第44話 二人の行方
遅れてしまってすみません。
マリアンナの元へと馳せ参ず、と勢いのまま情熱的に飛び出して行ったはいいが、途中で正気が戻ったオーギュスト。
(同盟国でも無い王国の王子、況してや対外的には死んだことに為っている亡命中の身、フリード王から与えられた仮初めの身分は平民の設計技師オーグであり、どう頑張っても帝国の王女殿下にお目通り願える身分ではない。しかも今は紹介者も無く、約束を取り付けようにも門前払いが当然であろう)
そう気がついて、マリアンナが住まう公国の離宮の手前の最後の村で立ち往生してしまった。
今にも雨が降りそうな、曇天である。
どうやって、マリアンナに謁見を申し込もうかと、小高い丘の大きな樫の木の下で目の前に広がる深い森を見つめながら考えあぐねていた。
「やっと、見つけた。おーぐさまー」
すると、遠くから近づいてくる蹄の音の後、大きな声で自分を呼ぶ声が聞こえた。
木の反対側に回り声の方を見ると、見知った顔の騎士が馬上から手を振っているのが見えた。
直ぐそばで、ヒラリと軽やかに降りた騎士が、
「オーグ様早すぎですよ。余り無理をさせると馬が可哀想ですよ」
そう非難しながら、オーギュストのすぐ側に立った。
「ロラン、一体どうして?」
彼は、アレス王国では代々騎士爵に就いている家系出身で、オーギュストがリンネ王国、ゾル王国へと留学することが決まった時に護衛兼側近として行動を共にすることになった男で、アレス国王の謀で谷底へと落とされ殺されそうになった時にも一緒にいた為、彼も世間的には死人となってしまったのだ。
現在は、リンネ王国の騎士兼王妃様の影の一人となり、主にオーギュストの身辺警護をしていた。
「そりゃ、護衛対象が馬で逃げたら追いますよ。というか、やっとここへ来て王女殿下に会う手筈が無いことに気がついたんですか?遅いですよ、もっと手前で気付くと思っていたのに。賢いオーグ様らしくもない」
ヘラヘラ笑いながら辛辣な批判をしてきた。
「賢いかどうかは関係ないだろう。衝動に任せて、馬に飛び乗るという状況は初めてだったんだ。普段は衝動に任せたことが無いのだ、問題があるとわからなかった」
憮然とした表情でそう言い捨てた。
「そこで、お役に立つのが俺ですよ。良かったですね、優秀な護衛が側にいて」
「フンっ。自画自賛が過ぎるわ。だが、助かった。王妃様から王女殿下に約束の口利きをしてもらえるのだろうか」
オーギュストは無愛想な物言いとは裏腹に、ロランが自分の後を追った理由を察して質問をした。
「はい、そうですよ。オーグ様が飛び出したのを見て、俺がすぐに王妃様にお願いして書いてもらった手紙がこちらです。今から俺が先触れとして離宮の王女殿下へと届けます。オーグ様は村の村長に話を通して、少し身支度を整え、馬に飼い葉と水を上げて休ませて上げてください」
「わかった。ロラン、すまない。感謝する」
オーギュストが素直にお礼を口にした。
「いいですよ。それより、どうやったら王女殿下の心を掴めるのか、プロポーズの言葉をしっかりと考えておかなきゃダメですよ。出たとこ勝負なんて、玉砕するのが目に見えているのだから」
そう言うと、またヒラリと馬に乗って、深い森の先にある離宮へと走り去ってしまった。
オーギュストは、ロランに言われた通りに村長の家に向かい、離宮で王女殿下に謁見を申し込んでいるところなので、少し休ませて欲しいと願うと、前もってロランから聞いていたようで、客室に案内され体と髪を拭う清拭用の水桶と布を渡された。
軽食と飲み物も用意されていて、身支度を整え一息つくと、ロランに言われたプロポーズの言葉を考えようと思うに至ると頭を抱えた。
