嫉妬の検証?
金曜日の夜。
俺のスマホに葵からメッセージが届いた。
『ヒロ、今度の実験なんだけど、ちょっと難しいテーマになりそう』
『何だよ』
『“嫉妬”について』
俺は、スマホの画面を見つめたまま固まった。
『なんで急にそんな話になるんだよ』
『今日、ヒロが他の女子と話してるの見て、なんだか胸がモヤモヤしたの。これって嫉妬?』
……は?
俺は今日一日を振り返った。確かに昼休みに、委員会の用事で隣のクラスの女子と話したけど、それだけだ。
『委員会の話だっただろ』
『うん、わかってる。でも理屈じゃなくて、感情的にモヤモヤした』
『それって……』
『だから実験してみたいの。私が他の男子と話してる時、ヒロはどう感じるか』
俺の手が、スマホを握る力を強くした。
『やめとけ』
『なんで?』
『……理由なんてない。やめとけって言ってるんだ』
『でも実験しないと、本当の気持ちがわからないじゃん』
俺は、ベッドに仰向けになって天井を見上げた。
葵のその実験的な姿勢が、また俺を苛立たせる。
『お前、また昔みたいなことするつもりか?』
しばらく返事が来なかった。
『……違うよ。あの時とは違う』
『どう違うんだよ』
『あの時は、恋がどういうものかまったくわからなくて、とにかく何でも試してみたかった。でも今は……』
『今は?』
『今は、ヒロとの関係がどういうものなのか知りたいだけ』
俺は、スマホを胸の上に置いて目を閉じた。
葵は変わっていない。
相変わらず、自分の感情を実験で確認しようとする。
でも、なんで俺は……。
『明日、会えるか?』
『うん。どうして?』
『話がある』
※
土曜日の午後、いつものカフェ。
葵は、またあのノートを持参していた。
「今日のテーマは?」俺が聞くと、葵は苦笑いを浮かべた。
「今日は実験じゃないって言ったでしょ?」
「でもノート持ってきてるじゃん」
「これは……安心するから」
葵がそう言って、ノートを抱きしめる。
「葵」
「何?」
「なんで俺と付き合い直したんだ?」
葵の手が、ノートの表紙をなぞるように動いた。
「……最初は、ヒロならそう簡単に壊れないし、実験に付き合ってくれると思ったから」
「最初は、って?」
「でも、今は違う理由もある」
「どんな?」
葵は、俺の目をまっすぐ見た。
「ヒロといると、安心するの。実験とか検証とか関係なく」
「……安心?」
「うん。他の人には見せられない、ダメな部分も含めて受け入れてくれる気がするから」
俺は、コーヒーのカップを握りしめた。
「お前のダメな部分って何だよ」
「えー、たくさんあるよ。無神経だし、空気読めないし、人の気持ちがわからないし……」
「それ、ダメなことなのか?」
「え?」
「お前がそういう奴だってことは、途中からわかってた。それでも俺は──」
俺は、言いかけて口を閉じた。
「それでも?」
「……それでも、お前といる方がマシだと思ったから、付き合い直したんだ」
葵の目が、少し丸くなった。
「マシって……」
「他の奴らと付き合うより、お前のめんどくささの方が俺には合ってるってことだよ」
その瞬間、葵の頬が真っ赤になった。
「……それって、愛情表現?」
「知らねえよ」
「でも今、すごくドキドキしてる」
葵が胸に手を当てる。
「これって、もしかして……」
「もしかして何だよ」
「恋してるってことなのかな」
俺は、葵の顔を見た。
いつものような実験モードじゃない。
本当に、自分の気持ちがわからなくて困っているような表情だった。
「……バカ」
「またバカって言った」
「そんなの、お前が一番よくわかってるだろ」
俺がそう言うと、葵がふっと笑った。
「うん。でも、ヒロに言ってもらえると安心する」
夕方の日差しがカフェの窓から差し込んで、葵の髪を金色に染めていた。
俺たちは、まだ答えを探している最中だ。
でも、こうやって一緒にいるだけで、なんとなく方向性は見えてきている気がした。