第6話 兄皇太子カールヨハン1世の采配
本日2話投稿致します。
「お母様、いったいどうして。そんなこと、この前は言って無かったじゃない!」
オフィーリアが金切り声で騒ぐ。
「拒否は認めないと言って、承諾をしたはずだ。また、この件は全て、皇太子であるカールに一任している」
オフィーリアに冷たい目を向けて女帝マリアが淡々と告げた。
「え、お母様?え、な、なぜ、お、お兄様に一任を?」
母の女帝マリアにこんな冷たい態度を取られたことの無いオフィーリアは、言葉を詰まらせ吃りながら、仲の良くない兄を見た。
「ハデス王国を継ぐのは、勿論、長姉エリザヴェータで変わらない。変わるのは、その配偶者だけだ。王配についてはハデス王国の高位貴族の代表者からの推薦を以て候補を選出し、その中から優秀で誠実な、誠実な者を選ぶ運びだ」
兄皇太子が、誠実に力を込めて2度繰り返した。
「な、それではなぜ北側諸国や南の半島を巡らねばならないのです、その上所領も与えられずソル王国の大使などおかしいわ、わたくしは帝国の王女なのよ!お兄様」
キンキンと頭に響く金切り声で喚きまくるオフィーリアの姿に王女の面影は探せど見つからない。
「なに、アルベルト卿の生家の周辺国に、また友好を結んでいるリンネ王国にお前達の顔見せする機会を与えてやるのだ、感謝してもらいたいくらいだ。
帝国との婚姻という血の契約を反故にした不貞者たちの顔をよくよく見せて歩け。
まあ南の半島を回るのも同じ理由だ。
あそこは未だ統一が果たせぬ、不安定な土地柄だ。
約束事も守れるか疑わしいものだ、帝国の血の契約を守れぬ愚か者ならば、逆に気が合うのかと思ってな。
さて、お前は王女だと今言ったな?どこの国に、おまえのような婚約者のいる者にすり寄り掠め盗る泥棒猫のような不埒な王女がいる?それを見て探してみろ。
ただ、軍にはそういう類いの行動をとる専門職がいる、諜報機関にな。ハニートラップ要員というのだが、どうやらお前のその泥棒猫の技はなかなかなものだ。
我が国の燦然と輝く太陽、女帝陛下に不貞行為を真実の愛だと認めさせる技はスゴいと言わざるを得まい。誉めてないぞ、言っておくが、決して私はお前たちを誉めていない。
だが、適材適所が私の信条だからな、ソル王国は国境線の三方を北のリンネ、西のアレス東南に我が帝国と
接している立地的に難儀な場所に存在する国家である。
が、その三方を高い山脈に囲まれている故、地の利を生かして永世中立国を宣言し他国の領土に侵略を行わない守護一本の国である。
しかし、その実、ソル王国は戦時の度に各国に傭兵を輸出している。アレスとリンネが戦えば、アレスとリンネに輸出し、アレスと我が帝国が戦えばアレスと帝国にと、両国に傭兵を出している国なのだ。
そんな土地柄、ソル王国は情報に敏い。特に、お前のその特技ハニートラップを駆使して、帝国のために有利な有益な情報を仕入れろよ。役に立つ情報をもたらすまで、帝国への帰還は禁止とする。
どうだ、足りない頭でもわかるように説明してやったが、これで満足か」
兄皇太子は抑揚の一切無い声で淡々と話して聞かせた。
そして向ける目線は真冬の吹雪のようで、体内の血液が冷たく氷ってしまいそうなものだった。
「ああ、殿下、申し訳ございません」
「うう、どうか、我が公国をお見捨てにならないように、我が公国の民の為にもどうか、御慈悲を」
アルベルトの両親であるヘルメス公国の大公夫妻はソファから下りて床に跪き頭を垂れて謝罪した。
始めの紅潮した顔色から一転して蒼白になったアルベルトは、一言も発することが出来ずにいたが、床に膝を突いて慈悲を願う両親を見て、やっと同じように床に頭を擦り付けて、兄皇太子に謝罪した。
