第40話 小話 皇后アンナルイーゼ
サラサラの柔らかい白金の髪、冬の凍った湖の氷のようなアイスブルーの瞳、ツルリとして髭どころか毛穴も見えない陶器のような白い肌、つくづく美しい造形美だと穴の開くほどジッと見つめる。
横に座って居るのに、彼の青い瞳は空をさ迷っていて、彼はまだ気がついていない。
(大方、今日までの全てのやり取りのどこが悪かったのかと、何万回もやり直しているのでしょうね、頭の中で)
「マリーは今、毎日お義母様から公衆衛生学と共に薬学を学んでいるのですって。その関係で薬草畑で自ら薬草も育てているので、収穫、乾燥を経て煎じ薬にして自分で試してみるまでは動けない、最低、春夏秋冬はあちらの離宮で過ごして来るそうですわよ」
アンナルイーゼが、独り語ちる。
すると、初めて私が居ることを認識したようで、顔を向け、美しい瞳に自分が映っているのが見えた。
僅かに瞬きが多くなった。
「マリーから今日、手紙が届いたのですわ。マリーの離宮の畑の世話を今まで通りに庭師に頼んでおいてくれ、と。植える作物も植える時期も今年と同じようにと伝えて欲しい、と」
瞼が二度ピクピクと動いた。
(あら、自分宛てでないことが面白く無いのかしら、ううん違うわね)
「ふふ、マリーは別に貴方のことを怒っていませんよ。貴方には貴方の立場が有ること位マリーはわかっておりますわ。え、なぜ私がマリーの気持ちが解るのかって思ってらっしゃる?それはわかりますわ、女同士ですもの」
視線が一瞬下に向いた。
(あら、女同士って言われて戸惑っているのね)
「出発前にお義母様から頂いた『注意書』をマリーに貸したでしょ。その時に話したのですよ、私が世継ぎを産まねばならない重圧と貴方が政の采配をする重圧。『どちらもとてもしんどいことだわ』ってマリーが。『お義母様は1人で背負っていたのなら本当にお辛かったでしょうね』って。『お義母様と貴方、頭の中ではたくさんお話をされているのでしょうに、安易に口に出すことは憚られて、そう言うお立場に願わずとも立ってしまって難儀なことだわ』ってお互い言い合いましたのよ」
左唇が微妙に下がって、直ぐ元に戻った。
(あら、私が貴方のことを解るのか不信に思っているのね、失礼しちゃうわ)
「わかりますとも。私の伯父も、ずっと同じような目をしているのを、間近で見てましたもの。まあ、あの伯父は常に苦虫を噛み潰したような顔つきでしたから、お義母様や貴方のような冷たい美貌ではありませんでしたけど」
少しだけ瞳孔が開いた。
(あらあら、少し話を聞く気になったのね)
「それだけマリーも大人になったということですわ。良いではないですか、ご両親と仲良く過ごすくらい。カロリーナはマリーの年には勝手にお嫁に行ってしまったのですよ」
明らかに動揺したようで、眉間に深い皺を寄せた。
(お嫁に行かれるのが嫌なのね)
「ふふ、皇帝の貴方は無口ですけど、頭の中では多弁でしょ。その思考の渦に溺れてしまったとしても大丈夫、私が救い上げて差し上げますわ。だからたまには、私のことも思い出して下さいませ」
アンナルイーゼは立ち上がるとカールの両肩に手を置いて、青い瞳を覗き込むと、ゆっくりと唇を塞いだのだった。




