮に腰や腕を触る
「ちゃんと食べてる?今度ご飯つくろうか?」
「…母親かよ」
「そうだよ私はこの企業の母さ!」
そういうことではないと思う。
「それにしても髪ぐらいは切ったら?伸びすぎでしょ」
「面倒、人間の時にしか伸びないし。放置でいいだろ」
「お風呂とかは?めんどくさくないの?」
「…獣人よりかはマシだ」
「あー、確かにね」
「そろそろ降ろせ」
「あっごめんごめん」
そう言いながらも、社長はあっさり瑛を床に降ろした。
からかう時は容赦ないくせに、限度は超えない。そこがまた厄介だ。
「で?」
腕をさすりながら睨む。
「何だよ、そのテンションの切り替え」
「必要だからね」
社長は机に腰掛け、足を組む。
「さっきまでは“社長”」
「今からは“保護者”」
「どっちも余計だ」
「酷いなぁ」
そう言いながらも、目は真剣だ。
「……魔術師殺し」
社長が、ぽつりと呟く。
「本当はね、スポンサーのご子息とか関係なく」
「誰かが行くなら、瑛しかいないと思ってた」
「……」
「相性が良すぎる」
「魔法を信用しない、魔法に頼らない」
「それでいて、力でねじ伏せられる」
嫌な言い方だ。
「……それ、褒めてるのか?」
「最大級に」
社長は笑った。
「だからね」
一瞬、空気が変わる。
「今回ばかりは“守る側”に徹してほしい」
「無茶はしないで」
「ヒーローごっこもしない」
「……」
「新人を助けた時みたいなのは、なし」
視線が合う。
「瑛が死んだら、私は一生後悔する」
冗談めかした口調なのに、
その一言だけは、冗談じゃなかった。
「……」
瑛は目を逸らし、短く答える。
「……分かってる」
「うん」
それで十分、と社長は頷いた。
「さて」
手を叩く。
「じゃあ次は顔合わせだ」
「例のご子息、今ビルに来てる」
「……もう来てるのかよ」
「行動力だけは一流だよ」
社長は立ち上がり、ドアへ向かう。
「安心して」
「いきなりダンジョンには放り込まない」
ドアノブに手をかけ、振り返る。
「まずは――」
「“獣人”に会ってもらわないとね」
「……」
嫌な予感しかしない。
「ちゃんと怖がってくれるといいんだけど」
「脅す気満々じゃねぇか」
「教育だよ、教育」
そう言って、社長は楽しそうにドアを開けた。
その先で待っているのが――
覚悟の決まった少年か、
それとも、現実を知らない子供か。
瑛は、まだ知らない。




