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第5話 長姉エリザヴェータの反抗

それは1度目と同じ降臨祭の日にやって来た。


神聖帝国の始まり、降臨した神様に帝国の始祖となる農夫が知恵と力を授けられた幸運に感謝するその日は祝日とされ、神様への感謝を祈る祭祀と幸運を皆で分かち合う祝賀が執り行われる特別な日。


午前中、女帝マリアと王配フランツ、皇太子カールヨハン1世並び王女たち、その他親戚縁者始め帝国の全ての貴族家が一同王宮の礼拝堂に会して神への感謝と祈りを捧げた。


その後は、場所を大広間へと移し祝賀を祝うパーティと相成った。

昼間に王家主催の祝賀会で祝い、夜は各家で祝うのが慣わしである。


降臨祭はテルス=ハデス帝国のみならず、同じ神を信奉している各国でも同じように祝賀が執り行われるのだが、帝国に連なる王配フランツの生家モントス公国はまだしも、友好国ではあるが帝国には与しておらず、帝国とリンネ王国との間をどっち付かずで揺れ動いているヘルメス公国の大公夫妻が今年の降臨祭には出席したことに、帝国貴族は少なからず衝撃が走った。


貴族達は密やかに、とうとう長姉エリザヴェータ王女とヘルメス公国3男アルベルトの婚姻の発表があるのか、と噂した。


礼拝堂での祭祀が終わった後、女帝の執務室に皇太子始め王女たちが集められた。


カロリーナに続いて室内に入ると、両親と共にヘルメス公国大公夫妻もアルベルトを伴って既に席に着いていた。


「皆に、知らせたいことがあるの。この後祝賀会で発表するのだけれど、先んじて貴方たちに知っていて欲しいと思って」


席に着いた一同を見回しながら、女帝マリアが口を開いた。


(1度目はきっとエリザヴェータ姉様の婚姻の発表ね!なんて呑気にワクワクしていたのよね)


冷めた目を向かい側に座るアルベルトとカロリーナの横に座るオフィーリアに向ける。

どちらも頬を紅させて自分の希望が通ることを疑いもしていない顔付きである。


「今日この日をもって長女エリザヴェータとヘルメス公国3男アルベルトとの婚約を破棄する」


女帝マリアの宣言に当事者のアルベルトは、驚きもせず、長年の婚約者であったエリザヴェータを見ること無く、喜色満面の顔でオフィーリアを見つめた。


「「え!?」」

驚きの声は、大公夫妻の口からしか聞こえなかった。


「そして、次女オフィーリアとアルベルトの再婚約を認める。これは当人同士が申し入れてきたことである。これに伴う如何様な事柄も拒否は出来ない、心しろ」

女帝マリアは珍しく硬い声でそう宣言した。


「「え?」」

「「え?」」

今度は大公夫妻の驚きの声に被せるように、オフィーリアとアルベルトの声が上がる。


「発言を宜しいでしょうか、陛下」

流石に嫁ぎ先の義両親の前ではマナー違反をしない位の配慮はあるようで、オフィーリアが母である女帝マリアに発言の許可を求めた。


「諾」

短く女帝マリアが許可を与え、その言葉にオフィーリアの顔に不安が浮かぶが

「陛下、婚約の許可を頂きましてありがとうございます。拒否など勿論致しませんわ」

そう如実なく答えた。


「そうか、では次に、婚姻は一年後とし、婚約期間中はクラノス、ネプトス、リンネ、ウエス共和国と各国を回り友好を深めるよう尽力し、婚姻後は永世中立国であるソル王国に速やかに大使として赴任せよ」


女帝マリアは目を臥せ、震える唇を隠しもせずそう言い放った。


「え?なぜ、なぜですの、お母様。そんな政情不安定な国々を回るなど何かあった時には人質になってしまうわ。それにソル王国だなんて、あんな山に囲まれた田舎に赴任して何をすれば良いのよ!エリザヴェータ姉様に代わってわたくしがハデス王国の女王になるのでしょ?ねえ、お母様!!」


発言の前の気遣いはどこか遠くへと飛んでいったようで、他国である大公夫妻の前で、いつものように長姉のものを母に強請る声を上げた。


(流石だわ、オフィーリア。義理の両親の前で子供みたいに癇癪を起こすなんて、大公夫人が溢れ落ちそうに目を開いて凝視してるわよ)


マリアンナはカロリーナの影に隠れながら、オフィーリアと大公夫人を交互に見て薄くほくそ笑んだ。



時は戻って、降臨祭の数日前。


こそこそと女帝マリアの執務室から出てくる、男女の背中を王宮の柱の影からマリアンナは見つめていた。


「何をこそこそと覗き見か、カロリーナ、マリアンナ。行くぞ」

背中に兄皇太子カールヨハン1世の声がかかる。


驚いて振り返ると、その後ろには長姉エリザヴェータと各々につく侍従や侍女、護衛騎士も控えていた。


マリアンナはカロリーナを誘って、オフィーリアとアルベルトが母に婚約を迫っているのを覗き見していた。

最近ふたりが、何度もしつこく女帝マリアの執務室を訪ねているのは王宮内では有名だったから。



「覗き見なんて、お行儀が悪いわよ二人とも。フフ、どうしたの?貴女の青い泉から涙の雫が溢れそうよ、カロリーナ。大丈夫よ泣かないで。わたくしは大丈夫よ」


マリアンナも長姉エリザヴェータの優秀さと清廉なところを尊敬しているが、カロリーナにとってはエリザヴェータこそが唯一の頼れる身内であり、脆弱な己を庇護してくれる味方であったので、カロリーナの長姉への思いはもはや崇拝に近かった。


