第22話 マリアンナのデビュタント
純白のボールガウンに白のロンググローブ、頭上には燦然と輝くティアラにはダイヤとパールが飾られている。
マリアンナは、王宮で催されている舞踏会に父フランツのエスコートによって現れた。
普段は後宮の奥の奥で、その存在を隠されるようにされていた末姫がとうとう社交界デビューを果たしたのだった。
父から受け継がれた白金の髪と薄い青い瞳、スラリと整った鼻筋に桜色の頬と唇であったが、他の王女達とは違って肌は健康的に日に焼け、筋肉質で骨格も割としっかりした生命力溢れる瑞々しい体躯の王女がそこに居た。
すぐ上の姉カロリーナが、父の色に天使の容姿と言われた前女帝マリアに似た儚げな美少女であったから、同じ容姿を期待していた舞踏会参加者達は、一応にざわついた。
マリアンナは、数年前から兄皇帝から送られた農村風庭園で家庭菜園を行ったり、農業技術の研究を行ったりとアウトドア活動に従事していたため、筋肉質でしっかりとした体つきに成長してたのだった。
しかし父とワルツを踊る姿は、体幹もしっかりとした上級者のそれで、弾けるような瑞々しさと生命力に溢れた美しいものであった。
父の次は、兄皇帝と、その次は長姉の王配将軍と、と次々にダンスをリレーしながら、マリアンナ1度目の世界を思い出していた。
(そうそうあの時はもう、アレス王国であの叔母達にいいように操られながらアレスの社交界で放蕩を始めていたのだったわね。何を思って、頭に船や鳥の剥製を乗せたり、白く髪を彩らせるのに小麦粉をまぶしたりしていたのかしら。実際、目の前にそんな人が今いたとしたら精神を疑うわ。ああー恥ずかしい、恥ずか死ぬわ!)
上級者のダンステクニックを見せつけながらも、心は遠くさ迷い、思い出す自分の姿に羞恥で悶え、顔を覆って転がり回りたい衝動をグッと耐え忍びダンスのラストポーズを決めたのだった。
「マリアンナ王女殿下、成人おめでとう。」
ダンスの輪から離れ王族の席に着くと、姉のカロリーナを伴ったフリード王が挨拶にやって来た。
「フリード王陛下、ありがとうございます。」
マリアンナはにこやかに返答を返すと、隣に立つ、すっかり王妃のオーラを放つ姉を見つめた。
姉のカロリーナは、リンネ王国へ勝手に遊学した挙げ句、翌年にフリード王と申し入れから3ヶ月という最短で婚姻し、その年に第一子となる王子を生んだ。
その後、翌年にもう一人スペアとなる第2王子も続けて出産し、この度マリアンナのデビュタントに合わせて、二人の王子も連れて4年ぶりとなる里帰りを果たしたのだった。
フリード王より先行して1ヶ月前に帝国へと帰ってきていたカロリーナとその子供たち。
マリアンナは大の仲良しの姉と甥たちと、ゆったり楽しい時間を過ごしていた。
「皆の者、本日、末姫の成人の祝いを多くの臣下と祝えたことを嬉しく思う。」
兄皇帝の挨拶の時、マリアンナを伴って現れ、その横には王妃アンナ・ルイーゼと第一子の王子マクシミリアン、反対側にはハデス王国女王エリザヴェータと王配とその王子と王女が並び、更にその横にはリンネ王国国王フリードと王妃カロリーナとその王子が乳母と共に姿を見せた。
帝国の継承権を持つ多くの王子王女の姿は壮健で、帝国の臣下たちだけでなく同盟関係にある周辺国の王族もその臣下たちも、帝国の明るい未来への希望を見出だした一時であった。
「さて、帝国はこれから先も、燦然と輝く太陽である。目出度いこの日に特別に恩赦を与えよう。」
「帝国の未来に万歳」
「帝国万歳」
どこからともなく次々声が上がったのだった。
「マリアンナ王女殿下、ご成人おめでとうございます。」
子供たちは奥へと下がったが、主役のマリアンナはまだまだ多くの来賓からの祝辞を受けていた。
「ありがとう、ロイル伯、夫人。」
そこに現れたのは、かつて長姉エリザヴェータとの婚約を破棄しソル王国の大使をしていたアルベルトと次姉のオフィーリアであった。
