表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

本当の感情

 翌週の火曜日。


 学校の廊下で、葵がいつものようにノートを抱えて歩いてきた。


「ヒロ、おつかれさま」


「おう」


 相変わらずの挨拶。でも今日は、なんとなく葵の雰囲気が違う。


「どうした? 実験でも失敗したか?」


「……うーん、ちょっと困ったことがあって」


 葵は、俺の隣に並んで歩きながら、ノートのページをぱらぱらとめくった。


「手を繋いだ後の”継続期間”について検証したかったんだけど……」


「は?」


「あの後からずっと、ヒロの手の感触が残ってるの。これって正常?」


 俺は思わず足を止めた。


「……お前、それ本気で言ってるのか?」


「うん。昨日から今日まで、なんとなく右手がそわそわして。授業中も気になって仕方なくて」


 葵はそう言いながら、自分の右手をじっと見つめている。


 ……こいつ、本当に天然なのか、それとも。


「葵」


「何?」


「それ、たぶん──」


「おい、神楽坂!」


 俺の言葉を遮るように、背後から声がかかった。振り返ると、同じクラスの田中が息を切らして走ってくる。


「あ、田中くん。どうしたの?」


「お前、また新しい彼氏作ったって本当か?」


 田中の質問に、葵はきょとんとした表情を浮かべた。


「彼氏? ヒロのこと?」


「神木と? マジで? お前、こいつがどんな奴か知ってるのか?」


 田中が俺を指差しながら言う。俺は無言でにらみ返した。


「……どんな奴って?」


「こいつ、お前が他の男とヤってるの見て別れたんだろ? そんな奴とまた付き合うとか、マジで意味わかんねえよ」


 その瞬間、空気が凍った。


 葵の顔から、ふっと表情が消える。


「……田中くん」


「何だよ」


「私の恋愛に、あなたが口出しする権利はないと思うけど」


 葵の声が、いつもより低くなった。


「それに、ヒロと私の間にあったことを、あなたがとやかく言うのも筋違いじゃない?」


「でも──」


「それ以上言うなら、生徒指導の先生に相談するね。私に対するハラスメントとして」


 田中は、葵の迫力に押されて黙り込んだ。


 そして、ばつの悪そうな顔をして去っていく。


「……葵」


「何?」


 俺が声をかけると、葵はいつものような笑顔を浮かべた。


「大丈夫。慣れてるから」


「慣れてるって……」


「みんな、私のこと好き勝手に言うでしょ? でも、そんなの関係ないもん」


 葵はそう言いながら、また歩き始めた。


 俺は、その背中を見つめながら、胸の奥がざわついているのを感じていた。


 ※


 放課後、屋上。


 俺は葵を呼び出していた。


「なあ、葵」


「何? 今日は実験の予定はないけど」


「実験じゃない。ちょっと聞きたいことがある」


 俺は、手すりにもたれて葵の方を見た。


「お前、本当に平気なのか? さっきの田中みたいなこと言われても」


「……ヒロらしくない質問ね」


「俺らしくない?」


「だって、ヒロも私のことそう思ってるでしょ? めんどくさい彼女だって」


 俺は、言葉に詰まった。


 確かに、俺は葵のことをめんどくさいと思っている。

 でも、今日田中が言ったことを聞いて、なんだかモヤモヤしていた。


「……別に、他の奴らに何言われようが関係ないけど」


「あ、それってもしかして──」


 葵が急に俺の方に歩いてきた。


「心配してくれてるの?」


「心配って……」


「“彼女が傷ついてるかもしれない”って心配?」


 葵の目がキラキラと輝いている。


「それって、もしかして恋人らしい感情?」


「……知らねえよ」


 俺がそっぽを向くと、葵がくすくすと笑った。


「ヒロって、時々すごく優しくなるよね」


「優しくない」


「そういうとこも含めて、優しいって言ってるの」


 葵が俺の袖をそっと引っ張る。


「……ねえ、ヒロ」


「何だよ」


「今度は”守られてる実感”について検証してみない?」


 俺は、葵の顔を見た。

 いつものような実験モードの表情じゃない。

 なんだか、少しだけ寂しそうで、でも安心したような顔をしていた。


「……バカ」


「えー、バカって何よ」


「そんなもん検証しなくても、俺がお前のこと守るに決まってるだろ」


 その瞬間、葵の頬がふわっと赤くなった。


「……今の、すごくキュンとしたかも」


「実験成功かよ」


「うん。でも今度は、“仮じゃない”感情だと思う」


 夕日が校舎に差し込んで、俺たちの影を長く伸ばしていた。

 まだ正解なんてわからないけれど、

 きっとこうやって、少しずつ答えを見つけていくんだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