第33話 オーグの蒸気機関
その日は、直ぐにやってきた。
フリード王が1度目の世界での夫であったオーギュストを伴って帝国へとカロリーナを迎えに来ると伝えられた、翌日には、もうフリード王一行は帝国の王宮へとやって来た。
そして、カロリーナを胸に抱き抱えてこめかみや頬、頭頂部へとキスの雨を降らせた後、マリアンナへと非常ににこやかに声をかけた。
「マリー、元気にしていたかい?」
「おじ様、ごきげんよう。5日ぶりですかしら、お早いお着きですこと」
「いや、王妃がわしを置き捨てて帝国へと戻ってしまったのでな。兄皇帝に軟禁されて、わしの手元に戻って来ない悪夢に魘され取るものも取らず戻ってきてしまったよ」
フリード王の笑えない冗談に、兄皇帝はコメカミをピクピクさせながら何か悪巧みをしてそうに片唇を上げた悪役の微笑みを浮かべており、このままでは折角再統一された神聖帝国の絆がブッチっと切れてしまいそう。
「まあ、おじ様ご冗談が過ぎますわ」
マリアンナは、全てを(わたくしは空気とか読めませんからね☆)という能天気な声で会話をぶつ切りすると、フリード王の隣に佇む青年にササッと目を向けた。
「ああ、紹介が遅くなったの、この者はマリーに数年前お願いされた、豆油絞り機の開発に成功した者だよ」
フリード王からそう紹介された青年は、
「お初にお目にかかりますオーグと申します。帝国の太陽陛下並びに帝国の妖精王女殿下にお目通し下さり恐悦至極に存じます」
そう名だけを告げ最敬礼を以て挨拶をした。
「・・・」
兄皇帝が何某か挨拶の定型文を返しているのを、遠くに聞きながらマリアンナはオーグを見つめていた。
その姿は、在りし日の彼の姿でありながらも何処か分からぬ違和感を纏っていた。
(ああ、なんと言いましょうか。1度目の彼が背負っていた息のつまるような悲壮感が無いのだわ。国を追われて今は平民として隠れ暮らしているとはいえ、どことなく彼の空気感は朗らかだわ)
マリアンナは1度目の彼と目の前の彼を頭の中で並べて見比べていた。
挨拶に返事を返すこともせず、じっとりと見つめていた。
「ん、ん、マリアンナ」
兄皇帝が咳払いをして注意を促す。
マリアンナはそれで、ここが王族の間とはいえ、宰相や外務大臣、護衛や女官など周囲の面前で初対面の男を穴の開くほど見つめていたことに気づき、ハッと意識を戻しつつ自分の浅はかな行動を恥じた。
「初めまして、わたくしの希望した機械を造ったとか。感謝します」
恥ずかしくて耳を赤く染めながら、そう返事した。
それから、渋々、渋々後ろ髪を引かれながらも仕事に戻る兄皇帝と側近達を見送ると、マリアンナの農村風離宮の応接室へと場所を移して、カロリーナ夫婦とオーグをもてなした。
「みなさま楽にしてね。こちらは、ご存じポンデフリット。どうぞお召し上がり下さいませ」
オーグは平民の技師として帝国へ訪ねて来ているが、実際はアレス王国の王子。
王宮よりは砕けた雰囲気のマリアンナの離宮であるが、他国の王族に対する尊敬を持ってのもてなしのつもりだ。
先ずは離宮の主として、冷えたシャンパンで喉を潤し、揚げたてで湯気のまだ出ているポンデフリットをフォークに刺して、口に運んだ。
「さあ、みなさまもどうぞお熱いうちにお召し上がり下さいな」
そして、主賓のフリード王と王妃カロリーナへ目で即し、その後一拍置いてオーギュスト、今は技師のオーグへ視線を投げ掛けた。
「おお、待っていたぞ。これだこれだ」
フリード王がブスッと芋にフォークを突き刺して大きな口に放り込んだ。
「ええ、これね。とても美味しくて、上の王子のおやつにミルクと一緒に出しているのよ」
カロリーナもパクッと口へ運んだ。
オーグはその様子を静かに眺めていて、そうして微かに笑みを浮かべながらマリアンナをチラと見てから、
「いただきます」