母女帝の愛情を一身に受け、この世の春を謳歌していた次姉オフィーリアは、若い頃は輝く美貌天使の容姿と謳われていたが、長い流浪の生活のせいなのか、今はどこか翳を帯びており、それがかえって妖艶に見えた。
家族や側使いなど周囲への横柄さは成りを潜めたようで、その姿は控え目で、末姫のマリアンナにも正しく臣下の礼を取っていた。
二人の不貞は兄皇帝の怒りを買い、婚姻後帝国への入国は長く禁止されていた。
ソル王国に大使として赴くため、便宜上ヘルメス公国大公の三男であるアルベルトは大公から公国の領地の無い侯爵位を授けられていたが、帝国の爵位は持って居なかった。
それがこの度ヘルメス公国と帝国との国境線を接するロイル地方を治める辺境伯爵位を授けられたのだ。
帝国の王女が辺境伯夫人とは、以前の次姉であれば大騒ぎをしただろうに、今目の前にいる彼女の弁えた態度にこれまでの苦労が伺われた。
恩赦が与えられた背景には、多分にこの次姉夫婦の活躍があった。
それというのも、件のアレス王国での出来事だった。
アレス王国は、戦争王が死去すると、戴冠式を迎えるまでの短い期間に王太子とその嫡男が相次いで死去してしまった。
対外的には流感でと発表された、1度目の世界と同じである。
しかし、その頃、次姉夫婦はアレス王国に帝国との友好親善目的に訪れていたのだった、勿論、兄皇帝の命を受けて。
次男と三男の王子は、他国へ留学中ですぐに連絡が着かない状態の中、元王太子妃は簡素な葬儀をさっさと出し自分は修道院へと出家すると言って自身の出身地方の修道院に籠ってしまった。
そこで、王太子の弟が国王に、その息子が王太子を継いだ。
1度目の世界線では、革命軍のパトロンとなったあの叔父公爵オルリンズ公爵シャルルである。
シャルル国王となっても、新大陸で起きた独立戦争へ資金提供をすることは規定路線となっていたようで変わらず、アレス王国の国内景気は悪化の一途を辿っていたのだが、それはまた別の話。
さて、出家した元王太子妃が、何者かに襲われて行方知れずとなったタイミングで、遊学中の王子たちが乗った馬車がソル王国からアレス王国へと続く山道で落石事故に合い谷底へと転落するという不運が続いた。
と、アレス王国に伝えられたのだが、その実、次姉夫婦が生存の隠蔽工作の事故を装いながら、ソル王国の帝国大使館へと元王太子妃と二人の王子を連れ帰ったのだった。
婚姻の時に兄皇帝から、スパイ活動をソル王国で行い帝国に利があるような報告をするように、と告げられた次姉夫婦は、愚直にその指示通り、立派な諜報部員となっていたのだ。
この活躍を認められ、この度拝領して、帝国貴族へと迎い入れられたのである、その地でアレス王族を匿う命と共に。
この知らせは、帝国内での発表の前に、カロリーナからマリアンナは聞かされた。
どうやら、フリード王も1枚と言わず何枚も噛んでいる出来事のようである。
「ねえ、マリアンナ。聞いた話だとアレス王国内は、わたくしが幼少期あなたから聞かされた予知夢よりずっと悪いみたいだわ。あなたの予知夢だと、革命まであと10年のはずでしょ?でも今の様子だと、半分の時間か、それより短い間隔で爆でるように思うのだけれど。」
カロリーナは、寝てしまった下の王子を優しく抱いてあやすように揺すりながら、その聖母のような表情に全く不似合いな物騒な話をした。
「まあそれは大変ですわね、としか、今のわたくしは言えないのですけれども。」
「そうよね、あなたの断頭台での死を、熱狂的に望み愉しんだそんな国民ですものね。」
仲の良い姉妹は同じ薄い青い瞳にお互いの顔を映して見つめあった。
暫しの沈黙を破って、
「予知夢、いいえ、あなたにとっては悪夢ね、その悪夢の中で、あなたが会いたい人は居ないのかしら?あなたの会いたい人に会えるだけの余地は残されているのだけれど。」
カロリーナはそう告げると、幼い王子の頬に自分の頬を擦り寄せ、そっとキスを落としたのだった。