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【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し  作者: 有栖 多于佳


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番外編 マリージョセフの嫋やかな復讐

マリージョセフが、アレス王国の王太子と婚姻したのは、15歳、成人を迎えたばかりであった。


夫フェルナンドは、前夫人を婚姻1年で亡くしたばかりの17歳、二人にまだ子供は居なかったが、長く婚約関係にあった2人なので、最愛の女性を失った直後に、婚約期間もほとんど無い、知らない女を娶らねばならないとは、随分不憫なことだと他人事のように思いながら嫁いできたのだった。


初夜の晩、何を考えているかわからない無表情な顔をして向き合っている今日夫になったばかりの人に、

「愛する方を胸にお抱えになっておいででしょうから、無理にお忘れになることはございませんわ。わたくしはただ、彼の夫人のお眼鏡に適った()()()()()()出自の者だっただけですから」


『お前を愛することはない!』などと言われる前に、先にこんなことを言い放ったのだった。


「っな、なにを」

フェルナンドは、先程までの能面のような顔から一転、動揺に顔を歪ませて言葉を詰まらせた。


「王妃様からは、わたくしは疎まれているのでしょう。

王妃様の姪の前夫人の妹君をと言うバスク王国の申し入れをお断りになって、帝国とリンネ王国との継承戦争にリンネ王国の連合国側だと友好をアピールするために、ネプトス王国から年頃がちょうど良いわたくしをポムパドゥル夫人が見繕った、そうなのでしょう?」


はいはい、わかっていますよ、という気持ちを込めた目をフェルナンドへと向けたのだった。


「どうしてそれを、あっ!」

フェルナンドがつい呟いてしまった言葉に慌てて口を手で塞ぐがもう遅い。


「アレス王国やバスク王国の王族方、いや貴族もかしら?我が国を、リンネ王国の衛星国と一段下に見てますでしょう?そういうのって、どんなに上手に隠しているつもりでも相手には伝わるものですわ。

せいぜいお気をつけあそばせ」

マリージョセフはフフンと鼻を鳴らすと、スッとアルカイックスマイルの仮面を被った。


「ぐうっ、」

年下の新妻に言い負かされて二の句が継げなくなったフェルナンドが、苦い顔を浮かべてベッドの脇に立ちすくんでいた。


今は初夜の晩である、そしてここは初夜の閨。


今からことを始めるか、とマリージョセフに少し遅れて夫婦の間へとやって来て、ベッドに上がる間もなく先制パンチを浴びせられた形である。


「お気持ちをどこに置かれようとも構いませんけれど、わたくしの立場が危うくなるような、白い結婚をとの申し入れはお受け出来かねますわ。わたくしたちは、両国の、いえ、()()()()()()()()()()()()()()なのですもの、ね」

そう言って、マリージョセフは不敵に微笑みかけたのだった。


この晩の出来事によって夫婦の力関係は決定されたようで、王太子フェルナンドは自身の父親のように正妻である王妃を蔑ろにして、公妾なる愛人に現を抜かす様なことはなく、思いがけず夫婦仲は良好であった。


神聖教徒であるマリージョセフは、アレス王国の退廃的な社交界の話を嫁入り前に姉たちから聞いていたので、

(愛人に王宮内を闊歩させ、剰え政治に口出しまでさせるなど信じられない蛮行!)

そう思っていた。


フェルナンドも王妃の母親を蔑ろにし、愛人に入れあげる父親の廃れた生活に嫌気が差していたので、王宮を出て、離宮に居を構え、マリージョセフとの結婚生活を始めた。


初夜の晩に見せた辛辣さは、確かに彼女の性格の一端を表しているが、同じ年の令嬢に比べ知識も豊富で話も楽しく聡く、裏表の無い性格にフェルナンドは早々に惹かれていった。