と言って芋を口に運んだ。
「ねえ、オーグ。マリーが育てたお芋のお味はいかが?」
カロリーナが意味深にマリーへ視線を向けながらオーグに問うた。
「とっても感慨深いお味です」
オーグは、芋の食レポに対してどうなの?と些か疑問に感じる感想を述べた。
「で、そちが開発した機械の説明を王女殿下に聞かせてあげなさい」
フリード王が意気揚々とそう命じた。
「はい。あれは2年前のことでした、」
昔話のような語り口で始めた蒸気機関の説明は、古代の英雄アレクサンダー大王から始まり、リンネ王国のかつての伯爵が設計した半球模型の設計図を王立図書館で見つけてそれを元に製造し、更に改良型のシリンダー式を考案し、更に更に改良を重ねて、遂に完成したと、持ち込んだ専門的な設計図を見せながら話し続けた。
嬉々として話すその様子は、その仕事に夢中になって取り組んでいるのが窺えて、あまり詳細な部分はマリアンナには難しくてわからないけど、彼は本当はこういった仕事に向いていたのだなと、なぜか優しい気持ちで見つめてしまっていた。
「この蒸気機関を利用して、掘削の途中で水の出てしまった鉱山から水を抜くポンプを動かす動力としてもう既に運用しているのです。そして、王女殿下、これを受け取って下さい」
持ち込んだバッグの中から瓶に入った粘度の高い液体を渡された。
「これは、リンネ王国で推奨している豆から採れた油です。蒸気機関を動力として絞り機を動かして初めて採った物です。これは考案者の王女殿下にぜひご利用頂きたい」
「まあ!貴重な物をありがとう」
「いいえ、貴重ではありません。直ぐに帝国中に出回るでしょう。そうして、街中の屋台で気楽に平民がポンデフリットをつまみにエールを飲む姿をあちこちで見かけるようになるでしょう。王女殿下が希望したように食の楽しみが広がって行くはずです」
オーグはマリアンナの謝辞に被せて、そう言った。
「まあ、益々希望を叶えてくれて感謝しますわ」
謝辞を否定して言葉を被せる仕草は、マナーとしては宜しく無いけれど、マリアンナがかつてフリード王に告げた希望も、1度目の世界でアレス王国の市民にポンデフリットを振る舞った善意も、オーグ、オーギュストが叶えてくれたように思えて、マリアンナの胸を熱く震わせるのだった。
カロリーナと共に王女の建物、二人の部屋に戻ると、
「お会いしてみてどうだった?」
カロリーナがニンマリした笑みを浮かべながら聞いてきた。
「夢の中の彼よりも楽しそうに見えて、いつかお会いした時にも感じた朗らかさがあったわね。そうね、夢の中の彼も賢い方で器用だったもの。錠前作りが趣味で幽閉中は朝から晩まで錠前を作り続けていたわ。王宮や幽閉中ではあまり大きな物を造れなかったから錠前だったのかしらね。彼、蒸気機関まで造れてしまうのですものね」
マリアンナが夢心地で独り語ちると、
「蒸気機関を動力として、彼には更にスゴい物の開発をお願いしているのよ」
カロリーナがそう言葉を重ねてきた。
「え、それってまさか」
「そうよ、マリーが言っていた馬が引かない鉄の馬車よ。それを帝国中に、いいえ帝国とその同盟国中に巡らせて、物も人も早く多くが移動するようになるわ。そして、発展した経済圏なら自然と人は留まりたくなるのでは無いかしら。経済的メリットがこれでもかと提示されていて、拒否できる国がどれほどあるかしら」
カロリーナは遠い目をしてそう言った。
それはいつか来る革命の火が移らないように、独立の気運に飲み込まれないように、為政者としての顔つきであった。
マリアンナはそんな姉の難しい話を聞きながらも、どこか心がそわそわ、気もそぞろで、自分の心を持て余し気味であった。
(もっとオーグ、オーギュスト様とお話ししたいわ)
うぶなマリアンナはそれが淡い恋心の始まりだと、まだ気付いてはいないのだった。