オフィーリアとアルベルトの不貞に誰よりも憤慨していたのは、カロリーナだった。

何も瑕疵の無い長姉の経歴に傷がつくことを憂いで長らく心を痛めていた。


長姉がハンカチでカロリーナの頬を伝う涙を優しく拭ってくれた。

思い起こせば、弟妹の涙を拭い、背中を撫でて甘えさせてくれたのは長姉エリザヴェータだけだった。


「さあ、こんな些細事はどんどん片付けてしまおう。時間の無駄だ。行くぞ」

常に冷静冷徹な兄皇太子がチラリと流し見て一声かけると、そのまま前を向いて歩いて母、女帝マリアの執務室へと行ってしまった。


その後を長姉に背を擦られながらカロリーナが続き、マリアンナも横に並んで進んだ。


トントン、兄の侍従がノックし声をかける。

「陛下、カール殿下がお越しです」


「入れ」

短い返答の後、ぞろぞろと兄に連なって中へ入る。


「なんだ、これはどうしたと言うの?」


母は執務を補佐している長姉だけではなく、幼い王女たちまで連れてやって来た皇太子を訝しげに見たが、広い執務室にある大きなソファを置いた歓談スペースへと席を移した。


すると、トントンとまたノックの音がして、外から侍従が名を告げた。

「王配陛下がお召しです」


「まあ、フランツまで?入って」


中に入ってきた父フランツは幼い王女たちに目をやり少し驚いた顔をしたが柔らかい笑顔を向け、そのまま何も言わずに女帝マリアの横に腰を下ろした。


「で、なんの騒ぎだ、いや、どうせオフィーリアの事であろう」


「流石は陛下、読みが深い。その通りです。陛下のお考えを伺っても?」

投げやりに言った女帝マリアに兄皇太子は慇懃に返答し、その心中を聞いた。


「・・・長くオフィーリアはアルベルトを慕っていた。その恋心を成就させてやりたい」


身を乗り出して聞いていたカロリーナの強い視線を受けて、目を逸らしながら女帝マリアはそう言った。


「そうですか、なるほどなるほど。では、エリザヴェータ姉様はどうなさるおつもりか、いやあの2人をどこにやるおつもりか?」


「エリザヴェータがアルベルトと婚姻した暁にはハデス王国の女王とし、そなたの補佐として帝国を支える礎とさせるつもりであった。であるから、婚約者が代われば、その席にオフィーリアを就けるに決まっておろう、王配は同じアルベルトなのだから。


エリザヴェータはハデス王国の南にある半島の北側を治める北ウエス国の国王の後妻にと考えている。そうして永く内紛が続く半島を統一し全ウエス王国となれば、エリザヴェータが統一王国の初代王妃となるのだから、何も問題なかろう」


女帝マリアはつらつらと、見通しの甘い自身の考えを述べた。

母の言葉から、本心で何も問題無いと思っている様子に、突如火力があがり、心の奥に燻っていた炎がボウボウと音を立てて燃え盛るのを、マリアンナは拳を握りしめて我慢して聞いていた。


「ほうほう。流石は帝国の継承慣習を蔑ろにして初恋の君との恋を成就させ、それと同時に帝国初の女帝にさえもなった女帝陛下だ。その結果、神聖帝国を半分に割ってしまわれた、実に女帝陛下らしい浅慮、いやはや国宝級だ」


兄皇太子は口許には小馬鹿にした笑みを湛え、目許には侮蔑を湛えてそう答えた。


「無礼者、カール、お主何様のつもりだ!」

女帝マリアが反射的に怒鳴り返した。


「もし、ハデス王国の女王にオフィーリアを据え置くなら、私は次代の皇帝にはならない。ここに断言しよう、書記官、キチンとメモを残しておいてくれたまえ。後継は、女王陛下のお好きに采配なされませ」

兄皇太子が強い口調でそう答えた。


「な、何を言っているの!カールあなたは皇太子なのよ、この帝国を帝国民を率いて行くのはあなたしかいないのよ!」

女帝マリアの悲鳴じみた声が上がった。


「何を仰る、女帝陛下。あなたに良く似たオフィーリアでも女帝に据えたら宜しい。あ、あの不埒者が父上の後を継いで王配となれば問題なかろう。生家の公国は父上の生家と同じ規模だ」

