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第4話 愚か者たち

お茶を一杯飲み終えて、


「さあさあ、オフィー姉様お開きに致しましょう」


マリアンナがそう声をかけると、


「勝手に入ってきて何言ってるのよ!あなたはさっさと部屋へと下がればいいじゃない」

オフィーリアが嫌そうに眉を顰めてそう言った。


マリアンナは、その言葉を聞くと不思議そうに首を傾げて言った。


「エリザヴェータお姉さまの婚約者のあほんだら、違ったアルベルト様とオフィー姉様が二人きりで何を為さるの?どうして?

今日受けた淑女教育では婚約者でもない男性と近い距離で接してはいけないと習ったのだけれど、オフィー姉様、アルベルト様を自分の婚約者と勘違いしているの?

もし心からそう思っているのなら、それは病気らしいわ、すぐにお父様にお伝えするから、早く医師の診察をお受けなさって」


「何を言っているの、マリアンナ。わかっているわ、そんなこと。だからお父様になど言わなくて結構よ」

「ずいぶん長居してしまったようだ。では、王女様方、これにて失礼する」


不貞者たちは焦った様子で立ち上がると、そそくさと帰って行くのだった。


1度目の今日もあの不貞者たちがここで逢瀬をしている様をマリアンナは城の2階にある自室から見ていた。同室のカロリーナと共に。


「ねえ、リーナ姉様。婚約者でもない男性と近い距離に寄ってはいけないのでしょ?オフィー姉様とアルベルト様は婚約している訳でもないのになぜ誰も止めないのかしら?」


「・・・オフィー姉様は特別なのよ。お母様はオフィー姉様だけには甘いから」

カロリーナはため息混じりにそう言った。


「ふーん、変なの。エリザヴェータ姉様はそれで良いのかしら?わたくしは嫌だわ。なんかムカムカしてくるわ」

マリアンナの胸に込み上げるのは、母の依怙贔屓に反発する気持ちだったのか、はたまた少女特有の潔癖によるものだったのか。


「しょうがないのよ、マリー。お母様は絶対なんだから、余分な事を言うと叱られてしまうわ」

「ふーん・・・」



マリアンナは1度目の世界で持っていた不満な気持ちを思い出して、イライラしちゃうわと独り言をブツブツ呟きながら自室へと戻った。

(あの時は、まさかこの不貞者のせいで、巡り巡って断頭台にかけられる未来が来るなんて!)



「まあ、マリー。見ていたわよ。突然飛び出して行ったと思ったら、あの二人の世界へ飛び込むのですもの。オフィー姉様の怒鳴り声が聞こえそうで可笑しかったわ。フフ」

カロリーナがとても楽しそうに声をかけてきた。


「ええ、折角今日のマナーの講義で習った異性との振る舞いについて、あの不貞者たちにも教えて差し上げたのよ」


マリアンナはニヤリと口の片端をあげてそう言うのだった。


(1度目はオフィーリアがアルベルトと婚姻することによって、長姉が出家してしまって、その割りをくって、アレス王国へ僅か11才で嫁がされたんですものね)


アレス王国とは、隣国で数代前の太陽王の時代には栄華を極めていたが、マリアンナが王妃となる前の次代の王が、あちらこちらと戦争を仕掛けて歩いた戦争狂で、その結果、国の財政が枯渇してしまうほど。

彼の王の二つ名は、ズバリ戦争王であった。

その王の死の直前に残した言葉が、『後は野となれ山となれ』というのだから、いい加減止めてもらいたいものだ。


そんな国家財政が破綻の危機に、デビュタント前で大した教育も受けていない、幼い王女を裸同然で放り込むなど、死地へと送るようなものである。

母女帝マリアが敵対国を懐柔する為の外交戦略であった。


(控えめに言ってもお母様、すべからく無能では?あんな魔窟の中に一人無能を放り込み、手紙で指示を出すだけで問題解決するはずないわ。策謀渦巻く王宮で、わたくしの存在は失望と失笑を買っただけ。悪意の噂とヘイトの中で、11才の小娘が味方も無いのに上手く立ち回れる訳無いじゃない!)