裏表の無い性格とはいえ、社交的な場では貴族的なやりとりも上手で、始めは疎まれていた母の王妃とも直ぐに打ち解けていった。


マリージョセフは、16歳で嫡男となる王子を生み、20歳で次男、23歳で三男を生み終え、名実共にアレス王国の王太子妃となった。



ここまでは、順風満帆と言えるかもしれないが、そこから長い苦難の道が始まった。


アレス王国の国王が崩御し、その半年後、夫のフェルナンドが国王の戴冠の前になぞの病で呆気なく亡くなってしまった。


病に倒れる前、ある日、夫は突然、

「もし、私が謎の事故や病で急死するようなことがあれば、君は子供たちを連れて何とかして、アレスから脱出し、リンネ王国のフリード王に保護を求めるように」


そんなことを言い出した。


「なにか、不穏な動きがあるのですか?シャルル殿の差し金?」

マリージョセフは夫に不躾に聞いた。


「君、不用意にそう言うことを言うもんじゃない!」

その言葉にフェルナンドがすぐにキツく注意した。


その声だけで、弟が兄の立場を狙っているのだろうと推察できた。


「では、先ずは下の二人をリンネ王宮のフリード王のサロンへと遊学させましょう。あの子達のことにはそんなに注目もされてないでしょうから。ちょうど姉の子も招かれてこれから旅立つのですの。それに合わせて行かせましょう」


「そうか。頼むぞ。私に何があろうとも、君は自分の命を一番に考えて行動してくれ。国など、彼奴にくれてやっても何も困らん」


フェルナンドの怒りに震えた手をそっと取って、マリージョセフが優しく甲を撫でた。


「では、くれておしまいなさいな」

「ああ、そうだな」


これが、彼と交わした最後の会話であった。


下の二人をリンネ王国のフリード王に預け、国王を夫の弟シャルルへと譲り、王太子にはシャルルの子を就けるようにと言っている最中に、今度は長男がおかしな病になぜかかかり、あっという間に亡くなってしまった。


(なぜ!国も王位も何もかも渡すと言っているのに、なぜ殺す必要があったの!)

マリージョセフの慟哭が離宮に響き渡ったのだった。


マリージョセフは、数日のうちに、長男の葬儀を簡単に終えるとすぐに離宮を出て、予てから避難用に確保していた修道院へと向かい、出家してしまった。


その後、放火で修道院が焼かれ焼死するところをオフィーリアに助けられ、ソル王国の帝国大使館に保護された。

同じ頃、兄の訃報を聞いた下の王子たちがアレス王国へ向かう道で、何者かに襲われて馬車が谷底へと落ちるという事故が起こった。

アレス王宮に、元王太子妃とその子供の王子たちの訃報が続けざまに届けられたのであった。



ソル王国の帝国大使館で、王子たちの無事な姿を見たマリージョセフは、やっと生きた心地がした。


実は、放火も転落事故もフリード王の考えによるもので、オフィーリアとアルベルトが上手くアレス貴族やその取り巻きのブルジョワジーを操って、弟シャルルが安心するためには兄一家全員を殺さなければならないと思い込むように、仕向けたのだ。


実行日時だけでなく、実行を行う者やその方法も容易くわかってしまっていたので、誰も怪我1つせずに逃げることが出来たが、それでも夫と長男を失った悲しみの癒えぬ、マリージョセフは、王子たちの顔を見るまでは心配で胸が張り裂けそうであった。


帝国のロイル地方での隠遁生活は、アレス王国の頃よりもしっかりと息の出来るような気がした。

亡命中の身とは言え、自身も王子たちも死んだと思われているので、命をもう狙われることもないし、アレス王国と友好国ではない帝国は、逆にマリージョセフたちアレス王族が隠れ住むには安心だった。


こんな奥地まで、アレスの息のかかった者が殺しに来ることは出来ず、もし来たとしても、自分達にたどり着く前にその者が殺られてしまうだろう。


ネプトス王国はロイル地方と非常に近距離なので、婚姻でアレス王国に嫁いでからは会うことがなかった姉たちが訪問してきてくれた。


時には、リンネ王国の王宮で働いている末王子のオーギュストが、フリード王やカロリーナ王妃と共にやって来ることもあり、その時々でアレス王国の現状を窺い知ることが出来た。