(考え無しにここまで来たが、この世捨ての身の自分が帝国の王女殿下にぷ、プロポーズなどなんと大それたことを!愚かにも程がある)
どれ程の時間を頭を抱えて項垂れていたのか、ロランが戻ってきたと部屋へ入ってきた。
「さあ、オーグ様。少しはお休み出来ましたか。直ぐにもお会いになるとお返事頂きましたので、離宮へと参りましょう」
「!!!!」
声になら無い悲鳴を上げながら、オーギュストは馬に乗ることになった。
離宮の応接室では、父と娘の攻防が繰り広げられていた。
「わざわざ、マリーが問題の種に向き合うことは無い。父がしっかりと切り捨ててやろう」
「お父様、お気持ちは大変ありがたいのですけれど、わたくしが彼と直接お会いして話したいのです」
「!?!?!?」
父は顔を青くして、動揺して言葉を失いながらソファから立ったり座ったりを繰り返し始めた。
その様子を見ながらマリアンナは、
(そうよね、普段はお断りはお父様にお願いしているのですもの、都合の良いわたくし)
そんな後ろめたい気持ちが有りながらも、ここでオーギュストに会わないという選択肢は無かった。
先触れが持たらした、三姉カロリーナからの手紙には、
『マリアンナ、貴女の後悔しない未来の為にもオーギュストに会って話してみて欲しいの。運命の赤い糸は突然繋がるものなのよ。この手紙を読んだらすぐに会うことを勧めるわ。後に送るとタイミングを失ってしまうわよ。幸運の神様は後ろ髪しか無いのですって。横を通り抜ける前に、直ぐ様手を伸ばして掴むのよ、幸運の後ろ髪を!ギュッとね』
そんな恋愛結婚の先輩からの、なんとも力強い有り難いお言葉が書いてあった。
(結局、フリード王とリーナ姉様の手のひらの上を転がらされているのね。わたくしもオーグ様も。シャルルフリッツ王子の求婚だって、わたくし達を焚き付けるためかしら。腹黒夫婦ですわー)
マリアンナは、カロリーナの手紙をギュッと握りしめながらも、リンネ王国の方角に頭を下げて感謝したのだった。
離宮の応接室でオーギュストとマリアンナが向き合って黙って見つめ合っている。
どれだけ、時間が過ぎたのか。
部屋はシンっと静まり返り、二人の瞬きの音だけが積み上げられているようだった。
どちらも挨拶の後、口を開かない。
壁際に立つ、オーギュストの従者ロランもマリアンナの侍女メリーも護衛も唾を飲み込む音でさえ憚られるような、静寂が広がっていた。
「マリアンナ王女殿下、」
やっとのことで声を絞り出したのはオーギュストだった。
その声は緊張に掠れ、少し震えているような心細いものだった。
「はい、」
マリアンナも小さく返事を返したが、次に続く言葉が思い付かない。だって、名を呼ばれただけだから。
「マリアンナ王女殿下、あ、あの・・・、」
「はい、なんでしょう」
この下りを数回繰り返して、オーギュストの後ろの壁際に立つロランの眉間に深い皺が寄ったのがマリアンナから見えた時、
「マリアンナ王女殿下、私は貴女様にかける言葉が思いつかないのです。私は世間的には死んだ身で、仮初めの姿は平民の技師。帝国の姫君にお目通りすら願える立場では無いのです。幼き日に立場も解らずお声をかけた時と同じだと、自分の成長の無さに自分で呆れております」
突然、立て板に水のように早口でツラツラと話し始めた。
「そんな、オーグ様、」
その内容は、真実の彼の姿で、卑屈さを感じる物言いにマリアンナは否定するしか言葉が無かったが、それに被せて、更にオーギュストは、
「あの、マリアンナ王女殿下。慰めは結構です。解っているのです、自分の立場は。そうして貴女がそれを気にする方でないというのも解っていて、それでもこんな貴女に慰めて貰うようなことを言ってしまう自分の狡さをもわかっているのです」