そう言うと嫌らしく片方の口を上げてニヤリと笑ってみせた。


言葉が出ない女帝マリアは怒りに震えていた。


その時、いつもは母に物を申すことなど恐れて出来ないと気が弱く影の薄いカロリーナが、立ち上がり声をあげた。


「お母様、わたくしも、もしエリザヴェータ姉様をそのような粗末に扱うのならば、わたくしは修道院へと出家致します」


「ええ、わたくしも。カロリーナと共に修道院へと出家致します。どうぞ帝国はお母様とオフィー姉様とで明るい未来へとお導き下さい。不肖なこの身でありますから、神の僕となりこの国の行く末を一生お祈りして行きますわ」


マリアンナもカロリーナの言葉を受けてスラスラと口上を述べた。

この言葉は1度目の時に、エリザヴェータ姉様が母に叩きつけたセリフだったから。


「な、な、カロリーナ、マリアンナまで。あ、あなた達まで何を言っているの!あなた達は私が決めたちゃんとした王家へと嫁ぐのよ!勝手に神の花嫁になどするものですか!」

侮っていた小さな王女たちの反抗に、女帝マリアは半狂乱となって叫んだ。


「エリザヴェータ!あなた、他人事のような顔をしてなにか言うことはないの?弟妹達の無礼を叱りなさい、あなた姉でしょ?」

その怒りは、当事者でありながらこの席で一言も物を申さず顔色も変えない長姉エリザヴェータへと向かった。


「陛下、わたくしの発言の許可をありがとうございます。わたくしは、あの不届き者の馬鹿者と縁が切れて清々した気持ちです。但し陛下のお薦め下さる婚姻には、もうすっかり興味が失せてしまいました。


どうやら成就させたい恋はオフィーリアだけとのことですし、陛下は恋愛結婚を成就されたのですから、政略結婚の吟味がお得意では無いようだ。であれば、次もあの不届き者のような婚約者を宛がわれる気が致します故、わたくしの婚家は家臣の意見を最大限聞いて決める所存です。


もしそれが叶わぬのなら、そうですねえ・・・」


長姉は淀み無くつらつらと自分の意見を述べると、一旦言葉を切って、横にいるカロリーナの背を撫で手を伸ばして、マリアンナの頭を撫でた。そうして、


「わたくしも、この子たちの祈りが正しく神に聞き入られるように姉として責任を持って一緒に修道院へと参りましょう」


そう言うと背筋を伸ばして姿勢を正し美しい笑顔でそう女帝マリアへと言いきったのだった。


「マリア、私は君の意見に反対だ。


まず、エリザヴェータの言うように、不届き者との婚約破棄は勿論受け入れよう。再婚約もだ。


しかし、不届き者が国を治めるなど道理が通らない。君は同じことを私がしても許せたのかい?


私が君の縁者と仲を深めてその者と婚姻をしても、お父上の言うことを聞いてその婚姻を祝福し、君の女王の地位も差し出したのかい?


私には、些かも理解が出来ない感情だよ。


なぜ不貞者が全てを得て、勤勉で清廉な者が全てを略奪されなければならないのだ。


マリア、君はこの格下と揶揄された私だけに愛を向けてくれただろう。だが、アルベルトは違う。

生家の規模が同じだとしても、彼と同列に扱われるのは不本意だ。

私は、君と知り合ってから、君と君の生んでくれたこの子たちへ不変の愛を注いできたはずだ。

君ならそれがわかるだろう?私は一度足りとも他所に愛を移したことなど無いのだよ。

あの者は違う、婚約の席でエリザヴェータに誠実さを誓った同じ口で、オフィーリアに愛を囁くなど私には不届き者の謗りしか浮かばない。


オフィーリアもだ。本来向けてはいけない者に向ける歪な愛は、君が私に向けてくれた愛と同等だろうか。君がそれを愛だと認めて、二人を許すと、私たちと同じ愛だと言うのなら、私は君に失望する」


父フランツが低い、しかしよく通る声で、女帝マリアに畳み掛けるように語りかけた。


たぶん、母は父に反論されたことなど無かったのだろう、失望するとまで言われてその顔からゴッソリと表情が抜け落ち、蒼白な面持ちとなった。


父は為政者としては無能だった、それは1度目の世界でも間違いなくそうだった。


父が決めた戦争の責任者はみな口だけ立派な貴族で、実戦では何の役にも立たなかったし、それこそ女帝マリアの時代の戦争ではたったの1度も勝ったことがなかった。

なんなら帝国は戦争に無茶苦茶弱い国だった。


女帝である母マリアも為政者としては優秀とは到底言えず、この先このまま行けば国が乱れるのなど容易いことだとマリアンナはそう思っている。


だが、この時の父の意見は見事であった。

父は政の意見を述べていない。愛について語っていただけだ。それは自分が母に向けた献身とも言える。自分達夫婦の軌跡とオフィーリアたちを同等の愛だと思うのか、と。


母を諌める家族の些細な会話が、これからの帝国の、周辺国の、そしてマリアンナの人生に関わる重大な意見となった。バタフライエフェクトの最初の一振りがここにもたらされたのだった。


この後、女帝マリアは、エリザヴェータに関わること全権を皇太子に任せると告げる以外、言葉を発することは無かった。


これは兄皇太子が連れた書記官がキチンと文章に残したのだった。

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