彼女は“理想”を壊してくる
次の日、俺は“振られたはず”の女の子と、並んでパンを買っていた。
「ねえヒロ、今日、焼きそばパン売り切れてたよ。どうする?」
「……なんで一緒にいるんだよ、お前」
「昨日さ、私が“理想の彼氏じゃなかった”って言ったでしょ? でも逆に言えば、“ちょっと違った”だけで、惜しかったの。だから再検証」
こいつはさっきから何言ってんだ。
「人の気持ちを逆撫でしといて、よく言えたな」
それでも俺は、列を抜けずにその場に立っていた。
パンを取る葵の横顔が、なんか悔しいくらい綺麗で、腹立たしいくらい普通に楽しそうで。
「それにさ、ヒロ、私のことまだ好きでしょ?」
パンを手渡しながらそう言われた。
俺は、心臓を殴られたように言葉が出なかった。
「……お前、そういうとこだよ」
「どのとこ?」
「ズケズケ言うくせに、それが全部当たってるとこ……」
葵は「えへへ」と笑って、教室に向かって歩き出す。
再び一緒に歩くこの状況が、まるで昨日の地獄がなかったかのように錯覚させるのが、逆に恐ろしかった。
※
放課後、屋上に呼び出された。
「ねぇヒロ。ぶっちゃけ、まだ私のこと“本気で好き”なんでしょ?」
「お前はさっきから何が言いたいんだよ」
「試したいだけだって言ったよね。でも──もしかしてヒロが“私を変えてくれるかも”って、ちょっと思っちゃってさ」
葵はフェンスに手をかけて、風を受けながらそう言った。
「私さ、今まで何人も試したけど、“好き”って感情がうまくわかんないんだよね。
ちゃんと人を好きになったことが、ないの。たぶん。」
「……だから何? 俺を“実験台”にしたいってか」
「うん。でも、ただの実験台だったら、また他の人選んでるよ。
ヒロだけは、なんか違った。失ってみたら、ちょっと焦ったんだよね。……あたし、初めて。」
その目は真剣だった。ふざけてない、珍しく。
でも、だからこそ俺は言う。
「……ふざけんなよ、葵。俺を“希望”にしようとすんなよ。
勝手に地獄に落としておいて、今さら手ぇ伸ばされても、信じられるわけないだろ」
沈黙。
葵は少しうつむいて、ぽつりと呟いた。
「そっか。……でも、それでも、もう一回だけ付き合ってみない? 試しにさ」
俺は、笑った。
「やっぱお前、クソだな」
「でしょ。でも──クソな私でも、“理想の彼女”になれるかもしれないって、思ってほしいんだよ」
こいつは、平気で人の心を引っかき回してくる。
でもたぶん、俺はその引っかき傷に、まだ熱がある。
「……次やったらマジでぶっ壊すからな」
「わー、怖い。でも、ありがとう、ヒロ」
そして、二度目の交際が、なぜか始まってしまった。
俺の理性は悲鳴を上げてる。
でも心は、少しだけ笑ってる。