より自虐的なことを言った。
「そうですか、では貴方はどうしたいのでしょうか。わたくしはどんな顔をしたら良いのでしょう」
この場は彼の自虐を聞く場なのかと、マリアンナは少々期待を裏切られた気がして、質問を返してしまった。
「ですから、お返事は頂かなくても構いません。私の気持ちだけを一方的に告げるだけです。あなたを初めて一目見た時からお慕いしております。私が貴女に捧げられるものがあるとすれば、この私の気持ちともう少し先の未来で、貴女の夢の鉄の馬車だけです。
私は貴女にこの気持ちを知って欲しかった、少しでも貴女の心に私が残って欲しかった。貴女はどんな顔でも貴女がしたい顔を向けて下さい。私には貴女のどんな顔も美しいと思うのです」
顔を耳まで真っ赤に染めて、そう真摯に答えた。
「ま、」
マリアンナも自分の質問がこんなストレートな言葉で返されるとは思わず、ボボボボと音が出るほど真っ赤に染まった。
「今日は急な申し出にも関わらず、お目通り叶いましたこと感謝し、一生の思い出と致します。では、」
オーギュストが暇の申し入れを始めた。
マリアンナはこの言葉が終わったら、もう幸せの神様が遠くへと走り去ってしまうのがわかった。
「わたくしに、返事を求めないのは貴方の事情。わたくしは勝手にお答えしますわ。わたくしも貴方と共に過ごしていきたいと思っていますの。あと、わたくしに美しいなどと言う方は貴方が初めてですわ」
「え、」
「ええ」
二人は真っ赤な顔で見つめ合って、え?え?と言い合って、応接室がなんか、生温かい空気に染まった。
そうして、その後、母マリアが全部のやり取りをなぜだか知っている様子で、室内にやってきて、
「婚約を許可します」
と、鶴の一声を上げた。
その半年後、対外的には発表は控えられたが、公的にも認められた、きちんとした婚約が整えられた。
皇帝カールヨハンと元王配フランツの妨害は、両方の連れ合いによって一蹴され、家族に祝福された幸せな婚約となった。
オーギュストの身分は、リンネ王国の宮廷伯位をフリード王から与えられ技師としてだけでなく、その開発責任者として職務にも邁進することになった。
リンネ王国のシロスク地方の石炭鉱山と鉄鋼工場の僅かな区間を、鉄の馬車、鉄道が初めて開通したのはマリアンナが19才を過ぎた頃だった。
その開通は大々的に広報され、大陸中の国々の新聞にその走る姿の絵が掲載された。
その功績を以て、オーギュストは神聖帝国での侯爵位を与えられ、無事マリアンナと婚姻をすることとなった。オーギュスト、マリアンナ共に20歳のことである。2度目の世界線でも夫婦となったのであった。
その前年、アレス王国は不作と疫病が王都を中心に蔓延したが、国王シャルルは何も策を講じず、怒った民衆が暴徒化して政治犯収容所を襲った。
満杯の収容所の中にいた犯罪者たちは、脱獄すると暴徒と一体化して革命軍と名乗り、国王シャルルの退陣を求めて内乱が始まったのである。
神聖帝国皇帝カールヨハン1世は、帝国の構成国、同盟国に対して、革命軍、アレス王国軍どちらにも肩入れすることを禁じる勅命を発布した。
それを受けて、国境線を接するリンネ王国、ハデス王国は国境線を閉じた。
モンスト公国や国際港湾を持つ帝国の構成国はアレス王国からの船の着岸を禁止した。
こうして、神聖帝国側は静観の構えを見せたので、それ以外の大陸の国も主だった行動には出られなかった。
一度、バジガン聖国から皇帝カールヨハン1世に対して、仲裁の要請が入ったが、
「やりたいなら、バジガン聖国が、教皇が神の名において仲裁したらよろしい(面倒事は人にやらせようとするな、やるならお前やれ!)」
と、けんもほろろの返事を返されて終わったのだった。