「カールヨハン殿下、どうぞ私の不貞をお許し下さい。我が国をお見捨てにならないで下さい」
「な、アルベルト、そんな姿、みっともないわ。頭を上げて。ねえ、お母様、これはお兄様の意地悪でしょ?嘘だと言って。帰国禁止なんて嘘よね、公国とだってわたくしとアルベルトが婚姻するのですもの、友好関係は変わらないわよね、な、お母様、お母様、何とか言って、ねえお母様」
オフィーリアは床に額を擦り付けて謝罪するアルベルトをみっともないと言ったが、床で謝罪しているのは大公夫妻も同じである。この時のこの言葉でオフィーリアと大公夫妻の仲がハッキリと決まり、深い亀裂がその間に刻まれた。
「アルベルト、この期に及んでまだ、謝罪する相手が分かってないとは、お前は救いようが無いな」
皇太子の言葉に、ハッと顔を上げて、元々の婚約者であるエリザヴェータにやっと目をやった。
「あ、エリザヴェータ、いや、エリザヴェータ王女、これまでの不貞、申し訳なかった。真摯に反省しあなたに謝罪する」
アルベルトが立ち上がると姿勢を正して正式な謝罪のポーズをとった。
その仕草を黙って見つめていた長姉が、ゆっくりと口を開いた。
「謝罪を拒否します。長年の不貞行為、契約破棄を帝国の王女として決して許すことは出来ません。あなたとその家族、一族はわたくしがハデス王国の女王になった暁には、入国禁止とします」
そう、凛とした声音で紡がれた言葉は容赦の無いものだった。
今後、長姉が女王になれば、ヘルメス王国の王族は北側のリンネ王国経由でしかアレス王国やその他西側諸国に行くことが出来ない。
これは、友好関係の終焉を物語っていた。
「ああ・・・」
大公夫妻の深い溜め息だけが、溢れ落ちた。
そうは言っても降臨祭の祝賀パーティーへと向かわねばならない。
そこで、先程の話が発表され、貴族の各家はその処罰の厳しさと、女帝マリアではなく皇太子が一任されての采配に、カールヨハンの世代がすぐそこに来ていることを感じ取っていた。
ヘルメス公国の大公夫妻はさすがにパーティーには出ず、ひっそりと帰国の途に就いたのだった。
そうは言っても婚約発表があったので主役のオフィーリアとアルベルトは貴族の容赦ない蔑む視線に晒されていた。
カロリーナとマリアンナは一段高い王家の席に腰かけて、リンゴジュースを飲みながらその様子を眺めていた。
「フフ、オフィー姉様ったら何あれ、ぎこちなく振り向いたわ。きっと自分の悪口が耳に入ったのでしょうね」
カロリーナがとても愉快そうにマリアンナの耳元で囁く。
「フフ、本当だわ、いつもいつも自信家だから悪口聞こえ無かったんだから不思議よね。わたくしが物心ついた時にはもう、横恋慕ってあだ名がついていたのに」
マリアンナも笑いながら答えた。
「まあそんなあだ名があったなら教えてくれたら良かったのに。わたくしも横恋慕姉様って呼びたかったわ」
カロリーナは人の良さそうな笑みを顔に乗せて毒舌を吐いた。
「あら、お兄様がエリザヴェータ姉様とダンスをされるようよ」
「息もピッタリね」
広間の歓談の時間はもう暫く続く。
幼い王女たちは一足早くその場を離れるよう側仕えに即され、広間から去るため立ち上がった。
何とはなしに、振り返り見たマリアンナの視線の先には、自分を見つめる兄皇太子の姿があった。
「さ、マリー様」
「ええ」
侍女に声をかけられ、広間を後にしたのだった。
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