交際の先にある地獄(たぶん天国)
「私の彼氏、最高なんだよ」
教室の後ろ、放課後の静かな教室で葵はそんなことを言って、俺の目の前で知らない男とキスをする。
いや正確には「知らない男だった」はずの奴は、俺の中学時代の友人——いや、いろいろあって絶交した元友人だった。
「……なにしてんの? 葵」
俺は「またか……」と思いながら平然と葵に問いかける。
すると、彼女はすぐにこっちを見て、少し眉を下げた。
「うぅん? 見ての通り、彼氏に、キス?」
言葉のトーンはいつも通り明るい。飾らないし、遠慮もしない。
それが、俺が彼女を好きになった理由……だった(過去形)。
「俺、お前の彼氏だよな? ……違ったか?」
そう、俺と葵は、つい先週、正式に交際を始めたばかりだった。
保育園、小学校、中学校からの幼なじみで、進学しても同じ高校に入って、なんとか距離を縮めて——ようやく「好き」という単語を言えた仲だった。
そのとき、葵は優しい微笑みで「いいよ、よろしくね」と言ってくれた。
それが俺の中での人生のピークだったのかもしれない——今思えば。
「え、そうだったっけ?」
数秒の沈黙。
「まぁ、そうなるよな。今までのお前なら」
「ああ、でも今の彼氏は翔くんだから。ヒロのことは……まぁ、前の彼氏ってことで。」
「一週間前の“前の彼氏”って、どういう感覚してんだよ、お前は……」
翔──こいつ、よりによって俺の中学時代の親友で、今はクラスが違うけど、顔を合わせればまだ話す程度の関係だ。
だって、あいつは俺の気持ち、全部知ってたはずだから。
「……翔、お前さ」
「ご、ごめん! マジで悪気はなかったっていうか……気づいたら葵ちゃんに押されてて……!」
おいおい、謝るのはそっちだろ? 俺、元カレって立場でここに立ってんの? この状況で?
葵はあっけらかんと笑った。
「私さ、理想の彼氏を探してるんだよね。で、試してるだけ」
「試す……って、お前……人の気持ち、あんのかよ」
「ヒロのこと、嫌いじゃなかったよ。だからこそ試したの。残念だけど、やっぱり“ちょっと違った”かな〜って」
吐き気すらした。でも、それ以上に俺の頭の中には、“まだ好きだ”って感情がこびりついていて離れなかった。
「で、何? 翔が理想の彼氏ってことかよ」
「いや、翔くんも“ちょっと違う”かな〜って思ってるとこ」
翔の顔と身体が硬直した。
「お前、それ……全員にそれやってんの?」
「うん。だって、私は理想の彼氏を見つけたいだけだから」
ニコッと笑うその顔は、悪意なんてこれっぽっちもない。
でも、たぶん──この笑顔が一番、人を殺すタイプだ。
そして、なぜか俺はその笑顔に、もう一度惚れ直してしまった。歪んだ愛として、最悪の形で。