歪んだ恋模様
再び“付き合う”ことになった俺と葵。だが、それは“仮”だった。
「はい、じゃあ今週の検証テーマは──『デート中に手をつなぎたくなるか』」
「企画書でも出す気かお前は……」
休日の午後、駅前のカフェ。
葵はスマホのメモアプリを開いて、俺のリアクションをチェックしていた。
「で、どう? 今のところ“つなぎたい”とか思った?」
「いや、正直、隣に理科の自由研究が歩いてるみたいな気分なんだけど」
「ちょっとそれ面白い。あとでメモに書こ」
この女、反省ゼロか。
※
再交際を始めて3日目。
俺の中で改めてこの女がどれだけ面倒くさくて、ダルいのかがわかった。
そう思い至るのに3つの事があった。
1つ目は、俺の好きな映画の話をしたら、「ふーん、それって本当に好きなの?」と聞かれたとき。
2つ目は、学食で一緒にご飯を食べていたときに、「ヒロって食べるの遅いよね。理想の彼氏ってもっと早そうじゃない?」と真顔で言われたとき。
そして3つ目が、放課後の下駄箱で、クラスメイトの女子に話しかけられてたら──
「え、ヒロってモテるんだ。へー、ちょっとマイナスかも」
これだ。これが一番やばかった。
「なあ葵、お前さ……本気で付き合う気、あんの?」
「あるよ。私なりにね」
「“私なり”って言葉ほど信用ならないもんないからな」
「でもさ。ヒロが怒ったりイラついたりするの、面白いよ?」
「もうこれラブじゃなくて実験やん」
「うん。でも、ラブって元は化学反応でしょ?」
「バカなのか天才なのかどっちかにしてくれ」
※
その日の帰り道。
俺は珍しく真面目な顔で葵に聞いた。
「なあ、本気で“理想の彼氏”探してるなら──俺じゃなくてもよくね?」
葵は少しだけ黙った。珍しく。
「うん、そうかも。でもさ、ヒロって……なんか壊れにくいから」
「え?」
俺が向けた視線の先にいた、葵はどこか儚げで虚しそうな顔をしていた。
それはまるで棘だらけで触りたくても触れない薔薇のようだった。
「私ね、たぶん、人の気持ちとか距離感とか、いろいろぶっ壊しちゃうタイプなんだよ。
でもヒロは、壊れても“もう一回試す”って言ってくれたじゃん。そういうの、初めてだったから──気になっちゃったんだよね」
俺はついそんな言葉を発している葵に見惚れていた。
そして、彼女は小悪魔のような微笑みで俺に歩み寄る。
「だからさ、私を本気にさせてよ?」
と葵は俺の耳元で囁いた。甘い声、耳が溶けるような、それに呼応して心臓も高鳴る。
そして、俺の歪んだ愛が顔から漏れ出る。
「やめろよ、そういうの。……ズルいだろ」
「何照れてんの? キモイよ?」
葵はまだ好きって感情がわからない。でも、俺の中には確かに“まだ好き”が残っている。
だったら、それをぶつけてやるのも……ありなんじゃないかって。
「……お前、来週の“検証テーマ”決めとけよ」
「え? やってくれるの?」
「こっちからも条件出す。俺のやり方で“お前を好きにさせる”検証だ」
葵がちょっとだけ目を見開いて、すぐにニヤリと笑った。
「いいじゃん。対抗実験、スタートってわけね」
こうして俺たちの交際──もとい、恋の実験戦争が始まった。