革命によって憎き義弟シャルルが処刑され、暫定政府が成立した頃、アレス王国の元王太子妃と王子たちが声明を発表した。


「ねえ、フリッツ。アレスはもうダメね」

ある日、オフィーリア夫人と一緒に訪ねて来た赤毛の侍女からアレス王妃の断髪の話を聞いて、思わず横に座る次男にそう言ってしまった。


「母上、そう言う直接的な言い方は控えて下さい」

息子の返答が、亡き夫そっくりで少し驚いた。


「だって、本当よ。もうあの国、くれておしまいなさいな、革命軍に」


「もうあの国は、とっくに我々の手から離れてますよ」

息子が呆れた顔で、そう言った。


「そうかしら、きっと当たり前みたいな顔で、国を建て直して下さいとか言うわよ、彼奴ら。苦労する所は他人に押し付けて、チューチュー甘い汁だけ吸ってたいんですもの」

マリージョセフの直接的な言葉に、オフィーリア夫人と赤毛の侍女がコロコロと可愛らしい声で笑った。



その後、再三に渡り息子のシャルルフリッツに帰国の嘆願が成されたが、彼は頑として首を縦に振らなかった。

『父の殺害と母の殺害未遂と自分と弟の殺害未遂、全ての首謀者実行犯が捕まり裁かれ、その全貌が明らかにされなければ帰国はない』と言って。


「最近、フリッツがカールヨハン皇帝陛下に乗り移られているような感覚になるわ、言い方や表情がそっくりなんですもの」

マリージョセフが頬に手を当ててそう言うと、


「本当に似てますよね、ははは」

赤い髪の侍女がそう言って笑った。




アレス王国は長い内乱をやっと終結した時に、革命軍の一部が暴走して神聖帝国の構成国であるハデス王国へと略奪目的で奇襲をかけてきたが、迎え撃たれ、膨大な損害賠償が発生した。


神聖帝国とはここ何代にも渡り友好とは言い難い関係性で、神聖帝国が再統一した際にも何も外交的なアプローチをしていないまま時間が過ぎ、仲裁を恃める国がそもそもアレス王国側に無かった。


そこで、亡命中のアレス王族を頼って来たものの、シャルルフリッツは成人前にリンネ王国へと出てしまっているので親しい友人もアレス国内には居ず、誰に忖度することもなく拒否が出来ていた。


そうして、全ての悪者の処分を見届けて、やっと重い腰を上げてアレス王国へとマリージョセフとシャルルフリッツは帰国したのである、帝国の護衛軍を引き連れて。


王都を離れ、リンネ王国との国境線を接するアンザッシュ地方を割譲され、その都市をセントリュミエールと名付けた。


戦争を仕掛けたハデス王国は国交を断絶している状況で、神聖帝国への唯一の玄関口となっていて、帝国各国の大使館もこの地に置かれた。

正式な国交がアレス王国と神聖帝国では結ばれて無いため、ビザの発給はこの地の各大使館が決定することになっていた。


その際、申請には必須ではないが、()()()()()()()()()()()の署名の入った紹介状が無ければ、現状100%ビザが下りることは無かったので、産業革命によって繁栄している神聖帝国との商業取引をしたい者たちが連日この地方に押し寄せるのだった。



「マリージョセフ王太后様、よろしいのですか」


その日は、暫定政府を経て、三部会の承認を受けた新生政府の首相になった、ラファイエット侯爵と財務内務兼任大臣になったロラン子爵の各奥方と、その取り巻きのご夫人方の呼び掛けで、旧アレス王宮の迎賓館にマリージョセフは招かれていた。