マリアンナは王宮の奥深くでのんびり育った深窓のご令嬢そのもの。

だから、1度目の人生では嫁ぐ場で母女帝マリアに言われた『王宮の人の言うことをよく聞いて』という教えをバカ真面目に信じていた。


アレス王国は先の戦争王が崩御してから、王太子、その長男、スペアの次男と1年の間に3人も亡くなってしまい、齢11才の三男王子オーギュストが急遽戴冠することとなった。

その後ろ楯として、長年の宿敵だった神聖テルス=ハデス帝国の王女を娶ることで国の安泰を周辺国へとアピールするのだ、と言う話でマリアンナは相手から確かに乞われて嫁いだはずであった。


アレス王国の王宮には、先の戦争王の娘王女が三人住んでおり、マリアンナの教育係として他国に慣れぬマリアンナの世話をやいている体で、その実、マリアンナの名を語り自分達のドレスや宝石を買い、お茶会や観劇、仮装パーティなどの散財に明け暮れていた。


たぶん、宰相も文官も悪行の全てをマリアンナに擦り付けたと思う。

他国の女に財政を滅茶苦茶にされていると、成人を迎える頃にはアレス王国の社交界では冷たい視線に晒されるようになったのである。

疎外感を感じたマリアンナは、王宮を出て、先王が好んでいたという離宮に手直しをして移り住んだ。

そこに、夫となったオーギュストが休暇の度に通うようになり、やがて王女と王子にも恵まれたのであるが。


その離宮こそ、先王が愛人を囲うハーレムであったことなど、誰もマリアンナに教えてはくれなかった。


政も社交もせず、ハーレムで優雅に暮らす余所者、穀潰し。

悪い噂は止むことは無く、マリアンナへの悪意の眼差しは貴族から平民へと国全土へと広がっていった。


元より火の車の国家財政に拍車をかけたと希代の悪役王妃マリアンナがこれで誕生したのである。


そうして、国民の憎悪は時の王族へと向かい、国民は革命へと突き進むこととなった。国内は荒れ、経済は低迷し混乱の中、マリアンナ30の年、夫で国王のオーギュストと共に断頭台へと送られたのだった。


(ねえ、わたくし、可哀想過ぎない?


別にあの時わたくし他国へなど嫁ぎたくも無かったし、嫁ぎ始めの数年間、子供がたかだか年に数回のお茶会や観劇に行ったくらいで財政が火の車になったなんてアレス王国の貴族たちは本気で思ってたのかしら?


いいえ、きっと、初めから悪事のシンボルにしようと敵国の王女なら殺しても良いだろうとわたくしを呼んだのね。


そんなことにも気付かず、まんまと相手の思惑に乗っちゃって。教養もない子供を送って何とかなるなんて思ってたのかしら?お母様って、控え目に言っても、女帝として無能では?顔だけオフィーリアと同じ自己中無能女王じゃない!)


マリアンナは2度目の今になって、本質に気付いてしまった。


神聖テルス=ハデス帝国の女帝マリア、母は為政者として間違いなく無能であった。

その婚姻から間違っているし、だいたい毎年のように妊娠出産をしているのだ、国の政などどの程度の割合で行っていたのだろうか。


(アレス王国だって、先王がどうしょもない戦争狂なのが間違いの元なのは疑いようがないが、その先王が亡くなってから、王太子、その長男次男が相次いで病死することなんてあるかしら?毒殺、暗殺の類いを使って3人を殺害し、まだ幼い3男を意図的に祭り上げて責任を押し付けた、とか。


まあ、あの人だって、小姑やら社交界の悪意やらからわたくしを守ってくれた訳でも無いし。


二度と、あんな国へと嫁ぐものですか!嫁がせたいなら順当にオフィーリアが王太子の嫡男に嫁げばいいのよ、年だって1つ違いなんだし。


とにかく、オフィーリアとアルベルトの結婚を阻止するところが肝心なのだわ)


「どうしたの、マリー。ぼんやり拳を見つめて」

カロリーナが椅子に腰かけたまま握った拳を見つめて動かない妹に声をかけた。


「ああ、いいえ、何でもないわ。わたくしは納得しないお母様の命令は必ず拒否するわ、絶対によ」


「ええ、わたくしも。オフィー姉様を見ていると、良い子でいるのがバカらしいもの。その時はお互い助け合いましょうね」


年の近いこの姉妹は特別に仲が良い。

髪も目も同じ、プラチナブロンドに青い瞳で、似た顔つきの2人は、見つめ合うと頷き合って口の端をにやりと上げて同じ悪い笑顔で笑うのだった。


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