「何をかしら?」

目を吊り上げて詰問してくるロラン夫人に胡乱げな目を向けて問うた。


「国王陛下のご婚約者のことですわ」

ラファイエット侯爵夫人が横から口を挟んだ。


「聞けば、帝国の孤児だと言うじゃないですか。そんな者が王妃などお伽噺ではないのですよ。何が出来ましょうか」

ロラン夫人が厳しい口調で言った。


「ああら、ロラン夫人ともあろう人の口からそんな言葉を聞くとは思わなかったわ」

マリージョセフはゆったりとした口調でそう返すと、目線を周囲にさ迷わせ、そこにいる全員の顔を眺めた。


「いえ、ですが、ロラン夫人が言いたいのは、政府に何の話もなく一方的に婚約の発表をするのはどうか、ということですわ」

ラファイエット侯爵夫人が、宥めるような言い方ながら、批判的な言葉を返した。


「なぜ、政府の承認が必要なの?みな、アレス国民は平等なのでしょう?わたくしの息子シャルルフリッツも、その婚約者ケイトも。

あ、ケイトは帝国の生まれではあるのだけれど、父親はアレス王国民なのよ。


帝国継承戦争にリンネ王国側についた時に従軍した騎士が、帝国で負傷して捨て置かれたのを助けた村娘の子なのだもの。父親は怪我の後遺症に苦しみ早くに亡くなり、村娘の母は一人で娘を育てる為に子連れで帝都へ出て働いたのよ、辺境伯夫人のメイドとして。素晴らしいことでしょう。


わたくし達も彼女には亡命中はお世話になって、ケイトはわたくしも末の子のように可愛がったものよ。

その子を息子が好いて、恋が成就したのをなぜ非難されるのか、わたくしにはわからないわ」


マリージョセフはそう言って、射るような目でロラン子爵夫人を見た。


ロラン子爵夫人は、革命時に子爵に見初められた平民の出である。

革命の時、自由平等を合言葉に、その知性と美貌で革命のミューズと呼ばれた共和主義者で、親子ほど年が違うことも気にせず、先妻を追い出して夫人の席に座ったのだった。


「皆さま方が、アレス王国にもたらした新しい価値観を、わたくしは尊重してますわ。その証拠にわたくしの息子は家柄や政略ではない結婚をする初めてのアレス国王となるでしょう。よろしいかしら?」


マリージョセフが、嫋やかな微笑みを浮かべてそう言うと、音も無く綺麗な所作で立ち上がると優雅にその場を去っていった。


その場にいた夫人たちは、恨みがましい目をロラン夫人に向けるのだった。



「お義母様、大丈夫ですか」

赤い髪の侍女服の娘がマリージョセフの後を静かに付き添い、馬車に乗るとそう問いかけた。


「ふふ、ふふふふふ、ふふふふふふふ」

眉間に深いシワを寄せて、口をキュッと結んでいたマリージョセフが不意に笑い声を上げた。


「ほほほほ、良い気味だわ。ケイト、気にすることないわよ。自由が何よりも大切だと、平等な世界にするのだと言っていたのだもの。あなたもわたくしも、同じニンゲン、そうでしょう?新生アレス王国はそういう国なのだもの、大きな顔してればいいわ」


「あの方々は、ご自分たちの娘さんをフリッツ様の奥さんにしたかったのでしょう?」

赤毛の侍女、ケイトがそう言うと、


「なぜ、うちの息子だけ政略結婚させられなきゃならないのよ。なーにが、お伽噺じゃないよ。自分だけは特別だと思ってるのでしょうけど、ちゃんちゃら可笑しいわ。ほほほほ」

マリージョセフが楽しそうに笑った。


「お義母様、うちの母の言葉が移ってしまってますわ。ちゃんちゃらなど、平民でも使うのは田舎者だけですわ」

ケイトが恥ずかしそうにしながら、そう苦言を呈した。


「良いじゃない、ちゃんちゃらが何か知らないのだけれど、なんだか相手を嘲ているような感じが楽しいわ。ケイトも言ってみなさいな、ちゃんちゃら可笑しいって」


(これが、羨望による復讐なのね、さすがカロリーナ様は腹黒いわ)


マリージョセフの晴れやかな高笑いが、旧アレス王宮から走り去る馬車の中から漏れ聞こえていたのだった。



アレス王国は繁栄している神聖帝国側と取引が出来ないので、まだ経済が停滞している状況です。シャルルフリッツは国の象徴なだけで、領地から新政府に納税している納税者であって、国からの援助を受けている訳ではないので、なんなら割譲部分で独立しても良いくらいの気持ちですが、唯一の帝国との繋がりを切りたくない為、新政府は腫れ物扱いをしています。

新政府の閣僚の娘を王妃にして、取り込みたいと考えていた所に、平民の娘ケイトとの婚約の話に慌てて母親を呼んで説得を試みましたが、あえなく失敗した、そんなお話でした。ケイトは追放されたオフィーリアの世話をしていた平民メイドの娘です。

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